【一章第十五話】 緑閃光
またもや二匹の鬼が進路上に現れる、先の鬼よりは全然装備が薄くなっている。俺は法師に視線を送る。
「じゃああそこにいる鬼を殺すから、ダメなとこが有ったら言ってくれ。法師は危ないと思ったら助太刀してくれよ」
荷物を置き進路を塞いでいる鬼に向かって刀も出さずに突撃する。
秘策がある。
初見殺しの、敵は反撃してこないと思い込んでいる鬼には大いに効く秘策だ。
「殿っ、お待ちを……」
制止を無視して駆ける。大丈夫だ、大丈夫、多分。
俺を発見したのか、鎧ではなく和服に身を包んだ鬼たちが抜刀する。
「餓鬼だな……。俺もお前らも」
和服の鬼の目の前に迫ると地を蹴り刀を出し一体の首を取る。敵にとって自らが殺されるなんて思ってもみなかった事だろう。
余裕が、慢心により生じた隙。
もう一方の鬼に攻撃の余地すら与えない。
姿勢を低くして足を払うが……。足に刃が当たったはずなのに足が両断されない。
すぐさま転んだ鬼の心臓に向かって刺突し、鬼の命を絶つ。
刀が肉を断ち、鬼を貫く。
楽しむ間すらなく、生と死を賭けた戦いをする間もなく予想以上に簡単に殺せたな。
滴る血を振り落とし鞘に刀を納める。
「どうだったか? 道満」
鬼の刃毀れした刀に血が付いていなく妙に小奇麗だっが気にしないでおこう。
「踏み込みも、手の内も全然なってないです。あと殿……。回避の出来ない空中で妄りに戦おうとするのは止めて下さい。敵が強者だったなら殿は手傷を負っていましたよ」
そうなのか……。全然駄目だったんだな。
かなり自信があったのに。
「ですが、敵の眼前で刀を出して奇襲する戦術は見事でしたよ」
それから俺は名古屋に向かって戦っが、技術面に関しては法師に大バッシングを受けっぱなしだ。
逃げながら進んでいた時よりは確実に前に進んでいた。
大都市(笑)な名古屋……。ではなく名古屋市の手前まで来る頃には俺の赤いコートが紅く染め上げられていた。
「さっきから鬼との遭遇率が高くなってきてないか?」
今までよりも確実に装備の良い鬼をよく見るようになり、少数だった鬼の編成も今や十~十五人構成にに増えている。
こうなってしまうと、余計に少数でいる鬼との戦闘はより避けられなくなってきている。
流石に法師も今は刀を手にして普通に戦いの中に身を追いやっていた。
ただ敵は何かを警戒している様子でもある。
さっきまでの捕食者とは違い、ここらの鬼は戦うモノであって明らかに何かに備えているような感じがした。
斬って、斬って、斬って、斬って、走って、躱して、逃れて。
そんな事の繰返しだ。
斬るたびに俺はあの嫌な前の俺から遠ざかれているような気がした。斬れば斬るほど自分が望んでいた自分になれていた気がした。
俺は今最高にいい気分。
何年も溜めに溜め続けた拳を振り下ろし、狂ったように狂いながら俺は死を振り撒き進んでいる。
あの弱い自分はもう何処にもいない、あの臆病な自分はもう消え失せた……。
俺はもうすでにこの新たなる世界を受け入れていた、この世界の意味も意義も全て見出した。
少し前を先行していた道満が交差点に差し掛かり足を止める。
いつもならすぐさま戻ってくるはずなのだが……。
「どうした?」
道摩の隣まで行って周りの景色を見る。
「どうやら敵の本陣の近くまで来てしまった様で……」
小道を抜け開けた大通に、幔幕が四方に張り巡らされた如何にも本陣って感じのものが立っているのが目に飛び込んでくる。
家紋は……。二頭波、斉藤家か。
流石にあんな本陣ぽいところに二人で突撃しに行くほど俺はバーサーカーでもないし、レオニダスでも島津でもない。
ああどちらかというとアサシンになりたいかな?
まぁネトゲではアサシンあったけど別の職業をやっていたが……。
あの話は、ネトゲの事は今は思い出さないようにしようか、そんな気分じゃない。
とてもじゃないが今あれの事なんて思い出したくもない、悲観的になってる余裕なんてものもないし、悲観的にすらなりたくない。
楽しく生きたいんだ。楽しく……。
お前の事なんてもう……。
手が咄嗟に頬を叩く。抱いてはいけない想い、決してそんなことは思ってはいけない。くそッタレな、馬鹿みたいなことを考えてしまった俺への制裁。
俺がオマエを忘れてしまったらもはや俺は草薙大和という名の別人でしかない。
お前は俺を置いて行ったが、俺は絶対にお前を置いてきなんてしないさ。
「殿一体何を」
「なぁに、気合を入れただけだよ。それで逃げるか? 道摩法師、君の意見が聞きたい」
ちょっと上官っぽい口調を真似してみた。
「ここは戦うことを進言します」
「理由を述べたたまえ」
「周りを見て下さい。見張りが一人もいないのはおかしいと思いませんか?」
法師の言葉のままに周りを見てみたが見張りというか人っ子一人立っていない。
ただそれと同時にとある発見をしてしまう。
戦いに敗れた者達の残骸。
この本陣の周りに緑色のヘルメットとや銃、迷彩服を赤黒く染めた死体も転がっている。死体の中には原型が分からない位グチャグチャになっているものもある。
ここで自衛隊と鬼の戦闘が行われたのか。目を凝らしてみてみると幔幕の各所に蜂の巣のように、無数の穴が開けられている。
「此処で戦闘があったてのは分かったが、見張りがいない理由にはならないだろ。しかもどう見てもこれ、自衛隊が負けてるでしょ……」
「見張りがいない理由は二るあると思います。一つ目は先の戦闘で敵に圧倒的勝利したことに乗じてこの町を陥落させるために全軍を出撃させた。二つ目は次なる敵をより早く発見するために町全体に兵を分散させている」
「ちょちょっと待てよ……。次なる敵ってなんだ、援軍に来た自衛隊か?」
法師は説明が終わるとこちらの問いに答えることなく敵の本営と思わしきところに走っていった。
「押し通りましょう。恐らく此処にいる敵は指揮官一人とその供回り位でしょう。それくらいなら私の力で何とかなります。敵の指揮官が倒れれば軍が混乱して殿の行こうとしているところにも行きやすくなるでしょう」
そうか、きっと此奴は最初からどのタイミングで戦えばいいかが分っていたんだろうな。
本陣に突撃するために自衛隊の死体の山を突っ切って途中……。
何者かに足を掴まれた。
「少年……。止めろ……」
地面から声が聞こえてくる為地面に顔を向ける。
そこには斬られても尚死ぬことが許されなかった自衛隊の隊員が俺にそれ以上は止めろとまさに命を削ってまで声を出し制止させる。
「俺が死ねなかったのはこの為だったのかもしれないな……」
荒い息の中に隊員が必死に絞り出している。
彼は風前の灯火。
最早吹けば消え堕ちてしまうほどに衰弱しきっていた。
「俺の事はいい……。早く逃げろ」
この男は震える手でゼイゼイと息を零しながらも被っていたヘルメットを取って地面に置いた。
「必要ないかもしれないが、ないよりはましだ……。もってけ」
強き者……。
この男は放置しておけば、何らかの治療をしたとしても死ぬというのにその民間人を救おうとする心は未だに捨てられてはいないみたいだ。
眼には闘志すらも宿っていた。
俺とは違い捨てなかったモノだ。
俺とは違い恐怖に屈しなかった者だ。例えその思想の代償が命だとしても彼は決して自らの正義感を捨てることはないだろう。
俺はそんな強き者を、自分身より他者を優先できるそんな人間を心より尊敬する。俺は自分の身可愛さに大切な者を売り払ってしまったから。
心からこの人に俺は敬意を称する。
俺はしゃがみ込み出来るだけその男に目線を近づけて語り掛けた。
「貴方の名前は?」
男は笑みを溢しつつ呟いた。
「有岡だ」
男には迷いなんて言葉は少しも無かった。死ぬことへの恐怖を一切見受けられることができないほど男は輝いて見えた。
「早く行け俺の事なんて気にするな」
小さく何度も首を振る、そして俺も穏やか気に彼に笑みを返した。
自分たちには余裕があることを、これは錯乱からの行動では無いと言うことを伝える為に。
「貴方や貴方の仲間をやった奴らを今から殺してきます」
立ち上がり俺は敬礼をして彼に背を向けた。
仇を討つために憂を晴らす為に俺は敵地へと向かう。
「止めろ……。奴らは銃すら効かないぞ、おい少年君はどう戦うつもりなんんだ? 今なら間に合う……。俺のことはいいから早く逃げるんだ」
そんな彼の必死の説得を無視し、俺は道摩に呟いた。
「俺には名のある職人が打った平安時代から名前が伝わるとてもとても勇猛果敢な刀がありましてねぇ、それはそれは切れ味は鬼をも断てる優秀な刀ですよ」
振り向いた法師が命を懸けて止めている自衛官に敬意の籠った目を向け一礼する。
俺の手足であり、刃であり、下僕であり、隷属であり、武器でも剣でもあるそんな彼に向って――
「法師、勝つぞ」
「応‼」
法師は俺の言葉を聞きすぐさま入り口から幕の中に入り大声を上げた。
「草薙大和が家臣、蘆屋道満である。ここにいる将兵は名を名乗り私と手合わせ願いたい。無論皆殿下の名の下に私が十界の最下層に送って進ぜよ」
幕の中は以外に広く大河ドラマとかでみる机は置いてなかった。ただ幕の奥に全身を重厚で華美な甲冑で身を包んだ鬼武者がどっしりと座っていた。
それ以外の幕の中の敵を探ったが……。あれ……。いない。
本陣にいる敵はあの鎧武者単騎。
「神帝軍が某を討ちに来たかと思ったのだが、まさか味方から裏切り者が出るとは思わんかった。聞け、極悪陰陽師、我が名は長井隼人正道利、これよりお主を討ち果たさん」
これまた凄いのが出て来たな……。
いわくつき道三の弟、アンチ信長の不忠義山城守殺しの嫌われ者。
ふっ、極悪陰陽師VS蝮殺しの不忠義者いい勝負じゃないか。
不忠義者は庄机椅子から立ち上がると、闇から刀を引き抜いた。
「お前がこの陰陽師の親玉か、どんな奴かと見てみれば戦なき時代に生まれた貧弱そうなガキではないか。彼の晴明と渡り合ったお前もこんなガキに情けでも湧いたのか?」
長井は憐れむように法師に語り掛けた。
「お前がここら辺の雑魚共の親玉か、どんな奴かと見てみれば、主君を討ち取ったくせして次の主君には嫌われて遠ざけられた不忠義者ではないか」
戦国武将のメンタルはどんなもんかとちょっと煽ってみる。
法師が知っておられるのですか? と耳打ちしてくる。
「ああ知っているとも、資料などでな。とんだ不忠義者として後世に語り継がれている」
長井と名乗る鬼の目つきが変わるが……。溜息を吹き出すと
「強者の庇護下にいるからって調子に乗るなよ。今のこの国の正式な軍隊は弱いのう、昨晩某が全滅させてやったわ」
自慢しているのか目の前のマムシ殺しが豪快に誇ったように笑いだす。
「我が臣下の蘆屋道満に命ず」
荷物を置き、道摩法師も闇に包まれ刀を構える。
「鬼の癖して人間と主従ごっこかよ。極悪陰陽師が聞いて呆れる」
「否、私はお前の知ってる鬼ではない」
主人の命令を待つ良く躾けられた犬のように法師はピクリとも動かない。
「目の前の不忠義者を討ち果たせ」
命令を聞いた途端法師は長井道利に斬りかかる。敵も敵で難なく法師の初撃を防いで攻勢の気を窺っている。
熾烈を極める土砂降りの雨のような法師の剣戟。
「私は極悪陰陽師などではないっ、寧ろ安倍晴明の方が極悪だぁぁぁぁ」
そんな事を言いながら目にも止まらぬ速さで刃を交わらせる。
「これが鬼の戦い……」
一撃必殺を主とする、静寂に包まれた戦いかと思ったが、至ることろで火花が散り躍動的かつ獰猛な剣のぶつけ合いが行われている。
戦闘中に声の一つも出ない、これが剣で語り合っているっことなのか。
法師たちの戦いは幔幕を突き破り本営の外までも戦いのステージとなった。
ただ徐々にだが力の差が技に出始め、長井道利が防戦一方になってきてもいるようだ。
「大層な事言う割にはもう実力差が見えてきてるぞ、不忠義者」
余裕の法師が煽りを入れている。
大して長井は防戦一方だ。
「羅刹の癖によくもまあ俺に立ち向かえたもんだ」
法師の剣舞が長井の体に斬り込みを入れる。
ただ彼もただ斬られるばかりではない。肉を切らせて骨を断つ、その言葉のままに法師に刀を振り落とすが……。
法師は体を傾け難なく回避、それどころかすれ違いざまに鎧に傷をつけていく始末。
「ではそろそろお前には消えて貰おう。殿は多忙故こんなところで時間を割いている暇はないのだ」
にやりと笑うと韋駄天の如き加速を見せて長いの眼前にまで迫る。
法師の鋭い一閃は道利の左腕を刀とともに地に斬り落とした……。いや道利が腕を斬らせたのだ。
あの不忠義者は道摩との戦いを不利と見るや標的を俺に変え掴み上げようと迫ってきているのだ。
「殿っ、お逃げを……」
あまりに早い方向転換で法師は長井を止める事は出来なかった。
「我勝機見えたり、大事な主君を攻撃できるのかな」
長井は俺の襟首を掴み上げようと手を伸ばす。
「一つ言っておこう、お前は油断してか大きな間違いを起こしている。そう」
何も持たない手で大きく振りかぶり力一杯地面を踏み付ける。長井の手が俺の体を障る直前で何も持たない手を長井に向かって斜め下から振り付け……。
途中で刀が現れて、両方の手の内が締められる。
渾身の乾坤一擲の大振りで長井の腕を籠手ごと肘の辺りから両断する。
鮮血が吹き荒れる中、両手を無くした大男は自らの血を浴びながら膝をつき崩れる。
「捨ててだに この世のほかは なき物を いづくかつひの すみかなりけむ」
そんな事を言いながら法師に斬られて落ちている腕の方に足を進める。
「さぁて誰の辞世の句ですかねぇ?」
敵の落ちた腕は未だに刀を握っていた。
地面に落ちた腕を手首の辺りで切り離し、握られた刀を取り出す。
刀を頭から鋒まで舐め回すように見てみる。殺すことに特化した美術品としての刀ではなく殺人の為に作られた戦の時代の太刀。
刀身には片目がけが怪しく光っている人間が映し出されるのであった。
「織田が滅びて早、五百年か……。織田が滅びてからというもの、もはや某に生きる意味など無いに等しかった……。某はやっと死ぬことが、やっと滅びる事が出来るのですね。道三公、義龍殿、龍興様、御公方様やっとそちらに向かえます。私の骨はようやく尾張に埋めることが出来るようです」
武人は空を仰ぎながら過去に思いを馳せているようだ。彼は織田を、織田信長を激しく憎み、生前織田を倒そうと様々な勢力を渡り歩いてきた。それは彼が死んでなおも。
ただ織田家はもう滅びてしまった、では彼は何のためにこの世に再び生を得たのか? 彼にはきっと生きる意味など遠の昔に失われ、殺される日を、討倒される日をただただ待つだけのバケモノでしかなくなったようだ。
そんな復讐者を俺は救う、そんな裏切り者を判子も許可もなく俺の意思で処刑する。
首を落とすため武人の後ろに立ち刀を構える。
「俺の首級として死ね。国民に愛される緑の人の仇だ」
長井の刀を高々と振り上げる。
彼ももう生きることを諦め堂々空を仰ぎ見ているようだった。
「感謝するぞ坊主、いや大和と申したな。お主には某の愛刀、関の孫六を進ぜよ。銘は山城とい……」
ギロチンのように刀が振り下ろされ深紅の血と共に首が宙を舞う。
鮮血が風に吹かれた花弁のようにひらひらと宙に飛ばされては滝みたいに地面に叩きつけられている。きっとこれは俺たちの価値観では悲惨な死に方だ、でも敵に討ち取られて死ぬことを望んでいた敵にとっては幸福なことであろうか?
でも弔う気も何も湧いてこない、奴は化け物。道理に外れた人でなし弔いも供養もまるで必要ないだろう。
「終わったのですね」
近づいてきた法師の顔に全身の力を振振り絞って拳を飛ばす。
一帯に大きな打撃音が響き渡った。




