3ー48 被支配者の声
エリシアとアランを連れて北へと進む。
レクターは王都を出た時点で、家族の元へと送り返した。
アイツは付いてくる気のようだったが、貝殻の首飾りを渡して『お前の娘に届けてやれ』と言ったら、渋々帰っていった。
我ながら格好良い事したと思う。
腰には新しい剣。
そして革袋にはプリニシア王直通の通信球。
これ以降はフィリップと直接会話が可能となる。
「アラン。順調か?」
「そうだなぁ。あの王が教えてくれた情報に嘘はないみたいだ。哨戒線もバッチリだ」
「だったら収容所行く前に、コロナに寄りたいんだが」
「まぁ良いけどよ。派手なことやらんでくれよ? 目立つと周辺の敵全員が集まってきちまう」
「コロナに何の用があるの? 観光?」
「そうだな。ある意味観光かもな」
コロナはグランの植民地と化しているはずだ。
レジスタリアとは違って、亜人や獣人も大勢住んでいた街だから、弾圧も激しいに違いない。
耳にする噂話はどれも酷いものだが、実情は誰も知らない。
ともかく現状をこの目で確かめておきたかった。
進路をやや西に変え、コロナに着いた。
入り口の門にはグランの旗が靡いている。
飛龍の上に二本の槍の穂先が交差するものだ。
その旗の元で、見張りらしき兵が眠りこけている。
原因は、辺りに転がる酒瓶から明らかだった。
「うわ。仕事中に深酒か。ひでぇもんだな」
「レジスタリアでもここまでじゃなかった。あり得ない」
「まぁ、この街には年寄りとガキしか残ってなぇから。反乱を恐れる心配がないからって所でしょ?」
アランの言う通り、街中には子供と老人がいるだけだった。
残りの若年層は全て収容所に囚われているらしい。
相変わらず無茶苦茶やる連中だな。
その時、酒場の前を通過しようとしたが、中ではヒト騒ぎ起きていた。
瓶の割れる音とともに怒声が響く。
ーーこのババァ! いつもいつも遅ぇんだよ!
ーーすいません、どうか堪忍してくだせぇ。
ーー許せだと? オレを誰だと思ってる! 二等国民のプリニシア兵だぞ! お前らとは生きてるステージの違う、雲の上の存在なんだぞ!
「……何だか喉が乾いたな。よっていかないか?」
「いいね。私も飲みたい」
「なぁダンナ方。ほんっっと頼むから、手荒な事すんなよ? コロナは治安維持軍の一大拠点なんだからな?」
「わぁってるよ。平気だって安心しろよ」
「へーきへーき」
「本当かよぉ……」
中に入ると、客はほとんど居なかった。
腰に剣だけ差した酔客が4人。
そのうち1人がお婆さんに掴みかかっている。
オレは騒ぎを見てないフリをしつつ、中へと入っていった。
「お婆さん、麦酒くれよ。3つな」
「何だテメェらは! 今は取り込み中だ!」
「お若い方ァ、すんません。今は兵隊様のお相手で、ババァは手一杯でして……」
「あー、平気平気。オレらは勝手に貰うから。金はここに置いとくぞ」
銅貨をカウンターに置いて、酒樽から麦酒を拝借した。
オレを咎めようとする声も、エリシアの姿を見つけて止まる。
「おい、良い女が居るじゃねぇか」
「そこの女。酌をしろ。嫌とは言わねぇよな?」
ーーガタン。
腰に手を携えながら、連中が立ち上がった。
ニヤニヤと勝ち誇ったような顔を浮かべ、酌だけじゃ済まない事は用意に想像できる。
ーータン、タンタン!
方やオレはカウンターに麦酒を3杯分注いで並べた。
すかさずエリシアがそのひとつを手に取る。
「お前の酒が飲みたいってよ。一杯くれてやったらどうだ?」
「わかった。そうする」
「あぁぁ。マジで止めてくれ。絶対面倒なことに……」
「兵隊さんよ、ごくろうさん。オレからの奢りだ、飲めよ」
「浴びるほど飲むと良い。文字通り」
エリシアの投擲。
足の低いゴブレットが一直線に、男の眉間に向けて放たれた。
それはまるで、敵兵を討つ槍のよう。
ーーパカァン!
一人が壁まで吹き飛び、動かなくなる。
それを見た連中が慌てて剣を抜く。
「何しやがる! オレたちをプリニシア国境警備軍とわかってやってんのか!」
「見て見て、命中。さすが私」
「情けねぇ威力で喜んでんなよ。オレが手本を見せてやる」
続いてはオレが左右の手で2本見舞わせた。
きりもみ回転しながら飛来するゴブレットが、確実に標的の肩を捉え、撃ち抜く。
2人がそのまま膝を折って崩れた。
「さすがライル。私の負け」
「おうそうかい。今後も精進しろ」
「約束通り私はあなたの性奴隷。欲望のままに貪るといい」
「謎景品を捏造すんな。それから、まだ1匹生き残ってんぞ」
「ま、待て!」
残された1人が剣をしまい、両手を挙げた。
命乞いかい?
それを聞いてあげると思うかい?
「お前ライルだろ? それからエリシアも! オレだよ、オレ!」
「ぁあん? 誰だよ知らねえ」
「私も知らない。少なくともおばあさんに暴力ふるうヤツなんて」
「ほらレジスタリアの学校で一緒だったろ! ジャックだよジャック!」
ジャックと名乗った男が必死に自分の顔を指差した。
じっくり眺めて見るが……誰だよお前。
「こんなヤツいたっけ? エリシアは覚えてるか?」
「なぁ、覚えてるよな! なにせライルの好敵手だぞ!」
「あー……。思い出した。やたらつっかかってきた、鬱陶しいやつ」
「言われてみたら、そんなヤツ居たかも。卒業の日に股間大炎上をさせて、毛がツルッツルになったから夜のお姉さんと遊べなかったヤツ」
「そうだよこの野郎! 変なところばっか覚えてやがって!」
すっげぇ印象薄いけど、確かに居たわ。
ケツ丸出しになったりと体を張ってくれたコメディアンだ。
「悪い悪い、今思い出した。久しぶりだな元気だったがんばってる? じゃあ殺しまーす」
「待て待て待て! 同郷のよしみで見逃してくれよ!」
「同郷のよしみって、知るかよ。お前と縁なんかほぼねえし。じゃあ死にさらしてくださーい」
「待ってライル、確かに殺すと後味悪くなるかも」
「お前までそんな事言うのかよ。さっきの見ただろ? 見逃したら別の場所で悪さするって」
「そこを何とか。何か制約付きで放免してあげよう」
エリシアが少しウズウズした顔で言う。
これは『何かやれ』という要望だろう。
……どうしたもんか。
「じゃあ、呪いをかけるか。そうすりゃ悪さもできねえようになる」
「さすがライル。そんなことも出来るんだ」
「アシュリーに1個だけ習った。じゃあかけまーす」
「お、おい。何すんだ……」
ジャックに魔力で生成した布をかけてやった。
濃紫色のそれは、頭にかかった瞬間にフッと消えた。
「こ、これは? 今なにをしたんだ?」
「ジャック。ちょっとそこのお婆さん蹴ってみ?」
「……どうしてそんな真似を」
「いいからやれ。首ポロンしてぇか?」
「クソ。わかったよ!」
ヤケクソ気味にジャックが蹴るそぶりを見せるが……。
「アビャァァァァ!!」
その瞬間にジャックに電撃が流れた。
体のあちこちからプスプスと煙があがる。
「いてぇ! いってぇ! 何だよコレぇ!」
「ジャックよ、お前はこれから聖人になるのだ。悪事を、乱暴を働こうとすると、今みたいに電撃が身を焦がすことになる」
「すごいねライル。これどういう理屈なの?」
「えーっと。ラナとマナとリャマがモニモニして大地の魔力が集まり、ビリビリする」
「わかった。ライルに聞いても分からない事が」
「詳しくは本職に聞け」
「オレをこんな体にしてどうするつもりだ!」
「大陸をさすらえよ。お前の良い噂で溢れかえるようになったら、呪いを解いてやる」
察しの悪いジャックの首を掴み、窓を開け、そして放り投げた。
方角的には奇跡の泉辺りを狙ったが、反れたら反れたで構わない。
運が良けりゃ生き残るだろう。
「あ、あのう。皆さん。兵隊さんと揉めて平気なので?」
お婆さんがおずおずと話かけてきた。
手元のアザが何とも痛々しい。
「オレらは良いんだよ。おネンネしてるヤツも片付けとく。お婆さんは人に聞かれても知らんフリしてな」
「すんません。アタシなんかの為に、危険な目に合わせてしまって……」
「構いやしねえよ。ところでちょっと聞いていいかい?」
「へぇ。お答えできる事でしたら何なりと」
オレはコロナの状況を根ほり葉ほり聞いた。
フィリップからも聞けては居るが、それはあくまで外野の意見。
亜人サイドの話も知っておきたかった。
テーブルに麦酒が3つ並ぶ。
オレらにはもう金が無いことを伝えると『お酒を3つご所望でしたんで』とお婆さんが言った。
素直に好意に甘えて、喉を潤すことにする。
それはただの酒とは違い、どこか甘美な味がした。




