12月20日の私へ
どうして過去に生きた人々は一つの誓いに徹することができたのでしょうか。師匠、友、愛する人へ立てた金剛不壊の誓い。
どうして現代にはそういったものが絶えてしまったのでしょうか。自分が得をすることが第一、利益への誓い。もとより脆いものであるだけでなく、それももはや腐り落ちつつあります。
物質的に豊かになったのは理由の一つになりましょう。自ら何かを求めずとも手を伸ばせば大体のものは手に入り、ある程度は満たされる。
昔はそうではなかった。何もかもに飢えていた。命懸けで求めなければ手に入らなかった。
様々なものを求める中にヒューマニズムという道があったのでしょう。それを彼らは当たり前のように命懸けで求めた。
この妥協するという誘惑の有無が、真の人間の有無に繋がっているのかもしれません。
とはいえ、歴史を逆行し、人が飢えて争い殺し合う時代へ遡るのは正しくないでしょう。
これからは、人間の体ではなく心が飢えていることに気付かなければいけません。
それは何も人肌恋しいとか承認欲求を満たしたいとか、目に見える事物で収まるもののことではありません。
人間は真実に飢えているのです。嘘偽りのないもの、自分の心の奥深くまで照らし出す光。
それは真に人間として生きなければ決して手に入れることのできないものです。過去に生きた偉大な人々の人生により点火された炎が、今を生きる人間の心の底まで温めているのですから。
それらを知れば、現代にも確固不抜の誓いが生まれることでしょう。




