7ー80 魔王様、ダラダラできない
懐かしい。
一面が乳白色の空間には、これまでに何度も連れてこられたもんだ。
だが普段とは違い、今回はオレ以外にも大勢の人が居るようだ。
人族だけでなく、獣人に亜人、魔獣の姿だって見えた。
「モコ……ここは?」
「何度も招待したでしょ。水晶球の力を使うと、世界はこんな感じになるんだ。今回は世界のあらゆる生命が対象だから……随分と賑やかだよね」
「クエスやディストルでも動けないんだな」
「2人とも『除外』したからね。特別用がある訳でもないから。さて、君にはこれから、知って欲しいことがいくつかあるんだけど。聞いてもらえるかな?」
「ラナ・マナみたいな話は勘弁な」
「もう少し簡単な話だよ」
お互いに苦笑を交換した。
思えば、モコとはこの異質空間で色々と世話になったもんだ。
多くの加護をもらったり、小難しい事を教えて貰ったり。
……ナイフで刺された事もあったっけ。
全てが美談ばかりじゃないのは世の常なのか。
「まずは、長らくお疲れさま。君は世界を『定める』事に成功したよ。これで今後は文明レベルや種族のテリトリーが、大きく狂うことが無くなった」
「つう事は、グランみたいな反乱は起きなくなったのか?」
「理論上はね。でも、イレギュラーは起こりうるよ。何せ数百万もの人々が暮らす世界だ。突然変異や異分子なんかは産まれるし、戦争だってあるだろうさ」
「何だよそれ。定まってねぇじゃん」
「ちゃんと制御機能は働いてるよ。例えば、とんでもない兵器を生み出そうとすると、反乱が起きて頓挫したり。人族が獣人の領土を武力で侵せば、大寒波が押し寄せて退かざるを得なくなる……とかね」
「なるほど。大きな力が働くことで、各種族が安定するのか」
「ちなみに、人や物の移動についてはデメリットが無いよ。友好的なお付き合いならいつでも出来る。緩衝地帯も広く取ってるから、種族間の衝突は無くなるんじゃないかな」
「でもよ。その管理の目を掻い潜られたら? グロウみたいなヤツが、今後も出て来るかもしれないだろ。その時はどうするんだ?」
「うんうん。いい質問だね」
絵に描いたような満面の笑みを返された。
次に提示されるのは、オレにとって悪い報せだろう。
それも特別に面倒くさいものに違いない。
言葉を交わすことなく理解できる程度には、互いの事を知り尽くしていた。
「その時は君が直接介入して、上手く治めてね。世界の支配者さん」
「ちょっと待て、それ聞いてないぞ」
「君が新しい世界を管理するんだよ。神様、支配者、責任者……肩書きはどうでも良いか。ともかく、君は人族の枠から飛び出して、偉大なる存在になったんだ」
「支配なんて無理だろ。オレはせいぜい50年くらいしか生きられないんだぞ? そっから後はどうするんだよ」
「君は既に世界を定めた訳だから、短いスパンで生まれ変わる必要が無くなった。むしろ世の中を安定させる責務が発生した。だから君の命は長寿となり、この世界が滅びるまで続くようになったんだけど……この話はしてなかったっけ?」
「初耳だぞ。つうか、『定める事』について全部だ」
「おかしいな。そんなハズは……。もしかして、話の時に寝てた?」
「うん?」
「前世の事だよ。長い時間をかけて、色々と説明した時があったじゃない。世界の歴史とかについてさ。その時に僕は説明したよ。間違いない、今ハッキリと思い出したもの」
「記憶に、ございません」
「これだもんなぁ」
モコが苦笑しながら、大きく鼻息を吐いた。
この仕草も最初は腹立たしかったが、今では見慣れたもんだ。
「君は安定した世界と共に生き続ける、大きな問題には逐一対処してもらう。それでも安定をもたらせなかったら、君の役目はお終い。後はクエスが世界を『揺るがして』終焉に向かって導いてくれるよ」
「そうか。アイツの役割はそういうモンだったのか」
「これまで紆余曲折したけど、たぶん彼は大丈夫。きっと役目を全うしてくれるさ」
「それまでの間、お前やディストルはどうするんだよ?」
「しばらくはお休みさ。世界が消えてなくなるまで、これから長い眠りに就くよ」
「マジかよ。いつもの様にサポートをしてくれないのか?」
「世界は定まったんだ。当面は生み出したり、消し去ったりする必要が無いんだよ。だから僕とディストルはお休みなの」
「そういうもんか?」
「そういう約束さ」
となると、コイツの顔もしばらく見納めとなる。
千年か、二千年。
少なくともオレが上手くやっているうちは、再会する事はない。
「……流石に寂しくなるな」
「そんな事言ってる余裕は無いよ。君はこれからメチャクチャ忙しくなるもの」
「世界の安定だったら、小事を全てクライスに丸投げする。それで相当楽になるハズだ」
「ううん。多忙の原因はそれだけじゃないさ。君ね、最後の方で設定をいじったでしょ? まったく、チャッカリしてるよね」
「もしかして特別コォドとかいうやつか? あれは何だったんだ?」
「その答え合わせについては、まぁ……すぐに分かるよ」
モコの体が輝きだし、その姿が薄れていった。
これまでに無い変化が別れの時を告げているようだった。
「次に目が覚めたときは豊穣の森だよ。配置リセットってやつなんだけど、そこまでは説明しなくても良いか。後は実際に新世界と向き合いながら、ひとつひとつ学んでいってね」
「もう、お別れなのか?」
「しばらくの間だけね。できれば三千年くらい眠らせて欲しいなぁ」
「昼寝にしちゃ長すぎやしねぇか?」
「これでも多忙だったんだ。目を瞑ってよ」
光は強さを増す一方だ。
いよいよ目が開けていられなくなり、腕で視界を覆った。
そして、明瞭だが、囁くような声が聞こえた。
「それじゃあまたね。アルフ」
その言葉を聞いた瞬間、オレの意識は途絶えた。
気がつくと、辺りの様子はすっかり変わっていた。
草が風になびく音。
鳥の囁きに虫の声。
中天に輝く太陽の光を浴びる、色とりどりの花畑。
豊穣の森にある平原だった。
「またな、モコ……」
伝えそびれた返事を、今になって返してみた。
もちろん反応はない。
鳥が無関心そうに鳴くばかりだ。
「さて、とりあえず帰宅するか」
この辺りはオレの庭みたいなもんで、目を瞑っていても歩くことが出来る。
しばらく道を行くと、年代物の家が見えた。
少し傾いて、歪な印象を受けるその建物は、かつてオレが建てた家だった。
「おとさぁーん!」
「ライル! 無事だったのね!」
オレの帰宅に気付いたらしく、シンディたちが家の方から駆け寄ってきた。
そこにはリタやエリシアなど、留守番をしていた全員が揃っている。
更にその顔ぶれの中には、城攻めに参加していたハズのアシュリーまでが顔を並べていた。
モコの言っていた『配置リセット』とは、この事を指すんだろうか。
「おとさぁーーん!」
「アルフ! こんな所に居たのね!」
シンディたちが背後の丘より向かってくる。
そのすぐ後ろには、リタやアシュリーなんかの姿が見える。
……うん?
どういう事だコレ。
なんで皆が2人ずつ居るんだ!?
オレには全く理解出来なかった。
もちろんそれはシンディたちも同じ。
というか、経緯を全く知らない彼女たちが、オレよりも事態を把握できなくて当然だ。
「あなた、だぁれ?」
「あなたこそ、だぁれ?」
極めて酷似した2人の娘が、鏡を相手にするかのように向き合った。
増えたのはシンディだけじゃない。
他のメンバー全員が、全て2人に増殖しているのだ。
みるみるうちに状況は混沌としていく。
この時オレは思い出していた。
ひとつは、モコの意味深な言葉。
もうひとつは、特別コォドという単語だ。
それらが物凄く引っ掛かるが、原因究明は後回しだ。
今は目の前の珍事を、スムーズに解決する事が最優先課題となっていた。




