LIVE.37 そんなこんなで珍道中
「戒人!」
「よかった、無事か」
戒人は、肩越しになんとか声を出す。
喉がしまって、咳こんだ。
「すごいわ! 神剣使い!」
魅子から身体を離して深呼吸をした。
「……あ、そうだ、帝国軍から迎えが来るって言ってたな」
「帝国軍?」
「合流しなくちゃ、確か、叉爾と琴子って人が・・・メイは来れないらしい」
「はぁい、ヒーロー君♩ そして特務の魅子さん」
二人の頭上から、カン高い女の声がした。
声の主は、地下にある廃墟ビルの二階から、こちらを見下ろしていた。人影はふたつある。
逆光で姿がよく見えない。
「誰だ? 貴様ら」
戒人は条件反射に、神楽を向ける。
魅子は、鞭を構えて様子を伺っている。
戒人は睨みつけたまま、前に踏み出す。
魅子は、見慣れた隊服に気づくと声をあげた。
「待って、ソウルシーカーズだわ、味方よ」
と、魅子は戒人を引き止めた。
「特務兵の魅子さんじゃ! 本物めっちゃ可愛い」
ひゅう、と口笛を吹く女は、おかっぱ頭だ。
ノリが軽いので、二人はついていけなくてポカンとしている。
「ソウルシーカーズ第一部隊副隊長の叉爾です。迎えに来ました!」
黒髪を短く刈り上げている男が叫んだ。
二人とも、同じ格好をしていて、黒のマントが風に靡く。
「怪しいものだよ!」
女がまた叫ぶ。
「「はぁ?」」
自称怪しいものたちは、ひょい、と地面に降りたち、戒人と魅子の側に来て、跪いた。
二人の左手首には、クリスタルの十字架が埋め込まれている。
「帝国ティルナノーグより、皇帝の命をうけて、貴方を迎えに参りました。大国 戒人様。我が帝国に、ご招待します」
「叉爾と、琴子というのは君たちかい?」
戒人が言うと、二人は一礼をした後で、顔をあげて揃ってニッコリと笑った。戒人は、二人の笑顔が似ているなと思う。
「よろしくお願いします」
「うちは、琴子って言います。よろしく。あれ、鬼道藍統氏は?」
「メイもいないようだな」
キョロキョロとわざとらしい動作で辺りを見渡す琴子という女に、
「藍統は、今はいない」
と、魅子が答える。
「そっか。上の命令でね、その方から引き取るようにって言われとるんじゃけど。
楽しみにしてたのになぁ、伝説の異人無双にお会いできるの。
ま、いっか。特務の魅子さんに会えたし!」
「困ったな。ここにいたってまた異人が来ちまうし、待てないぞ」
叉爾と名乗った男が困り顔で頬を掻く。
「クロスのモチーフのキテレツな軍服に、十字架、確かに藍統に聞いた通りだ」
戒人は自分に言い聞かせるように言った。
「あの、今、さらっとキテレツって?」
叉爾と琴子が顔を合わせて苦笑いをする。
「魅子、どう思う? 僕はティルナノーグに行きたい」
「どうせティルナノーグに行くんだったら、都合いいじゃない。
連れて行ってもらいましょう!」
「そうだ、な。
連れて行っていただこうか!」
戒人は、叉爾と琴子に頭を下げた。
「地上に飛行機があるから、移動しよう」
叉爾に続いて、魅子と戒人、琴子は地上に上がる階段を登る。
「藍統氏からは、何か聞いてるのか?」
先に行く叉爾が、話しかけてきた。
「いえ、詳しくは何も。ただ、あなた方と合流して、そこに行け、と」
「そりゃあ、難儀だな」
かか、っと叉爾は笑った。
「藍統からは、帝国が、かりそめの死界だってことは聞いている。
反連邦軍の正体が、ティルナノーグ帝国軍だと。驚いたよ」
と戒人。
「地球人を異人から守る正義の味方が、俺たち帝国軍なんだ」
「随分聞こえよく言ったわね、叉爾」
列の一番後ろを歩く琴子が野次を飛ばす。
「俺も、死んだ時に知ったんだ。
とんでもない科学技術に、おったまげたもんだ」
と、叉爾が言う。
「ふむ」
「ネオ・ノア計画、3333人の優秀な人類が選ばれて、G大陸に移住した話は知っているか?」
「ああ、話には聞いた事はある。
出鱈目な伝説だと思っているが」
「事実だ。人類最高峰の科学者集団と、反連邦派の軍人たちが、船に乗ってG大陸に移住した。もう一度、異人殲滅の為に、態勢を立て直すためにな」
「ちょっと、魅子も聞いておいておくれよ」
戒人は、後ろにいる魅子を小突く。
「えー」
「いい子には、飴玉あげちゃうよん」
琴子が魅子の前にキャンディをかざす。
「イチゴとざくろが好き」
「あら、可愛い♩」
魅子はすでに、琴子に懐いているようだ。
「はは、ちょろいな」
と、叉爾が苦笑いをすると、
「あ?」
魅子から、間髪入れずに睨みつけられた。
「いやなんでも」
咳払いをひとつして誤魔化した。
一行が階段を登り切ると、気持ちいい位の快晴が広がっていた。
「叉爾、ティルナノーグまではどれくらいなんだい?」
「そうだな、アメリカと日本の真ん中あたりだ」
「そんなに︎。だいぶ遠いが、お二人は、そんな所から来たのか」
「そうだよ。だから、」
叉爾が、空を指差すと、きらりと頭上に光る大きな塊が目に入る。
ひゅん
光の塊は、一行の頭上を二度ほど旋回して、こちらに降りて来た。
「これで来たってわけさ」
空色の、ミサイルのような形をした長細い筒状の飛行機は、すう、と戒人達の目の前に着陸した。
左右の翼は、至極薄くシートのような形状をしていて透明だ。
機体の蒼を反射して綺麗な輝きを放っている。
「綺麗だ! 素晴らしい」
戒人は感動の声を上げた。
「でしょう? 帝国ティルナノーグが誇る、神風工廠産電動飛行兵器『翼』よ」
そう言って、琴子はウインクした。
「二人乗りだから、俺のに戒人、琴子の翼に魅子が乗って」
叉爾に手招きされて、戒人は後部座席に乗り込んだ。
「じゃあ後でな」
フィイイイイイイイイイイイイ
狭い機内に、透明なスクリーンが何枚も展開している。奇妙なエンジン音が鳴る。高音だ。ふわりと離陸する。
「変わったエンジン音だな」
と、戒人が話しかける。
「空で加速すると、人が聞き取れないほどの周波数に変わって無音になるんだ。
ちょっと辛抱な」
叉爾が、操縦片手に教えてくれた。
既に海の上だった。
海を見たのは、初めてだった。
戒人は、一人で興奮してドキドキしていた。
なんて広いんだろう。
この地球は、なんて美しいんだろう。
そんな思いが沸き起こって、彼は瞳を輝かせて海を眺めている。
「異人が来てから、人類は地上から離れる事を禁止されているからな」
叉爾は、戒人の言葉を拾って律儀に返した。
第一次異次元戦争以降、地球人は、船に乗ることも、飛行機に乗ることも、禁忌とされていた。
ロード・トワが統治してから、人間の行動範囲はかなり限定されている。
生まれた地区から出る事さえ出来ないのだ。
「エネルギーは、何で動いてるんだい?」
「Mエナジーだ」
「ガソリンじゃないのか?」
戒人にとって、聞いた事がない単語だ。
「知らないのは当たり前だ。
帝国でしか生成不可能の、超科学技術から生まれた特殊燃料だからな。
ミトコンドリアっていう生物の発するエネルギーなんだ」
「ミトコンドリア?
なんかピンとこないなあ。ミドリムシみたいなのかい?」
「ぶっは、あははっ!
戒人って、可愛い事言うな!」
叉爾は、前の運転席で大声で笑った。
「馬鹿にしてもらっては困るな、僕は文系なんだ」
「悪い悪い。Mエナジーは素晴らしいよ。
風のモリビトである神風 匠博士によって開発されたんだ。
人間の細胞分裂に用いられているエナジー生成のシステムを応用して、そのエナジーを、人間の体外で利用可能にさせているんだ」
「ふむ?」
戒人は目をぱちくりさせた。
耳あたりのいいクラシックでも聞いたようだ。全く頭に入ってこない。
「わっかんねぇよなー!
まあ、知りたければ、また話すよ」
「また話されても、わかんないと思うぞ」
「つれないな」
叉爾が、ぐん、とハンドルを手前に引く。
機体が少し斜め下に傾いて、一気に加速しはじめた。
「『翼』は、最高マッハ5で移動できるんだ。
マッハモードになると、方向転換出来なくなるけどな」
「すごい。それに、そんなにGが、かからないんだな」
「最初は酔う奴が大半なんだが、流石、霊人氏の息子だな。
すごい適応能力だ」
「もっと褒めてもらってかまわない」
ぐんぐん進んでいって、あっという間に、下には雲しか見えなくなった。後ろを振り向くと、随分後ろに『翼』が見えた。多分、琴子の機体だろうと思う。
「叉爾って若いのかい? 僕と同じくらい?」
「俺が普通に生きてたら、18らしいから。
タメだな。ちなみに、琴子が俺の3つ上」
「そうか」
同い年の知り合いは珍しかった。
ふと、魅子は何歳だろうかと思った。
藍統も、年齢不詳だと戒人は思う。
「だから、気兼ねなくていいぜ?
丁寧語禁止な?」
「了解だ」
叉爾は、器用に、左右にスクリーンを展開しながら、片手間でデータを入力している。
「帝国は、天国だからな。
楽しみにしとけよ。皆いい人ばっかりさ」
戒人を気遣ってか、叉爾は少し優しいトーンで話しかけている。
「楽しみだな」
「俺たち軍人とは、あんまりゆっくりはできないかもしれないけど。
皇帝の統治する帝国は、人間同士の争いがないんだ。
帝国に着いたら、俺の部隊の仲間を紹介するな」
「改めて、よろしく、叉爾」
「よろしくな、戒人」
たわいもない会話を楽しみ始め、戒人が叉爾の失恋話を聞く羽目になっている頃には、眼下にG大陸が見え始めていた。
*
ティルナノーグ帝国 サードエリア
ティルナノーグ城 大将執務室
響が自身の執務室に戻ると、閉めて置いた筈の窓が開いていた。
カーテンが心地よい風にふわりと踊っている。
入り口に背を向けた回転椅子には、何者かが腰掛けていた。
部屋に漂う獣の匂いに、響はその侵入者のあたりを付ける。
「まさか、ここまで飛んできたのか?」
「それは、秘密さ」
椅子から聞こえてきた安定したテノールに、響は、表情を変えないまま、後ろ手で自室に鍵をかけた。
「相変わらずだな、藍統よ」
「この部屋は、いつ来ても書物臭くて、長居を厭わない」
「迷惑な事だな」
言いながら、響は執務卓に歩み寄る。
「戒人と魅子を無事に保護したと、うちの若いのから連絡が来たぞ。
長期間の任務ご苦労だったな。
ありがとう、助かった」
響は軍帽を取って頭を下げた。
回転椅子を正面に戻して、藍統はふっと笑う。
「響、そういう律儀なところは相変わらずだな」
「性格がコロコロ変わってたまるかよ」
「メイはもうすぐ返す」
「わかった、あまり酷使するなよ」
響の言葉に笑ったあと、藍統は執務卓に置かれたタバコを手に取り、火をつけた。
響も、タバコを咥えると、藍統のそれから火をもらう。
「藍統よ、これからどうするんだ?」
「気になる事ができた。引き続き暗躍組だ」
「“神楽の異変”の事か?」
「それは大体掴めている。別件だな」
「大体掴めてるなら教えろ」
「ヴァーリャン隊の全滅、その時に鳥を見たと報告して来たのは、布施中将だったか?」
「あ?ああ、そうだが」
「なるほどな。その鳥に、俺もやられたことがあってね、ついさっきだ」
「大丈夫なのか?」
「まあな。あれは間違いなく、“あの方の眷族”だ。
暫く、張る事にするさ」
「こっちは、“神楽の異変”を受けて、皇帝がご乱心だ。
原因は、あの“巫女”か?」
「さすが、響大将殿、その若さで帝国軍を任せられるだけあるな」
探りを入れる響に、藍統は愉快そうに、わざとらしく賛辞を述べる。
「茶化すな、藍統よ。何を掴んでいる?」
「さあな。流石に、太陽の下、ここまで飛ぶのはキツかった。羽を休ませたい」
「仕様が無ぇな」
「助かる」
「酒でも持って来るか?」
「そうだな、猫とかいないか?」
「はは!猫か!そりゃあ愉快だな!残念ながら、用意は難しいが」
響は、対等な相手に対する時、どこかワルが入る。
少し童顔なのが、アンバランスで面白いと藍統は思う。
「言ってみただけさ」
「それはそうと、だ。キナくせぇとは思って居たんだが、いよいよ動きが出てきた奴がいてな。俺は表立って動くことは出来ない。お前が協力してくれるなら、ありがたいんだが」
ふう、と響は煙をくゆらせた。
「皇帝からの次の命令は出ていないから、時間はあるが。俺を使役するなら、高いぞ?」
「ふん、何が欲しいんだ?」
「俺が帝国に居る事は、誰にも言うな。皇帝と主人には、一眠りしたら挨拶にいく。後、“神楽の異変”については、俺がなんとかする。魅子はお前に預ける。
守ってやってくれ」
藍統の瞳の奥には、揺るがない光があった。
「熱烈だな。それで、日光に当たるだけで弱体化する吸血人狼鬼のお前が、わざわざ帝国まで飛んで来たってわけか、泣かせるじゃねぇか」
藍統の額には脂汗が浮かんでいた。顔面は蒼白で、まったく血の気がない。
「そんなに入れあげる程の女か?」
「黒髪ロングは男のロマンだ、響」
食えない奴だ、と響は思い、鼻で笑う。
「お前の減らず口も相変わらずか。とにかく、その獣臭いのをなんとかしてくれ、窓が閉められない。湯浴みをしたら、俺の仮眠室を使うといい。今は、少し休め」
「すまない」
「食事も用意させよう。帝国には、保護用の動物しか居ないからな。肉の用意ができるとは言い難いんだが、保護動物でないなら、なんとかはなるだろう」
「罪深い大将殿だな」
「生き抜くために、手段なんて選ぶな」
響の皮肉めいた物言いに、藍統は一度深いため息をついてから、奥の部屋に消えて行った。




