第6話:頑固なる鉄鎚と、規格外の刃
職人街のさらに外れ、煤煙と鉄の焼ける匂いが濃密に立ち込める一角に、その工房はあった。
大通りの華やかな金細工店や魔導具店とは異なり、看板すら掲げられていない。黒ずんだ分厚い石造りの建屋からは、大地を揺らすような重く規則正しい槌音が絶え間なく響いていた。
「……ここね。クラロさんが教えてくれた『鉄のハディード』の鍛冶場」
イクミが煙に目を細めながら、古びた引き戸を見上げる。
リオはクラロから預かった紹介状を確かめ、重い樫木の扉を押し開けた。
熱風が正面から吹きつけてくる。
広々とした土間の中央には、赤々と燃え盛る巨大な炉が据えられていた。その前で、筋骨隆々の低い体躯をした男が、灼熱の鋼塊に向かって巨大な金槌を振り下ろしている。
ドゴォン、ドゴォンと火花が四散する。
腰まで伸びた赤茶色の髭を無造作に編み込み、顔中を煤と火傷の痕で覆ったドワーフ――ハディード・ジャバルサリーブだった。
「誰だ! 見ての通り仕事中だ、冷やかしなら鉄屑を頭に叩き込むぞ!」
ハディードは槌を振る手を止めず、怒鳴るような声で吠えた。
リオは怯むことなく一歩前へ出て、声を張る。
「クラロさんの紹介で来ました。『銀の天秤亭』のクラロさんです」
「クラロ」の名を聞いた瞬間、振り下ろされようとしていた金槌がピタリと止まった。
ハディードは火箸で鋼を水桶に突っ込むと、凄まじい水蒸気がジュウウッと立ち上る。水蒸気の向こうから、鍛え上げられた猛獣のような鋭い眼光がリオとイクミを射抜いた。
「……あの古狸の紹介だと? 羊皮紙を寄越しな」
ハディードは分厚い革手袋を外すと、リオが差し出した手紙をひったくるように受け取った。
乱暴に封を破り、短い文面へ視線を走らせる。
「……ふん。『王立工房を追われた若骨のある錬金術師を向かわせる』だと? 笑わせるな」
ハディードは手紙を無造作に作業台へ放り投げ、リオの身なりを値踏みするように睨みつけた。
「俺は王都のギルドで『素材の常識を無視した異端の鍛冶』と叩き出された身だ。王立工房の温室育ちが頼むような貴族好みの飾り剣なんざ打たねえし、出来合いの低純度魔石を嵌め込むだけの安っぽい小細工にも興味はねえ。帰れ」
「僕が持ってきたのは、安っぽい既製品じゃありません」
リオは背負い袋から、小さな革袋を取り出した。
クラロに買い取ってもらった結晶とは別に、今朝の廃小屋で実験用に小さく切り出しておいた、小指の先ほどの「超高純度マナ・シリカ」の欠片を取り出す。
「この素材の表面を精密に研磨し、魔導回路用の枠金具に組み込んでほしいんです。……ただし、並大抵の刃物や研磨粉では傷一つ付きません」
ハディードは鼻先でせせら笑った。
「小僧、俺を誰だと思ってやがる。ドワーフの鍛冶師に『硬すぎて削れねえ素材がある』などと抜かす気か? どんな硬鉱だろうが、焼き入れした鋼のタガネと金剛砂で削り落とせねえものなんざ――」
リオの手から受け取った結晶の欠片を掌に乗せた瞬間、ハディードの口が止まった。
炉の炎を浴びて、小指大の結晶が一点の曇りもなく光を屈折させている。
気泡も、不純物の筋目も、結晶面の乱れも一切ない。完全な均一性。
「……おい」
ハディードの眼つきが変わった。
粗野な態度は消え失せ、熟練の職人だけが持つ冷徹な集中力が宿る。
彼は無言で作業台へ向かい、最も硬い鋼で作られた超硬タガネを取り出すと、結晶の端に刃先を当てて小槌を振り下ろした。
キィィィン――ッ!!
甲高い金属音が工房内に木霊した。
だが、結晶には微細な傷一つついていない。
逆に、ハディードが誇る鋼のタガネの先端が、まるで柔らかい鉛のようにひしゃげて潰れていた。
「……な、んだと……!? 俺の鋼が負けただと……!?」
ハディードが息を呑み、潰れたタガネの刃先と、傷一つない結晶を見比べた。
その横から、イクミが結晶を覗き込みながら静かに口を開く。
「刃先が負けるのも当然よ。この結晶、不純物がないだけじゃなくて、割れやすい劈開の隙間が全く見当たらないの。三次元の網目がすべての方向に対して均等に強く結合しているから、刃物を力任せに打ち込んでも衝撃が分散して、削ることも割ることもできないんだわ」
イクミの分析を聞き、ハディードが眉を跳ね上げて振り返った。
「……小娘、今なんと言った? ヘキカイだと?」
「あ……えっと、結晶が特定の方向に沿ってパカッと割れやすい性質のことです。普通の鉱石ならその割れ目(結晶面)を狙って削るんですけど、この石にはその弱点がないってことです」
イクミの説明に、ハディードは腕を組み、唸るように唸り声を上げた。
「理屈はさっぱりだが……言っていることは現物の通りだ。王立工房の阿呆どもが作る歪んだガラスならともかく、この結晶は素材そのものの密度が狂っていやがる。……これを加工しろだと?」
ドワーフの瞳に、職人としての猛烈な対抗心が燃え上がっていた。
不可能と言われた素材を前にして、彼の鍛冶師としての血が沸騰しているのは明白だった。
「面白い。王都を追い出されて以来、こんなに腕が鳴る素材は初めてだ。だが小僧、これを削るための『研磨材』と『固定具』はどうする気だ? 俺の手持ちの工具じゃ、刃が幾つあっても足りんぞ」
「研磨材なら、心当たりがあります」
リオは腰のポーチから、今朝の失敗で生み出された超微細な黒い粉末(ナノカーボン粉末)が入った小瓶を取り出した。
「この粉末と、僕のスキルを使えば、あなたの工具の刃先に極限の硬度を持たせることができるはずです」
ハディードは小瓶の黒い粉末とリオの顔を交互に見つめ、やがて太い腕で自身の赤髭を豪快に撫で下ろした。
「ガハッ! いいだろう! 腕比べといくか、若造ども!」
火花散る鍛冶場で、二人の技術と一人の頑固な職人の意地が、激しく交差しようとしていた。
第6話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第7話は、明日18:00に更新予定です!
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