第二十二話
「珍しいな…お前が俺の所の来るなんて」
牾王吾岌は目の前の相手を窺う。
「いやなに」対面する叉王冴侶は自らの杯に酒を満たしつつ微笑んだ。
「たまには牾王殿と差し向かいで飲んでみたいと常々思っていた」
吾岌が訝しげに口をゆがめ杯をあおる。二人は吾岌の棲み処である金嵬洞で向かい合って酒を飲んでいた。洞の天井には申し合わせたように穴が空いており、そこから半月の光が射し込んでいる。
「ときに…」冴侶が何気ないように沈黙を破った。
「牾王殿はもうお聞き及びか」
吾岌が細い目を向ける。
「いや…耳の早い貴殿ならとっくに…」
「何をだ」
「その…阿王殿のことで」
「ゆうちゃ…阿王がどうしたんだ」
「何でも、例の食せば不老不死を得るともっぱら噂の唐僧を我が物にせんと躍起になっているとか」
「そんな!見つけたは一緒に食べようと約束したのに!」
冴侶は同情するように
「阿王殿とて当然不老不死の肉体が欲しいのであろう。そうすれば…この世のあらゆるものの王となると言っても過言ではない」
吾岌は思わず立ち上がり、また座り直すと落ち着かなげに酒を飲む。その様子を眺めていた冴侶は杯を置くとわずかに身を乗り出しささやくように言った。
「実は私も玄奘法師についていくつか報せを受け取っているのだ」
吾岌がちろりと目を光らせる。
「玄奘法師自身はか弱い人間にすぎんが…これのお供をしている連中…そのなかにあの孫悟空がいるらしい」
「孫悟空…何百年か前に金闕雲宮で大暴れして天界の連中に封印されたとかいう猿か」
「まあその猿だ。たとえ牾王殿といってもこれは少し厄介だろう」
苦笑する冴侶に吾岌は鼻を荒々しく鳴らし
「猿一匹どれほどのことか」
ぽん、と冴侶が膝を叩いた。
「さすが牾王殿、貴殿ならそう言われると思っていた。ならば…」
声を落とす相手に吾岌がヒクヒクと耳を寄せる。
「私はいま玄奘法師の進んでいる辺りを知っている。そこで、貴殿が法師を手に入れられるよう手助けしたいと思ってな」
吾岌はまた疑わしげに口をゆがめた。
「何故お前の手を借りなければならん。坊主一人俺と手下どもだけで充分だ」
「しかし事を荒立てて他の四天王や獣王に知れたらどうする?」
吾岌は更に口をゆがめる。
「たしかに孫悟空も取るに足らないかもしれん。が…なるべくなら穏便に運ぶにこしたことはないと思うが」
あくまで穏やかに話す冴侶を吾岌の細い目が見据える。
「何故俺に協力するんだ」
「それは…」冴侶は目を細めた。
「貴殿こそが王に相応しいと思っているからだ。決まっているだろう」
ピタリと法順禅師の読経が止んだ。その声に合わせ指立ふせをしていた弟子たちが何事かと顔を上げる。円心がそっと側により訊ねた。
「法順さま…どうかされましたか」
「玄奘に…」
円心が顔を強張らせる。
「玄奘さまの身に何か…何か悪い予感でも?」
弟子たちも指立ふせの体勢で息をのむ。
「私としたことが…無事に戻ってくることばかり願って…迂闊だった」
禅師は虚空を睨みながら唇を噛む。堪らず円心が詰め寄る。
「教えてください、玄奘さまに何が…」
「玄奘に…」法順禅師がうつむく。
「土産頼むの忘れた」
弟子たちがどっと倒れ込んだ。




