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最終話「騎士団長に、百合の花束を。」


※2017/05/17 20:20

話を少し追加、改稿しました。


 


 無情にも、セレネの足音はこちらへ近づいてくる。こっちに来ないでという簡単な願いを、ミスティも、セレネも、誰も叶えてはくれない。

「ただいま戻りまし……た……」

 時間そのものが、凍りつく。

 血溜まりに沈むミスティと、返り血に染まり切った私。わなわなと震えるセレネの瞳に、しかし映っていたのは、正確には私ではなかった。

「平和の、守護者……? でもこれ……!?」

 私の視界を狭める黒いモヤ。それは私自身から発せられるもの。セレネには、伝承にある平和の守護者に見えているらしかった。

 惨状を呆然と見遣るセレネは震え、ポツリと問いかけを漏らす。

「エリカ様……エリカ様はどこですか……?」

 そうして再度、意識を失ってぐったりと横たわるミスティを目にし、次に私に視線を向けた時には、

「どうして……どうしてこんな!」

 烈火の如き怒りを、どこまでも宿していた。

 騎士に支給されている短剣を懐から抜き放ち、射殺さんばかりの殺気で私を睨みつける。

「答えてください。あなたがやったんですか」

「……」

「答えろぉっ!」

 紛れもない殺意がそこにはあって、紛れもなく私に向けられていた。あの優しかった彼女の面影はどこにもなく。怒り、恨み、その他あらゆる負の感情が私に突き刺さる。それだけで、手が震えるほど痛かった。

 ……でもお願い。そのまま私を殺して。もう、あなたを襲わないようにするので精一杯なのよ。

 セレネの、あの満月のような瞳から大粒の涙がこぼれ、頬を伝って流れ落ちる。

「幸せになれるって……エリカ様と出会って、あの人はこんなわたしでも好きと言ってくれて! 生きててもいいんだって、そう思えたのに!」

「……」

「殺してやる……! わたしの大事な人を二人も奪って、何が平和の守護者ですか! あなただけは許さない……地獄の果てまで追いかけて、死ぬより痛い目に遭わせてやる!」

「……」

 ええ。それでいいわ。殺してちょうだい。私があなたを殺してしまう前に、身動き一つ取れなくなるまで刺して。

 ……ごめんなさい。つらい役目をさせて。

 巻き添えにしないようミスティを寝かせ、数歩を前に出る。

 兵器を簡単に破壊するような存在に近寄られても、セレネは怯むことも、竦むこともない。

「うああああぁぁっ!」

 慟哭とともに、私は床に引き倒される。

 逆手に構えた短剣が、身体を貫く。鎧状の皮膚さえ貫通して刺し込まれる刃はヒヤリとして、一瞬の後に熱を帯びた激痛に変わる。それが何度も、何度も繰り返された。私を殺そうと、その一心である、セレネの手で。何度も、何度も。

 身も心も痛かった。どうしてこんなことに。あんまりよ。そう思った。

 セレネに憧れて、騎士になって。

 また会えたのに、向こうは覚えてなくて。

 憧れの人だったのに、変わってしまっていて。

 愛し合うことが出来たのに、犯罪人で。

 罪は許されたのに、離れなきゃいけなくて。

 ……ずっと一緒にいたかったのに、その人に自分を殺させて。

 どうして? 私はセレネと幸せになりたかっただけなのに。主人とメイドの関係だってよかったのに。どうしてこんなことになってしまったの?

 涙で顔をぐしゃぐしゃにするセレネを見ているのが、なにより一番つらかった。もっと、笑って欲しかったはずなのに。

 最期に見るのが、愛する人の殺意に満ちた顔なんてね……。

 自嘲。段々と、痛みも感じなくなってきていた。終わりが近い。感覚的に理解が及ぶ。

 せめて、謝っておかないといけないわね……。聞こえなくても、呻き声に変わってしまうとしても。

 霞んでいく視界の中、口を開く。

「ごめんね……」

「え……?」

 幸か不幸か、私はきちんと言葉を発することが出来た。セレネの手が、ピタリと止まる。

「エリ、カ……様……?」

「セレネ……」

「エリカ様!? そんな、わたしは、あぁ……!」

 私の血に塗れた短剣が、床に転がる音がした。

「セレネ……ごめんなさい。こんなことになって……その……見ての通りで」

「どうして……どうしてですか!」

「こうするしかなかったのよ……戦争を終わらせるには」

 セレネがハッとして、息を呑む。

「じゃ、じゃあ、わたしを遠ざけてたのも……もしかして」

「……意識を持ってかれたら、あなたを殺しかねなかったもの」

「そんな……!?」

 セレネはくずおれて、傷だらけになった私に縋った。涙が傷口に染みて、消えかかっていた意識を少しだけ引き戻す。

「ぅ、っく……わたし、エリカ様に嫌われたって……! 事情も知らず、捨てられたんだなんて、ひどい勘違いを! エリカ様……エリカ様ぁ……っ!」

「いいのよ。私のせいだもの」

「やです……わたしを独りにしないでください! ひどいです! あんなに楽しくて、幸せな生活を知ってしまったら、独りなんて寂しくて耐えられるわけないじゃないですかぁっ!」

「……そう言ってくれると嬉しいわ」

 でも、ごめんなさい。あなたにもわかるでしょう?

 咳き込むと、ズタズタになった肺が血を吐かせた。飛び散る赤い雫が、セレネの頬にまた一つシミをつける。

 痛む肺で、深呼吸。

「……ねぇセレネ、お願いがあるの」

「なんっ……ですか?」

「ミスティを助けて欲しいの」

 彼の首筋を食いちぎってしまったのは私なのだけれど。

 セレネは朦朧としている私にもわかるようにか、必死に首を縦に振ってみせた。

「はい! はい! 必ず助けます!」

「傷が深いだろうけど、頼むわね……もう一つお願い」

 今度はセレネの承諾を待たなかった。一方的に押し付けるように、有無を言わさず口にする。

「私のことは忘れて、幸せに生きて」

「え……?」

 ……もう、限界みたいね。驚いているはずのセレネの顔が見えないもの。

 でも。伝えないと。

「生きてれば、別の幸せがある。だから私のことは忘れて、別な人生を歩んでちょうだい」

「そんなのありません! エリカ様がいない幸せなんか!」

 この期に及んで、逡巡なくそんなこと言ってもらえるなんてね。私は最高に幸せ者だ。死の間際にあって、心からそう思える。何度思ったかわからないけれど、何度だってそう思えたってことが、一番幸せ。

「――! ――――!」

 セレネが何か叫んでいる。それももう遠く、上手く聞き取れない。血が抜けすぎたせいか、ひどく寒い。セレネに触れられているはずなのに、それもわからなくなっている。一歩ずつ、一歩ずつ。段々と独りになっていく。

 ……せっかくだから、最期に願っておこうかしら。

 感覚もほとんどない手で、首から提げたままの黒い鍵に触れる。……多分、握れていると思う。

 叶えてくれる願いが一個だとは言ってなかったけれど、この際聞き届けてくれなくてもいいわ。叶ったところで、今さら私が失うものはない。叶わなくても、彼女を信じるだけ。どうせ、それくらいしか出来ないのだから。

(死にかけの私の大事なもの、いくらでも持っていって構わないから……)

 どうか、セレネが幸せになってくれますように。

 鍵は折れ、私の意識は砕けた。





 それから、一週間が経った。





 白い。痛い。

 その二つが、私が最初に感じたことだった。

 それもそのはずで、どうやら私は病院のベッドにいるらしい。

 数年ほど前から、医療の基本は徹底した衛生管理だという論が一般的になっている。事実、その一点のみの改善で大きく医療は進歩したと言われ、完治する患者は圧倒的に増え、死に至る患者は激減した。

 それ以降、汚れがあればすぐに発見できる色が病院で使われる物の多くに利用されるようになった。ここも例に漏れず、仕切る為のカーテンから天井からシーツから。何から何まで白ばかりだ。

 身体を動かそうとするとあちこち痛む。鋭い痛みは打撲でなく刺し傷のそれで、全身から発せられていることを考えると、到底傷の状態を確かめる気にはなれなかった。

 カーテンで仕切られているからほとんど周囲は見れないけれど、その中に一つ、白以外の色を認める。

 ――月。

 夜空に映える満月のような煌めき。しかしてそれはサラリと流れ、美しい川のようでもある。見ただけで息を呑む、金色の髪。

 一人の少女が、ベッドにもたれて寝息を立てていた。どこか安心したような寝顔だけれど、おそらくずっと隣にいてくれたのだろうということは想像に難くない。

 気づけば私は、彼女の頭をそっと撫でていた。指の間を抜ける髪が心地いい。

「ん……」

 が、それがよくなかったのか、少女は目を覚ましてしまった。髪の色と同じ金色の瞳に光が宿り、ぼんやりしていた焦点が定まっていく。それが私をハッキリ捉えたところで、私は口を開いた。

「ごめんなさい。起こしちゃったみたいね」

「ぇ……あ……あぁ……っ!」

 完全に目を覚ました彼女は、信じられないとでも言うように目を擦り、もう一度私を見る。一気に頬を赤くして、満月を水面で揺らす。

「エリカ様ぁっ!」

 ケガ人だというのに、容赦なく抱きつかれた。髪から漂う香りが鼻をくすぐる。あっという間にぐずぐずになった声が耳朶を打つ。

「よかっ、よかったです……! ミスティさんは何日も前に目を覚まし、たのに……っ、エリカ様は全然……もう、目を覚まさないんじゃって……うえぇぇぇ!」

 よほど感極まっているらしく、子供が親にしがみつくように、力いっぱい抱きしめられている。けれど私は、別の理由で涙が出そうになっていた。

「ちょっ、苦し、さすがに痛いわ!」

「ひっく、申し訳ありません……」

 自らの目尻に滲んだ涙を拭い、同じように少女の目元を撫でる。泣き顔でなくなった彼女は「えへへ」と歳相応の照れ笑いを見せた。

 そして私は、真っ先に問わねばならないことを真っ先に問う。

「それで、あなたは?」

 少女は小首を傾げる動作。質問の意図がわからない。そういうジェスチャー。

「はい? わたしがなんですか?」

「いえ、だから。あなたは誰で、何者かって訊いてるのよ」

 どうやら熱心に看病してくれていたようだし、喜ぶ姿にも偽りや打算はないように見えた。それは非常にありがたいことだけれど、誰とも知らぬ人物に熱烈な好意を向けられても、素直には喜びにくいものだ。

 見知らぬ少女は金色の目を丸くする。

「……もしかして、わたしのことがわからないのですか?」

「わからないも何も、初対面じゃない。騎士団の新人の子? それとも昔、どこかで会ったかしら?」

「本当、なんですか……?」

 こんなに綺麗な髪と目を持った子なら、一目見たら忘れないような気がするのだけれど。

 彼女は悲しげに目を伏せ、何事か呟いた。「そっか……こんな気持ちだったんですね」と、そのように聞こえたけれど、確証はない。

 ちょうど、その時だった。

「エリカ、そろそろ起きてるー?」

 呑気な声がして、私の返事を待たずしてカーテンが開け放たれる。

「おはよう、ミスティ。返事は聞いてから開けるべきだと思うわ」

「あ……」

 私と同じ、一目で病人とわかる格好をしたミスティは、首に包帯を巻いていた。

「どうしたのよその傷?」

「え? ……あ、あー、これ? まぁ、ちょっとね」

 戸惑ったような間が気になったけれど、彼はいつも通りの明るい笑みに戻ってしまう。

 ただそれが、心中に渦巻く何かを隠してるみたいに、私には見えた。

「目が覚めたなら何よりだけど……もしかして覚えてない?」

「何をよ?」

 意味のわからないことを言う。

「それより、この子はあなたの知り合い?」

「っ、エリカもしかして……?」

「……そうみたいなんです」

 空気が一気に沈んだ。どうやら二人の間では通じているようだけれど、私は置いてけぼり。お通夜みたいな空気を、私だけが共有出来ない。

 そんな空気に気を遣うのは、いつだって副団長。今日この時も、それは同じことだった。

「これは……チャンス、なのかな?」

「えっ! ダメ、ダメですっ! エリカ様はわたしの……っ!」

「あは、冗談だってば。へーきへーき」

「ミスティさん、目が本気です……」

「じゃあボク、ドクター呼んでくるね」

「そうね。お願いするわ」

 置いてけぼりもようやく終わり、ミスティはにこにこしながら出ていった。その背中が寂しそうに見えたのは、多分、気のせいだろう。

 ……また、二人きり。

 気を取り直したようにパッと顔を上げた少女は、私の手を取り、沈黙を破った。

「わたしはセレネ。セレネ・ローランドです。エリカ様の専属メイドとして雇われました」

「……あぁ、そういえばそんな時期だったわね」

 私の家には、十八歳からは専属の従者をつけるという独自のルールがある。家を飛び出してずいぶん経つこともあって、すっかり忘れていたけれど。

 セレネの手を握り返す。小さな手は、懐かしさを覚えるほどあたたかかった。

「知っていると思うけれど、私はエリカ・フランベル。ローリス王国の騎士団長をしているわ」

「はい……はい。よく存じ上げています……!」

 どうやら情報はきちんと行き渡ってるらしかった。それでも、これから一緒に生活する上で色々知ってもらわなきゃいけないことはある。あまり片付けが得意でないこととか……少し憂鬱。

 これからこの子と一緒に生活する……意識すると、なんだか恥ずかしいような、嬉しいような。そんな妙な感じに包まれる。いえ、決して嫌というわけでないのは確かなのだけれど。私の知らない感情だ。

「……」

「エリカ様?」

「え? あぁ、いえ、なんでもないわ」

 こほん、とわざとらしく咳払い。

「これからよろしくね、セレネ」

「はいっ!」



 ……これは、後になってわかったことなのだけれど。



 この時私は、彼女に一目惚れしていた。







 お疲れ様でした。 

息抜きだったこともあり、プロットも設定もなしに書いていたので、粗雑だったかもしれません。そもそもジャンルもハイファンタジーというより、恋愛(異世界)でしたね。

 あなたに読んでもらったから、彼女達は生きることが出来ました。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。



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