第41話 死地
「ほう、こう来たか」
瞬間移動系のスキルを使って、本拠地へと戻って来たヴィクターが目にしたのは。
超大型の獣たちに包囲されているビルだった。
超大型の獣は、直径500m程度の球形の頭部の下に、幾つもの人型の手をぶら下げた奇怪なフォルムをしていた。
頭部には、多数の目と口を持ち。ビル、街路樹、自動車、生物の区別なく、手当たり次第に口の中へと放り込んでいた。
そして、脅威は超大型の獣だけでは無い。協議会本部ビルは、蟻に群がれる飴のように、小型の獣たちがびっしりと張り付いていた。
協議会に所属する帰還者たちは持ちうる力の全てを使って迎撃を試みるも、その包囲の輪はじわじわと縮まっていた。
「ははは、まるで世界の終りのような光景だな」
ヴィクターは、そう言うと、また一つ指を鳴らす。
すると、戦艦の主砲クラスの砲口が彼の背後にずらりと並び、それらが一斉に火を噴いた。
「流石だな、デカイだけでなく、大した丈夫さだ」
だが、それは一時的に包囲の輪を広げるだけにとどまった。獣は風に押される気球の様にフワフワとその場から遠ざかるだけだった。
「ともかくこいつ等をどうにかしないと、君の衣装替えは出来ないか」
ヴィクターはそう言うと、霞を総帥室へ転移させ、本格的に戦線へと加わった。
★
奴の消えた方向へ全速力で駆け抜ける。
まぁ飛んでいった方角から、その終着点は予想できる。協議会本部ビル、そこがゴールだ。
「邪魔だ! どけッ!」
街中に溢れかえった獣たちを、右手のレールガンと左手の槍で蹴散らしながら一直線に突っ走る。
走って走って、走り抜けて、ついに目にしたのは、超大型の獣に押しつぶされそうな本部ビルだった。
「くそっ! 何やってんだ!」
理屈じゃない、感覚であそこに霞がいる事が分かった。
「待ってろ! 霞!」
俺は、疲れた足に鞭打ちながらラストスパートを掛けた。
★
「くっそ! ご機嫌じゃねーか!」
「喚くな輝義、口より先に手を動かさんか!」
「やってるっつーの!」
双頭の獣は、津波のように押し寄せる獣を鎧袖一触に片付けていく。だが、やれどもやれどもその果ては見えなかった。
「やっぱこの辺りが潮時なんじゃねーの!?」
「はっ、何をいまさら。儂らのような人間が、平和な世界で一体何をするというのだ」
あの娘を殺せという輝義に、市兵衛は狂笑をもってそう答える。
輝義もヴィクターの考えには賛同していた。だが、今回は話が違う。自分が好きなのは好き放題にすることで、けして好き放題にされる事では無い。
超大型の獣はそれほどの脅威だった。
「大体なんだ! あの化けもんにはスキルが通じないじゃねぇか!」
輝義はそう愚痴を吠える。
単純にサイズが大きすぎて、スキル無効化スキル無効化装置の影響を外れるのか、相手のスキル無効化スキルの出力が大きすぎるのか、ともかく帰還者たちの必殺スキルは超大型の獣に届く事無く霧散していた。
そうでなくては、的がデカいだけの気球である。ここまでの苦戦は強いられなかっただろう。
彼ら帰還者に出来る事は、実体弾による攻撃をチクチクと重ねていくことだけだった。
だが、その効果もいま一つ。巨大すぎる敵の外皮を削る事さえできかねていた。
「やむを得ん。薬を使うぞ」
「正気かおっさん!?」
「是非も無しよ!」
驚きの声を上げる輝義を他所に、市兵衛は懐から注射器を取り出し、その太い腕に突き刺した。
「かあああああ!」
その途端、市兵衛の目が血走り、ただでさえ太かった彼の体が一回り大きくなる。
彼が使用したのは協議会では堕天薬と言われる、スキル増幅薬である。
この薬を使うことで、ステータスが一時的に向上し、スキル能力も増幅するのだが、その副作用として、心身に著しいダメージを負い、スキルを失う危険性もある。
羅刹となった市兵衛は巨大な薙刀を振るい。獣の群れへ突っ込んでいく。
一振りすれば、その衝撃波で十を超える獣が吹き飛び、二振りすれば、竜巻が発生し百を超える獣が巻き込まれた。
彼を捕らえようと伸びて来た、超大型の獣の手は、一息で粉みじんになり果て、彼が投じた得物は深々とその外皮に突き刺さった。
だが……。
「バカだね、おっさんは」
輝義はその獅子奮迅の活躍を見つつも、そっとため息をもらす。
だが、やはり圧倒的なサイズ差と言うものはひとりの活躍如きではいかんともしがたかった。
市兵衛が2mを超す槍を放り投げ、それが根元まで突き刺さった所で、大型の獣はこゆるぎもせずそこに存在した。
「悪いが、俺はごめんだね」
輝義はそう言うと、ビルの内部へと入って行った。
★
「ははっ、いいぞ、こうでなくてはな!」
ヴィクターは、ビルの屋上にてその全力を持ち超大型の獣と相対していた。
数々の圧倒的なスキルを使い、それでも突破口の見えてこない超大型の獣。
自らの全力を受け止めてくれる敵。そこには彼が求めていた全てがあった。
「これだ! これでこそ! あの時の続きが出来るというものだ!」
彼が行った異世界は、終焉の獣により滅ぼされた。だが、彼はその戦いに最後まで加担できたわけでは無かった。
世界が滅んでしまう前に、彼を元の世界に返そうとした仲間たちによって、かれはそのゲームを強制的に打ち切られたのだ。
だが、そんな事彼にとっては大きなお世話だった。
彼が求めたのは、血を血で洗うような死地。
常勝不敗の道を歩んでいた現実世界では味わえなかったスリル。
人類の革新などはただの方便。
ただ、それだけが彼の願いだったのだ。
「そんな訳の分かんねぇ事に付き合う義理は無いよなぁ」
「なっ?」
強敵との戦いに存分に酔いしれていた彼の胸を貫くものがあった。
その銃弾は彼の心臓を背後から抉り夜空へと消えていった。
「そうか……今度は君か」
ヴィクターはそう言うと、力無く微笑んだ。
彼にとっては二度目の裏切り。
輝義にとっては幾度となく繰り返して来た行為だった。
「わりーな、ボス。今ここでアンタを始末しとかないと、あの小娘を殺した後に仕返しされるのは目に見えてるからな」
輝義はそう言って、悪びれなることなく笑みを浮かべる。
彼が不意を打つには今この時しかなかった。真正面からの戦いではどう考えても彼がヴィクターに勝利することは不可能だった。彼は千載一遇の好機をものにしたのだ。
そして、ヴィクターと言う障害が無くなったことで、超大型の獣の進撃を止める手立ては無くなった。
★
「さて、んじゃ後はあの小娘をぶっ殺せば万事解決か」
ヴィクターを殺した輝義は、超大型の獣によって崩壊しつつある屋上から速やかに退避した。
そして、彼が総帥室の前にたどり着いたのと同時に、廊下を突き進んでくる影があった。
「ちっ、うっとおしい奴だ」
輝義はそう言うなり、銃撃を放つ。
だがそれは、彼が手にした巨大な槍によって防がれたのだった。




