エピローグ
城に帰ると、ふわふわと漂うように現れたフーバーが迎えてくれた。
「お帰りぃ。何も問題はなかった?」
「ただいま、フーバー。万事解決よ、たぶん。お腹すいた」
「すぐに食事に致しましょう」
ローマンとアリーチェは厨房に向かい、アルトはフーバーと食堂で待機である。
空腹の限界だったので、簡単にシチューとパンでの夕食となった。
夕食のあと、お茶でもいれようかという流れになるのかと思いきや、ローマンは「さてさて、お風呂に入りましょうかね」と言っていなくなってしまった。去り際に何か言うかするかしたらしく、アルトが思いっきり顔をしかめている。
そのあと、フーバーも「夜のお散歩の時間だぁ」とふわふわ飛んでいってしまう。こちらも何かしたらしく、アルトは深いため息をついた。
「……お茶、いれる?」
聞いてみると、アルトはむっつり頷いた。
「あー、疲れた」
アルトがため息とともにソファに身体を投げ出す。ティーセットを持ったアリーチェは、ソファの前にあるテーブルにそれを置いてお茶をいれた。
「ミルクと砂糖は?」
「いい」
カップを渡すと、アルトが眉をひそめる。
「おまえも座れ。顔ひどいぞ」
「その言い方はどうかと思うけど」
アリーチェも眉をひそめ、アルトの隣にカップを持って腰かける。アルトのものと違い、ミルクも砂糖もたっぷりだ。
「いろいろありがとうね」
そう言ったが、アルトは答えない。
「アルトとローマンのおかげだよ。いつも助けてくれて本当に……」
「あれだな。やっぱり紅茶よりコーヒーがうまいな」
「……はい?」
話をぶったぎられて、アリーチェは思わず聞き返した。
「たまには紅茶と思ったんだが、やっぱりコーヒーの方が好みだ」
ぴくりと眉が動いた。
「疲れたからとっておきのティーセットと茶葉で紅茶をいれろって言ったの誰よ」
「俺。仕方ねえだろ。あの時は紅茶の気分だったんだよ」
悪びれずに答えたアルトが、一気に紅茶をあおった。高い茶葉がもったいない。
アリーチェは、濃厚なミルクティーをゆっくりと味わうことにした。それを見たアルトが顔をしかめる。
「そんな甘ったるいもんよく飲めるな」
「このおいしさがわからないなんて、人生損してるよ」
アルトは眉間に深いしわを刻み、アリーチェを引き寄せる。そして軽く口づけて少しだけ離れ、「甘い」と文句を言った。
「……そうね、アルトにはこんなおしゃれな飲み物の良さはわからないかもね」
「嗜好の問題だろ」
アルトの手がアリーチェの顎をとらえる。もう片方の手はアリーチェからカップを奪ってテーブルに戻した。
「あ……」
思わずカップに手を伸ばすと、その手もアルトに掴まれる。
「おまえは俺よりミルクティーが気になるのか」
「アルトと同じくらいミルクティーが気になる」
そう答えると、怒るかと思ったアルトは低い声で笑った。
「もう少し素直になれば可愛げもあるのにな」
そう言いながら髪を撫でられ、思わずうっとりと目を閉じたアリーチェにアルトが口づける。アルトに体重をかけられ、アリーチェの身体はソファに沈んだ。
月明かりのなかに浮かんだアルトの上半身には、程よい筋肉が盛り上がっていた。きれいな身体の左肩に古い傷痕がある。そこに思わず指を走らせると、アルトはふっと笑みを浮かべた。
「怖いか?」
ふるふると首を振り、その傷痕を撫でる。
「治癒術があっても傷痕が残るの?」
「ああ、これは魔術でつけられた傷だから。魔術でついた傷は治癒術で治せない」
「ローマンが、アルトの強さを信じなさいって言ってた。アルトはすごく強い魔術師だって。そのアルトに傷をつけられる魔術師がいるんだね」
「……あいつは強かったからな」
淡々と答えながら、アルトはアリーチェに覆い被さる。
あんまり無茶しないで。
いなくなっちゃやだ。
どこにも行かないで。
ずっと一緒にいて。
そんなことをうわ言のように呟くと、アルトは優しくアリーチェの手を握ってキスをした。
「だったらおまえは、俺の傍にいろ」
そう言って、アリーチェの腕を自分の首にまわさせる。
頷いたアリーチェに見せたアルトの微笑みは、今までで一番優しかった。
「おや、お帰り。山へ行っていたのかい?」
老人の問いかけに、少年とまだ幼い少女が頷いた。背中には山菜の入った駕籠を背負っている。
「ただいま、村長さん。母さんに言われて山菜を取りに行っていたんだ!」
少年が元気に答える。老人は微笑んだ。
「そうかい、偉かったね」
少年に手をひかれた少女が、興奮したように話し出す。
「山の上に大きなお城があったの!橋がなくて近くには行けなかったけど、誰か住んでるのかしら?村長さん、知ってる?」
老人は目を細めた。昔、父から聞いたことがある。村人ならみんな知っている話だ。
「そうか、おまえたちには話したことがなかったかな。山の城に住んでいた城主様と奥方様の話を」
「どんな話?怖い話?」
身を乗り出した少年の頭を撫で、老人は首を横に振る。
「むかしむかし、この村を救ってくれた娘さんと、彼女を守り続けた男の話だよ」
「すてきね!」
今度は少女が身を乗り出した。
「お姫様と騎士様みたい!」
「そうだね。彼は彼女をとても大切にしていたようだよ。いつも彼女と一緒にいて、彼女がいなくなったあとは形見の指環を大切にしていたという……」
少女の顔が、少しだけ切なげに歪んだ。
それを振りきるように、老人は微笑む。
「それじゃあ話してあげよう。昔、あの山に入ることは禁忌とされていてね…………」
老人の話を、二人の子どもは瞳を輝かせて聞いていた。




