カゾク(?)会議・上
――むしろ。忙しさがないからか。
体感、帰りの方が長く感じるまであった。
事が済んでから一時間後、みざくろケーサツサービスの買収された車道数台が到着。彼等に対して情報共有と、最低言の事実確認で更に二時間。
そこから短くない移動を経て、やっとのこさポリスに帰れたと思いきや、最も反動が重かった事もあって、みざくろ製薬の経由を余儀なくされ。
「かれこれぇ……も~朝日でてんじゃないですかぁあぁ……っ、がくし」
「いや、よかったじゃん。いつも一週間くらいかけるのが、行った日のウチに帰れたんでしょ」
「普段の一週間以上に、一日の疲れが勝る日もあるんすよ……」
「……さいですか」
いま、世界で最も不幸なのは私めです。
と全身で訴える大女を背負いつつ、危なげない足取りで少女は扉を閉めて、手探りに部屋の灯りを付けた。
ついで、原型を伴っていたテント内の荷物の袋詰めも置き去る。ちなみに簡易ベットは御釈迦となった。ナンマンダブ。
ともあれ。いろいろ、不揃いな指がスイッチを間違える数だけスポットライトは降り、まだ少女――イロハが見慣れぬ役者等が彼女らを歓迎する。
イロハでは身長が倍ないと足りない高さのキッチン、カーテンの向こうにある薄汚れた白のテラス、畳んだ洗濯物の並んだ食卓。それと、
「ちょっと。っだめ。フトンいっちゃダメ。汚れんじゃん」
「……すこし。十五分だけ」
「横になったら終わりだよ。少なくとも、わたしはそうなるよ」
――いや、嘘つけぃ!
などと涼しげな顔に言える理性などカッ飛んで、勝手に前へ歩み出した腰のベルトを掴まれる豊山。
誇張でもライトのせいでもなく輝いて見えたのであろう、ぬいぐるみの添えられたベッドが目の前にあった。
実際。イロハの方は正直、余裕である。
一度血が多量に昇った頭は、そりゃあ休息は変わらず必要なのだが、余分に有り余ったエネルギーで幾らでも動きはする。今更、多少寝れなくとも誤差でしかない。
「お姉ちゃん呼びしてほしいならやってよ、そのくらい……わたし手伝うから。おフロ、先入れる?」
「……体あらってくる」
「わかった、じゃあ、わたしあとから――」
故に、疲労に一ミリの憂慮も共感もなく、威厳の欠片も見せぬ先輩社員に無表情でそう応対。
慣れきったように、彼女を浴室に送り届けるのみ。
――と、普段ならそれだけだったのだが。
「……なぁ。お前サマ等、いつの間に喧嘩でもしていたのか」
玄関口から、ナチュラルに低い声は響く。
それは明らかな女子の部屋、小物と薄い暖色が散見される空間、振り替えたイロハ等の背後に、ムダに礼儀良く靴を揃えて入門していた。
「せ、先輩、おつかれさまです! すいません、だいぶ書類面おしつけちゃって……えと?」
「新入りにはさせられない業務だ、気にするな――その。盗み聞く気はなかったんだが、先程の二人の声は、どうも低まって聞こえたもんでな」
「えーそんなことないですよはっはっは、ね、イロハちゃん、イロハちゃん、ねっ??」
八雲カフク。薄汚れた袴姿をより一層目立たせる彼は、だが周りの浮き具合なんぞ気にせず普段の調子でいて、ミノルはそのまま現状を肯定――しかし唯一、二人だけの部屋と慣れきっていたイロハ。
「……えっ、と。なんで、八雲さんがここに?」
「いや。ここ、本来なら和多志の部屋なんだが」
――そうなの!?
と何気なく。本当に何気なく。
地味ながら暮らしの常識が上書きされる、今日一番の驚愕に至った。
「んじゃ、自分お先失礼しまぁーすっ!」
と、ひと足先に、異様なハイテンションで浴室の戸を閉めるミノル。立て付けが悪いのもあってか、盛大な音も伴っていた。
今思うと、わざわざ和室ベースになっていたのは彼女でなく、彼の嗜好が大きかったのかも知れない。
「……畏取は、いなくなられると困る社員には、頼まなくとも専用の部屋をよこすんだ」
「かといって、和多志は実家があったもんで、物置程度にしか使わず腐らせるのも悪かったから、豊山に使わせてるってわけだ」
「……そっか」
お役目ご苦労、と真顔で手を振り後輩を見送ったのち。
八雲は引き出した古椅子に座す。
猫背だが、足と手は綺麗に揃ってというチグハグぶりが珍妙でならない。
――えっ、いや待て。
今言ったのを口実に、暫く居座るおつもりですか。
と、未だ生活空間に入り込んだ異物、兼恩人、兼家主への対応が、一人残されたイロハの難問で。
お茶でも持ってくればいいのだろうが、そんな択など頭にあるわけでもなく、ただ自分の拍動のみを聞きつつ立ち尽くした所。
あーだのんーだの、イロハが唸っているだけの静寂を破ったのは、八雲の方であった。
「……あいつ、最近どうだ」
「――、別に……いつも元気、ってわけじゃないんだな。とは思ったけど」
「……そうか。まぁ、驚くよな。最初は」
そうなのである。
実のところ、豊山ミノルは常時あのテンションではない。
というか、普段はこの場の二人同様、無感動で無表情な、無愛想真顔人間なのだ。
それが基本、八雲カフクが居るとなると打って変わるのは何故か、かねてよりイロハは気になってはいた――のだが。
「……まぁ、あれだ。畏取で戦闘員志望する奴は、身内を怪人にやられてたりするヤツも少なくなくてな。アイツのはその中でも、特殊な個体で……」
「一時期、墓前でビタとも動かんヤツだったが、今はソイツを倒さんと躍起になってんだよ」
「で、八雲さんが、その手の『先輩』?」
「そういうこった」
――うん。
やはり。なにか、ただならぬワケがあるらしい。
まァ、そりゃそうだよなとは思う。
せっかく畏能という唯一無二を得ておいて、しかもこんな恵まれた街で暮らしを謳歌して、選ぶ仕事が傭兵まがいなど。余程の理由か、若いうちに稼げる確証なしでやれるヤツが居るものか。
少なくとも、そうでもないとイロハはしたいとは思えない。
だからどんなに周囲を頼ろうとも、イロハはこれまで、そういう深い事情は、触れてこなかったワケなのだが。
「……ただ、終えた後に何も残らんのは割に合わない。アイツには、別に居場所を見つけて欲しいもんだ」
「……重い話だね」
「いいや。喧嘩をしていなくて何より、というだけの話だ」
むしろ、もっと無遠慮に付き合ってくれていい。とさえ言う彼は、こんな事でさえ淡々と真正面で口にした。
なんだか。この人に至っては、親が死んでも何の感慨も得ないのではとさえ思えてくる。
「そっか。そりゃよかった」
「ああ。掛け値なくな」
――しかし、そうか。
とりあえず今日、その居場所の予定地くらいは守られたのか。
「……さて。和多志もお暇させていただく。もっと詳しく知りたければ、そのうち本人の口から聞いてくれ」
そんな、何の感慨も共有しあわない顔合わせも終いらしい。
座っても見上げなければならない視線が急上昇。
机に置いた資料を今一度抱え、おざなりに言い残して歩を進め出す。
さすがに疲労が彼にもあるのか、少し歩みが重く、重心にはわずかながら偏りが見て取れた。
今なら殺せる。と自然、めぐる思考。
思わずイロハは、その背後に追従し、
「……うん、いいや。なんかまたヘタやって、今のセーカツ壊れるかもと思うとね」
「二度ある事は何とやら、とも言うしな」
「今日はゼンブぶっ壊した後なんだからノーカンでしょ」
「んだそりゃ」
――終わらせたくはない。終わってなどいない。
まだ聞きたい事は多くある。
そもそも今日、イロハは豊山ミノルの目的である復讐と、行われた調査の関係も知らないし、あの得体の知れない肉骨粉だって。
しかし。そういう事にして、玄関口で靴を履く過程を見届ける。
八雲カフクが、一体なにを根底とするのか。
この何の感情もない、イロハのように表に出すやり方を知らないのでなく、内側に持ち合わせてすらいない男が、なにがあって豊山ミノルと復讐を共にするのか。
まるで、わかっちゃいないが。
「うん。見逃してやるか」
「……、すまない。今なんつった?」
「ん~、なんでもないよ――またね。次は、ミノルも一緒に」
そうなのだ。
深入りするより、この得難い今に、また次の日があってほしい。
一緒の仕事じゃなく、一緒に暮らす僅かな機会が、続いてほしい――少なくとも彼が、彼女にそう望んでいたように。
死にたくないでもなく、生きたいでもなく、生きていたい。だから。
「…………、また明日。か」
「期待、したくないなぁ」
扉が閉じた後。足音が去り、浴室からの水音だけの残る深夜の一室。
その報酬に、少女は鍵をかけて持ち帰った。




