最悪の誤算
残命は喰らいつけば、肉を捻り切る。
掠り傷レベルでも重傷レベルの傷を負わせる。
刃には猛毒が塗られ、数分で意識を奪い、やがて命を絶つ。
互いに余裕はない。
榊原は肺に肋骨が突き刺さり、左腕は粉砕骨折、右足の骨にヒビが入っている。
視界の端から黒が滲む。焦点が合わない
カールは右腕欠損。
全身に爆傷。
内部の骨が折れ、臓器も軋む。
呼吸の度に口内が血の味で広がる。
一手の読み違いが死に直結する。
先に動いたのは榊原だった。
ゆらりと動き、先程の素早さなどない。
カールも必死に前に出る。
だが、カールの目に榊原の姿が消えたように見えた。
カールの影に巨影が映る。
(後ろ)
瞬間、死の刃が、カールに迫る。
カールが、横に飛ぶ。
命を賭けた回避は死の魔の手を退ける。
髪が数本宙を舞っている。
再び、榊原がゆらりと前に出る。
(視界から消えるトリックはなんだ)
再び死の気配が差し迫る。
今度は避けない。
カールは単純な体当たりで榊原をのけぞらせる。
踏ん張りきれない榊原が地面に倒れ込む。
榊原が立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
すかさず、カールがのしかかる。
手応えがない。
砕けた床には、血痕だけが残されている。
呼吸の音だけが二重に響き、姿を顰める。
(あの体制から避けたと言うのか)
気配も消え、場が榊原に支配される。
「見えない恐怖は人間の精神を蝕む」
何処からか声が響く。
声で、位置を割り出すのは難しいか。
(見えない。
見えていない。
まさか)
カールが瞳を閉じる。
榊原は、上空から急襲。
刃が肉を喰むその時。
「見えなくていい。
見る必要もない」
榊原の顔面に裏拳が飛ぶ。
榊原は落下途中。
避けられない。
カールの拳が、榊原の顔面を捉える。
渾身の力を込めた一撃は、榊原の鼻骨をへし折る。
風を切り、榊原が後方へと吹き飛ばされる。
だが。
「掴んだ」
なんとカールの腕に榊原がワイヤーを括り付けていた。
榊原が勢いを殺し、カールの方へと飛ぶ。
カールも下がるが、ワイヤーが付きまとう。
榊原が眼前へと差し迫る。
最早、避ける事など叶わない。
勢いを乗せた殺意が、カールの肩に喰らいつく。
感じた事のない痛みにカールの肉体は過剰に反応し、抉られた部位は灼熱感を帯びる。
全身が痛み、意識が朦朧とし始める。
足に力が入らず、今にも倒れ込みそうだ。
榊原は勝利を確信し、トドメの一撃をお見舞いする。
瞬間。
「逝くなら一緒だ」
カールの片腕には手榴弾が握られていた。
既にピンは抜けている。
「護れればそれでいい」
(誘爆するとまずい)
榊原はすかさずスーツを脱ぎ捨てる。
辺りが閃光に包まれる。
...筈だった。
「...ブラフだぜ」
榊原が目を見開く。
カールが握っていたのは、先程フェイクで使った手榴弾だった。
反応が一手遅れた。
カールの拳が、榊原の正中線を捉える。
ワイヤーに勢いを殺され、衝撃がモロに榊原の肉体に走る。
両者共に地面に伏す。
荒く、弱々しい呼吸音が聞こえる。
子鹿の様に足を振るわせゆっくりと立ち上がる者がいる。
「...流石は鉄の巨人と言った所だな」
榊原が立ち上がった。
腕を犠牲にカールの攻撃を防いだのだ。
ゆっくりとカールの方へと向かう。
地に伏す男は、白髪に血を添えた弱々しい老兵だ。
片腕で残命を握り、振りかぶる。
「...ミッション終了」
凶刃が振り下ろされる。
「....もう誰も奪わせない」
声に驚き榊原が振り返る。
そこには銀次の姿があった。
榊原は目を見開き、方向を変え銀次に襲いかかる。
しかし、榊原の足が止まる。
「.....」
視界の先には、片目を隠すガダッズとコースがいた。
(ガダッズはともかく何故コースがいる。
予定通りならば、既に始末されているはずだ)
予想外。
榊原の脳内をこの一言が覆い尽くす。
そして、瞬時に次の行動を弾き出す。
(撤退するべき)
考えよりも先に足が動いていた。
止まれば死ぬと言うことを本能で理解しているからだ。
コースとガダッズが迫り来る。
満身創痍の状態でいつまで走れるか。
「お前はここで終わりだ」
ガダッズが銃を放つ。
だが、凶弾は軌道をそれ闇に消えていく。
片目が見えないのが影響しているか。
しかし、ガダッズは言う。
「これでいい。
直に追いつける」
榊原が異変を察知する。
闇に消えた弾丸が、榊原の足元へと迫っていた。
内一発が、片足へと食い込む。
あまりの衝撃に榊原の体制が崩れる。
(弾が跳ね返っただと)
距離にして約50メートル。
既に榊原は射程内。
地に伏せながらも榊原の思考は加速する。
(誰が狂わせた。
まさか....剣聖。奴が)
ポケットから小玉を取り出し、それを投げつける。
コースは、迫り来る小玉を払いのけ距離を詰める。
瞬間、当たりが閃光に包まれる。
不意を突かれた二人が一時視界を奪われる。
視界が戻る頃に榊原の姿は消えていた。
コースはすぐさまカールに駆け寄り治療を施し始める。
ガダッズは周囲に気を向け警備部隊に連絡を入れる。
銀次はただ一点を見つめ立ち尽くす。
榊原の襲撃は、銀次達に再び深い影を落とすと共に決意を奮い立たせた。
「治癒魔法 女神の施し」
呪文を唱えると榊原の傷が完治した。
「....傷はいい。
疲労は取りきれないか」
「今頃はコースの魔法で毒すらも完治しているだろう。
とにかく今は離れないと」
思い足を引きずり、次の一手を模索する。
(傷は治っても疲労までは取りきれていない筈。
ここは少し機会を待とう。
クリス達もいずれ辿り着く筈だ)
野次馬に紛れ夜の街に溶け込む。
現場には亡霊の痕跡だけが残された。




