第26話 ここが俺の居場所だ
秋祭りの前日、再建が終わった小さな教会の掃除を終えると、歓声が沸き上がった。
色とりどりの花や布で飾られた村は、もう明日が待ちきれない様子だ。
「料理の準備もバッチリだよ!」
「衣装の準備も完璧さ!」
「明日はきっと最高の一日になるな!」
村人たちがわいわいと騒ぐ横で、教会を見上げた。
ここには豪華なステンドグラスや厳かなパイプオルガンがある訳じゃない。美しい女神の像だってない。本当に小さな、名もなき村の小さな教会だが、今、その姿は不思議と輝いているように見える。
女神の気まぐれで、この地にやってきた。
ただハーブティーが飲めればそれでいいと思っていたのに、気付けば、人が周りに集まってきた。本当に不思議なものだ。
「ルーファスの旦那、これを受け取ってくれよ!」
声をかけられ振り返ると、婦人会の面々が畳んだ布らしきものを差し出した。
「こっちは、トレヴァーのだよ!」
「俺の?」
顔を見合った俺たちは、それぞれ差し出されたものを受け取り、広げた。それは、細かな花の刺繍が施された肩マント、祭りの衣装だった。
「ジャスミンちゃんには、これ! 新しいのをこさえたよ」
モナはそういって、持っていた布を広げた。紺のドレスはスカート裾から赤と青のストライプ柄が覗く印象的なデザインで、花の刺繍が施されたエプロンがついている。それをジャスミンの身体に当てて「サイズはピッタリなはずだよ!」と朗らかに笑う。
ジャスミンが驚いた顔をして、身体に当てられたドレスを見た。
「これ……祭りの衣装?」
「そうだよ。いっただろう。ジャスミンちゃんも、ルーファスの旦那も、トレヴァーも、みんな村の一員だって!」
大きな口で笑うモナを見て、ジャスミンはドレスを抱きしめると、泣き出しそうな顔をドレスに埋める。その頭をかき撫でると、顔を上げて「ありがとう!」と破顔した。
「それと、グラちゃんにはこれを作ったんだよ」
そういって、モナはグラシエアの首に黄色いリボンを巻いた。リボンには丁寧に花が刺繍されている。
大人しくリボンをつけられたグラシエアは、ピピッと鳴いて翼を羽ばたかせた。誇らしげな姿に思わず笑うと、飛んできて頭に乗っかった。
「お前の巣はあっちだろ?」
頭の上でピチチッと鳴かれ、辺りからどっと笑いが上がった。そんな賑やかな人だかりの間から村長が歩み出た。息子のエルムも一緒だ。
「ルーファスさん、これからもよろしくお願いしますよ」
「村長、こちらこそです。おかげさまで、カフェも開店準備が整いました」
頭を下げると、グラシエアは飛び立つ。
ログハウスの改築に内装、店のメニュー作り、やることは山のようにあったというのに、村人が代わる代わる祭りの用意をする傍ら手伝ってくれたこと。それもこれも、村長が何度も声掛けをしてくれたからだ。
「そんな改まらんでください。ルーファスさんのおかげで、今年は祭りの料理も豪勢になったし教会も立派に建ったのですから!」
「そうです! ルーファスさんのおかげで畑も元気になって豊作です!」
エルムがそういうと、ジャスミンがぷくっと頬を膨らませた。
「それは、あたしとトレヴァーの頑張りもあるんだけど」
「も、もちろん! ジャスミンさんとトレヴァーさんもです!!」
はわはわと赤くなりながら慌てるエルムを見て、再び笑いが起こる。
この村は本当に温かい。
ピチチッとグラシエアの鳴き声が響き、はらはらとカミルフィの花は落ちてきた。それを掴むと、誰かが「前夜祭が楽しみだな!」といった。
「今年の前夜祭は、旦那の店でなんだろう?」
「前夜祭は、ルーファスさんが料理を振舞ってくれるんだってな?」
「開店前の料理を一足早く食えるんだ。楽しみだね!」
村人たちの声に口角が緩んだ。
カミルフィの花をジャスミンなお頭に挿し「準備を始めるか」というと、その顔が嬉しそうに輝く。トレヴァーの肩に降りたグラシエアが、号令をかけるようにピーッと鳴いた。
「ルーファスさん」
村長を振り返ると、輝く銅製の看板が差し出された。
受け取った丸い看板には「カミルヒル・カフェ」の文字と、カミルフィの花でレリーフが描かれ、幸運の鳥となったグラシエアを模した小鳥が停まっている。
看板を覗き込んだ俺たちは、顔を見合って笑った。
「私たちの村カミルヒルへ、ようこそ。店の繁盛を願ってますよ!」
「村長、これからもよろしくお願いします」
差し出された手を握りしめると、ジャスミンが看板を空に掲げて「さあ、準備するわよ!」と声を上げた。
村長にもう一度頭を下げ、俺はジャスミンの小さな背を追って歩き出した。
◇
揚げ焼きしたイモとベーコンはハーブ塩で味付けをする。ローストしたナッツもハーブ塩をしっかり効かせた。口にナッツを放り込み、塩気を確認する。酒が進むこと間違いなしだな。
薄く伸ばしたパン生地で、野菜やハーブと一緒に煮込んだイノシシ肉を包んだものを、大鍋で熱した油に次々と放り込んだ。
「トレヴァー、こいつがいい色になったら、カゴに出してくれ」
「いい色ってなんだよ」
「美味そうな焼けたパンの色だ」
穴の開いたお玉をトレヴァーに持たせ、すぐ横で、串刺しにしたイノシシ肉を焼き始めた。朝から、塩とハチミツで作った調味液に漬け込んだイノシシ肉だ。しっかり焼いても柔らかい仕上がりになる。
「ジャスミン! ソースの用意は大丈夫か?」
「トマトソースも、スパインバジルソースもバッチリだよ」
「じゃあ、そろそろグラシエアと一緒に、ハーブドリンクを作ってくれ。作り方は覚えているな?」
「任せてよ! 切ったプラムとレモン、ベリーと一緒にハーブを入れたら井戸水を注ぐ。で、グラシエアに冷やしてもらう。でしょ?」
ピッチャーを戸棚から出すジャスミンは得意げな顔をした。それに「完璧だ」というと、キッチンの隅にある止まり木で休んでいたグラシエアがピチチッと鳴いた。
これだけ火を使っているのに、キッチンの中は快適だ。それというのも、グラシエアが冷気をコントロールして送ってくれるからだ。
「あとは、イノシシ肉のワイン煮を盛りつけたら、シルヴェローズのパンを切って、ああ、ハーブバターも出さないとな」
ぶつぶつと呟きながらも、この瞬間が楽しくて口角は緩みっぱなしだ。
一通り料理がそろい、三人で真新しいテーブルが並ぶカフェのホールに大皿を運ぶ。
「ルーファス、とりわけ用の皿はここでいいのか?」
「ああ、まとめて置いてくれ」
「ピッチャーもここでいいの? これ、足りる?」
「頃合いを見て、追加した方がいいだろうな」
「デザートはどうするんだ?」
「まだいいだろう。貯蔵庫の棚に、氷と一緒に置いといてくれ」
「グラシエア、氷、もう少し作ってくれ!」
「ねえ、ルーファス──」
騒ぎながら配膳をし、それなりに見える形になった。三人でも、まあ、なんとかなるもんだな。とはいえ、もう少しゆっくりしたいもんだ。
それにしても、まさかカフェで迎える最初の客が、前夜祭を祝う村人たちとはな。小さな村とはいえ、三十人はいるぞ。
ホールを見渡し、全員入れるか心配になる。まあ、もしもの時は外に席を作るか。そんなことを考えていると、背中を突かれた。振り返ると、ジャスミンが手に畳んだ肩マントを持っていた。俺用にとモナが用意した祭りの衣装だ。
「そろそろ、時間じゃない?」
「ルーファス、ほら、あれも出さないとだろ?」
マントを着けながらトレヴァーがカウンターの上を指差した。
「ああ、そうだな」
カウンターに置いた銅製の看板と小さな花カゴを手に取る。そうして「よし、店を開けよう」といえば、ジャスミンがスカートを翻して扉に駆け寄った。
ドアに下げられた真新しい呼び鈴が、リンリンと鳴り響く。外に出ると待ちかねていた村人たちが「待ってたよ!」と声をかけてきた。
花カゴをジャスミンに渡し、輝く看板を両手にしっかりと持ち、軒下に掲げた。カミルフィの花とグラシエアのレリーフが夕日を浴びて優しく輝いた。
「ルーファス!」
差し出された花カゴを下げれば、甘いカミルフィの花がふわりと香る。
「カミルヒル・カフェの開店だ」
俺がそういえば、村人たちから「おめでとう!」「これからが楽しみだ!」と賑やかな祝辞が飛んできた。
次々に店内に入る村人たち。村長は楽団を連れてきたこともあり、店の中は大賑わいだ。
「この串焼き、本当にイノシシなのか!? 硬くねぇぞ」
「ママ、このパン、お肉が入ってる!」
「この緑のソースもハーブかい? 良い香りだね」
「ナッツが止まらない! これだけで酒がなくなりそうだ」
「この煮込み、ワインを使ってるのか? 柔らかくて美味いぞ!」
料理に手を伸ばす村人たちから、感嘆の声が次々に上がる。誰もが満足な顔で食べ、笑ながら話している。それを眺めていると、心から、ここに来てよかったと思えた。
「ルーファス! これから毎日でも来るぞ!」
「あんた、そんな金持ってやしないだろう」
「稼げばいいだろう、稼げば!」
どっと笑い声が上がる。歓談が続き、料理は見る間になくなっていった。これは、追加で調理しないと足りないかもな。
キッチンに戻ろうとした時、楽団の陽気な曲に合わせて、誰かが踊り出した。すると、エルムがジャスミンに近づき手を差し出す。
「あ、あたし踊ったことなんて……」
「はははっ、ここはお城じゃないんだから、楽しめばいいんだよ!」
戸惑うジャスミンの背を、モナが叩いた。それに押されるように、ジャスミンは踊る村人たちの輪に入っていく。
「お前もいったらどうだ、トレヴァー」
「俺はそういう柄じゃ……ん?」
苦笑したトレヴァーは足元を見た。そこには、トレヴァーのズボンを引っ張る小さな子どもが数人いる。
「魔法使えるんでしょ?」
「青い鳥さんは、魔法の鳥さんなの?」
「魔法みせて!」
キラキラと目を輝かせる子どもたちに、トレヴァーはにいっと笑い、腰を下ろすと両手を広げた。
「しゃーねぇ、ガキどもだな!」
そういう割には嬉しそうな顔で「よーく見てろ」といい、掌の上に光を灯した。それをひょいっと天井に向けて放り投げると、飛んできたグラシエアが嘴で受け止める。
「あ、こら、グラシエア! 勝手に俺の魔力を持っていくな!」
どうやらやりたかったことは違うようだ。魔法というより曲芸だったが、子どもたちは大喜びで、可愛いらしい歓声を上げた。
グラシエアがピュイッと鳴いて部屋を飛び回ると、いつもの場所だといわんばかりに、トレヴァーの頭に降りる。笑い声の間から「だから俺の頭は巣じゃねぇ」と、いつもの台詞が聞こえてきた。
賑やかな中、追加の料理を持ってくるかとキッチンに向かおうとした時。
「ルーファスも、踊ろう!」
ぐんっと手が引っ張られ、身体が傾いだ。
無邪気なジャスミンが笑いながら「ほら!」という。
「追加の料理を……」
「そんなの、後でいいじゃん!」
店主として、それはダメだろう。と思いながら、周りをちらりと見る。誰もが手を叩き、楽しそうに笑って「一曲くらいいいだろう」と俺を誘う。
ジャスミンに引っ張り出されたかと思ったら、誰かがもう片手を掴んだ。気付けば、大人数で輪になっていた。
まあ、一曲くらいいいか。
ジャスミンと視線が合う。
「ルーファス。もう、これってお祭りも同じだよね!」
「ああ、そうだな」
城で踊ったかしこまった舞踏会とは違う、でたらめなステップを楽しみながら、村人たちの輪に加わる。賑やかな笑い声に包まれ、心の底から笑った。
ここが俺の居場所だ。
end.
最後の最後に大幅な更新遅れをかましました。申し訳ありません!
次回作は、もう少し余裕をもって更新できるようにします。
最後までお付き合い、ありがとうございました!
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