第二十四話 彼女の記憶
俺のこの耳がおかしくなったのは、父と母が死んでからだ。
世界で同時多発的に発生した爆発事件は、最初はテロを疑われた。
しかし、そこから七日後に再び同じことが起きる。
周期的にそれが繰り返されて、人類がようやく異変に気づいたのは三回目だった。
ニュース番組で、たまたま撮影された末期症状の感染者。
——愛して
と、呟く人が複数カメラに収められる。
そして、街ゆく人に抱きついて太陽よりも眩しい光が全世界に放映されてしまった。
俺はこの頃、心神喪失のような状態で、ただずっと外を眺める日々を送っていたらしい。
らしいと言うのも、あまり覚えていないのだ。
だから、さっき話した番組のことも調べたらそう書いてあったと言う情報のみ。
今日も父と母が粉々になる夢を見ているわけだが、なんだかいつもと視点が違う。
悲惨な出来事から意識を逸らすために、こうやって昔のことを思い出していた。
ちょうど今、父の頭が横に転がってきた場面。
あんなに優しい父が、だらしなく舌を出して白目を向いているのは、何度見ても見るに堪えない。
子供の頃の俺は、ただ見つめるしかできなかった。
だけど、今回は様子が違う。
「パパ、ママ……怖いよ。うぅ……」
誰かが泣いている。
吹き飛ばされた扉の破片の下敷きになって、中から出てこようとせず嗚咽を漏らしていた。
「ねぇ……大丈夫?」
父と母の死が悲しいはずなのに、その時の俺はどうしてか少女のことが気になったのだ。
いや、突然の出来事過ぎて『死』、と言う実感が湧かなかったのかもしれない。
現に父親の生首ですら、精巧にできた人形のように見えていた。
ただ、女の子に近づいても泣きじゃくるだけで、俺のことに気づかないようだった。
仕方ないと、仰向けで倒れている彼女の両肩に腕を回して力を込める。
「——うわっ!」
運が良かった。ちょうど扉の破片が重なるようにしてできた隙間に彼女は倒れていただけで、あっさりと助けることができた。
その拍子に尻を床に打ち付けることになったが、その程度ですんだ。
「あの、えっと……」
目の前で泣いている彼女に、どう声をかけていいか分からない。
父ならばきっと素晴らしい言葉をかけて、少女を慰めていたと思う。
大人になった俺でも無理だ、だから——
泣きじゃくった後の彼女の体はとても熱かった。
冬なのに、それすら忘れさせてくれるくらい。
止まった俺の心の氷を溶かして、気づけば女の子を抱き締めたまま泣いていた。
えん、えんと止まらない涙は頬を伝って、彼女の髪の毛と頬を濡らす。
頭の後がやけに気持ちいい。
一定のリズムを刻むように、丁寧に優しく撫でられる。
母がいつもしてくれたように、その心地良さは俺の涙を止めてくれた。
「泣かないで——」
そう言った女の子の声はしゃがれていて、可愛らしかったはずの声はガラガラとした音に変わっている。
いつの間にか、慰める立場が逆転してしまったようである。
頑張って笑おうとする彼女。
俺は腕で目を擦って、「ありがとう」と呟くことしかできなかった。
女の子はそれから泣くことはなく、駆けつけた大人達に俺達は助けられた。
それっきり、二度と会うことはなかったけれど、彼女の胸からしていた——
——チクタク
と、言う音がしばらく耳の奥で鳴っていた。
◇
ああ……どうして夢の続きを忘れていたのだろうか。
目の横を伝うように流れたであろう涙を手で拭って、上体を起こす。
布団を抱き枕にして、口を大きく開けたまま眠っている彼女を見ると、心が強く締めつけられる。
本当なら今すぐ起こしてこのことを——伝えたい。
意識していないのに伸ばした手が、蕾さんの肩に軽く触れる。
「むにゃ、にゃ〜」
その瞬間、漏れ出た声に俺は思わず引っ込めた。
幸せそうに眠る彼女を起こす勇気は、もうない。
ただ、その寝顔を見つめているだけで、腹の奥が温かくなった。
それから俺は寝ることを諦めて、ずっと蕾さんが起きるのを待っている。
カーテンの向こう側は青白く、少しだけオレンジの光が見え始めていた。
きっといつも通り、俺が仕事に行く時間になっても起きることはない。
すやすやと寝て、起きたら外に散策に出かけるのだと思う。
そして、俺が帰ってくる頃には家にいて、いつも通り三人でご飯を食べる。
そんな束の間の日常が待ち遠しいのだ。
あの日、俺は紗花蕾に助けられた。
だから、今度は俺が彼女を——助ける番だ。




