第15話 即死ではなく、環境支配
百匹を落とした場面は、十数秒に縮められていた。
準備も、網を閉じる場面も、その前後にはなかった。天井の黒が薄くなって、光の内側に降って、積もる。そこで終わる。
題名だけが、俺のやったことより短かった。『百匹即死』。
高梨の通し版は、それより先に出ている。伏せたのは、いつものところだけだ。他班のぶんも同じに伏せて、管理側の確認も通してある。時間は、切っていない。他班が群れを抑えるところから、網が閉じて、巣が下りて、そのあとの短い問答まで、一本のままだ。
そこから、誰かが落ちるところだけを抜いた。短いほうが、先に回った。
高梨から、リンクが二つ届いた。上が切り抜きで、下が掲示板だ。その下に、高梨のメッセージが二つ並んでいた。
「切り抜きのほうが先に回ってる。通し版の再生数は、まだ追いついてない」
「でも、通しで見た人は、ちゃんと見てる」
切り抜きを、一度だけ見た。
能力は、映っていない。それは通し版でも同じだ。ただ、通し版には、映っていないもののまわりが残っている。光のすぐ外に立っていた人間と、閉じていく網。切り抜きには、そのまわりがない。
◇
【謎】『百匹即死』は本当に即死だったのか★3
1:名無しの探索者
ヒヨリDIVEの群体駆除。相方のほう
『百匹即死』の切り抜きが先に回ってるが、本人側の通し版が出てる。書くなら通し版を見てから
学校と個人の特定、同行した他班の詮索は禁止。前スレと同じ
2:名無しの探索者
通し版なんかいらんだろ。見えない何かで百匹が同時に落ちる
範囲即死。前から言われてたやつがそのまま出ただけだ
3:名無しの探索者
落ちるところだけ十回は見た。羽音が途切れる瞬間で毎回止める
呼吸税、百匹ぶん一括徴収
4:名無しの探索者
>>2
通し版の落ちたあとを止めて見ろ。網の上で翅が震えてる。脚が網を掻いてる。針も動く
少なくとも、あの映像だけで「百匹即死」は断定できない。落下後も活動が残ってる
5:名無しの探索者
>>4
落ちただけ、は配信者も現場で言ってる。「まだ入らないで」で他班を止めて、閉じるまで誰も入れてない
で、閉じて「解除していい」が出たあと、網の中の脚がまた目立って動く。閉じるまで区域を保ったままだったろ、これ
6:名無しの探索者
光球の人がやったんじゃないのか?
光が三つ置かれて、そのあとで落ちてる。光で麻痺させたか、動けなくした説
7:名無しの探索者
>>6
光はもっと前からある。全員が出る前から置いてあって、群れが横にずれたら置き直してる。置いた直後に落ちたんじゃない
麻痺させるなら虫の上に出す。網の縁に置いて「光の内側、落下区域」って自分で言ってるんだから、あれは線だ
8:名無しの探索者
その線のすぐ外に、盾の人が立ってるだろ。落ちた瞬間も、あとも、咳ひとつしてない。膝もついてない
風で叩き落としたなら、カメラか服が揺れる。でも、どちらも動いてない。相方の側から何かが飛んだ様子も、発動時の新しい光もない
内側だけ変わって、外は何も変わってない。毒か、麻痺か、空気の何かか。ここだけじゃ絞れん
9:名無しの探索者
>>8
前の火事も見ろ。囲った火だけ消えて、あとで煙が排気口へ曲がってる
今回と同じ能力なら、個体じゃなく囲った範囲の空気をいじってる系だろ
10:名無しの探索者
呼吸税どころじゃない。光の内側だけ封鎖されてる
外に立ってた盾の人、生きた心地しなかっただろうな
11:名無しの探索者
>>9
酸素だろ。スライム試験のときに、対象側の酸素が下がる記録が出てる
虫も外の空気で息をしてる。飛ぶのに要るぶんが先に足りなくなって、高度から落ちる
12:名無しの探索者
>>11
あのときは横に測定器があった。今回は映像しかない
酸素なのか、気圧なのか、別の状態異常なのか、画面からは決められん
言えるのは、光で区切った内側だけ条件が変わって、外は変わってない、まで
13:名無しの探索者
通し版の終わりのほう。他班の人が「百匹、全部を狙ったのか」と聞いてる
答えが「飛んでた場所は、一つだったので」
あれ、比喩じゃないだろ。百匹を選んだんじゃない。百匹がいた一つの場所を選んだ、って意味だ
14:名無しの探索者
>>13
場所を選んだのは分かった。その場所の何を変えたかは、まだ誰にも分からん
そこは本人が言わない限り出てこない
15:名無しの探索者
で、条件多すぎないか?
全員外に出す。群れを一か所にまとめる。網を先に敷く。閉じるまで保つ
そこまで揃わないと使えないなら、言うほどか
16:名無しの探索者
>>15
条件を揃える役がもう隣にいる。他班もそこへ乗れてる
一度「場所」ができたら百匹でも一括。数で押す側には最悪だろ
◇
スレは、まだ伸びていた。
書き込む気はない。前と同じだ。言い返したいところも、今回はなかった。
俺の目は、十四番の一文へ戻っていた。何を変えたかは、画面に出ない。
出ないままで、いい。
◇
二日後の放課後、高梨が廊下の窓際で、端末を差し出してきた。
開いていたのは、掲示板じゃない。探索者向けのニュースサイトの配信分析欄で、編集部名義の記事だった。
見出しは、こうだった。
『即死ではなく、環境支配――「百匹即死」の映像を、通しで見る』
小型飛行種の群体駆除で百匹前後が一斉に落下した映像を、配信者の通し版で見直した。落下後も動作は残り、回収網の拘束が確認されるまで区域は保たれている。同じチャンネルの局所消火と排煙まで含めれば、個体を狙う攻撃と見るより、光で示した区域の環境条件を変えて保ったと読むほうが一貫する。今回変えられた条件が酸素なのか別のものなのかは、公開映像だけでは断定できない。
評価すべきは、対象の数に左右されにくいことと、すぐ外に人が立てるほど境界が精密なことだ。区域の標識と退避管理、切れ目のない記録は配信者が、群れの保持と網の閉鎖は同行した他班が担った。条件付きの共同運用であり、条件を整えた側にも同じ評価が要る。
読み終えるまで、高梨は黙って待っていた。それから、見出しを指で叩いた。
「即死ではなく、環境支配、だって」
「大げさ」
「百匹を狙ってない、は?」
「そこは合ってる」
「他は?」
「前よりは近い」
それ以上は言わなかった。高梨も、それ以上は聞かなかった。
高梨は端末を引っ込めて、自分でもう一度、記事を下まで送った。
「他班のこと、ちゃんと書いてある」
「うん」
区域の標識と退避管理と記録、と書かれた行は、高梨のことだ。読んだはずだ。読んで、飛ばした。
端末に手を伸ばして、画面を一段だけ戻した。その行を、指で押さえる。
「ここ」
「何?」
「区域標識と退避管理。高梨の仕事だろ」
「……読んだよ」
「なら、飛ばすな」
言ってから、自分の声に驚いた。俺が、誰かのために言い返している。
高梨は一度だけ画面を見た。それから、さっきまでよりずっと嬉しそうに笑った。
百匹を落としたのは俺だ。
その場所を作ったのは、高梨だった。
今度は、それが俺以外にも見えていた。
それが、嬉しかった。




