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31:向こうの世界の住人

 家に帰るまで、ソーマは一言も話さなかった。せわしなく右手の爪をはじいたりこめかみを指でトントンとうるさくたたいたりしていた。

「何から話すべきか…………。

 無名世界の西方では技術力が大きく飛躍した国がある。ここでいう科学やらだな。ユーリスタニアというその国は、魔術との科学の融合による国の繁栄を信念とし技術の最先端にある。それこそユーリスタニアに不可能はないとまで噂されるほどにな。無名世界の皆が十分に使えるほどの魔力を持って生まれてくるわけじゃない。魔力の少ない者が普通に暮らせる国を作ろうと生まれた国家だ。あの国の科学者たちに脳内はどうなってるんだか……ネジと設計図とほんの少しの魔力片が詰まっとるんじゃないないかとわしは予想しとるんだが。

 十年以上前だったか。ユーリスタニアの田舎町で国を恐ろしい事件が起こった」

 リビングの床でひざを抱えるソーマ。私はソーマの向かい側に座って静かにソーマの話に耳を傾ける。

「シュシュレーという田舎町があった。主な産業は林業だな。上質な材木が採れるのでそれなりに有名な町だった」

「だった? なんだかもう町がないみたいな言い方をするのね」

「うむ――――そうだ、シュシュレーはもうない」

 ソーマは苦い薬を飲んだような顔をする。

「一夜にしてな、町にはだあれもいなくなった」

 そう言ってソーマは床を軽く左手で三度叩く。叩いたところが途端に赤く発光し、丸く黒い穴がぽっかり開いた。そこにためらわずにソーマは手をつっこみ、それを取り出した。

「無名世界の手配書だ」

 暑さが五センチはあろうかという黄ばんだ厚紙の束を目にも留まらぬ速さでめっくっていく。

「マクシム・ミハイル、大量虐殺および違法研究による氏名手配、これだ」

 一枚の手配書を渡された。

 街中で見る手配書とはだいぶ違うレイアウトの手配書だった。

 左側に手配書の四分の一を閉めるようにマクシム・ミハイルの写真がある。茶色く汚れた濃い緑の短髪に、もみ上げまでつながるように形だけ整えてある髭。輪郭は角ばっている。

 目が、写真のその目が。

 私はとても怖くてずっと見ていられなかった。

 濁った灰色。水に沢山の絵の具を混ぜたような濁って底が見えない目が獰猛に光って写真に写っている。

「大昔に中央都市の研究所から追い出されたヤツだ。こいつは国に黙って違法研究をずっと続けてきた。なんだと思う?

 魔核を別の体に移植することによる永続的な生命活動――――魔核への直接的な実験は絶対にしてはならん。わしら無名世界の住人にとって魔核とは己そのもの! 手を出してはならん領域! 魔物へ対してもこの絶対的原則は守らねばならん。一部例外的に許可される時もあるが、許可が下りるまでにゆうに半年近くの時間がかかる。

 ミハイルはそれなりに有能で、大いに国に貢献していた。魔核の実験も、害獣でしかしていなかった。それなりの罰金および中央都市追放のみにしたのは、せめてもの慈悲だった……でもな、コイツは超えてはならん一線を越えおった。

 シュシュレーの住人二百人余りは、たった一夜でミハイルの“実験”で消えた」

 私はソーマに手配書を返した。

「微笑むわたしのメアリー。彼女のことはよく覚えている。一晩だけ泊めてもらった。彼女の笑みが大好きだった。例にと大熊を仕留めて持っていったときもころころと笑って楽しそうに笑って……成人も迎えておらなんのに……」

 ソーマは手で目を覆って最後はつぶやくように言った。表情は見えないけれど、たぶんまぶたの裏にはメアリーさんの笑顔が浮かんでるに違いない。

「ヤツに会わねばならん。どこを探せどもおらんと思えば、こっちに逃げておったとはな。本来ならば早急に警邏ケイラに連絡せねばならんが知ったことか。

 わしが直々に捕まえてやる」

 地を這うようなどろりとした感情がソーマから伝わってくる。

「二週間後の最終日――――ユカリ、頼む。後生だ、お願いだ。もう一度この人形「二週間後の最終日――――ユカリ、頼む。後生だ、お願いだ。もう一度この人形展に連れて行ってくれ」

 私は、ただうなずいた。どんな顔でソーマに答えたかはわからない。

 けど、どこかそれを薄いガラス越しで見ている自分がいた。

 自分にはない世界が目の前に広がっていた。

 私は、ソーマのことをどう見てるんだろう……自分のことなのにわからない。

 ソーマのことも、ソーマの世界も、すべてが私の理解を超えていた。




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