『特別な個人』を持つ組織
互いに互いの協定を違反した十大財閥が二つ、みざくろ製薬と村正重工。
双方は、己の非を認める事で相手が強まる事を恐れ合い、相手を悪とした主張を譲らず、遂に決戦に至った。
ポリス壁外地、全財閥の管轄外にて行われる、表沙汰には生じた事になっていない戦争。
主人公イロハは、みざくろ製薬の畏能保有者として戦線を駆ける――。
――口角の緩みを引き締め、ゴーグルを下げる。
塗り変わった硝子越しの視野。
その右目手前にのみ重なる、赤く丸い点が透けた先へ。
左目のみを閉じ、視線は集中され。
「――、いけっ!」
足場、姿勢、首は安定。
斜角は固定され、変化は瞬くまでもなく終わった。
イメージは、生地を型でくり抜く様に。
その円形の中、スタンプを押された地盤は沈下する。
「軽く二十弱――えぇいっ、まだ!」
原型を失い、二次元にペーストされた鉄屑を数えて即座、視線を別に『飛ばす』。
この畏能の発生が一瞬なのは、負荷を最小までに収めた故の強引な省略だ。
これだけできるのではなく、こうでもしないと扱えない。
彼は、自分の畏能が見えていない。
畏能とされる人外の能力が、どういうわけか人体に備わる『外付け』である以上、皆ある程度の見落としこそあれ、力はおおよそ掌握できる。
漏出はあっても、全体の三割。
――だが彼はそれが殆どを占める。
『見えないカタチのナニカが、体の外で蠢く』。
物理学にさえ囚われない、文字通りの怪物を動かす難度は、次元の違うなんてもんじゃない。
故に、こうして型にはめるのだ。
「次――『亜種形測』」
無論だが、そうするだけでも容易くない。
認識できない形は丸められない。
だから、初めから抽出するのだ。
四角いチューブの口から、最小限に小出しした量を全霊の集中で収め、最低限の質を担保し。
粗が出るより早く、無茶の祟りを喰らう間は最短に、質より速度をもって打ち出せば。
火力でなら、アレと並び立てる。
質では叶わないという実感、だから今日まで、こちらも仕上げてきた。
「お前を過去にする。お前という障害があったことを。そして、その先に立つ。それがッ今のオレだ!」
かくして――畏能が、飛ぶ。
物理学なんざ無縁の、加速も減速もなくただ貫く亜音速の衝撃。
彼の目を存在基準とするソレは、彼の視点においてカタチを変えずに遠くへ――結果。巨大なクレーターとして、世界に爪痕を残すのだ。
しかし、
「――っ、マジかよ。妨害にもなってねえのか」
眼下。
白い躯は、その混沌の最中でも涼しげな顔でいた。
揺れる地上でも歩みは淀みなく、またひとつ足先で鉄屑を撤去する動作は遠目ですら、舞いに似ている。
というのは、実のところ、彼のフィルター越しで見て取れた情報で。
(……面倒だ。余計な立て直しで消費がかさむ)
実は、避けていた。
ルート変更を余儀なくされた動作過程の綻び。
目に入りようのない、体内で起こった誤差の修正。
それらと、眼前の敵とを仕分ける赤い相貌は、黒い廃油を吐きながらも見張って動き続ける。
そもそも脚先一本から、心拍に至るまで、意識で起こす他ない体だ。
故にただ街を歩くだけでも、彼女は何か極まった、最適すぎる動作をとる。
スキルツリーが出発点から、彼等は対極なのだ。
1を1として確実に運用せねば死ぬ所だった少女と、0から1以上を起こす少年。クオリティの面では、間違いなく前者は買っている。しかし。
(大体。避けてる時点で察せっての……)
認めざるを得ない。
イロハのスペックでは、攻撃力の面で敵わない。
近接特化に対して遠距離特化。そして一瞬にして、広範囲の疑似大質量攻撃。
イロハはフィジカルこそあるが、結局は身長137cm、体重16.7kgの物体だ。
こうも重さを持ち出されたら、死にはしないが確実に打ち負ける。
(ぜってー敵に回しちゃダメだな。あの歳で八雲さん枠とか。もうどうなってんだか)
これが必殺技でなく通常攻撃とは。全く末恐ろしい。
とりあえず。真似できない芸当なのは違いない――それはそれとして。
「えっ。なにその歩き。かわ……じゃなくっ!」
有象無象に続いて、カニ歩きする謎の鉄塊を両断。
楽々と屠り、だが、その事実以上に、疑念が首をもたげる。
――火力では敵わない。それがなんだ。
だからって恥とは思わない。十数年、枯れた涙が流れるわけもなし。いつぞやの爆笑が起こるでもなし。
実際、過剰火力だろう。
イロハにとって火力は最小限でいいのだ。僅かな出血が起これば、そこから全部の血が抜き取れる。
だから問われるのはいつだって派手さなんぞより、最小の手で殺せるか。
これまではスタミナ勝ちの難しい、人を捨てて畏能そのものとなった怪人相手。
殺せれば、それ以上を求めては来なかった――だが今、それ以上に。
「確かに。これ、大したおこぼれも残らないかもな……」
攻撃面積の差。
体感からも見て取れる、明確なキルスコアの手前。
――なぜだろう。
負けてたまるか、と頭が燃えている。
弱みを突くんじゃない。誰より強いかを見せ合いたい――今は、誰より上かを見たい。
特に、アレ以上には。
それに実際。
自分だって今は、そのくらいできる。
「――【脅霓】!」
意識するまでもなく成された過集中。
心拍が赴くまま、振るわれる血肉の束。
極まった『一』の発展たる『多量虐殺』。
その風が。その一凪が。
純粋な威力の暴力は地表を薙ぎ、威力が降るより先に、攻撃範囲の悉くを大気諸共に刈り堕とす。
知ってか知らずか――アンタでなくとも、このくらいはやれるさ。とでも、上から目線の彼に見せつける形で。
「……っ、それでこそ。それでこそだ、イロハ!」
結果。より激化する、暴力のバーゲンセール。
後先を考えない出し惜しみ皆無ぶり。
目指す先は、完全燃焼の怪獣バトル――その足元では、もう。
頼むから他所でやってくれ。と、感想が統一されるだろう光景が、量産されるばかりだった。
そして無論。
最も悲鳴が上がったのは、その生みの親たちで。
「あぁぁぁあウチの特殊二足歩行検証装置がぁあ!」
「いや壊れて当然だろ。あんな欠陥ひ――あっちょやめ、クソっ! オレの自走車輪爆弾が!!」
腹に代わり、痛めてきた手で頭を抱えての大絶叫。もはや指揮も何もぶん投げの大量殺戮。
いや強いて、うちの子はどうなった、とレーダーに張り付くものはいるが、即その場で周囲の仲間入りを果たすという悲惨ぶり。
パンデミックは指数関数的に、ものの数分で破壊規模を広げて無論。
この管制室に留まらず、その上にさえ波及をし。
「は――おいおいカミさん。ソイツだけはもう引き返しつかな――。あーハイハイ。さいですか。あい、御意に」
「……もー、マジで知らね」
やはりというべきか。
中間管理職は、ここにおいても、飲んでなきゃやってられんという顔で皺を増やしていた。
――なお。
味方側でさえ、例外でなく。
「はーっはっは! 青春っ最高!!」
「いや最悪でしょーよどうすんのこれっ!」
また余計な事しやがったなこのヤロー。
という不満は後々に投げ、デスマーチの行進がカタカタと響き合う。
通信兵達の声が響きあう密集空間、そこは、まさに戦場の様相だった。
最早イケメン司令官さえも、イケメンか否かも個性も突き通せず、よく通る声が組織の部品として全力稼働中。
最悪だ――作戦の段階が繰り上がった。
具体的には、進軍されてる側だったのが、わずか三分で攻め入った側になったレベルだ。
試験運転程度しか求めてなかったのに、大金星をあげられたのだ。そんな用意は無かったのに。
手綱を間違えた我々にも余裕で非はあるが、にしたって、これはどうすれば――。
「たたみかけるべきです。絢乃さん」
「――、ソメイ君か」
なにも。そう呼ばれた彼女は、仕事をほうっぽって出てきたわけではない。
その身を乗せた車椅子と、その背から、真後ろに伸びる配線。
そして背後で彼女のPCは独りでに、誰よりも高速で画面の色を白黒させ稼働し続ける。
機械との一体化。それにより片手間で起こる最高効率。
彼女からすれば繋がったそれは、最初から人体の一部だったかのように、さして意識を割かずとも正確に動く。
故に、その場で唯一。
桜色の髪を優雅にいじりつつ、余裕に満ちた目と声は彼に向けられ――。
「いまさら、組織ぶってなんになるんです。最初から、我々は畏能持ち。特別な個人。ルールを侵す存在なんですよ」
「そんなものがいる組織、ハナからマトモなワケない。特別な一個人達に比重し、左右される集団のルールを守る価値は、薄れて当然です。この抗争もそうして起こった」
――、訂正。
まるで理論の中身は、余裕皆無でメチャクチャだった。
毒か薬か、で言えば前者に振り切っている。構造的欠陥をついた完全否定。
「……だから、押し切るしかないと」
「我々に出来るのは、強襲とスタンドプレーですから。十八番の矯源乖域は瞬間火力特化。半端な強襲で泥沼化するよりは遥かにマシでしょう」
「こんな事、早期決着が可能なら、畏能で攻め入るべきです。後の始末を考えるのは、その後で良い」
しかし。流石に、政治家志望というべきか。
車椅子に座した視点ながらも大仰な動きを伴い、臆さぬどころか大声で、大手を振った主張は飛ぶ。
誰が見るわけでもない状況ながら、シャツと毛布の乗ったスカートと、整った見た目は堂々として隙が無い出で立ちだ。
――美味しい場面、と言われればその通り。
ここでは畏能を持たない職員が、みざくろ本社も含めて大多数。残り少数には、政敵がいる。
顔を売る機会としても、手柄争いの面でもアピールは必須だろう。
それに。実際問題、これ以上の有効手段は誰にもない――だが。
「君は、それでよかったのか」
「僕の立場で言うべきじゃないだろうけどさ。君の考え、実は結構いいと思ってるんだ」
「どちらも悪い面があった、その事を認めさせる。一時は信用を失うだろうが、それはきっと、長く確かに続く善行だ」
――。
少女の、勢いがぴたりと止まった。
予想外が起こると、目を丸くして頷きもできないとは。
ある意味、相手をしているのは子供であったと絢乃は想起する。
いや実際、想像だにしていなかったのだろう。
同じ百名弱の『候補者』のうち、一位の人間がビリッケツ手前の思想を把握し、どころか認めたというのは。
「確かに、僕ならここから勝たせられる。だがその後、全体が間違えを認めるかまでは決められない――全『次期会長』候補で唯一止めるだろう、君から言ったんだ。改めて聞くが、それでいいのかい」
「――、それは……」
――方向性は、示されたのだ。
しかも、短期決戦というカタチ。
演説は、見事に大成功だ。
今更言い出しっぺが話の腰を折るな、という程に視線を刺す周囲の前面同意。
つうかどっちが優れてるとか論じるより、まず場を収束させろや。という現場との温度差。
大きな流れが、個人の思想を置き去る。その寸前、
「副社長、こればかりは報告します!」
「敵軍『不知火』五機の出現を確認、同時、八雲カフクが無許可で襲撃しました!」
「「――、は?」」
――、より大きな衝撃が。
正しく強襲として、これ以上ない形で攻め立てにかかった。




