プロローグ
【ご注意】
※本作は同人誌版『愛を囁く その前に』と同タイトルの作品です。
同人誌版は成人向け描写を含む完全版ですが、こちらは性的描写を省いた全年齢版となります。
物語の大筋は共通しておりますが、描写の違いにより一部内容は異なります。
大陸と大陸のあいだ──最果ての海、テルミナ海。
蒼く揺らめくこの広大な海のほぼ真ん中に、十二の島々が集まる場所がある。
人々はその島々に、一月から十二月まで、月の名を授けた。一の月、アウレン。二の月、ネプティール。三の月、セリナ……そして、十二の月、アズラオス。
大小さまざまな島が一列に並ぶその様は、海にうねる一匹の大蛇のようにも見える。
古よりこの地の人々は、この十二の島々こそ、海を従え陸を育む神──大海蛇アズラオスの背に浮かぶ大地だと信じてきた。
東端に位置する無人島は、神の頭上にあたるとされ、畏れ多くも大海蛇の名が与えられている。
そこは神域。人の立ち入りは禁じられ、数十年に一度の大祭に選ばれた者のみが、渡ることを許されていた。
島と島の間は海路によってのみ、行き来ができる。文化や発展の度合いはそれぞれ異なっていた。
十二島のなかで、最も発展し経済の中心となっているのは、八の月の島『エランテ』だ。
港を擁し、交易の要所として栄えるこの島には、白壁とテラコッタ屋根の家々が美しく立ち並び、街路は花と緑に彩られている。
潮と香辛料の香りが混じり合い、陽気な音楽が昼も夜も途切れず流れ、人々は陽気に笑い、杯を掲げる。
一年を通して温暖な気候に恵まれたエランテは、遠く異国の地からきた船乗りたちから「楽園の島」と呼ばれていた。
そんなエランテの美しい街並みを、小高い丘から見下ろす一人の青年がいた。
年の頃は二十歳前後。亜麻色の髪を後ろでひとつに結び、細身の体に素朴な生成りのチュニックをまとっている。腰に下げた皮袋から水を飲み、伝い落ちる汗を手で拭う。その首には冬でもないのに長い布が巻かれていた。
足下の籠には、青々とした草花がぎっしり詰まっている。それらは、薬草に詳しい者が見れば驚くほど貴重なものばかりだった。
街の方から、夕刻を知らせる甲高い鐘の音が響く。青年は籠を背負い直し、丘を下り始めた。
エランテは大きな港があるだけではなく、豊富な自然資源にも恵まれている。
東の港側では漁業や海綿業が盛んに行われ、西の高原地帯では、この島にしかない貴重な植物が採れた。青年の仕事は、その植物を採取することだ。
しかし、それは危険と隣り合わせの仕事でもあった。
この山には古くから『主』が住むという言い伝えがある。
人間がこの世に誕生する遙か前から、この地で暮らしている者達……人々が『異種』と呼び、恐れ敬う存在だ。
人が彼らの領域に踏み込めば、容赦のない制裁をうける。今でも時折、薬草を採りに山に入ったまま行方知れずになる人がいるという。居なくなった人は、まず帰ってこない。遺骸どころか、持ち物一つ見つかった例しがない。それどころか、探しに行った人まで戻らなくなることが、しばしばあった。
命からがら、山から逃げ帰った人の話として、 『赤い目の化け物が仲間を連れ去った』とか、 『人の胴体よりも太い大蛇に丸呑みにされた』とか……。どこまでが尾ひれなのかわからないような、物騒な噂話ばかりが囁かれていた。
そのため、薬草採りは需要の割になり手は少ない。なるのは無法者か、よほどの命知らずとまで言われていた。
それでも、青年はこの仕事を変えるつもりはなかった。訳ありの自分にとって、これ以上ない天職だと思っていたから。
街に近づくにつれ、徐々に道が広くなっていく。きれいに整備された石畳の通路の先に、一人の男が坂を上がってくる姿が見えた。背が高く、長い手足を揺らすようにゆっくりとした歩調で近寄ってくる。考え事をしているのか、まだ前方にいる青年に気付いていない様子だ。長めのチュニックを腰紐でしっかりと結び、黒い上着を羽織っている。漆黒の長い髪は後ろで束ねられ、秀麗な顔に悩ましげな表情を浮かべていた。その手には、何やら小さな籠を抱えている。
ふと、気配を感じたように男が顔を上げた。青年に目をとめた瞬間、男の顔にパァッと花が咲いた。
「ハルキ!」
青年の名前を呼んで、男が軽く片手をあげた。
ぼちぼち更新していきたいと思います。
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