3ー79 定める者ライル・レジスタリア
人間、一度転落したら中々止まらない。
落ちる所まで落ちるものだ……とは、酒場で飲んだくれるオッサンのグチだった。
なぜ今思い出したのか。
それは、物理的に転落している真っ最中だからだ。
「ライル、操作はいらないよ! 君の言葉で指示が通るようにしておいた! だから早く決めて!」
「決めろって、お前。世界を定めたとして、今の状況がどう好転すんだよ!」
「文明を戻して定めれば、この城だって消えるんだ! お願い、急いで!」
「ゴチャゴチャ言ってねぇで早くやれよオラ! もしレイチェルまでに被害がいったら、次こそは世界を滅ぼすからな!」
緊迫した空気の中、水晶球から声が聞こえてきた。
こっちの事情を汲む気の無い、平坦な響きで。
ーー領域を定めてください。
「リョーイキ? なんだよそれ」
「各種族に許された支配地域のことだよ! 適当でも良いから早く!」
「適当でってお前……」
咄嗟に名案を出すことなんか不可能だ。
結局指定したのは、現状と大差ないものとなった。
大陸北西部は獣人、南東部は人族の地に。
南西、中央、北東は未指定。
つまり、どの種族の支配地ともせず、混在したものとなる。
ちなみにヤポーネは現状のままで、山林や洞窟の奥地は引き続き魔獣の所有地とした。
そこまで設定したが、まだ項目は半分も終わっていなかった。
ーー文明度を設定してください。
「ブンメード? 刎メイドってなに?」
「各種族の文明レベルだよ! 時間が無いから一括に……」
「それなら、オレがアルフレッドとして魔王を始めた頃が良さそうだが」
「じゃあ、王国歴600年!」
モコの言葉をオウム返しすると、水晶球は受理してくれた。
ーー開始時の生命体を配置してください。
「怪死辞典の生態?」
「定めた直後の世界に住まう人々の指定! 今の人たちをそのまま引き継ぐなら、王国歴831年!」
「おし、じゃあ831年な!」
「オイ急げ! 地上が見えてきたぞ!」
クエスが叫ぶと、部屋が更に大きく揺れた。
オレはバランスを崩し、いつぞやのように何かしらに触れ、何かしらの反応が起きてしまう。
ーー特別コード受理します。縁者の再生。コロニー形成状態の再現。反映済み。
「え? 特別コォド?」
「あぁ、もう! 今のは無視していいよ! 指定内容で実行して!」
設定は終わったようだ。
後は実行許可を残すばかりだ。
そう思うと不思議なことに、心にこれまでの情景が浮かび上がってきた。
訳も分からずグランニア軍に拐われた事から始まり、シルヴィアたちと出会い、流れで魔王を自称した。
グレン兄妹と暮らすようになり、その結果大陸を制覇せざるを得なくなった。
死んでからしばらくの間はシルヴィアのお供。
そういやクエスの破壊について、落とし前をつけてなかったなオウ?
それから生まれ変わった今も、再び家族は集まり、多忙ながらも楽しくやってこれた。
その長い物語が、ここで節目を迎えようとしている。
オレは万感の想いを込めて、水晶球に命を下した。
「定める者ライルが命ずる。世界の全てを今『定めよ』!」
……何も起こらない。
依然として城は落下中だ。
「違うよライル。『実行する』と言ってくれなきゃ作動しないよ!」
「マジかよクソッ! 要らん恥かいた!」
「テメェら遊んでんなよ! 地面がもうすぐ……」
「じ、実行するッ!」
その瞬間、世界は変貌した。
辺りの景色は全て乳白色に染まり、壁や床どころか、空や地面までもが消えていた。
時は刻むことを忘れたかのように、あらゆるものが静止している。
クエスやディストルはもちろん、逃げ惑う兵士たちも同様だ。
恐らく、彼らは地上で戦っていた軍隊だろう。
そんな光景を眺めていると、妙にゆっくりとした声が聞こえてきた。
「やれやれ。一時はどうなる事かと思ったけど、なんとか間に合ったね」
その話しぶりから、全てが解決したのだと感じた。




