型破り常習犯、因果応報
「V剤の塊ぬりたくられて音速で撃たれまくって、それでも五分……いい加減死ねってんだよ。人として」
唯一、狙撃手は残された。
見た目が少女である事に最初こそ戸惑って居たが、既に困惑など一片もない。
同胞の仕事ぶりと、それらを苦しめた黙々と、線でなく点の解体を続ける。
当然だろう。忍耐強さが求められる職柄故に。
そういう好機を、狙撃手とはやはり、逃さないわけで。
「――なっ、今度はなんだ!?」
浮かぶデジャブ。反応はすんでで間に合った。
比較的高く隆起した乾いた砂場から、とにかく避けろとの判断で前へ跳び――そのまま、背後に降り注いだ何かの衝撃に吹っ飛ばされる。
(畏能、こうもデカいなら近距離か。だがなにも見えなかったぞ!?)
こと逃げる上で、彼の右に出る者はいない。
摩擦を消す畏能を戦闘スーツの周囲に発動し、勢いを一切殺させず落下までの間、横っ飛びに一気に離脱。
思いっきり転げ回って漸く止まるという締まらない絵面となったが、近接戦という最悪が避けられるだけ万倍マシだ。
さっきの、少なくとも仲間の爆弾ではなかった。
「どこにいるか確認できなかった。待避だな――とはいえ。タダで帰れるか!」
摩擦無視の先にあるのは、最大速度まんまの衝突だ。
そして逆なら最大のブレーキになる。
上空。ぶん投げた後の自由落下にも関わらず、減速して両手に収まった長い銃を再び対象へ向けた。
ほぼ同じ水平上だが問題ない。
衝撃波だけでも弾丸は地を削る。
点の攻撃というより半ば面の一撃だ。
待避した分だけ距離は離れ、射程圏外だが狙うには関係ない。
その、最後っ屁というには殺意しかない行動を打つ瞬間。
「――」
確信というものがあった。
射撃の世界において。
引き金を引く瞬間、或いは直前に、『これは中る』。という、経験則と体感覚が導く未来の確信。
だから、悟った――それが、自分に向けられたという違和感を。
「……なんだ、そりゃ」
避ける間もあるまい。
狙撃対象の確認を放棄、本能が目を運ばせる。
だが見えない――見えないモノが目に見えた。
赤焼けた空を、水面の様に歪ませる輪郭の線。
岩一つはあろうかという、スナイパーの漏出探知技能の範囲外から放られた、無理解が落とす存在の巨影。
なぜ出力が間に合うのか。
なぜコントロールが足りるのか。
明白だ――ただ真っ直ぐ、視野の一点に、そ可能な限りの最速秒数で撃ち出せばいい。
物理的に在りながら、物理学など無視する、畏能そのものを。
「まったく。いい趣味だな、どうも――」
――衝撃波が襲う。
超超長距離狙撃はクレーターを産む。
離脱するには十分、しかし減速しようと地が足に着いた瞬間、木っ端微塵の運動エネルギー。
その拡散は、彼女にまで届いていた。
「……。?」
おかしいな。と、小首をかしげる。
低質量の体は、文字通りに風にさらわれて転がり。その手には――最後に受けた銃弾が収まっている。
あれ。わたし、間違いなく受け止めた筈だよね。
と。実は一分前から既に抗体を作成し、毒の支配を脱した身で、なんなら死んだフリからの強襲を画策していたイロハは、丸い目を点にする。
流石に、余裕というわけではない。
畏能の火力は間違いなく相手が上だった。
血液消費は今日で最大。首筋の赤い刺青もかなり後退し、鎖骨から上、僅かに服の上から覗く程度となっている。数値にして外部だけなら二十五パーセント、およそ百人弱分は命を使い切った。
これは、持久戦による粘り勝ち、それによる辛勝――の、ハズだったんだけど。
『いやぁ。間に合った間に合った。まだ生きてるよね、イロハちゃん』
「――コクマ。今のは」
『にしてもっ。随分と珍しくドキドキさせてくれたじゃないか。イロハちゃんをああもさせるとは珍し――』
目を細める。
既に視界は良好であるが、上体も起きちゃいるが、目を向ける気にならない。
――なんかもう。つかれた。
物理的にも精神的にも。
いや本当。色々とありすぎて、もはやこのまま静かに眠りたいまであ――
『あ、ごめん。悪ノリした。あれです。援軍です』
「よくできました」
『えへへ〜』
しかし、そう。仕事中なのだ。
命の危険を一度超えれば安心、それで満足、と過去の様にはいかず。重い腰をあげ、あれが飛び込んできた方を見れば。
『――おい。まさか今のでくたばったりしないよなぁ。来栖リンイツを下したスケール4。ブラックの型無しヤロウ』
――少年の声がした。
生意気げな、けれども可愛げとさえ思わせる故に毒気は皆無。
と、クソガキと絡みすぎた耳が、右側のみ感じとった声音。
それはどこか、物知り顔をして自分の名を呼んでいて。
「――はじめまして。ごめんなさい、手間とらせちゃって。お名前を聞いても?」
『ん? あぁ、そうだな。初対面にしておこう、だったな。じゃあ名乗らせてもらうがオレは――』
「えっ、ごめん。ほんと誰ですかアンタ。この畏能で話せてるなら、勝手に自分を詳しく知られてる怖さっての分かるでしょ」
ちょっ。どーいう意味だねそれは!
などと、脳内ワガママフェアリーが語る声。目で見えないソイツに指を立ててイロハは思わず問う。
しかし、そうなのである。
今、この誰かとイロハはコクマの畏能によって繋がっている。おそらくは受話器のように、片耳が受け取る自分の声を交換しあっている。
これがただの一心同体ならよかったが。
この事実が示すのは――。
『……そういや、近い格好してなきゃ発動しないんだよな。どうやって二人分、特徴おさえた格好してられんだ?』
『え、決まってんでしょ――今のボクは左右半分イロハちゃん、半分来栖くんの合体形なのさ!』
『うわぁキモッ!?』
うん、わかる。『キモい』はわからないけど怖いよね、このヒト。
というか、反応的からして日の浅い関係らしいと見える――やはり、同族だ。同情の他にない。
慣れたらまだいいが、慣れてもキツいし、慣れるまでは最悪の存在であるのをよく知っている。
そして、それは向こうもそうなだけに。
『え。じゃあ――お前、マジでオレ忘れてる?』
「忘れてるもなにも。はじめまして、って言ったよ。わたし」
向こう、はるか向こう。
ここより二百メートル先。
背の高い岩に腕を組んで佇み不敵に笑う、『来栖リンイツ』の声には――困惑のほかになかった。
同じ立場を共有するだけに、あり得ないという瞠目。
あれだけやっといて。
徹底的にイジメ倒された後、やり返しというにはオーバーに一個人の精神の柱をぶち折り、その全部すっかり丸っと、覚えてさえいない事と。
『マジかぁ……マジ信じらんねぇ、お前』
「えっ。え、ご。ごめんなさ、い?」
かたや、崩れ落ちる程に大ショック。
かたや、出会い頭にしてガチ凹みされ、オロオロし始める少女。
――困惑にも二通りあるのだなぁ。と。
共通点を見つけたはずが。
なんなら部分的に一心同体というのに。
壮絶にすれ違う形で、二度目の初対面は果たされた。
イロハが表立って暴れまわり。
超超長距離から、本命たる来栖リンイツが死角を撃ち、戦場に残された全ての眼を堕とす。
陽動作戦。無事達成である。




