NDA18
今更ですが、20話以上書いていて、いまだに主人公が冒険に出発してないっていうのはどうなんでしょうか……
友人からはこのまま最後まで出発しねぇんじゃねぇの?とまで言われてしまいました(笑)
昼食を終えた三人は何匹かモンスターを狩って、それから街に戻った。糸と繭玉だけはフランに引き取ってもらったが、残りの素材は市場で他のプレイヤーに売ることはあらかじめ決めていた。初日にベータ版からの生産職であるフランに出会い、寝起きもフランのお世話になっていたユーリは市場に行った経験がほとんどなく、素材やアイテムの相場をほとんど知らなかったのだ。攻略に向けて出発する前に社会勉強も兼ねて、ということでフランに勧められたのも理由の一つだ。
「普通のプレイヤーは市場で場所を借りて店を開く。初日から店を持つなんてあんのは本当にごく一部の例外だ。あと。場所を借りる値段は場所の広さや立地によって変わってくる。いい所はもう抑えられてるだろうから諦めろ」
カジカはそう言ってNPCにお金を支払って、代わりに身の丈を粗末な敷物を受け取る。
「この敷物が許可証替わりで、この敷物の上でなら何を売ってもいい。森の素材なんてそんなに流通してねぇから、いい値段で売れるんじゃねぇか」
カジカはそう言って、示された場所に行き、敷物を広げた。藁を編み上げた粗末な敷物だったが、広さでいうと四畳半ほどはある。敷物の上にカジカは森で手に入れた素材を手際よく並べていく。モンスターの素材の他に、カジカが拾った野草やキノコまで並んだその光景な一言で言うなら、毒々しい、だった。
「なぁ、カジ……これで本当に売れるのか?あんまり言いたくないけど、なんていうか見た目が……」
森で手に入れたドロップ素材の内、【糸】と【鎧甲虫の外殻】はともかく【毒針】と【蜘蛛の毒】は名前からして毒々しい。実際、アイテムとして使えば相手を毒状態にできる代物だ。そのおかげで、カジカの拾った野草やキノコも毒の入った素材に見えてしまう。はっきり言って、買い手の購買意欲を掻き立てる素材には見えない。
「そこは売り子次第だな。ユーリ、フランに作ってもらったメイド服ってまだあるよな?」
「え、あぁ、あるけど……」
―――まさか……
フランに仕立ててもらったメイド服やユーリを採寸して作られている為、ユーリ専用の装備と言っても過言ではない。新しく騎士服を仕立ててもらったとはいえ、ユーリの為に仕立てられたメイド服を捨てるわけにはいかず、もちろん、売るわけにもいかないので、このままアイテムボックスの奥底で永い眠りにつくはずだった。何に使うのだろうか、と考え、ユーリの頭に嫌な予感が駆け巡った。
「……流石に、あれは売ったらフランが黙ってないと思うぞ」
ユーリの言葉は硬い。まるで、自分の予感を否定するように、カジカに言った。
「何言ってんだ。売るわけねぇだろ。着るんだよ」
「で、でも、クロエには大きすぎるし……」
――――やめてくれ、聞きたくない
「だから、お前が着るんだよ」
――――やっぱり……
カジカから無慈悲な言葉を突きつけられて、ユーリの目の前は真っ白になった。
・*・
「……これでいいか?」
結局、メイド服を着ることになったユーリはアイテム欄を操作して装備を変更した。今まで着ていた騎士服がふわりと揺れて、光の粒となって消える。そして、優しいブラウンのメイド服の服へと変わる。その光景は一見すると、少女向けアニメの変身シーンのようにも見える。カジカやクロエに教えてもらって初めて知ったことだが、これがこのゲーム内での本来の装備方法らしい。もちろん、今までユーリがしていたように一度実体化させ、身に付ける方法もあるが、それだと手間がかかり過ぎる為、やっているプレイヤーはほとんどいない。
「ユーリお姉さま、よく似合ってます」
目をきらきらと輝かせ、クロエはユーリを見つめる。その横でカジカもまんざらではない、と言わんばかりの表情を浮かべていた。認めたくはなかったが、このメイド服がユーリによく似合っているのは紛れもない事実であり、そのことはユーリ自身も自覚していた。
「はぁ……また、これを着るのか……」
ひらひらと揺れるスカートの裾を見つめながら、ユーリはため息を零す。この服がユーリに少しも似合っていないのであれば、むしろ、諦めもついた。たとえば、カジカがメイド服を着たならば、間違いなく、似合わない。似合わないからこそ、それは笑いになる。着た本人もギャグの延長なのだと割り切ることができる。
しかし、ユーリはそうではないのだ。
認めるのも癪だが、このメイド服はユーリの為だけに作られた一着であり、ユーリに一番似合うようにフランが腐心して仕立てたのだ。そして、メイド服を着たユーリはどこからどう見てもエルフ耳の愛らしい美人メイドにしか見えなかった。
「まぁ、よろしく頼む」
ポン、と肩をたたいたカジカの笑顔は清々しく、それを見たユーリは再びため息を零した。結局、売り子を務めることになったユーリだったが、その効果は凄まじく、すぐにユーリの前には人だかりができてしまった。
「ねぇ、これって君が集めたの?」
敷物に並べた素材を手に取って、あるプレイヤーがユーリに尋ねる。男の手にあるのはビックスパイダーのドロップアイテム【蜘蛛の毒】である。もう一方の手には【鎧甲虫の外殻】がのっている。どちらもまだほとんど市場には出回っていない素材であり、それは、その入手の困難さの裏返しでもあった。
「そうです」
正確にはユーリを含めた三人で、だがユーリの後ろにカジカとクロエが控えているので説明を省いても問題はない。
「ふーん……君が、ね……」
男はそういって、手に持った素材をユーリ、そして、後ろに並ぶカジカとクロエを見比べた。三人でパーティーを組んでいる、というのは別に驚くようなことではない。しかし、男が目を引いたのは三人の身に付けている装備だ。初期装備でないことは一目でわかるが、お世辞にも森で戦ってきたプレイヤーの装備には見えない。【鑑定】のスキルを持たない男にとって、三人が身に付けている服は所詮、服にしか見えないのだ。つまり、男の目にはユーリ達がこれだけの素材を集めてきたようには見えなかったのである。
「……まぁ、いい。なぁ、よかったらこいつらの情報を教えてくれないか?もちろん、タダでなんて言わない」
男に聞かれて、ユーリはカジカを見た。カジカは好きなようにしろ、と無言で頷く。続いて、ユーリが周りを見渡した。男の他にも何人ものプレイヤーがユーリの周りを囲んでいる。その視線にはユーリには耐え難い色めいたものも混じっていたが、いつぞやのような嫌悪感を覚えるほどではない。
「……いくらで買ってくれますか?」
「まずは話を聞いてからだ」
そこは譲らない、とばかりに強気で言い切った男にユーリは内心、ため息を零した。幸か不幸か、ユーリを見る男の目に劣情の色はない。しかし、代わりにユーリ達を格下と決め込んで、侮っていることは嫌でもわかった。見た目は可憐な美人メイドのユーリだが、男から滲み出るような蔑みの視線を甘んじて受け入れるほど、大人しい性格ではない。
「話になりませんね、安く買い叩こうという魂胆ですか……お引き取りを」
ツンとした態度で返すと男は一瞬、驚いた顔を浮かべ、すぐに鋭い視線でユーリを睨みつけた。
「ふざけるなよ。どうせ、売るような情報なんてないんだろ」
露骨にユーリを見下すその視線にユーリはもちろん、カジカとクロエも顔をしかめた。しかし、ユーリはすぐに表情を元に戻すと伏せ目がちのまま小さくため息を零した。その姿は如何にも弱々しく、今にも折れてしまいそうな花のように見えた。厳しい視線で見下ろす男と、暴言を浴びせられてしゅんと萎れたユーリ。どちらが悪者なのかは一目両全だった。
誰からというわけでもなく、男を非難する言葉が上がり、それが周囲に広まっていく。こうなってしまうと男にはもうどうすることもできない。辺りを見渡し、利がユーリにあることを察知すると舌打ちをして人ごみの間をかき分けてどこかに行ってしまった。
――――うわ、フランの言った通りだ……
接客で困ったときの対処方法としてフランから聞いていた方法の一つを実践したユーリは、その予想以上の効果に内心、驚いていた。フランが教えられた方法は非常に簡単で、悲しげな表情を浮かべ、いかにも儚げな存在であるかのように振る舞うというものである。要するに、自分を弱者に、相手を悪人であるかのように周囲に錯覚させ、周りの人間に相手を非難させるのである。フラン曰く、使いどころを間違えなければ、ユーリの容姿をもってすれば大抵のことはこれで押し通せる、とのことで、実際に試してみたらその効果は覿面だった。
「大丈夫だったか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
心配して声をかけてくれた他のプレイヤーにユーリはぎこちない笑顔を返す。もちろん、か弱い素振りは演技であるため、ユーリには何の問題もない。何事もなかったかのように澄ました表情でユーリは客に対応し、敷物の上の品を捌いていていった。
・*・
ほとんど市場に出回っていない素材だったからか、あるいは売り子であるユーリのおかげか、二時間もしないうちに三人が集めてきた素材はほとんどが売り切れてしまった。
「さて、これはどうしようか……」
唯一売れ残ったキノコの山を見てユーリはため息を零した。カジカ曰く、食用キノコらしいのだが、いかにも毒々しいそのキノコは誰も手を出そうとしなかったのだ。もともと、食材系の素材は文字通り、食材としてしか用途がなく、【料理】のスキルを持っていない人間が手を出すような素材ではない。もっとも、そのことはカジカに前もって言われていたため、売れ残ることはある程度、予想していたことだった。
「仕方ねぇな。今日の晩飯に……」
「ダメですっ!!」」
売れ残ったら夕飯の材料にしようと呟いたカジカの言葉にクロエの悲鳴が重なる。カジカの料理の腕を疑っているわけではないが、いかにも毒キノコといったキノコを食べたいとは思わなかった。毒キノコではない、と頭で理解しているが、拒絶してしまうのだ。そんな風に騒いでいた三人に、涼しげな声が響く。
「あの、これ、売り物?」
若い女性の声がして、三人が振り向くと一人の女性が敷物の前に立っていた。艶めいた薄紫の髪な短く切り揃えられ、灰紫の瞳は大きく、まるで爬虫類を思わせる。丈の短い濃紺のワンピースは胸元が強調されるデザインで、見事に妖艶な谷間を形づくっていた。外見だけを見るなら、おそらく、20歳前後。美人かといわれると美人に違いはなかったが、普通の美人ではなかった。
「あ、えーと、それのことですか?」
女の持つ毒キノコを指差し、ユーリは控えめな調子で尋ねる。女は小さく頷いた。
「そう。売り物なら、買いたいんだけど」
膝上まで覆ったロングブーツの色は黒で、女の妖しげな雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。
「売り物ですけど……本当に買うんですか?」
「もちろん。これはムラサキトキダケ、こっちはアカネムリダケ。この二つはアオシビレダケとハナダドクダケ。ずっと、欲しかった」
絨毯に並んだキノコを指差しながら、笑顔を浮かべる女は普段であれ美しいと思うはずなのだが、今だけは美しいと思う以上に不気味だった。どんなに外見が美しくとも、あるいは色っぽくても、毒キノコのようなものを手にして喜んでいる女性に魅力を感じる男は少ない。
「あの、ちなみに何に使うんですか?」
「隠すことじゃない。でも、言う必要もない。これ、全部でいくら?」
何のために買うのか、と尋ねるユーリに女は答えない。無理に聞き出すつもりはなかったが、ここまで露骨に隠されるといい気持ちはしない。キノコの名前まで知っていた、ということは戯れの類ではなく、何か目的があって買っていることとである。その目的の如何によっては対応も変わってくる。
「金はいらねぇから、何に使うか教えてくれねぇか?」
カジカが尋ねると女は一瞬、苦い顔を浮かべて黙り込み、カジカに言った。
「どこで手に入れたのかも教えてくれるなら」
「なら、他を当たってくれ」
譲歩しろ、を迫る女をカジカはばっさりと切り捨てる。女の顔が再び、歪む。本音を言うなら、女の出した条件を呑んでもよかったが、取引の主導権をみすみす渡してしまうことになりかねない。それは避けたかったカジカは敢えて、強硬な態度に出たのだ。女はしばらく、黙り込んでいたが、観念したように頷いた。
「わかった。それでいい。でも、どこで手に入れたのかも教えて欲しい。その分のお金は別に払う」
「交渉成立だな。それじゃあ、何に使うのか教えてくれ」
「薬の材料」
カジカに急かされ、女はわずかに顔を顰めながらもそう言った。そして、意外なその答えにクロエは首を傾げる。薬の材料、と言われてもすぐには思い浮かばない。ゲーム内での薬といえばすぐに思い浮かぶのはHP回復のポーションやMP回復のエーテルだが、入手方法はNPCの店から買うしかない。もし、それがプレイヤーの手で作れるのなら、ベータ版のプレイヤーが発見しているはずであり、いずれにしろちょっとした騒ぎになるはずである。そういったものに疎いユーリはともかく、カジカやクロエの耳に入らないはずがない。
「薬の材料?そのキノコが、ですか?」
「そう。状態異常を回復する薬。【調合】で作れる。レシピが必要だけど」
「なるほど、【調合】か……そういう噂も流れたけど、結局方法が見つからなかったんだよな」
女の言った【調合】というスキルにはカジカも聞き覚えがあった。ベータ版プレイヤー曰く、正規サーボス開始の同時に新たに追加されたスキルであり、その名前からポーションなどのアイテム作成が期待されたが、結局その方法が見つからず、今では無駄スキルや屑スキルと呼ばれているスキルの一つだった。本来であれば、そういったスキルの解明に全力を注ぐプレイヤーが必ずいるはずなのだが、デスゲームを宣言されてからはそういった動きは減少傾向にあった。誰だって、自分の命が大切なのだ。世界を見渡せば自分の命と探究心や知識欲と天秤にかけて釣り合う人間がいないこともないが、少なくともこのゲームの中に、しかも、ゲームが始まって一週間も経っていないこの時期に、そんなプレイヤーがいるはずもなかった。
「スキルだけじゃなくて、レシピも必要。たぶん、ゲームバランスをとるため。今は無理だけど、素材があればポーションも作れる」
ゲームのバランスを取るため、という女の言葉は全くの的外れというわけでもない。回復系のアイテムがプレイヤーの手で大量生産できるようになり、それを一部のプレイヤーが独占するようになればゲーム内でのパワーバランスは間違いなく、崩れる。それを避ける為に運営側が調整を加えていたとしてもおかしな話ではない。
「この話、広めないで」
「あぁ、それはもちろん」
レシピが必要であるとはいえ、【調合】のスキルで回復系アイテムが作れる、という情報は女にとって安くない財産である。今まで、できるかもしれない、というあやふやだったものが、できる、に変わるその意味は大きい。女にしても、ユーリ達にしてもこのまま情報を独占するつもりはないが、安易に広められると情報の価値が下がってしまい、本来得られるはずだった利益を損ねてしまうことになりかねない。それを避けるためには当然のことをしただけだ。
「つぎはこっちの情報だな。そのキノコは全部、森にあった。森のどこにあるっていうわけじゃなくて、エリアを歩いてたら適当に生えてるから採集は難しくねぇけど、モンスターが出るから一人ではいかねぇほうがいい」
「やっぱり、森……」
女は俯いて、呟く。その雰囲気から察するに、薬を作るのに必要な素材が森にあることは気付いていたようだったが、それを安全に手に入れる為に必要不可欠な仲間はいないようだった。スキルポケットの数が三つしかない中で、その一つを屑スキルで埋めているプレイヤーと組みたがる物好きはそういるものではない。元々、生産職のプレイヤーは一人でもなんとかやっていける為、特定のプレイヤーと組むことも少ない。
「もしかしなくても、ソロプレイヤー?」
ユーリの問いかけに女は頷く。
「……よかったら、俺たちと組まないか?森で素材を集めたいなら協力できるし、悪くないと思うんだけど」
そう言って、ユーリはカジカとクロエを見た。二人ともユーリに同意するように頷いた。攻略を目指すと決めた以上、パーティーメンバーが多いことに越したことはない。おそらく、現状で唯一回復アイテムを作成できるプレイヤーであることを踏まえると仲間になってもらった方が得策である。見たところ、戦闘能力には自信がないようだが、それはユーリ達で補えばいい。最前線で戦う攻略組には及ばないものの、この街にいるプレイヤーの中では頭一つ飛びぬけた実力を持っている自信はある。まだ、市場に出回っていない、森でしか手に入らない素材を大量に持っていたことがそれを裏付けている。女にとっても悪くないとはずだ、とユーリは女に視線を送る。女は驚いた顔を浮かべ、まるで値踏みするようなじっとりとした視線でユーリ達を見ていた。そして、しばらく考え込んだ後に小さな声で呟いた。
「シオン」
はにかんだように微笑むその顔に目を奪われ、呟かれたその言葉が女の名前であり、申し出を受けたということに気付くのにユーリは一瞬遅れてしまった。
というわけで、新メンバー加入です。さて、ユーリ一行はいつになったら出発できることになるのやら……
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回の投稿は11月7日の予定です。
それでは次回もお楽しみに♪
ではでは。




