空から降ったゲンコツ
二社の抗争は最後の分水嶺を超えた。
互いが限りなく黒に近いグレーのカードを出し尽くし、残すところは黒と白のみ。
しかし、刻一刻を争う状況から、両者は意思とは別に、不可逆の引き金に指はかかる。
そのとき。なにやら、それ以上に大きな変化がーー。
水分の枯れ切った大地、それとセットの、赤焼けた空。
蟻の砂城の上に、最も加わってはいけない『現象』は降りる。
――そもそもの話だが。
村正重工は自分で放棄したとはいえ、人類最後の地球資源たる、エイドス鉱石の鉱山をひとつ失っている。
途方もない資産の喪失だ。
工業に重きを置く以上、あらゆる素材でありエネルギー源たるソレの、鉱山ひとつ分の喪失なのだ。
故に、半ば放棄していた鉱山が、まだ生きていると知った途端、所有権を主張したワケで。
そこに加えて――その鉱石の最上品を、ぜいたくに装甲として加工し、突っ走らせた量産不可能の軍車両が全て、加工不能状態になった。
もはやマイナスは、市場的地位を脅かす程にある。
それを覆すには、なんとしてでも利益を得るほかになく。
そして、その進軍を受けたみざくろ製薬は現在、進軍仕返している状態――互いに。第一線に立つ彼等の考えは一致していた。
『――よくも、あんなモンを出しやがって』
ここで押し切れなければ死ぬ。
自己防衛の為の力では、既に足りない。本物の殺意を向ける他になくなった。
自分の属する組織も、また自分も含め、一方的に押し切れない限り残れはしない。
あのような反則級の手札を惜しまず、それが無い身でも、略奪の努力が必要だーー対話を拒否し、ただ一方的な相手の封殺こそ、最善と。
その決意が動く、矢先だった。
赤灼けた空を覆う、靄だった影が落ちたのは。
「――お集まりの皆々様。どうか、お納め下さい」
――。
あらゆる者が。機械も、人も、人らしき者も。
皆足を止め、見上げていた。
見上げるほかになかった。
虹があった。
七色の虹彩。日が照れば、常に赤一色の枯れ地の空に、似つかわしくない寒色のさすベール。
それは、多重に橋を架け、見渡す限りに薄く、天蓋が如く天を覆う。
否。
ただ、そんな景色であるとだけしか、見れない者など此処に居ない。
「ありがとうございます。ご安心ください。お行儀よくして下さる限り、これらを落とす意味はございません」
その飾りを、無視して余りあるモノ。
より広く空を覆う、太陽光を歪ませ、かすませた存在の落とす影。
目を見張り、息を呑む。
湿気立ち、汗と血と、土煙の共存した酸っぱい大気。
なぜだか、遥か上空にある筈の声を、ここまで届ける、空間の密度。
それが喉を通る度、心拍が跳ね上がる。
先程までの感情なんぞ最早忘れた。もう、それどころではなくなった。
遠目にもわかる、存在の片鱗。力の一端ーー真っ黒な程に色濃い、漏出量。
留まっているに過ぎないと分かる。
もし、と考えてしまう。
その殺意の結晶が、地面にまで叩きつけられたならば――。
「――こちら、『公正取引委員会』です……『絶溟』のサルガス、と言った方が、通りは良いですかな」
「今回の両企業の処遇について、お話がございます。代表者は一時間以内に現地にお出向き下さい。その他の方々は、お引き取り下さいませ」
――うるさい。
警鐘が、五月蠅い。
内と外と。
敵味方問わず、戦闘員の端末は、けたたましい警音をひたすらに発する。
「……あれが、クニってヤツのの亡霊か」
誰か。初めて実在を知ったような声など、誰の耳にも届かない。
雨を知らせる『天気予報』。
生命危機を示す音の合唱は、まるで、王の降臨を歓迎する様だった。
一方。少し離れた、村正側の最前線上にて。
「――ちょっ、どうしたの。なんかあった!?」
珍しく声を張って、一足に距離と高度を飛び越え、少女は駆け寄る。
渓谷の上。
ひたすらに地盤を押しつぶし、生じた段差の上、それらを形成した少年の猛威は突然に消えたのだ。
張り合っていた相手以前に味方である。ので、もしや怪人化でもしたかと敵前でUターンした手前、
「あぁ……。なんだ、そういう」
着地する。
即座。到達する前の、高度が上がった過程で既に、同じ理解と視点に至った。
わかりやすい変化だ。
空一面レベルで大規模なのは珍しいが。
「い、イロハ――なにやってんだ、逃げろよお前! お前の速度なら、まだ免れるかも――」
眼前。金髪の丸い目は切迫の余り、半泣きで。
というか、思い切り腰を抜かした彼が叫んでいた。
たぶん畏能の為に頑張っていた集中の糸が、ぷっつりいったせいだろう。
しかし――思えば。
身長のせいか、人を見下ろすという経験は余りなく。
「そしたら、狙われるんじゃないの。それに、別に死ぬわけでもないよ」
「死なないだぁ、お前マジで言ってんのか大バカっ!」
興味深い。
と、その間抜けさと必死さに、少女は小首をかしげ、緩んだ口を手で覆い、
「人は枯れ地で雨に打たれたら死ぬ、壁外勤務の人間なら毎日言われてんだろ研修してねーのかオマエ!」
「あぁ、ないね。けど大丈夫」
「……、は」
……あ。やば。
と、言った後に、からかい過ぎたらしいと直感した。
せめて自分に当たり散らし、その逃げ道さえ塞がった、という眼。
多分。怪人相手ばかりだったが、人を狩るとするなら、最後はこうだろうという自暴自棄手前のそれで。
「……わかった」
「わかったよ。そん時は一緒に逃げるから。まず、安心して」
膝をつく。
血色の相貌は真正面に、そして背後には手が回り、ジャケット一枚を隔てた胸元に抱き寄せる。
最近覚えた手法だ。懐に招く、という、人体の弱点に触れさせる行為の効果は大きい。
実際、ふがふがうるさいものの、少年は静かになった。良しとしよう。
しかしそれ以上に。無自覚ながら、隙だらけの少女である。
殆ど骨で立っている、としか思えないほどに細く伸びた足と、そのつま先にまで伸びる白髪と。
その見た目に反して、散々そこらを暴れ回った筈が、不思議な程に真白を保つ肉体。
首筋には、服の中から頬にまで伸びた、紅の結晶が枝を伸ばして刻む。痛々しい限りの、不健康と配色。だが。
彼女ーーイロハは硝子玉の様な瞳を、彼の事も、自分の身にも感慨なく、ただ上へと向けている。
(……さて、でも。どうしよっかな、あれ落ちてきたら)
正直。怪人でさえ、あれほどの高出力を見たことはない。自分一人だけでなく手負いも生かすとなると、尚更に危険だ。
ーー本来。この社用ジャケットと体は毒液まみれだったのだが。
どういうわけか、今は彼がこう触れても問題ない程に、肌が吸い取ってしまったーー血と同様、養分が如く。
なら自分は問題なく、また、自分が庇えば彼は助かるか。
(いや。よくわからないもので命は賭けられない。やっぱ血だ。デカいあぶくで屋根でも作れば……)
「ーーおや。随分と、変わった見方をする人がいらっしゃる」
「ーー、ん?」
首を巡らせた。
背後。確かに何もなかった場所に、色濃過ぎる存在の影は、刹那のうちに立って、声を投げたのを聞いて。
ーーそして。
「……、ご挨拶なもんだね」
「はい。どうも、お初にお目にかかります」
傘が閉じる。
立ち込めていた、蛍光色の霧は晴れ、残るは乾いた大気と、人影ひとつ。
「サルガスというものです……時に、お嬢さん」
「随分と、落ち着き払っておられますね」
見た目は、老人だ。
老紳士と言うべき人種だろう。
皺の多い顔ながら、その背筋と同様に締まった物腰。
特段背は高くない。というか、身の丈以上のカラフルな大傘を背負った、シルクハットに白いスーツのお爺さま。
これから帽子から花束でも取り出すのでは。と言った風だーー見た目だけは。
「骨折り損だもん。手間かかる一人に集めずソイツ以外を一人でも叩く、わたしだってそうする」
「はっはっは。最近覚えられた言葉なのですかな? ……しかし、そうですね。相性が悪いというのは事実です」
その背後。
畏能の漏出。
一目見てわかった。これが、今空を牛耳っている大元であると。
身体を強化し、限界まで引き出された五感の全てを塗り潰すほどの存在主張。
ーーしかし。だからこそ安心している。
「驚きました。まさか。こんな畏能持ちがいようとは」
「枯渇しているというわけではない。間違いなく内にある。しかし全くと言って良いほど、限りなく漏出がゼロに近い」
畏能(生命維持能力)の質は、圧倒的にイロハが上だ。
故にどんなに火力と範囲があろうとも、結局それを崩せない程度ならば問題ないーーしかし。
「おまけに。この攻撃範囲だ……こうも地形が変わる程とは。本当に、予想外の結果ですよ」
ーーあれっ。
なんか、過大評価してませんか。
と、感じ取るや否や。
その相手が、警戒と殺意の眼差しを向けていた事さえ忘れ。
「えーーあ。あは、まあね。わたし一人にしては上等だったでしーー」
「ーーおいこらぁ! 手柄を取るな! 少なくとも八割型はボクの戦果だろう!!」
「わ!?」
胸を張り、調子に乗った発言をしようとした手前。その胸の拘束から解かれた主張は顔を出す。
産まれたての赤子が如く、大声と共に息を吸って真っ赤になった少年の顔。
ーー無理もない。さっきまで彼は酸欠で死にかけてた。
だが、その死の淵からでも、聞き捨てならない事を耳にした故。
「ちょっ、何言ってんの半分はわたしだったじゃん!」
「いーやボクだね。結果を誤魔化すんじゃないぞこのアマッ! 勝負は着いてんだ!」
「なら尚更イチャモンつけないでくれる!?」
「……あー。うん、はい。大凡、わかりました」
正面衝突する罵詈雑言。
卵が如くあっためられた熱量の奔放ぶり。
ある種、等身大の有様を前に。
老紳士は最早、肩を落として微笑ましく光景を受け入れる。
(これは、責任を問える相手ではなさそうだ……少なくとも、私の業務相手たる権力者ではない)
ーー実際のところ。
この戦場の状態が激化した一番最初のキッカケたる彼女らを本来、彼は聴衆する必要があったのだが。
「邪魔をしました。私はお暇しましょう……また、お会いできるといいですね。お嬢さん」
「えっ、なにしにーーわかった。契約繋っとく!」
マジで何しにきたんだあれ。
と思うのも束の間。
口端に手を入れられて引っ掴まれる、眼前の自体を優先して即座、視点は離れた。
思えば、コイツを至近距離に招いた試しはなかった。手が届く距離なだけに、さっきからもう引っ掴んできてやりたい放題ーー、
「て、あれ」
ぼすん。
と、当然。電源が切れたようにのしかかられた。
あの老人が消えたのとほぼ同時。
「えと。リンイツ?」
「お前。なんで、普段のテンションまんまで、あんなのとも……」
ーーふむ。
何やら、限界と見える。
よほど怖かったのだろう。無理もない。
ガス欠もガス欠なのに、エンジン満載な自分の五倍以上な相手を前にしてたのだから。
「変わんないよ、実際」
「今のアンタの、隙を見逃すのと同じ。アンタに脅かされない限りは、仲良くお喋りだってするさ」
しかし、やはりというべきか。
彼女は余裕そのものに、そう言った。
ーー実際。彼女からすれば、然程の差はない。
必ず人と会った時、その弱点と特徴と、殺す隙になる部位を探す。
戦闘を最小限とするために過去からとってきた生存戦略、その認識の上で「最悪殺せるけどそうしない」、それがイロハの、日頃のコミニケーションだ。
あえて、手を出さないでおいてやる。
という点では変わらないーー違うのは。
隙がない相手。と、認識していたくらいで。
「……起きたら、地獄だったら。呪うぞ」
ーー。
今度こそ、静かになった。
ある種、もう手を出される事はないという安嶺を受け、一切の力が抜け落ちた四肢。
ソイツを今度は両手に乗せて、その身は淡々と立ち上がり、
「……みんなも、疲れてる筈だよね」
そう、思い出した様に。
戦いを終えた筈なのに、なにか急かされる様にして、彼女は飛び立った。
で。四十五分後。
みざくろ製薬臨時基地、その裏に仮設された、ブルーシート上の医療スペースにて。
「はい、こっち止血終わり!」
「オッケー次お願いッ!」
「はーいっ!」
一時間以内に退去せよ、という期限からして怪我人のほぼ全員が出尽くす時間帯。
医療現場は、いま正にピークを越えようとしていた。
いっそ職員達の方が、病床に伏すべき顔色の限界稼働具合であるーーソイツ一人を除けば、であるが。
「イロハさん、ありがとう。ちょうど止血帯切れかけで助かった……でも業務外行動なんだし。もう休んでくれていいから」
「えっ。いや、もっとやらせていいよ。わたし疲れないんだしーー」
「ーーおし。じゃあ連れてって問題ないな」
「ぐえ」
明らか青い顔で息絶え絶えの、いっそ血を分けてやりたい形相。
そこに食い下がろうとした手前。
隙あり、と黒ジャケットの後ろ首を掴まれ、ずるずると引きずられる白く細っちい低体重。
ある種悟った顔で、女医はその理不尽さえ受け入れて手を振った。
ーーなにせ。
ついさっき、ここのリーダーを同様に掻っ攫われた直後だもんで。
「急にどうしたのさ、八雲さん」
「上長として言うぞ。謹慎だ」
「……え」
腕を掴まれ、連れ出された人気の無い廊下。
そこで、普段の五倍増しにオンボロな書制服の男は、七十センチはあろうかという身長差を浴びる仁王立ちで、そう宣告した。
「お前サマは命令に違反した。ので、一週間は謹慎処分だーーちなみに。誤報を送った通信兵は一ヶ月でも済まない見込みだぞ」
「これでも特例的に軽い、形だけの処分だな」
「あ、あいつ……」
思わず、イロハでさえ憎しみが口端から出ていた。
理解は早かった。
この仕事で散々味わった、某オペレータの暴走特急ぶり。その主犯によるやらかし。想像するには容易すぎる。
と同時に。
彼の態度にも納得がいったーー若干、同情気味なのだ。
聞いた話、同期だったとの事だし。思い当たる節があったのだろうーー心なしか。死んだ目が哀れんでいる。
「はぁ……。わかった、そりゃ、しょうがないね」
「案外、食い下がらないな」
「やった事だし。それに」
「……ぶっちゃけ、行くなって言われてても、わたしはやってた気もするから」
……。
ので、少々。そんな事を言ってみる。
このバカ頭でも知っている。
こういう時、彼は頭ごなしの否定はしない。
「……、どういうわけでだ」
実際、想定通りだった。彼の腰が下がり、「聞き捨てならん」という理由で真正面、努めて厳しい目と紅眼が合い、
「はやく、みんなの役に立ちたかった」
真っ直ぐに言った。
そうなのだ。
あの状況、隙だらけの敵軍の懐の中に居て、横に信頼できる戦闘力を持つ仲間が居て。その上で引け、と言われても、きっと聞かなかった。
みざくろ製薬の一員として、初めて参加できた仕事だ。
そこでの貢献と達成は、そのまま目標に至ること。
それ故、
「あ、ぐ」
ごつん。
と視野が揺らいだ。
身体の強化を、どういうカラクリか無視して頭の天辺、至った拳骨。
痛覚こそ死んでいるが、有効打突には違いなく。
「まずルール守れ、バカ」
崩された姿勢を、また腕を掴まれて引き上げられる。
コイツ、またやらかしかねん。
と認識されたのか、食い込む指には容赦がない。
ーーつい前まで、手首に繋がっていた鎖を想起した。
アレは、あの拳骨と同じだ。
守らないと怒られる強制力。
道徳とルールは異なる。
出来たら良いよね、良心に訴えるものではない。
全く。ままならない。
十年経てやっと自由を得た後に、漸くの欲を出した手前でこれとはーー。
「お前サマがそんなコト望める立場か、新人……心意気は結構だが、事実として先ずは社会復帰だ」
「……それはそう」
ーー、うん。
確かに、こりゃ欲を出すべきでなかった。
そんな余裕はなかった。
と言うか、よく知っている。
殺せさえすれば、それ以上の火力は過剰でしかない。
バカほど血を持っても、畏能なる摩訶不思議があろうとツールならば、目的以上には不適正。なんなら毒である。
そもそも皆んな、人体に余る力の反動を本来なら受けるワケで。
「言われた事を着実に実行できる様になるのが先だ。分かったら歩け」
「……はぁい」
つまるところ。ズルは良くない。
差し当たって先ずは一週間、奴隷根性で罰される。
ーーというのに。やけに彼女は、温かい面持ちで凍てついた顔の男に連れられていた。
ーーちなみに。
来栖リンイツにもやはり、同じ処分が下り、同じ過程を踏んだのか、たまたま廊下ですれ違ったのだが。
二人の間には同情という、確かな共感が育まれた事は、言うまでもない事だろう。
大変!お待たせしてしまい申し訳ありません!
なんとか完結しました戦争編、ここまで着いてきてくれた方も初見さんもありがとうございます、ガラマサです。
いやしかし。イイハナシダッタカナー?
ただ生存を望んでいた犬コロが、一丁前に社会性を求め出した程度の成長は伝わりましたでしょうか。
どう見ていただけたかはわかりませんが、ひとまず一段落できてよかったです。
どうしてもここまでの話数、視点の狭さが否めなかったので、世界観を広げれないかと挑戦してみたワケですが…時間こそかかったものの、無事形にできました。
さて、今後の投稿頻度についてですが、今回の反省から、
次のエピソード群の投稿まで一ヶ月ほど投稿を休止します。
その代わり、一ヶ月後の投稿はエピソード内の全話を日をおかず連続投稿します。
ダラダラ間を開けて出すよりは、もういっそスッパリした方がいいかなぁと。連続投稿の方が多くの目に触れるだろうとは思いますが、質には代えられません。拘りです。
脳内に流れは決まってるのに、書き起こすのやたらかけちゃうんですよね…。申し訳ない。
ただ、流石になんも一ヶ月投稿しないのはアレすぎるんで、捏造Q&Aとか設定まとめ直しとか番外編……出せるかなぁ、需要あるかなぁ。うん。こっちは期待しないで下さい。
というわけで、次回投稿は七月頭です。
まだまだ続けていくつもりですので、是非是非いいねボタンやブクマ登録、ご感想ありましたらお伝え下さい!
もう、五月いっぺんも貰えてない気もするので、ボタンひとつで生じるオアシスを拝ませて下さいませ!!




