9 鉄十字の翼
「よぉ、来たな!」
「いらっしゃい。なんて、わたしのウチじゃないですね」
「九九艦爆さん、九七艦攻さんも、来てたんですか!」
赤城の格納庫で、防人はふたりを見つけて声を上げる。聞けば、五二型に呼ばれて、赤城の出港まえには埠頭から乗り込んていたのだと言う。
「アメリカの空母をやっつけるんだろ? 戦闘機ばかりじゃ、無理だからな」
「いよいよ、わたしたちの出番ですね」
答えるふたり。
格納庫はかなり広く、単に艦上機たちが待機するだけでなく、爆弾や魚雷などの装備を整えるブースや、補給槽、ソファーやテーブル、ベッドを備えた半分個室のようなブースも並んでいる。
ようは、航空機少女たちのサロンのようなものなのだ。そこへ、
「調子はどう」
現れたのは、
「赤城さん!? え、ええ? ここ、赤城さんの中、だよね? この艦は赤城さんであって船でもあって……」
赤城だ。制服姿で、笑っている。
防人は混乱した。
(赤城さんはこの艦のコアで、船の中心にいて、だから船があの赤城さんの、巨大な女の子の形に……)
「考えてるね。無理もない。わたしはこの艦のコアで人型。わたしがいるからこの艦は動いているし、あの姿になれるの」
と赤城。あの姿とは、巨大な少女兵器のことだろう。おそらくは全長で二百メートルをゆうに超える。
「それは、そうだけど……あれ?」
ここで防人。船窓から外を見て気づく。
「長門さんが、いない。いや、長門はある。戦艦、長門だ! ほかの艦も。じゃあ、いまこの艦は」
ふつうの空母の姿に戻っているということか。
(ふつうの空母ってのも変だけど)
「そのとおりよ。わたしがいるから、この艦、空母赤城は動く。いまは航走モードなんだ。走るだけなら、わたしも自由に動ける。また戦闘モードへ戻るには、コアへ収まる必要があるけどね」
「そう、なんだ」
それでわかった。
あの艦本庁舎の地下の港に艦が艦のままの姿で埠頭に投錨されていたこと。それとは別に、人型である長門や赤城たちがいて、ふだんは補給槽に安置されていたこと。
「そういうことだ。艦はそのスケールからして莫大な燃料を消費するからな」
五二型が付け加える。
他の、小スケールの兵器少女たちとはおのずから仕組みも異なって来るのだろう。
「でも、またあの赤城さんに戻るときには」
(艦内がひっくり返ったり、大騒ぎになるんじゃないのか)
「それも平気。最初から艦内容積や配置は戦闘モードに合わせてあるから」
「戦闘モード、じゃああの姿が」
「と言ってたら……ふふふ、どうやら見つけたみたいですね」
敵艦隊を見つけたのは二一型だった。
自分から買って出て、偵察任務に飛んでいたのだ。
「あ、あれあれ? あそこに……あれって、空母ですか?」
僚機は二二型。二一型と顔だちはそっくりだが、髪型が異なる。より大人っぽい印象のスレンダー美女である。
「間違いないわ! 空母、レキシントン級、サラトガかしら。それにサウスダコタ、重巡一、駆逐艦……きゃあ! 護衛戦闘機、上がってきたわよ!」
いっぽう、二一型らからの無電を受けた赤城。
「東北東二百キロの海域に敵艦隊発見! 爆撃機は対艦爆弾、攻撃機は雷装にて出撃されたし! わたしはコアに戻るね!」
走り出す。
コアに戻る、それはまた巨大な兵器少女の姿となるということだ。
「行って来る」
飛行甲板へと上っていく五二型を、
「あ、はい! い、行ってきます、防人くん!」
三二型が追いかける。
『発艦準備、完了です!』
上から、赤城の声が降ってきた。
いつの間にか人型の彼女はコアに戻り、艦の一部となって、
「この艦を、動かしてる。いや、この艦が、赤城さんになったんだ!」
変身とか変形というよりも、一体化と言うべきだろう。
そして、馴れない空母に乗艦していた陸軍機だちは。
「ふぅ。なかなかいいじゃない。やっぱり海軍の連中、あたしたち陸軍より贅沢よね。おしゃれ気取りのつもりかしら。ぁ、なんだかイライラしてきちゃった!」
「ふむ。まあよいではないか。しばしくつろがせてもらうとする……なに? もお出撃じゃと?」
「待て待て! そのまえに、だ。五二型にしたように……」
防人が提案、というよりも必須として行ったのは、
「……ま、待ってよ! ちょっと、あたし、陸軍機なのよ! 着艦フックなんて……ぁ、ああっ! そこ、お尻、さわらないで! お尻の中……ぁぁぁああ!」
とうぜん、着艦フックの増設だった。
海軍機の三二型、二二型にはすでに、施してある。
「動くなよ。大事なとこだ。んっ、ここか。やっぱり隼は軽量化のためにフレームが華奢だな。これじゃ丈夫な子をたくさん産めないぞ」
「な、な、なに言ってんのよ! 子供なんて……ひゃぁあ! そんなところにぃぃ!」
「ふむ。興味深いのぉ。なに、わしもじゃと? ……ひぃぃいいいい!」
「ジャップのヤツら、追いかけてきやがったネ! キャリアー(空母)もないのに、どうやって!」
F6Fが拳銃を握りしめる。二一型などを見つけて、サラトガから緊急発進してきたのだ。日本の基地を襲ったときのダメージは、すでにすっかり回復していた。
「日本の海軍機は驚くほど航続力がある。避退するわたしたちを追ってきたとしても不思議じゃない。けど……」
とF4F。
「そうヨ! あれだけ滑走路もつぶしてやったのに! まさか、陸軍の」
「日本の陸軍と海軍は仲が悪い。それはない、と思うけど……三時方向!」
アメリカ艦上戦闘機たちは、たくみに逃げながら艦隊のそばを離れない二一型を追いかけている。
「どっちもジーク、ネ! どう違うデスか!」
二一型と二二型の違いを言っているのだ。
かんたんに言えば、その容姿が酷似しているように、外見上の二一型と二二型の違いはごく少ない。
もっとも大きな違いは発動機。二二型では、二百馬力近く高い栄二一型となっている。
「ジークにたいした違いはない。どれもさほど速くはない。身は軽いがぜい弱で、撃たれ弱い!」
「オー、アイアンダスタン! だったらノープロブレム、ネ! 12.7ミリシャワーで、どいつもこいつも叩き落して……」
F6Fが気勢を上げた、そのときだった。
『日本の航空機多数よ! 六時方向、高度五百! お願いなの!』
海上のサラトガから無線が入る。
F6Fが背後を振り返り、
「また来た! いや、もう来た、ネ! いいデス! おまえらから先に地獄へ突き落としてやるデス、ネ!」
日本軍機の編隊を認める。
「雷撃機ですか。でも、あれは……」
日本軍機は、九七艦攻、それに、
「なんであたしが、雷撃なんかに付き合わされるのよ! あたし、陸軍機なんだから! ちょっと、聞いてる!?」
「雷撃とは、聞いてはいたが低く飛ぶものじゃな。安心せい、背中はしっかり守ってやるでな!」
隼と、鍾馗だ。
「ふふふ、よろしくお願いしますね、陸軍機のみなさん。ここは海、落ちたら海水浴ですからね」
九七艦攻が微笑む。すでに高度はさらに下がり、百メートルをゆうに切っている。
「あ、あ、あたしは泳げないんだってばぁあ!」
「ふむ、上から来るでな。四時方向じゃ!」
隼と鍾馗が上昇する。いったんアメリカ軍機をかわして、さらに背後へ回り込もうという戦法だ。
だがこれだと、一度は九七艦攻への攻撃を許してしまう。
「きゃぁあああああっ!」
海面に爆発したような水柱が上がる。F6Fの機銃掃射だ。九七艦攻の飛行姿勢がぐらり、と乱れる。
「ハハハハ! どうネ!」
しかし俯角で撃ち続けることはできない。海へ突っ込んでしまうからだ。適度なところで上昇に転じる。
「あれは? ……来る! ジークじゃ、ない?」
F4Fが気づいた。
隼と鍾馗が反転し、背後へつこうとしている。
「はァ!? ジークじゃない、どういうことネ! もうめんどうくさい! ジャップの貧弱な戦闘機なんて、まとめてぶち落としてやるネ!」
振り切ろうと、急降下、はできない。
低空へ降りすぎていた。しかも、頭を押さえられている。
「ノーーーーーーー! どうする!? ガッデム! どうするネ!」
「わたしが盾になる。その間に上昇離脱して」
「ぇっ、ノー、ノー、そんなこと、できないヨ」
「あなたのほうが強い。敵を倒せる。もしわたしが墜とされたら、あとをたのみます。サラを守って」
「ワイラ……」
F6Fがつぶやいたのを合図のように、F4Fが反転上昇に転ずる。しかしこの高度、速度からでは機動は鈍い。
「もらったわっ!」
「ほぉ。自分が犠牲になるとな」
隼と鍾馗が照準器から正確に狙いをつける。
その間にも、いったん雷撃コースから離れた九七艦攻が、再びごく低空へ戻り、
『来るなぁ! 来ないで! 来ないでってばぁぁあ!』
サラトガの対空砲火をものともせず、
「やって、あげます……!」
いまにも魚雷を投下しようとしていた。
そしてその上空では。
「ひゃっはー! 思ったとおり! 上はがら空きだぜ!」
九九艦爆がサラトガの直上、急降下姿勢に入ろうとしていた。
「九七艦攻たちが敵の直援機を低空に引き付けてくれたおかげだな」
「す、すごい、チャンス、ですか。ですよね」
エスコートする五二型、三二型も。
眼下には一面青い海と、回避運動に白い航跡の円を描くサラトガが見える。いっせいに対空砲火の火の玉が上がってきた。
戦艦や巡洋艦の高射砲、機関砲も火を噴く。
しかしひるむものではない。
「ここから落とせば、必ず、当たる……命中させる!」
爆撃照準器に利き目を当てながら、九九艦爆がつぶやく。
「行っくよーーー! ヴァルヴァルヴァルヴァル!」
ダイブブレーキを開き、垂直に近い降下へと移っていった。
まさに、低空と高空からの雷撃、爆撃が米空母サラトガに突き刺さる、というそのとき。
「待って!」
「お待ちなさい!」
声が響いた。
空に響く鋭く、澄んだ声は、そのまま形になったようにシャープなシルエットを描き出す。
行く手を遮る影となって横切った。
「きゃぁっ! なに?」
「ふぁ!?」
とっさに二機とも、雷撃、爆撃姿勢を放棄して反転、上昇に転ずる。
「えっ」
「なんだと?」
「HA! なんデス!?」
隼、五二型、それにF6Fも驚き、瞠目した。
彼女たちの目の前をさえぎった影。それは金色の長い髪をなびかせた少女、いや、戦闘機だ。
もうひとり、銀色のショートカットの戦闘機は、低空を横切った。
「あれ、は」
「なんですか、あれ? 十字架みたいなマークですよ!」
二二型が目を細める。二一型が言う。
それは彼女たちの翼に描かれた国籍標章だ。
黒の正十字。それに白の縁取り。
「ドイツ空軍!」




