11 戦いの意味
Bf109Fが全員に向き直る。おもむろに話し始めた。
「まず、みなさんに聞きたいことがあります。わたしたちはなぜ戦うのでしょう」
いったん言葉を切ると、帰って来る返事を待つ。
真っ先に、
「そんなの、決まってるネ! ジャップは敵、エネミー! 敵を倒すために、我々U.Sネイビー、いマス! わたしやワイラや、爆撃機や攻撃機、サラに、サウスダコタに、みんないるネ! アーミーやマリーンだって」
F6Fが言い募る。
回りの爆撃機や攻撃機たちも、うんうん、とうなずいている。
「これでお分かり? ですネ! われわれは黄色いサルを石器時代に戻してやるために、正義の鉄槌、ハンマー! 下すネ!」
いまにも二丁拳銃をホルスターから抜き放つのでは、というほどテンションを上げるF6Fだ。
「ちょっと、あんた! ホルスタインみたいにぶるんぶるんさせながら、なに!? 聞き捨て……」
「聞き捨て、ならんな」
とうぜん噛みつく隼。
だがその隼を押しのけるように五二型が前へと出る。真っすぐにF6Fらを見据えながら、
「われらとて同じ。米英蘭の横暴からアジアを解放し、大東亜に平和をもたらす。そのための戦いならば、われら帝国陸海軍、どれほどの困難もいとわぬ」
「そ、そうよ! そういうこと!」
いちおう便乗する隼。五二型ほど難しいことは言えないが、大意は同じ、と言いたいらしい。
「わかりました。双方、それが「戦う理由」、ですね」
「でもさ、なんでそれで戦うの? アミーとヤポンスキーは敵どうしだって、誰が決めたの?」
Bf109Fが引き取り、Fw190Aが言う。
「ホワット? なぜって、そんなの決まってるからデス! ジャップは敵! わたしのまえの戦闘機たち、F3Fも、そのずっとまえから、ジャップは敵で、戦って……そうよね、ワイラ? そうでなきゃなんだって」
「ほんとうに、そうですか?」
「確かに、米英は敵だが……それを決めたのは」
Bf109に言われ、言葉に詰まるF6F。五二型にしても、その先を言えない。
いままで考えたことがなかったからだ。
そこは、その部分は自明の理として、誰も疑問を持つことはおろか、触れることもしなかった。
それはこの世界に落ちて来た防人にしてもそうで、
(にい子やさつきさんたちが戦うのは、あたりまえみたいな気がしてた。そのための、戦闘機だったり爆撃機だったり戦艦だったりで。でも)
「なぜ、戦うのか。誰と、なにと戦うのか、その理由は誰も知らないっていうのか」
衝撃だった。
他人事ではない。
防人もまた、知らず、知らないことを不思議に思っていなかった。
「で、でも! あたしたち戦う兵器だし、あたしは戦闘機で! この機関銃だって、敵をやっつけるためのものなんだもん! 戦う相手がわからないとか、なんでとか、それって、あたしがいる意味、困るのよね」
さすがに隼も、最後のほうは勢いが尻すぼみだ。
「だからって、アメリカ軍を理由もなく敵って決めつけて、いいのか。それで戦えれば、満足なのか、隼は」
「だって、戦うってそういうことで!」
「だったら、なんで戦ってないんだ、いまは」
「えっ」
「いま、だよ。こうやって、敵のアメリカ軍と、ひとつところにいて、なんで戦わない。なんで話なんて聞いてる。理由がなくたって、戦うのが性分なら、どんなところでも戦うだろうし、誰になにを言われたって、戦いを止めないはずだ」
いっきに言った。
防人にしてもまだ頭の中で整理できているわけではなかった。
けれど口に出すことで、ひとつひとつ確認するようにつながっていく。
「な、なによ、そんなの……」
声を震わせる隼。
「ごめん。オレも自分に言うくらいの感じだったんだ。隼を責めてるわけじゃくてさ。ほんと、なんでこんなかんたんなこと、気が付かなかったんだろうな」
と防人。
「言うとおりだな、防人の。わたしも、気づかされた」
「ホワッ!? みんななに納得してるデスか! ジャップは敵に決まってるネ! ミーはまだ……」
「だったら、いまここで12.7ミリ機銃のシャワーを、浴びせる? この距離なら、外れない」
F4Fの言葉に、F6Fもとうとう、
「……オー、シット! なぜか、力が入らないネ。ミーの戦闘デバイスが、出て来ない」
肩を落とした。
ふだんなら無意識に現れるはずのF6Fの翼や機銃は、まったく発現しようとしない。
「あの! わたしも、わたしたちも、同じです。エフ六さんも、がっかりしないでください」
二一型がフォローしようと言うが、
「なによ、エフ六って。ミーはF6Fネ。省略するな、デス。ヘルミナって名前もあるデス!」
「その! エフろくエフって、言いずらくって、ひとつ省いてもいいかなー、って」
「省くな! ネ!」
「ほう。エフ六、よいかもしれぬの。宿六、みたいじゃ」
「は!? 宿六、ホワッ!?」
「……ヘルミナ、すっかりあなた、馴染んでる」
F4Fに言われてF6F、みるみる顔を赤く染める。
「ノーーーーー! なんでミーがジャップと、なれ合い、もうダメ……」
とりあえず、黙ることにしたらしいF6F。
再びBf109Fが口を開いた。
「みなさんの疑問、戸惑いはもっともです。わたしたちも、ここに至るまでには、かなりの感情や思考の壁を乗り越えてきました。わたしたちにしても、アメリカ、イギリス、ソ連は敵。日本やイタリアは味方。などという固定観念にずっと縛られて、少しも疑わなかったのです」
「それが、なぜ、だ」
五二型の問いには、
「もう少し、待ってください。……どうして戦うことを疑わなかったのか。それはずっと戦ってきたから。ずっとずっと何年も、何百年も……いえ、月とか年の単位は、わたしたちには意味のないこと。わたしたちはずっとこのまま、ずっとこの姿のまま、大気と大地の「エアリーマテリアル」を取り込んで、活動できるからです。「生きて」いられる」
「戦って壊れて、破壊されて、動かなくなるまで、ね」
Fw190Aの付け加えた言葉に、全員がいっしゅん凍り付いた。
「どういう、ことですか」
絞り出したのは赤城だった。
だが誰もが同じ思いでもある。
防人以外の誰もが。
Bf109Fが続けた。
「わたしから言いましょう。わたしたちはずっと戦ってきました。敵は、フランスだったりイギリス、アメリカだったり。しかし、永遠に「生きる」としても、同じわたしではありません。みなさんも経験があるはず。戦いによって、リペアできないほどのダメージを受けたとき、わたしたちは」
「死ぬ……いえ」
壊れる。破壊される。誰もがその言葉を脳裏に浮かべた。
死か、再生不可能な破壊か、それは彼女たちにとって等価値な終焉だ。
「失われる。そう称しています、わたしたちは。そうして失われたあと、新しい「わたし」が現れる。置き換わる。そのようにして永遠に戦い続ける。戦ってきたと、思っている。そうではないでしょうか」
ここでも、Bf109Fの問いかけは、全員の心に突き刺さっていた。
誰もが、その思いを経験しているから。自分自身が「失われ」なくとも、身近な誰かの「死や破壊」を経験している。
(この世界でもやっぱり、壊れる=「死」っていうのが……)
生まれ、生き、結ばれて産み、死ぬのが防人の世界の人の、というよりあらゆる生き物の一生なら、この世界では、兵器である彼女たちは最初からあり、戦って、破壊されるとまた新たな兵器に置き換わる、のだと。
(異世界……やっぱりここは異世界なんだよ。で、オレももう、この異世界の人間、いや、補給ユニットなんだ)
「それがこの世界。わたしたちであり、わたしたちの世界、なのです」
戦うためにあって、戦い、戦って失われるのが兵器の本質ならば、たしかにBf109Fの言うとおりなのだろう。
しかし、なにかが、
「違う。いや、この世界ではこれが……でも!」
なんとも言えない違和感に襲われるのは、防人がこの世界の新参者、他世界からの新入者だからなのか。
「ひとつ聞きたい。なぜ、気づいた。そのことになぜ」
五二型の問いには、
「きっかけは……わたしが撃墜されたのち失われ、復帰したあとも、前回の記憶を持ち続けていたことから」
「なんだって。それでは」
「通常は、撃墜部分の記憶は引き継がれません。本人も、周囲も、です。けれど、わたしには記憶があった。イレギュラーかもしれません。けれどそこから広がっていった。イギリスとの航空戦で倒れた多くのBf109EやJu87、Do17。彼女たちが戻ってきたとき、倒れた記憶はなかった。それが通常。わたしは彼女たちに告げ、最初のうちは理解されませんでした。けれどそこから広がっていったのです。彼女たちも意識し、いつしか復活後も、倒れたときの記憶を維持するようになったのです」
「そうか。そうだった、のか」
五二型がつぶやく。
「ヘイ! そんなの初耳ネ! ミーたちアメリカ軍ではぜんぜんなかったネ! べ、べつにアメリカ軍が遅れてるとか、そんなのじゃないデス!」
F6Fは言うが、F4Fにはなにか同調できる感覚があったらしい。小さく、うなずいているのがわかった。
「あなたたちの言いたいことはわかったわ。でも、なら、どういうこと? もう戦いは終わったっていうの?」
「こんなふうに集まって、話もできる。ならもうこの面々で戦う必要も理由もないって、思えるのですけれど」
長門が言い、赤城も付け加える。
「そうだ。もうここにいるみんなは、こうして話し合ってる。また戦うなんて、考えられない」
(けど、じゃあ……)
「どうなるの、あたしたち!? もう戦わないなら、戦う兵器のあたしたちって、どうなっちゃうのよ!」
防人の疑問、不安が隼に伝染して、口をついて出たようだ。
それは、Bf109Fの次の言葉をうながすものだった。
「見てもらいたいものがあります」
合図をすると、潜水艦のふたりが進み出る。
小柄はUボートⅦ型と、やや長身のⅨ型だ。Ⅸ型が、手にした金属のケースを差し出す。持ち手がついたカバンのようなものだ。
厳重なロックを外すと、カチャ! 蓋が開いて中があらわになる。
その中に入っていたもの。
「これは、なんだ」
五二型が言う。他の戦闘機たち、艦たちも顔を近づけ、凝視する。
もちろん、防人も。
「箱? いや」
一見、箱のように見える。ほぼ正立方体と言っていい。
面は銀色、あるいは金、もしくは薄いブルー、玉虫色にきらめいている。
ほとんど平滑な面があれば、他の面はじつに複雑な、それら多くの薄い金属板が積層となった断面を見せる。
しかしなんといっても、もっとも奇妙なのは、平面だったり積層だったりする面の一部が切り欠かれて、赤いジェルのようなものが覗いていることだ。
その赤が、瞬くように光を放つ。
光もかすかだったり、まぶしいほどだったり、ジェルの中を移動しているようでもあり、
(ただの箱じゃない。なんだ、これ)
「生きてる、みたい」
そう言ったのは九七艦攻だったが、誰もが同じ感想だった。
「これは、どうしたのじゃ。まるで卵じゃな」
鍾馗の言葉に、
「よく、おわかりですね。卵、がふさわしいかはわかりません。が、そのようなものではないかと、わたしたちも思っています」
「海の中で、見つかったんだよ! ユーライヤが、見つけて来たの。でも攻撃されたって!」
ショートヘアを揺らす、Fw190Aだ。なぜかその背後に二一型が、うずうずするような目でFw190Aを見ていた。
彼女の言では、海だけでなく、地中に半ば埋まっているもの、空中に漂っているものも発見されているらしい。
どれも、同じような形だが、ひとつとしてまったく同じものはない、とも。
「あの、さっき、攻撃されたって、この……卵、に?」
「卵は、孵るものです。変形し、海の中を泳ぎ、空を飛んで、攻撃してきます。すでに被害も出ています」
防人の疑問に、Bf109F。
そこまで言って、彼女は改めて全員を見返した。
ついに言える。そんなふうに、次の言葉を吐き出した。
「わたしたちの戦いは、次の段階に移行した。そうなのだと思います」
次回から最終章です