第40話 ゲーム
上空に待機させていたステルスヘリに乗り込んだヴィクターは、黒騎士の帰りを待つことなく、操縦士に発進を指示した。
「ふふふ。そう怖がることはない、私のいう事を聞く限り、君の身の安全は保障しよう」
彼は甘い口調で、隣に座る霞へ語り掛ける。
「嘘……ですね」
「ははは、そう言えば君はテレパスだったな、私の考えは筒抜けという事か」
「そう言う事でも……ありません」
霞はゆっくりと首を横に振りながらそう言った。
「ふむ、自分の能力を制御できていないタイプか。まぁ仕方がない、世界と繋がる事など人間の身には過ぎたものだ」
彼が行った異世界では、人間などより遥かに強靭な生命力を持つドレイクが、その一生をかけてようやくものにできたという能力だ。
その様な強力な力を、この小さな少女が何のリスクも無しに抱え込めるはずがない。
彼はそう判断していたし、様々な検査結果がその裏付けをしていた。
故に彼は決断していた。
代替可能な全ての器官を機械化し、少女の寿命を可能な限り延長する。
今にも尽きてしまいそうな少女の命を延命するにはそれが最善の手立てと判断した。
自らの目的を果たすために。
★
ヴィクター・D・オルドリッチ、彼は生まれついての天才だった。
裕福な家庭で生まれ育った彼はあらゆることで勝利し続けた。
どんなことにチャレンジしても、直ぐにコツをつかみ結果を出す。敗北や挫折を知らない彼には、この世界がとても窮屈なものに見えた。
世界の頂に立ってみる光景は、彼にとって色鮮やかなものでは無く、モノクロフィルムを通して見た様な味気ないものだった。
異世界への転移は、そんな彼にとって正しく人生の転機となる物だった。
そう、彼は平和な世界に飽きてしまっていたのだ。
彼の頭脳を、腕力を、思うが儘に振るっていい戦乱の世界。数字上のやり取りでは無く、実際に命を刈り取る血なまぐさい戦場。
小うるさい、常識や倫理という枷から解き放たれ、自由気ままに獣性を解き放っていい未知の世界。
異世界は、彼にとって正しく理想郷であった。
そんな異世界は、彼に最後の、最高の贈り物をして幕を下ろした。
その名は、敗北であった。
現実世界へ戻って来た彼は、異世界で得た知識と能力を元に準備を始めた。
彼は、終焉の獣と戦うには、現人類はさまざまな意味で脆弱すぎると判断した。
その為に行ったのが選別だ。
取るに足らない一般人は端から無視して、選ばれた民である帰還者をふるいにかける事から選抜はスタートした。
だが、帰還者はいずれその能力を失う事となる、それ故に、彼は選ばれなかった帰還者を燃料として利用することに決めたのだ。
名も無き帰還者、そして一般人。両の屍の上に、ヴィクターは確固たる地位を築いていった。
甘美な敗北をそそぐ為に。
中断したゲームを再開するために。
★
「つッ」と、霞が下腹部を抑えうずくまる。
ヴィクターは、その様子を見て、ニヤリと口角を歪める。
「奴らの登場かい? さてさて、今回は幾らふるいにかけてくれるやら」
彼がそう言った時、それまでヘリを照らしていた月明かりが急に無くなった。
その様子に違和感を覚え、彼は少女に向けていた視線を前に戻す。
「ほう」
思わず口から洩れたのは驚きの、あるいは歓喜の声だった。
全長は……一体いくらぐらいになるだろう。
500mか、はたまた600mか、ともかくとてつもなく巨大な何かが月を覆い隠すようにフワフワと浮いていたのだった。
「ははっ、はははっ! やるじゃないか! あっちの世界でもこれ程の大物は見た事が無い!」
彼は童心に返ったように、腹を抱えて大笑いした。
「そっ、総帥!? あっあれは何ですか!?」
「あれ? 何をいまさら、終焉の獣に決まっているじゃないか!」
恐慌状態にある操縦士をよそに、ヴィクターは、目を輝かせて獣を見る。
すると、始めはただ浮いているだけだった獣から、何か小さなものが一斉に飛び出して来た。
「あれは……ほう、飛行能力を備えた変異種か。なるほど、あれは一個の空中要塞でもあるのだな」
冷静に観察するヴィクターをよそに、操縦士は必死になって操縦桿を操作する。
だが、空飛ぶ獣の群れはあっという間にヘリコプターに追いつき、一斉に食らいついた。
操縦士は断末魔の悲鳴を残す事さえできずに、ヘリコプターの正面ガラスごと獣に丸呑みされた。
「ははははは、食欲旺盛で何よりだ!」
ヴィクターは、そう言うなり、霞を抱きかかえると、ふわりとヘリコプターから舞い降りた。
「私の力が見たいのか? 良いだろう、その一端をお見せしよう!」
霞を脇に宙に浮くヴィクターは、パチンと指を鳴らした。
すると、彼の周囲にいた獣たちは一斉に細切れの肉塊になった。
「これは私のお気に入りのスキルのひとつでね。その名を次元刀、あらゆる物体の構造や硬度を無視して切断することが出来る、便利なナイフだよ」
彼はそう言うと、もう一度指を鳴らす。すると彼の背後の空間に魔法陣が出現し、そこから巨大な竜が顔を出した。
「エサの時間だ、食らいたまえ」
その言葉と同時に、竜は大きな口を開け、数匹の獣を丸呑みにした。
「今のは召喚術、極々ありきたりな魔法系のスキルだね」
更にもう一度指を鳴らすと、今度は身の丈を超す盾が出現し、獣のレールガンを塞ぎ切り。
更にもう一度指を鳴らすと、巨大な砲口が出現し、射線上の獣をみな焼き払った。
更に、更に、更に、更に。
彼がしているのは指を鳴らすだけ、それだけで、ひとつとして同じものの無い強力無比な攻撃が獣たちへ降り注いだ。
「あなたは……」
霞はその様子を見てポツリと口にする。
彼女には見えたのだ、彼に繋がる、いや、彼に重なった数えきれないほどの人間たちを。
ヴィクターは、その様子を見て、ニヤリと笑ってこう答えた。
「そう、私が貰ったチートスキルは簒奪だ。私はその対象に触れただけで、スキルを奪うことが出来るのだよ」




