第24話 凍てつく風を巻き起こす青い鳥
案内されて森を進むと、ひやりとした冷気が漂ってきた。さらに進むと、足元の葉にうっすらと霜がついているのが目についた。
いくら木の生い茂る場所とはいえ、夏場にこれは異常だ。
「また、トレヴァーがやらかしたのかしら?」
「どうだろうな……なにか失敗したしたとしても、それが故意ではないだろう」
そうあってほしいと願ったのは、ジャスミンも同じだったようで、こくんと小さく頷いた。
「ルーファスさん、こっちだ!」
案内する村人は立ち止まると、その先を指差した。それを見た俺とジャスミンは喉を引きつらせた。俺たちの前に現れたのは、氷に覆われた木々の間でバサバサと暴れる青い小鳥と、創り出した魔法の壁で二人の村人を守るトレヴァーの姿だった。
青い鳥が翼を羽ばたかせるたびに、凍てつく風が巻き上がる。だが、その小さな体は木々に阻まれて飛び立つことができない。
放たれた冷気が空気中の水分を凍らせ、トレヴァーの壁も白くなっていく。
「いったい、どうなっているんだ……」
「あの鳥が暴れ出して、皆、逃げ出したんだけど、怪我をしたやつがいて」
なるほど、怪我人を助けようとしたところ、間に合わなくて壁を作って凌いでいるってことか。状況はなんとかわかった。
「……あの小鳥を落ち着けるのが先決だな。ジャスミン、あれは魔物か?」
「グラシエア──精霊よ。まだ幼体みたいだけど……そこの、へっぽこ! 今度はなにをやらかしたのよ!!」
怒り心頭といった顔で、ジャスミンは持ってきた乾燥ハーブの瓶を握りしめた。
こちらを振り返ったトレヴァーが「なにもしてねぇ!」と怒鳴ると、金属のような輝きを見せる魔法の壁がぴしぴしと音を立てた。
「壁が壊れる! へっぽこ、気を抜くんじゃないわよ!」
「へっぽこ、へっぽっこ、うるせー! 大魔女んなんだろ!? どうにかしやがれ!!」
怒鳴り声を上げたトレヴァーは、構えていた杖をさらにきつく握りしめると、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
杖の先が白くなり始める。よく見れば、トレヴァーの足元にも霜がびっしりと着いている。このままでは、トレヴァーまで凍ってしまう。
「ジャスミン、どうする? あいつをやっつければいいのか?」
「精霊と戦うなんて、無理に決まってるでしょうが!」
「誤魔化しの槍だったな。あれで──」
「無理よ!」
きっぱりと言い切ったジャスミンは、瓶の蓋を開けた。
ふわりとカミルフィの甘い香りが立ち上がる。
「ルーファス、精霊は敵に回すもんじゃないわよ。ここは、あたしに任せて!」
瓶を地面に置くと、ジャスミンは杖を構えて「安らぎの風よ!」と叫んだ。
凍った枝葉の間から温かな風が集まる。それは渦を巻き、瓶の中にあるカミルフィを巻き上げた。風の中砕け散っていくカミルフィは香りをますます強くしていく。
ジャスミンの魔力が合わさったのだろうか。渦巻く風がキラキラと輝き始めた。
「凍てつく水の心に祈りよ届け──ヴェルゼフィール!!」
凛とした声が森の中に響き渡る。
甘い香りを含んだ風がグラシエアを包み込み、一瞬、眩い光を放った。その直後、渦巻く風が四方に放たれ、凍る木々を激しく揺らした。
風が巻き上がったのは一瞬のことだった。
ぽたぽたと雫のたれる音が聞こえる。辺りを見れば、凍てついた木々から雫が落ちていた。
「……落ち着いたのか?」
「そうみたい。でも、早くここから立ち去った方がいいわ。いつ、グラシエアの親が来るかわからない!」
「グラシエアの親?」
「いったでしょ。あれは幼体! 成体なんて相手できないわよ!!」
額の汗を拭ったジャスミンは、トレヴァーの側で縮こまる村人に駆け寄った。
「足を怪我しているのね。ここで手当ては無理だわ」
「俺が担いでいこう」
「あなたは歩けるわね?」
「ま、魔女ちゃん……あ、あの、魔物は……」
「魔物じゃないから安心して」
俺の背に寄り掛かった村人はガタガタ震えている。まあ、あれだけのものを目の当たりにしたんだ。強雨を感じても仕方ないだろう。
村人を担いで立ち上がると、ジャスミンは棒立ちのトレヴァーを呼んだ。
「トレヴァー、行くわよ!……トレヴァー?」
返事がないことを不思議に思ったジャスミンは、眉を少し吊り上げると「聞こえてる?」と訊ねた。
「……鳴き声がする」
「えっ!? まさか、もう気が付いた……急いで離れましょう!」
慌てるジャスミンだが、トレヴァーは魔法の壁が消えた先にある倒木をじっと見ていた。かと思えば、突然そこに向かって歩き出した。
「バカ、なにやってんのよ!?」
「違うんだ……あいつは、怖かっただけなんだ!」
「あ、あいつって、精霊のこと? 話が通じる訳ないじゃない!」
トレヴァーを止めようとするジャスミンだが、その足を踏み出すことができずに杖を握りしめて「トレヴァー!」ともう一度、叫んだ。
「お前らは先に行ってくれ!」
「ちょっ、待って! ルーファス、トレヴァーを止めて!!」
振り返ったジャスミンは涙目だった。
担いでいた村人を他の二人に頼み、少し離れるよういってから、ジャスミンの肩を叩いてトレヴァーを追った。
倒木の上に乗るトレヴァーは、隙間から中を覗き込んでいる。
「トレヴァー、そのくらいにしておけ」
「……危ねーから、ルーファスも先に行ってくれよ」
「なら、お前も一緒だ」
「そういう訳にいかねーんだって……ああ、そこにいたか」
ほっと安堵するような声で呟いたトレヴァーは、倒木から飛び降りると、地面を掘り返し始めた。
倒木の下を、トレヴァーは持っていた杖の柄を使って掘り返し始めた。
ガッガッと音が響くと、ひやりとした冷気が漂い始める。
「トレヴァー、やめなよ! またグラシエアが暴れたらどうするの!?」
「だから、先に森を出てくれ。俺は──」
ジャスミンを振り返りもせず黙々と土を掘り返していたトレヴァーは、俺が横に膝をつくと手を止めた。
「二人で掘り返した方が早いだろう」
落ちている石を使い、冷たく冷えた土を掘り返すと、ずずっと鼻を啜る音がした。後ろから「あー、もう!」とジャスミンの声が聞こえる。
「おじさんたちは、先に森を出て!」
「しかし、魔女ちゃん……」
「あたしは、あのバカ二人を連れて帰るから!!」
大の大人を捕まえてバカとはなんだ。──まあ、バカなことをやっている認識はある。けど、このままトレヴァーを置いていくのは違うだろう。どうやら俺は、こいつの保護者だと村で認識されているしな。
そもそも、こいつをログハウスに招いたのは俺だ。
「バカでかまわん。……見捨てる訳ないだろう」
ジャスミンには聞こえないようにいえば、トレヴァーの手が一瞬止まった。
ピイピイとせわしない鳴き声が聞こえてくる。警戒しているのが明らかだ。
冷気も強まり、指先が痛み出した。その時、ふわりとカミルフィの香りが漂ってきた。手を止めて振り返る。
「お前も、大概バカだと思うぞ」
「そうでしょうね! ほら、さっさと手を動かして!」
赤い顔をしたジャスミンが杖を振ると、甘い香りが強くなった。さっきのような強い風ではない。だけど、それは倒木一帯を包み込んでいく。
グラシエアの鳴き声が、少しだけ和らいだ。
「大丈夫だ。絶対、助けてやるからな!」
手を真っ黒にしたトレヴァーは、開いた穴を再び覗き込むと「よし届く!」といい、着ていたちゅにくを脱ぎ始めた。それを手に引っかけて、倒木の下へと差し込んだ。グラシエアをチュニックで包んで引っ張り出そうとしているのだろう。
冷気が一瞬強まり、トレヴァーの口から白い息が吐き出される。直後、霜に覆われた手が引き抜かれた。その中には、泥にまみれたチュニックに包まれた青い小鳥が埋もれていて、ピイピイと鳴いていた。
「ほら、自由だぞ」
青くなった唇でいいながら、トレヴァーはグラシエアを放つ。すると、飛び立ったグラシエアの羽根がキラキラと輝いた。
辺りに漂っていた冷気が、グラシエアに向かっていく。
「……グラシエアが、冷気を飲み込んでる」
「よくわからんが、危険は脱したのか?」
頭上を見るジャスミンに訊けば「たぶん」と自信なさそうに呟かれた。
トレヴァーとそろって頭上を見る。
魔法のことはよくわからないが……グラシエアの鳴き声はとても澄んでいて心地いい。さっきまでの警戒する泣き声とは違うような気がした。
はらり、はらりとなにかが降ってきた。
「……花?」
「カミルフィの花だわ。なんで空から──!?」
花をつまんだジャスミンの顔が硬直すると「成体よ!」と叫んで遥か上空を指差した。
木々の合間に大きな鳥の影が横切り、再びカミルフィが舞い落ちてくる。すると、小さなグラシエアはその花を一つ嘴に加え、トレヴァーの頭に舞い降りた。
「……なんだよ、お前。迎えが来たんじゃないのか?」
上空を見るトレヴァーは、グラシエアがピイピイ鳴くと、ふっと口元を緩めた。
「居心地がいいって、なんだよそれ。俺の頭は巣じゃねえーっての」
「ちょっと、トレヴァー……なにいってるの? 頭にグラシエアなんて乗せて、大丈夫なの?」
上空とトレヴァーを交互に見たジャスミンの顔が引きつる。
「ああ、今は落ち着いてるからな。別に冷気のコントロールができない訳じゃないみたいだし……ん?」
けろっとして答えるトレヴァーは、またピイピイ鳴くグラシエアに耳を傾けた。
気のせいだろうか。さっきから、鳥の鳴き声を理解していないか?
なにやら頷いたトレヴァーは「仕方ねぇな」と呟いた。
「こいつ、修行中らしんだけど、人間と交流もしろって親に追い出されたんだってさ」
「ちょ、待って! なにをいってるの? こいつって……あんた、グラシエアの言葉がわかるの!?」
「は? なにいってんだよ。さっきから喋ってるだろ?」
きょとんとするトレヴァーの頭の上で、グラシエアが小さく首を傾げた。
「喋ってないわよ!!」
「ピイピイ鳴いてるだけだな」
「……え、ジャスミン、精霊の声聞こえねぇの? ルーファスが聞こえないのは、まあ、魔法知識もないし仕方ねぇけど。お前、魔女だろ?」
「聞こえる訳ないでしょ。精霊の言葉が聞こえるのは、妖精族くらいよ!」
どうやら、よっぽどのことが起きているようだが、ジャスミンの驚く様子に不釣り合いなほど、トレヴァーは緊張感にかけた顔で「そうなんか?」といった。
「落ち着け、ジャスミン。とりあえず、グラシエアが俺たちに敵対することはないんだな?」
「ああ。さっき、成体が飛んでたろ? あれが親みたいでさ。我が子を頼むっていってたから……預けられたみたいだな」
「あ、あ、預けられたぁ⁉ トレヴァー、なにいってんの!?」
顔面蒼白になるジャスミンに、トレヴァーは「ほら」といって泥にまみれた右手の甲を見せた。底には鳥の羽根を模したような青白い紋章が浮かんでいた。
「な、な、なっ……なんで、精霊との契約印があんのよーーーー!?」
ジャスミンの悲鳴が森を駆け抜けた。
自体がよくわからないが、トレヴァーの頭の上でグラシエアは楽しそうにピイピイと鳴いて羽ばたいた。
これはもしや、ついてくるってことか?
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