NDA52
なんとか書き上げました。長らくお待たせしてしまい、申し訳わりませんでした。どうぞ、お楽しみください。
約束通り、カイをニコスまで連れてきたユーリはそのままギルド協会までカイを案内し、そこで別れた。曰く、頼まれた武器がある、とのことでとんぼ返りしてしまったカイを見送ったユーリは近くにあったソファに腰を下ろした。久しぶりに、というほど離れていたわけではないが、しばらく見ないうちにカイの雰囲気はどことなく職人らしさを帯びていた。聞けば、それなりに常連にも恵まれ、後発組の中ではわりと繁盛している、とのことだった。ちなみに、とびきり美人なエルフが時々、顔を出す、という噂も店の人気に一役買っているらしい、という話を聞かされたユーリは素直に喜ぶことができなかった。
「さて、思ったよりも早く済んだし、これからどうしようかな……」
窓の向こうに目をやると晴れ渡った空が広がっていた。城下街というだけあってNPCの数は始まりの街の比にならないくらい多く、都市としての機能もニコスの方が数段充実している。特に用もないため、気の向くままに街の中を散策してみようか、と思いながらもユーリは首を横に振った。カジカ達とここで待つ、と約束した以上、下手に歩き回らない方がいい。プレイヤーの数が少ないとはいえ、先程の男達のようにナンパされる危険性もある。それを避けるためにも、ユーリは協会でカジカ達を待つ、と決めた。
「暇、だな……」
と、言いつつもただ待っているだけでも退屈なだけである。何か時間を潰せるものはなかったかな、とアイテムボックスを探していたユーリは一冊の本を見つけた。
「そういえば、読みかけだったな、これ」
『英雄記』と書かれた本を取り出し、ユーリは溜め息を零した。最後に読んだのは101匹のゴブリン達に襲われたあの日であるため、前に読んでからかなり時間が経っていることになる。既にどんな話だったかさえ記憶もあやふやなユーリは、特にすることもないし、と呟いてページをめくった。内容は基本的に子供向けの英雄譚なのだが、子供向けと考えるにはグロテスクな内容も少なからずあり、ユーリでさえ顔を背けたくなるような挿絵も何枚か書かれていた。
「よろしければ、どうぞ」
若い女性の声がして、ユーリが顔を上げるとギルドの職員がそこに立っていた。手に持ったトレーには紅茶が甘い香りを漂わせている。
「え、でも……」
「ご心配なく。サービスですから」
そう言ってにっこり微笑んだ職員は慣れた手つきでユーリの前に紅茶と焼き菓子を並べていく。湯気を立てる紅茶と焼き菓子の甘い香りはユーリにとっても魅力的だった。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
紅茶を持ってきてくれた女性職員にお礼を言って、ユーリは焼き菓子を一つ摘む。こんがりとした焼き色は絶妙な色合いで、ユーリの食欲をそそる。口に運ぶとサクッという音を立て、口いっぱいに甘味が広がっていく。
「そう言えば、甘いものを食べたのって、結構、久しぶりかも」
カジカのおかげで食事に困ることのないユーリ達だったが、流石のカジカも料理ならなんでも作れるというわけではない。苦手なのか、あるいはそもそも作り方を知らないのか、これまでの食事の際、お菓子の類はほとんど出てこず、たまに出てきたとして果実の場合が常だった。久しぶりの甘味にユーリの頬も緩んだ。
「うん、美味しい」
満面の笑みを浮かべながら、ユーリは本を読み進めていく。場面はちょうど勇者が王と呼ばれる魔物と戦っているところだった。王、とはその種族の魔物を統べる存在を示す名称であり、その種族で最強の存在であることを意味していた。妖しげな杖を天高く掲げ、奇妙な文様を描かれた衣服を身に纏った醜い小鬼の挿絵は、しっかりと王冠が描かれており、その小鬼がゴブリン達の王であることを表していた。ゴブリンキングは妖しげな術を使いながら、配下のゴブリン達をもって勇者を取り囲んでいく。数ある魔物達の中でゴブリンは最も繁殖力が強く、個体数が多い。個々の戦闘能力は決して高くないものの、数でそれを補っているのである。その数は以前、ユーリ達が相手した数の比ではない。
「うわ、これは……」
勇者に群がるゴブリン達の絵はまた違った意味でグロテスクだった。蟻のように押し寄せてくるゴブリン達を勇者は文字通り、なぎ払い、あるいは吹き飛ばし、王のもとへと近づいていく。破魔の銀で作られた剣は何度ゴブリン達を切り裂いてもその輝きを失うことはなく、盾はゴブリン達の攻撃を受けても傷一つ付いていない。はっきり言って、戦いは勇者の一方的な虐殺だった。いくら数で勝るとは言え、勇者相手に雑魚が何匹いても勝負にはならない。おそらく、ゴブリンキング以外、相手にならないのだろう。瞬く間に勇者がゴブリンキングの前まで進み出るとその剣先を相手に向けて、長々として口上を述べ始めた。そして、口上が終わると勇者とゴブリンキングの一騎打ちが始まった。しかし、ゴブリンキングはあっけなく討ち取られ、そこで場面が切り替わってしまった。
「なんだ、呆気ない……」
英雄譚であるならば、手に汗握る戦いが必須である。そう考えているユーリにとって、ゴブリンキングとの一戦は実につまらないものだった。しかし、その一方で、ユーリは心のどこかで納得していた。
「けど、実際はそういうものなのかもな……」
もし、ユーリが勇者であったならば、手に汗握る戦いの連続よりもワンサイドゲームの勝ち戦の方がいい。少なくとも、それができるだけの実力を身につけてから戦いに挑む。もしかしたら、ここに描かれている勇者もそうだったのかも、と考えると一気に気持ちが醒めてきた。実際のところは、勇者が初めてミスリル製の武具を手に入れて挑む戦いであり、その性能の凄まじさを表している話なのだが、所々飛ばしながら読んでいるユーリはそれに気付かない。一人勘違いしたままのユーリは溜め息を零した。
「そういうところまでリアルに書かなくてもな……」
「何がリアルに書かなくても、なんだ?」
「え、クロ、じゃなくて……えーと、どちら様ですか?」
ふと、顔を上げるとそこに全身黒づくめの猫人が立っていた。一瞬、クロエかと思ったユーリだったが、目の前に立っているのが男で、そして、身につけている防具が革製の鎧であることに気付いて、慌てて言い直した。男女の違いもあるのだろうが、同じ猫人でも、クロエと目の前の青年とでは印象がまるで違った。クロエはいわば、愛玩用に飼いならされた猫であるのに対し、青年は肉食獣のようなしなやかさと獰猛さを併せ持った瞳をしていた。決して太いとは言えない四肢には力が漲っており、只者ではないことがユーリの目にも明らかだった。
「リオンだ。《黒獅子》のギルマスをしている」
リオンと名乗った男が率いているギルドの名前にはユーリも聞き覚えがあった。《黒獅子》は現在、このゲームで最も有名なギルドの一つであり、ノエル率いる《妖精女王》や他の二つのギルドと合わせて『四強』と呼ばれている。《黒獅子》が有名な理由はその強さもさることながら、ギルマスを含めて三人しかメンバーがいない、という点である。パーティーは最大で六人まで入れることができるにも関わらず、ベータ版の頃から《黒獅子》は三人で活動してきたのである。デスゲームが開始された今でもそれは変わらず、その一貫したプレイスタイルは一部のプレイヤーからは熱狂的なまでに支持されていた。
「えーと、ユーリです。《カジカ☆キッチン》のサブマスターです」
「《カジカ☆キッチン》?……初めて聞く名前だな」
「ついさっきできたばかりなんで」
ニコスに来てからはほとんど毎日、協会に来ているリオンは今のところ、全てのギルドを知っている自信があった。首を傾げていたリオンはユーリの言葉を聞いて、なるほど、と頷く。
「で、《黒獅子》のギルマスが私に何の用ですか?」
リオンがナンパ目的でないことはユーリと話す雰囲気で察することができたが、逆にナンパ目的でないならば、ユーリに声をかける理由が思い浮かばない。《黒獅子》の攻略状況をユーリが知るはずもないが、ユーリ達よりも進んでいるのは間違いない。その上、ベータ版から続けているリオンがユーリ達に情報を求めてくるとも思えなかった。
「用ってほどじゃない。見ない顔だったからちょっと挨拶しようと思っただけだ。強いて言うなら、読んでいる本に興味があった、くらいだ。別に、お前をどうしようってわけじゃない。そう警戒するな」
「すみません。最近、しつこいナンパが多くて」
「なるほど……それは気の毒だったな。まぁ、その連中の気持ちはわからないでもないが」
リオンは品定めするようにユーリを見つめ、わずかに好色を滲ませながら頷いた。一方のユーリは冷めた視線をリオンに返す。
「される身としては、もう少し慎みを持って欲しいです」
ユーリの瞳の奥に静かな怒りを感じ取ったリオンは肩をすくめながら、頷いた。
「そうだな。君は怒らせると怖そうだ。で、話を戻すんだが、その本はどこで手に入れたんだ?初めて見る」
「始まりの街でNPCからもらいました。その人は教会に行けば読める、みたいなことも言ってましたから、たぶん、この街の教会に行けばありますよ。というか、掲示板に書いて……あ、しまった。ゴブリンのせいで掲示板に挙げるの忘れてた」
ゴブリン達のゴタゴタで掲示板に挙げることを忘れていたことに気づいたユーリは大きな声を上げる。一方のリオンはわずかに首を捻り、もう一度ユーリを見つめた。心なしか、さきほどよりもじっくりと見られているような気がしてユーリは気分が落ち着かない。そして、リオンは控えめな声でユーリに尋ねた。
「もしかして、ゴブリンのせいというのは『101ゴブちゃん、襲来』のことか?」
「……えぇ、そうですけど、それが?」
不審そうに首を傾げるユーリにリオンは笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、そのクエストで活躍したエルフの美人剣士がいる、という噂を聞いていてね。なるほど、君が……噂に違わぬ美姫でなによりだ」
「それはどうも。お褒めいただき光栄です」
嬉しがる素振りは欠片も見せずにユーリは頭を下げた。ツンとした態度を返したユーリにリオンは一瞬、驚いた表情を浮かべ、そして、すぐに笑みを浮かべた。獰猛な、肉食獣の笑みだった。
「……気に入った。ここで会ったのも何かの縁だ。フレンド登録をしよう」
リオンの申し出にユーリは一瞬、躊躇いの表情を浮かべた。片や四強の一角を担う攻略組筆頭。片や出来立てホヤホヤの弱小ギルド。リオンにとってフレンド登録するメリットがあるようには思えなかった。
「心配しなくても他意はない。言っただろう?お前のことが気に入った、と。女としてじゃない、一人の人間としてだ。本のことを教えてくれた礼もしたいしな」
「……わかりました」
ユーリは小さく頷いて、リオンとフレンド登録をした。そして、それを見計らったかのようにリオンを呼ぶ声がした。
「おい、リオン、そろそろいくぞ」
大剣を背中に担いだ大柄の男がリオンを呼ぶ。その隣にはローブを目深に被った男が立っていた。二人とも装備が黒を基調していて、《黒獅子》の残りの二人であることは一目瞭然だった。
「待たせたな、レグルス、デボネラ。じゃあ、またな。ユーリ」
協会を出て行くリオン達を見送りながら、ユーリは小さく溜め息を零した。
「結局、なんだったんだろうな……あの人」
というわけで、新キャラ登場回でした。
前回から一ヶ月以上経ってしまいましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
これからは少しずつ攻略組を含めた他のギルドとの絡みも出てくる予定ですのでどうぞ、お楽しみに♪
次回の投稿はおそらく12月になると思います。また、しばらく間が空いてしまいますが、エル剣をよろしくお願いします。
それでは、次回もお楽しみに♪
ではでは。




