9.『洗濯』の無限の可能性について
二人と涙涙の別れをして、悲壮感を漂わせながら王城に来たわけだが
私は意外と楽しく働いていた。
「よし、洗濯完了」
気づけば洗い物のカゴは全てからになり、目の前にはワゴンや綺麗なカゴに乗せられた洗い済みの物ばかりになっていた。
やっぱり王城内は人手不足で、出来上がった物の回収も来ない時がある。
私はカウチから立ち上がり一番近くのワゴンを押してリネン類の収納に向かうことにした。
カラカラとワゴンを押し、裏手から城に入る。
すれ違うメイドさんや庭師さん、コックさんとみんなが私に「いつもありがとうね」と声をかけてくれる。
私が入って『洗濯』を一人で請け負うことで今まで洗濯をしていた人の仕事を奪うのではと心配していたけど、実際入ってみれば洗濯係などもう既におらず。
他の仕事を専任でしていた人たちが交代でなんとか洗濯を回していたという状態だった。
手は荒れるし、濡れた布は重いし、不人気な洗濯から解放された人たちはものすごく喜んでくれた。
それに加え彼らの制服も洗濯し始めたところ、また更に感謝してくれた。
「おっ!マリー!カーラ から聞いたぞ、ナフキンを小洒落た形にしてくれたんだってな!」
恰幅の良いコックのおじさん、ダンさんだ。私の洗濯した真っ白なコックコートをバリッと着こなして格好良い。
「バラの形にしてみましたよ」
「おぉ!そりゃいい!マリーがクロスを洗濯してくれるようになってテーブルセットも決まるようになったからな!俺たちも料理しがいがあるよ!」
ガハハハと豪快に笑いながら、ダンさんは私の背中をバシバシと叩く
「マリー、本当にありがとな」
そう言いながら私の手に小さな包みを握らせる
「クッキーだよ、また後で食べな」
今度は小さな声でそう言ってダンさんは厨房へ去っていった。
おやつを貰ってしまった!嬉しい。
私はクッキーを割らないようにそっとポケットに入れ歩きだす。
廊下を歩き続けると、裏方のエリアを抜けて絨毯がひかれた表向きのエリアに入る
ここにはかつて立派だったであろう絨毯が敷き詰められ、調度品も手入れをすれば素敵なものが並んでいる。
時折変な位置に調度品があるのは、きっと絨毯のシミでも隠しているんだろう。
「あら、マリーね。いつもありがとう、リネン室へ行くの?」
これまた気さくに声をかけてくれたのはメイド長のカーラさん。
私のお母さんぐらいの年齢だが、メイド服を着こなしいつも颯爽と歩いている。
優しいし、仕事はできるし本当にいい人だ。
「はい、リネン類を収納に行こうと思います」
「じゃあ、その角を曲がったところには注意してね。動線上に壺があるのよ。」
「壺ですか?」
「昨日ちょっとあってね。」
カーラさんはなんとも言えない苦笑いで廊下の先を見つめる
「絨毯にシミでもあるんですか?」
「…そうなのよ、マリーが洗濯をひとりで回してくれるようになって、余裕も出てきたんだけれどまだまだ手が足りなくてね」
カーラさんはそう言いながら近くにある調度品の埃を払う
「絨毯ですよね…布製品…」
私は前から考えていたことがあった。『洗濯』の効果範囲は結構アバウトだ。
布というか、私が洗濯可能と思っているものはなんでも洗えると思っても良い。
「絨毯『洗濯』してみましょうか」
そう私が口に出した途端、足元に風を感じ、メイド服のスカートがはためく。
「あらあらあら!」
風が吹き去った後は私を中心に半径1メートルぐらいの絨毯が元の色とふわっとした毛並みを取り戻していた。
「マリー!それもすごいわ!そのまま歩いてみて!」
きらきらと目を輝かせながら、カーラさんが廊下の先を指さす
促されるままに数歩歩くと、歩いた先の絨毯がどんどんと綺麗になって行く。
「素敵!なんて素敵なのマリー!もうリネンなんて置いておきなさい!一緒に城内を散歩よ!」
そういい放ったカーラさんは、丁度通りがかった他のメイドにワゴンを頼み、私の手を引いて城内の廊下をずんずん進み始めた。
時折部屋にも入り、そこの絨毯も『洗濯』する。
そうやって一日かけて、メイド長の権限で入れる部屋や廊下の絨毯を綺麗にした。
「マリー、本当に素晴らしい能力よ、もちろんあなた自身も素敵。今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んでね」
カーラさんはいい笑顔で去っていった。
私は割り当てられた部屋に戻り、昼間に貰ったクッキーを出して摘む。
絞り出しクッキーがバラのような形をしていて可愛い。
バターも砂糖もたっぷりの味がしてダンさんが無理して作ってないか不安になったけど、美味しくいただいて寝た。