表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/30

11 戦いの意味


 Bf109Fが全員に向き直る。おもむろに話し始めた。


「まず、みなさんに聞きたいことがあります。わたしたちはなぜ戦うのでしょう」


 いったん言葉を切ると、帰って来る返事を待つ。

 真っ先に、


「そんなの、決まってるネ! ジャップは敵、エネミー! 敵を倒すために、我々U.Sネイビー、いマス! わたしやワイラや、爆撃機や攻撃機、サラに、サウスダコタに、みんないるネ! アーミーやマリーンだって」


 F6Fが言い募る。

 回りの爆撃機や攻撃機たちも、うんうん、とうなずいている。


「これでお分かり? ですネ! われわれは黄色いサルを石器時代に戻してやるために、正義の鉄槌、ハンマー! 下すネ!」


 いまにも二丁拳銃をホルスターから抜き放つのでは、というほどテンションを上げるF6Fだ。


「ちょっと、あんた! ホルスタインみたいにぶるんぶるんさせながら、なに!? 聞き捨て……」

「聞き捨て、ならんな」


 とうぜん噛みつく隼。

 だがその隼を押しのけるように五二型が前へと出る。真っすぐにF6Fらを見据えながら、


「われらとて同じ。米英蘭の横暴からアジアを解放し、大東亜に平和をもたらす。そのための戦いならば、われら帝国陸海軍、どれほどの困難もいとわぬ」

「そ、そうよ! そういうこと!」


 いちおう便乗する隼。五二型ほど難しいことは言えないが、大意は同じ、と言いたいらしい。


「わかりました。双方、それが「戦う理由」、ですね」

「でもさ、なんでそれで戦うの? アミーとヤポンスキーは敵どうしだって、誰が決めたの?」


 Bf109Fが引き取り、Fw190Aが言う。


「ホワット? なぜって、そんなの決まってるからデス! ジャップは敵! わたしのまえの戦闘機たち、F3Fも、そのずっとまえから、ジャップは敵で、戦って……そうよね、ワイラ? そうでなきゃなんだって」

「ほんとうに、そうですか?」

「確かに、米英は敵だが……それを決めたのは」


 Bf109に言われ、言葉に詰まるF6F。五二型にしても、その先を言えない。

 いままで考えたことがなかったからだ。

 そこは、その部分は自明の理として、誰も疑問を持つことはおろか、触れることもしなかった。

 それはこの世界に落ちて来た防人にしてもそうで、


(にい子やさつきさんたちが戦うのは、あたりまえみたいな気がしてた。そのための、戦闘機だったり爆撃機だったり戦艦だったりで。でも)

「なぜ、戦うのか。誰と、なにと戦うのか、その理由は誰も知らないっていうのか」


 衝撃だった。

 他人事ではない。

 防人もまた、知らず、知らないことを不思議に思っていなかった。


「で、でも! あたしたち戦う兵器だし、あたしは戦闘機で! この機関銃だって、敵をやっつけるためのものなんだもん! 戦う相手がわからないとか、なんでとか、それって、あたしがいる意味、困るのよね」


 さすがに隼も、最後のほうは勢いが尻すぼみだ。


「だからって、アメリカ軍を理由もなく敵って決めつけて、いいのか。それで戦えれば、満足なのか、隼は」

「だって、戦うってそういうことで!」

「だったら、なんで戦ってないんだ、いまは」

「えっ」

「いま、だよ。こうやって、敵のアメリカ軍と、ひとつところにいて、なんで戦わない。なんで話なんて聞いてる。理由がなくたって、戦うのが性分なら、どんなところでも戦うだろうし、誰になにを言われたって、戦いを止めないはずだ」


 いっきに言った。

 防人にしてもまだ頭の中で整理できているわけではなかった。

 けれど口に出すことで、ひとつひとつ確認するようにつながっていく。


「な、なによ、そんなの……」


 声を震わせる隼。


「ごめん。オレも自分に言うくらいの感じだったんだ。隼を責めてるわけじゃくてさ。ほんと、なんでこんなかんたんなこと、気が付かなかったんだろうな」


 と防人。


「言うとおりだな、防人の。わたしも、気づかされた」

「ホワッ!? みんななに納得してるデスか! ジャップは敵に決まってるネ! ミーはまだ……」 

「だったら、いまここで12.7ミリ機銃のシャワーを、浴びせる? この距離なら、外れない」


 F4Fの言葉に、F6Fもとうとう、


「……オー、シット! なぜか、力が入らないネ。ミーの戦闘デバイスが、出て来ない」


 肩を落とした。

 ふだんなら無意識に現れるはずのF6Fの翼や機銃は、まったく発現しようとしない。


「あの! わたしも、わたしたちも、同じです。エフ六さんも、がっかりしないでください」


 二一型がフォローしようと言うが、


「なによ、エフ六って。ミーはF6Fネ。省略するな、デス。ヘルミナって名前もあるデス!」

「その! エフろくエフって、言いずらくって、ひとつ省いてもいいかなー、って」

「省くな! ネ!」

「ほう。エフ六、よいかもしれぬの。宿六、みたいじゃ」

「は!? 宿六、ホワッ!?」

「……ヘルミナ、すっかりあなた、馴染んでる」


 F4Fに言われてF6F、みるみる顔を赤く染める。


「ノーーーーー! なんでミーがジャップと、なれ合い、もうダメ……」


 とりあえず、黙ることにしたらしいF6F。

 再びBf109Fが口を開いた。


「みなさんの疑問、戸惑いはもっともです。わたしたちも、ここに至るまでには、かなりの感情や思考の壁を乗り越えてきました。わたしたちにしても、アメリカ、イギリス、ソ連は敵。日本やイタリアは味方。などという固定観念にずっと縛られて、少しも疑わなかったのです」

「それが、なぜ、だ」


 五二型の問いには、


「もう少し、待ってください。……どうして戦うことを疑わなかったのか。それはずっと戦ってきたから。ずっとずっと何年も、何百年も……いえ、月とか年の単位は、わたしたちには意味のないこと。わたしたちはずっとこのまま、ずっとこの姿のまま、大気と大地の「エアリーマテリアル」を取り込んで、活動できるからです。「生きて」いられる」

「戦って壊れて、破壊されて、動かなくなるまで、ね」


 Fw190Aの付け加えた言葉に、全員がいっしゅん凍り付いた。


「どういう、ことですか」


 絞り出したのは赤城だった。

 だが誰もが同じ思いでもある。

 防人以外の誰もが。

 Bf109Fが続けた。


「わたしから言いましょう。わたしたちはずっと戦ってきました。敵は、フランスだったりイギリス、アメリカだったり。しかし、永遠に「生きる」としても、同じわたしではありません。みなさんも経験があるはず。戦いによって、リペアできないほどのダメージを受けたとき、わたしたちは」

「死ぬ……いえ」


 壊れる。破壊される。誰もがその言葉を脳裏に浮かべた。

 死か、再生不可能な破壊か、それは彼女たちにとって等価値な終焉だ。


「失われる。そう称しています、わたしたちは。そうして失われたあと、新しい「わたし」が現れる。置き換わる。そのようにして永遠に戦い続ける。戦ってきたと、思っている。そうではないでしょうか」


 ここでも、Bf109Fの問いかけは、全員の心に突き刺さっていた。

 誰もが、その思いを経験しているから。自分自身が「失われ」なくとも、身近な誰かの「死や破壊」を経験している。


(この世界でもやっぱり、壊れる=「死」っていうのが……)


 生まれ、生き、結ばれて産み、死ぬのが防人の世界の人の、というよりあらゆる生き物の一生なら、この世界では、兵器である彼女たちは最初からあり、戦って、破壊されるとまた新たな兵器に置き換わる、のだと。


(異世界……やっぱりここは異世界なんだよ。で、オレももう、この異世界の人間、いや、補給ユニットなんだ)

「それがこの世界。わたしたちであり、わたしたちの世界、なのです」


 戦うためにあって、戦い、戦って失われるのが兵器の本質ならば、たしかにBf109Fの言うとおりなのだろう。

 しかし、なにかが、


「違う。いや、この世界ではこれが……でも!」


 なんとも言えない違和感に襲われるのは、防人がこの世界の新参者、他世界からの新入者だからなのか。


「ひとつ聞きたい。なぜ、気づいた。そのことになぜ」


 五二型の問いには、


「きっかけは……わたしが撃墜されたのち失われ、復帰したあとも、前回の記憶を持ち続けていたことから」

「なんだって。それでは」

「通常は、撃墜部分の記憶は引き継がれません。本人も、周囲も、です。けれど、わたしには記憶があった。イレギュラーかもしれません。けれどそこから広がっていった。イギリスとの航空戦で倒れた多くのBf109EやJu87、Do17。彼女たちが戻ってきたとき、倒れた記憶はなかった。それが通常。わたしは彼女たちに告げ、最初のうちは理解されませんでした。けれどそこから広がっていったのです。彼女たちも意識し、いつしか復活後も、倒れたときの記憶を維持するようになったのです」

「そうか。そうだった、のか」


 五二型がつぶやく。


「ヘイ! そんなの初耳ネ! ミーたちアメリカ軍ではぜんぜんなかったネ! べ、べつにアメリカ軍が遅れてるとか、そんなのじゃないデス!」


 F6Fは言うが、F4Fにはなにか同調できる感覚があったらしい。小さく、うなずいているのがわかった。


「あなたたちの言いたいことはわかったわ。でも、なら、どういうこと? もう戦いは終わったっていうの?」

「こんなふうに集まって、話もできる。ならもうこの面々で戦う必要も理由もないって、思えるのですけれど」


 長門が言い、赤城も付け加える。


「そうだ。もうここにいるみんなは、こうして話し合ってる。また戦うなんて、考えられない」

(けど、じゃあ……)

「どうなるの、あたしたち!? もう戦わないなら、戦う兵器のあたしたちって、どうなっちゃうのよ!」


 防人の疑問、不安が隼に伝染して、口をついて出たようだ。

 それは、Bf109Fの次の言葉をうながすものだった。


「見てもらいたいものがあります」


 合図をすると、潜水艦のふたりが進み出る。

 小柄はUボートⅦ型と、やや長身のⅨ型だ。Ⅸ型が、手にした金属のケースを差し出す。持ち手がついたカバンのようなものだ。

 厳重なロックを外すと、カチャ! 蓋が開いて中があらわになる。

 その中に入っていたもの。


「これは、なんだ」


 五二型が言う。他の戦闘機たち、艦たちも顔を近づけ、凝視する。

 もちろん、防人も。


「箱? いや」


 一見、箱のように見える。ほぼ正立方体と言っていい。

 面は銀色、あるいは金、もしくは薄いブルー、玉虫色にきらめいている。

 ほとんど平滑な面があれば、他の面はじつに複雑な、それら多くの薄い金属板が積層となった断面を見せる。

 しかしなんといっても、もっとも奇妙なのは、平面だったり積層だったりする面の一部が切り欠かれて、赤いジェルのようなものが覗いていることだ。

 その赤が、瞬くように光を放つ。

 光もかすかだったり、まぶしいほどだったり、ジェルの中を移動しているようでもあり、


(ただの箱じゃない。なんだ、これ)

「生きてる、みたい」


 そう言ったのは九七艦攻だったが、誰もが同じ感想だった。


「これは、どうしたのじゃ。まるで卵じゃな」


 鍾馗の言葉に、


「よく、おわかりですね。卵、がふさわしいかはわかりません。が、そのようなものではないかと、わたしたちも思っています」

「海の中で、見つかったんだよ! ユーライヤが、見つけて来たの。でも攻撃されたって!」


 ショートヘアを揺らす、Fw190Aだ。なぜかその背後に二一型が、うずうずするような目でFw190Aを見ていた。

 彼女の言では、海だけでなく、地中に半ば埋まっているもの、空中に漂っているものも発見されているらしい。

 どれも、同じような形だが、ひとつとしてまったく同じものはない、とも。


「あの、さっき、攻撃されたって、この……卵、に?」

「卵は、孵るものです。変形し、海の中を泳ぎ、空を飛んで、攻撃してきます。すでに被害も出ています」


 防人の疑問に、Bf109F。

 そこまで言って、彼女は改めて全員を見返した。

 ついに言える。そんなふうに、次の言葉を吐き出した。


「わたしたちの戦いは、次の段階に移行した。そうなのだと思います」


次回から最終章です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ