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神さまの遺書  作者: ハタ
18/24

さよなら、たこ焼き

赤獅子は拝殿で僕を待っている。となれば、僕を待つ者はあと一人だった。

「トウヤ!」

彼の屋台へ目を向ければ、たこ焼きの屋台の青年はずっと僕を見ていたのか、やっと此方を見たと言わんばかりに手を振る。その満面の笑みに僕まで思わず口元が緩み、その屋台まで駆け寄った。

「もう、遅かったじゃあないか!」

「道順的に、君は最後だったものだから。」

「…そうか。もうすっかり寂しくなったねえ。」

参道を沿うように赤鳥居の方まで見てみれば、この屋台の他全てが畳まれている。がらんどうのそこに連なる提灯だけが、今も鮮やかに参道を照らし続けていた。

「…なんだかな。自分で死ぬ時を決めるのと、運命に死ぬ時を決められるのとでは、えらく違う。例えそれが、自分で死のうと考えていた時でも。」

「そうだねえ。勢いだとか、タイミングだとか、あるんだろう。それに、自殺っていうのは一種の報復でもあると思うんだ。」

「…成る程。報復、か。僕は、報復出来たんだろうか。誰かを悲しませるばかりであった気がする。」

「自殺なんてそんなものさ。死んだらそんな事、考えなくて良い。それだけじゃあ無い、今まで生きてきた事、食べた物、触れた物、嬉しかった事、悲しかった事…、全て無くなる。」

「…聞いた事のある台詞だな。」

「当たり前さ、僕は君の一部だもの。」

「いいや…。ふふ、誰に教わったんだろう。」

他愛無い会話に笑う余裕が出来たのは、やはり彼が相手だからなのだろうと感じる。

「…君は、僕の喜び、幸福だ。

自分が大嫌いで死にたい僕には、君がいる事が苦痛だった。」

笑顔を絶やさなかった彼も、その言葉に少しだけ俯いて、落ち込んでいるのが分かった。

「…でも、それは僕が、自分の事を嫌いだったからなのさ。本当は君、喜ばれるべき感情なんだよ。君がいる事で、人間は生きていけるのだから。」

優しく撫でたその髪質はやっぱり僕のもので、最後にくしゃくしゃと乱してやれば、彼も思わず擽ったさに笑う。

「…許してくれるのかい?」

「勿論さ。…寧ろ、責められるべきは僕だろうに。」

「トウヤを責める事なんか出来ないよ。だって僕は君だもの。僕は君が、大好きだもの。」

屋台から飛び出して僕を抱きしめる彼は温かく、ほんのりとソースの香りがした。それがささやかな幸せとなれば、その単純さに自嘲する。

「幸せって、案外簡単に手に入るものなのかもしれない。疲れて帰って来て、お風呂に入って、布団に寝転がる時。」

「美味しいものを食べる時。」

「人に感謝された時…。」

僕らは抱きしめ合ったまま、笑った。

「これから幸せは、もっと増えるよ。」

「……いいや。僕の人生はもう、…終わってしまうから。」

「そんな事、まだ分からないよ。赤獅子の言葉を忘れたかい?君はまだ、どちらからでもこの世界から出る事が出来る。…それに、そもそもこの祭りは、君一人で終わらせる事は出来ない。」

「な、なんだって?」

「君の記憶と感情を使って、神社を創り、提灯で飾り付け、屋台を建て、テキ屋を並べ、客人を散らす。そんな器用な事、君一人で出来るのかい?」

「それって、どういう……」

「ねえ、トウヤ。もし、君に未来があるとしても、もう僕らを捨てないでおくれ。」

青年は僕の中へ消えつつある。まだ、大事な事を聞けていない。

「ああ、ああ。勿論だ。もう自分の事、こんなに嫌いにはならないさ。だけれど待って、待ってくれ。この祭りを終わらせるには、この神社を崩壊させるには、どうしたら…!」

腕に抱く温もりが消えて行く。

「トウヤ、君なら大丈夫。ここにいる皆、君の事、大好きなんだもの。」

強く抱きしめる腕が、抱きしめるものを失って僕自身を抱きしめた。もう、ここには何もない。提灯だけが、未だ参道を赤く照らし続けている。

「それでも、終わらせなくちゃ。」

最後に青年の囁いた言葉が、耳に残っている。僕の愛せない僕を、他の誰かが愛してくれている。煩わしいその感情も、今は愛しく思える事。それはきっと、僕がこの世界から抜け出したい証拠だ。

「…行こう。拝殿へ。」

答えは、ダレカが持っている。

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