第28話:孤立する交易路と、未踏の自給構想
領主館の窓から差し込む夕暮れの光が、机の上に広げられた王国の交易地図を赤く染め上げていた。
クラロは細い煙管の先で、ヴェルダから北と西へと延びる二本の太い街道を指し示した。
「ヴェルダは境界林の物資を王都や周辺領地へ流すことで栄えてきた街だ。だが、アルトフエルテ派閥が本気で周辺の諸侯や大商会へ手を回せば、この二大交易路は即座に封鎖される。小麦や塩といった基礎食料、そして何より王都近郊でしか採れない特殊な試薬や希少金属の流入が完全に止まるわけだ」
「都市全体の補給線を断ち切って、内部から干上がらせる作戦ね」
イクミが腕を組み、地図に記された地形を冷静に見つめる。
「フィエル隊長、領主館としての備蓄はどれくらい持つんですか?」
「穀物や干し肉などの基礎兵糧は半年分を確保している。だが、街の一般市民の備蓄は精々一ヶ月分だ。王都からの商隊が途絶えれば、物価が高騰し、民の不満が警備隊や領主館へ向くことになるだろう」
フィエルの銀灰色の眉が険しく寄せられた。
武力による侵攻であれば剣を抜いて防げるが、目に見えない経済の締め付けは、どれほど強固な結界を張ろうとも都市の内部を蝕んでいく。
「……なら、買えないものはすべてこの土地の中で作ってしまえばいいわ」
静まり返った室内で、イクミが淀みなく言い放った。
「すべて、自給する……?」
リオが目を丸くして問い返す。
「ええ。アルトフエルテたちが封鎖しようとしているのは、あくまで『これまでの既存の流通品』よ。なら、私たちはこの境界林の未利用資源を使って、王都の品以上の代替品――ううん、それを遥かに凌駕する新しい物資を街へ供給すればいいの」
イクミは作業台の羊皮紙を引き寄せ、素早く三つの項目を書き殴った。
「第一に、食料生産を底上げするための『高効率な土壌改良材(化学肥料の代替品)』。第二に、王都製ポーションの原料に依存しない『高純度抽出による生薬の安定精製』。そして第三に、交易路を使わずに遠隔地や森の深部を探索・輸送するための『独自の高速推進技術』よ」
「土壌の改良と、生薬の精製……!」
リオの胸が大きく高鳴った。
王立工房にいた頃、リオが見てきた高位の錬金術師たちは、貴族向けの香水や大魔導兵器の開発ばかりに夢中になり、農民の畑や庶民の傷病薬など「泥臭い下賤の仕事」と見下して一切顧みなかった。
「僕の【詳細把握】と【再配置】があれば、森の腐植土から植物の成長に必要な成分だけを抽出し、毒素を抜いた高濃度の栄養材を作れます! 森の薬草も、熱で薬効を壊さずに純粋な成分だけを結晶化できるはずだ」
「頼もしいわね、リオ。……ハディードさん、街の鍛冶設備を使って、密閉式の減圧抽出釜を組むことはできるかしら?」
イクミの視線を受け、部屋の扉の傍らで腕を組んでいたハディードが、口元を獰猛に吊り上げた。
「ガハッ! 誰に口を利いてやがる。小僧の黒鋼と魔導炉の熱があれば、王都の大工房が束になっても作れねえ頑丈な圧力釜を一晩で叩き出してやるよ!」
「よし、話は決まりだ」
フィエルが力強く頷き、机の上の地図を巻き取った。
「警備隊は境界林外縁部の警備を強化し、特命技術工房の採取活動を全面的に護衛する。マテオを退け、フストを論破した今、我らの退路は前へしか残されていない。ヴェルダの真の自立を、貴公らの技術に託す」
王都からの巨大な包囲網に対し、境界の地で新たな産業と技術の革命が静かに幕を開けようとしていた。
第28話をお読みいただきありがとうございました!
次回、第29話は、明日18:00に更新予定です!
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