第十七話 彼女の目的
ノイズの音の後に鳴り響くサイレンの音が、いつもよりも大きく聞こえた。
空気の入れ替えのために開けていた窓から遠慮なく放送の声が入ってきて、部屋の中で激しく木霊する。
すぅっと入ってきた風がカーテンを揺らし、窓の方を向いて座っていた俺からは薄っすらと外が見えた。
それが、どうしてか今日は白黒に見える。
——チクタク、チクタク——
薄っすらと聞こえていた彼女の胸の音が大きくなった。
彼女が——活性化した。
だからと言って襲ってくることはなく、テレビを真剣な顔で見ている。
紗花蕾は普通の人間。感染者の兆候は一切見られない。
『凄惨なあの事件から今日で、ちょうど十年目を迎えます。施設の子供達が乗った車を感染者達が襲撃して、三十人の子供達の命が奪われました』
テレビから流れてきたニュースは、過去の事件の特集だった。
黒く焼け焦げたバス。血液のついた服の切れ端がアップで映される。
「あ〜、洗濯物干さないと」
ちょうど洗濯機から、終了を知らせるブザーが鳴る。
俺はその場から逃げるように、浴室へと向かった。
ひとつ、一つ、洗濯物を取り出しながら頭の中に蕾さんのこと、と、さっきのニュースの内容がぐるぐると回っていた。
「まだ、あのニュースやるのか。もう十年も経つんだから——ほっといてくれ」
そうボヤキながら、俺はシワシワになった服を伸ばしてハンガーにかけた。
ベランダと浴室を往復して、全てを干し終えると俺は部屋に戻る。
『子供達のために、黙祷を捧げましょう』
ちょうど、特集が終わった頃だった。
神に祈るように蕾さんは両手を合わせて、祈りを捧げている。
目を閉じて、背筋を伸ばし、次にテレビから音が聞こえるまで動くことはなかった。
「ごめんね。私に……みんなを助ける力がなくて——早く、見つけるから」
懺悔をするように呟いた一言が、俺の耳骨を滑って入り込んでくる。
その雰囲気に飲まれた俺は、なんて声をかけていいか分からずその場で立ったまま動けなかった。
「ん? あれ? 斗賀くん、そんなところに突っ立ってどうしたの? あっ、洗濯物干してくれて、ありがと〜」
俺に気づいた蕾が振り向くと、そう声をかけていた。
さっきまでの哀愁が漂う雰囲気はなく、元の彼女へと戻っている。
そこで、ようやく動けなかった俺の体が自由を取り戻す。
「なぁ……聞いていいか?」
「いいよ! なんでも、聞いてねっ!」
蕾さんは力強く頷きながら、そう言った。
俺がゆっくりと口を開く。
「見つけるって何を——」
◇
近所のスーパーは平日のせいか、人がちらほらとしかいなかった。
たまに聞こえる外からの花火のような爆発音が、カタカタと商品の棚を揺らしている。
かと言って、それに反応する人は誰もいなく、命が散ることに慣れた世界がそこにはあった。
所詮は壁の向こう側の出来事に、みんなは興味がないのだろう。
よく言えば平和。
適当に野菜を籠に突っ込みながら、井戸端会議に励む主婦を横目にそんなことを考えていた。
今日は鍋にでも、するかな。
ちょっと季節外れだけど、夜はまた冷えるから暖かい物が食べたい気分。
お昼は、どうしようか。
蕾さんって、何が好きなんだろう。
「……人を探してる、か」
買い物に出る前に聞いた彼女の言葉が、頭の中で何度も再生される。
『初期感染者から感染して、回復した人を探してるの』
それが彼女の目的だった。
『神様が、治療するために必要なんだって。だから、私はずっと探してるんだ』
そんな発言を聞いて、最初は彼女の頭がおかしいんじゃないかって思った。
けど、その瞳の奥にはふざけている雰囲気はなく、真剣に俺を見つめ返していた。
神……か。そんな偶像なんているわけもない。
もし、神様がいるなら必死に喧伝していた、宗教家は何故、死んだのか。
俺はその血肉を浴びたし、巻き添えに二人も殺した。
そんな神頼みをするくらいなら、一日一日を噛み締めて生きていた方がいい。
そう、彼女の意見を否定したくなるが、『回復した人』がいる。
その言葉だけが妙に引っかかるのだ。
その人間はどこにいるか、分かるのか。
そう訪ねると目を伏せて首を横に振っていた。
暗中模索の中で、六年。その人物を探しているが、見つからないとのこと。
外では見つからないから、初めて隔離区の中にやってきたらしい。
ただ、どうやってここに入ってきたんだ、と言う問いに対しては口を開いてくれることはなかった。
「あっ……汐音さん」
蕾さんのことを考えていると、商品コーナーの角を曲がったところで彼女に出くわした。
昨日、少し変な空気になって気まずい。
彼女も「あっ」っと、声を出してから口をきつく結んでしまった。
バックに付けられた小さい熊のキーホルダーが目に映り、家を出てくる前に蕾さんが言った。
『大切なお友達からもらった、熊のキーホルダー。見つけたら教えて欲しいの。いつの間にかなくなってて』
と、しょんぼりと肩を落とす彼女の姿があった。
そんなことを考えていると、汐音さんが口を開く。
「……斗賀見くん退院できたんだね。良かった」
彼女の声には安堵と罪悪感の二つが重なっていて、俺の腹の中に沈んでいく。
「ありがとうございます……無事になんとか」
そんな簡単な言葉しか頭に思い浮かばなかった。
気まずい雰囲気は消えることなく、かと言ってお互いが立ち去るのも気まずくて、道の隅に移動して無言の時間が少しだけ過ぎた。
「——もう!」
視線を下に向けたまま、汐音さんが小さく叫んだ。
頭をブンブンと激しく振ると、いつもの犬みたいな後ろ髪が風を切るように動いている。
どうしたの、と声をかける前に、汐音さんの方が早く口を開いた。
「昨日は——ごめんなさい!」
そう言って、深々と頭を下げてきた。
通り過ぎる人達が何事かと好奇の目を向けてきて、慌てて俺は汐音さんに声をかける。
「あ、あの。そんな、謝らないでください。俺は、その"何とも"思ってないので」
そう、返すと不機嫌そうな顔を向けてくる。
「何とも……つまり、興味がないと?」
ずいっと詰め寄ってくる汐音さんから逃れるように、顔を逸らしながら後ろに仰け反った。
てか、どうして俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。
汐音さんには相手がいるのだから、そんな気にする必要ないのに、さ。
乾いた笑いを浮かべて、誤魔化していると。
——ドンッ、ドオンッ
と、これまでにない大きな音と揺れが体を突き抜けた。
店内が、ざわつく。
しばらくその場から動かないようにじっとして、様子を伺うがそれ以上、音がすることはなかった。




