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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第一部:踊り子の娘

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11.星空の青

 露わになった切れ長の目が、真っ直ぐにエレオノーラを見つめてくる。


 ハンカチ越しに触れる長い指の感触。

 しゃくりあげながら息を吸う。この手はちゃんとあたたかい。


「俺は……元からこういう顔なんです」


 やっと、その目と真に見つめ合うことができた。


「あと、睨んでいるということはなくて、ただ目つきが悪いだけで。特に機嫌が悪いとか、君……じゃないな。あなたに対して怒っているということはありません」


 近くで見ればその緑の瞳は、それほど驚くほどやさしげだった。今は申し訳なさそうに少しだけ揺れている。


「そのメモを見せていただけますか」

「えっ」


 誰かに見せるつもりなんてなかった。

 もうくしゃくしゃだし、字だってそんなにきれいじゃない。

 そう思って首を振るが、大きな手はさっとエレオノーラの手からメモを取り去ってしまった。


「ちょっと、返して!」


 動揺で一気に涙が引っ込んだ。手を伸ばしてみるが、元より身長が違いすぎる。届くはずもなかった。


 ギルベルトは大きな手で紙を伸ばしたかと思うと、そのまますっと目を滑らせた。何も言わずに顎に手を当てて少しの間考え込んでいたかと思うと、彼はその紙を机の上に置く。


「ここで待っていてください」


 そのままギルベルトは立ち上がったかと思うと、隣の部屋へと姿を消した。


 戻ってきた彼が手にしているトレイの上には、あのポットと彼自身のカップがあった。手際よく、ギルベルトは茶を淹れる準備をしていく。


 そしておもむろに、一つカップをエレオノーラの前に置いた。


 金の縁取りがしてあるソーサに、くるりと丸い取っ手のカップ。描かれているのは小ぶりな花と小鳥で、なんとも言えず可憐な意匠だった。飾り気のないあの白いカップとはえらい違いだ。


「これは、なあに……?」 


「正解の時はお茶を御馳走すると約束したはずですが、いらないんですか?」

「うそっ!」


「嘘ではありません。つく必要がない」


 彼は、前と同じように丁寧に茶葉を計って湯を注いだ。


「これは星空の青(アストラ・ブルー)というお茶で、そちらに書かれていたのと同じように液体の性質によって色が変わる色素が含まれています」


 本当に、合っていたんだとエレオノーラは目を瞬いた。驚く自分の前に、ギルベルトはまたしゃがんでみせる。そうしないと目線が合わないのだとこの時はじめて気が付いた。


 もう頭の上から突き刺すような目を、彼は向けては来なかった。


「エレオノーラ王女殿下」


 不思議な響きのある声が、名前をなぞる。今まで一度も、きちんと呼んでくれたことはなかったのに。


「前にも言いましたが、この世には魔法も奇跡もない。けれど代わりに人の知恵と思惑は存在します」


 深い森のような緑の目が、吸い込まれそうなほどにきれいだった。


「あなたが将来女王となられるのかそうでないのか、俺には分かりませんし関係のないことだ。

 けれどどちらにしても大切なのは、己の頭で考え判断することです。これから先もあなたの前には様々な人が現れるでしょう。人の数だけ彼らにも彼らの考えがある。甘いだけの言葉であなたを騙そうとする人も、きっと沢山いるはずだ」


 教育係の言葉が頭に蘇る。あの人は研究官を「興味を持つに値しない人間」と言った。


 誰かにとってはそうでも、エレオノーラにとってはそうではない。

 けれど、この部屋に来ることがなかったらそれを知ることすらなかったかもしれない。


「その時、その言葉を鵜呑みにしないできちんと考えられる人になってほしいと、俺は思います。王とは、この大きな国という船の舵を取る人です。孤独なものだ。それだけが、真の意味であなたを助けるでしょう。

 今は子供でいい。そのために、様々なことを学ばれる時期だと思いますよ」


 大きな手がそっとこちらに伸びてくる。その手はいくらか彷徨ったあと、恐々とエレオノーラの頭を撫でた。あんなにも優雅に茶を淹れてみせるのに、その仕草はひどくぎこちない。


「よく頑張りました」


 それはどこからどう見ても“子供扱い”に違いなかったけれど、なぜだかいやではなかった。


 父はいつも、エレオノーラをただ甘やかすだけだった。

 手に入らなかった踊り子の母の面影を見て、幻を追いかけて。それでも愛されているのだと自分に言い聞かせてきた。


 けれど、ギルベルトは違った。

 ただ真っ直ぐに、エレオノーラを見てくれた。


 この人は、真の意味で大切にしてくれたのだとエレオノーラは気がついた。


「あなたはわたしがもし女王になってもそばに居てくれる?」


 彼が口にした孤独という言葉が、とても恐ろしかったから、エレオノーラはそう訊ねた。


「クビになさるのではなかったのですか?」

 ふっと笑ってから、ギルベルトはそう言った。


「そのつもりだったけど、やめにするわ」


 鋭い目元が少しだけやわらかくなる。ああ、この人はちゃんとやさしい人なのだとエレオノーラは思った。


「もしもこの身がお役に立てることがあれば、なんなりと」


 ぽんとやさしくエレオノーラの頭に触れると、ギルベルトは立ち上がった。そのまま、蒸らし終わった茶を二つのカップに注いでいく。


 自分のカップに注がれた青は、やはり格別に美しく見えた。

 小さな壺に入っていたのは柑橘系のシロップらしい。真似をして、スプーンで一さじ掬ってみれば、やはりまた鮮やかなピンク色に変わった。


 お茶を飲み終わったら、帰らなければならない。それが嫌だったから、エレオノーラはちびちびと、ぬるくなった茶を飲んでいた。


「あのね」


 黒いローブをくいくいと引っ張ってみる。それは研究官に揃いのものだという。何者にも染まらぬ漆黒。それこそが彼らの独立を示すのだと、これも調べて知った。


「時々ならここに遊びに来てもいい……?」

 同じように隣に並んで茶を飲んでいた男の返答はつれないものだった。


「だめです。ここは研究をするところであって、子供の遊び場ではない」


 どうせそんなことだろうと思った。残りの茶を飲み干して、エレオノーラはぴょんと跳ねるように椅子から立ち上がった。


 もうここに来ることもないだろう。そう思うとなんだか寂しくなってぎゅっとスカートの裾を握りしめてしまった。


「まあでも、そうですね」


 少しだけわざとらしく、ギルベルトは明後日の方向を向いて頬杖をついた。


「たまに静かにお茶を飲みに来るのは、止めはしませんよ」


 どんな顔をしているのかは、エレオノーラからは見えなかった。けれど意外とやさしい目をしているのだろうと思った。


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