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どうしようもなくオタクな私が愛される方法  作者: 成葉弐なる


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1/11

1 エーデルとクラウロード

 どうしようもなくオタクな私が愛される方法。

 結論。

 そんなものはない!

 そう断じて、私は一人寂しく命を断つ……なんてことは当然できない。

 じゃあどうするのか。

 悩み続けて幾星霜。

 オタ活をしながら怠惰な日々を過ごす。

 だがそんな日々は突然終りを迎える。

 とある日の仕事からの帰り道、私は事故に巻き込まれて割と短めな人生を終えた。

 あぁ、これで私は悩みから解放される。

 ただ死の淵でそう思っていた。


 しかし、真っ暗闇に光が差し込む。

 光の眩しさに目をパチパチとさせながらも目を開いた。

 そこには見慣れぬ天井。

 そして見慣れぬ女性が私の顔を覗き込んでいる。


「あら、もう目が覚めたの? 早起きですねー」


 女性は私に笑顔を向けてそう言うと、私を抱え上げた。

 抱え上げた? え? なにこれ。

 私なんか縮んでる?

 女性に抱え上げられ、自身の身体が目に入った。

 見るに、明らかにその体躯は成人女性のそれではなかった。

 短い手足、小さな手のひら。

 あぁこれって……。

 私が転生したのは、火を見るよりも明らかだった。




 数年後。


「エーデル! 起きなさい! 今日から初等学校よ!」


 母のヴァイスリリーの声で目覚めると、寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、ベッドの横のクローゼットを開ける。そして黒一色のワンピースに着替え始める。

 着替え終えると、貴族の末席に名を連ねるウチが雇っているたった一人のメイドであるキサラがやってきて「お嬢様、朝食の準備ができております」と私に告げ、顔を洗うための水の入った桶を私に差し出してきた。


「うん」


 私はそれだけ返事をすると顔を洗うための水を覗き込む。

 そこには灰色の髪と赤い瞳の小さな自分の顔が映り込んでいた。

 水で顔を洗い、キサラに綺麗な布で顔を拭いてもらう。


「ありがとうキサラ。おはよう」

「はい。おはようございます。エーデルお嬢様」


 キサラはそう言って朝の挨拶に応えると、黒縁眼鏡の奥で笑顔を作った。

 私はキサラが好きだった。

 それは別にキサラが見目麗しい落ち着いた様子の黒髪メガネ系女子だからではない。

 私はキサラの書く物語が好きだった。彼女はこの世界での私の推し作家である。

 オタクコンテンツの少ないこの世界において、推し作家は私にとって尊ぶべき存在だが、一刻も早くオタク成分を補給したい私としては、いますぐにでも供給をしていただきたい。

 だから聞いた。


「キサラ、初等学校に行って帰ってきたら、続きを読ませてくれる?」

「エーデルお嬢様。まだ続きは書けておりませんよ。そもそも前の章を読んでいただいたのだって、昨日のことではありませんか。そんな一朝一夕にはお話が思いつきません」

「えー! 急いで書いてって言ったのにー」

「申し訳ありません……」


 キサラが私の駄々に畏まりながら「さぁ、それよりも朝食です」と私を促したので、食堂へと向かった。

 食堂に顔を出すと、既に食卓に着いていた家族が私へと視線を向ける。

 私は食卓に駆け寄るとキサラに椅子に座らせてもらい「おはようございます、お父様、お母様、それにお兄様」と朝の挨拶をした。


「あぁ、おはようエーデル」


 言いながらシュバルツお父様は読んでいた新聞を畳み脇に置く。


「おはようエーデル。今度からはもうちょっと早起きなさい」


 ヴァイスリリーお母様が私にそう注文を付け、7つ上の今年で13歳になるルージュお兄様が私に「……おはようエーデル」と興味なさそうに挨拶を返した。

 お兄様はいつもこうだ。とんと私に興味がないらしい。日がな一日魔術書を読み耽っているお兄様に、私も同様に余り興味がなかった。

 まぁそれはいい。食事だ。


「ではルージュ、お祈りの言葉を」


 お父様がいつものように、ルージュお兄様にお祈りの言葉を言わせようとする。


「はい、父上。……唯一神イアーナ様の祝福の下、今日も神の恵みに感謝を……ブレッシング!」


 ルージュお兄様が手のひらを食卓に向けてそう唱えると、私たちの食事の上に僅かながらキラキラとした光が降り注いだ。初級光魔法ブレッシング。神への感謝の祈りを捧げる際に、この魔法を唱えるのが上流階級の食事における習わしだ。

 魔法が得意なお兄様がこのブレッシングを唱えるのが、いつもの我が家の食事前の光景だった。


「では頂こう」


 お父様の宣言で私たちは食事を始める。

 無論何も話すことはない。

 会食でもない限りは、食べ始めたら言葉を挟まないのが礼儀だった。

 食事を終えると、私はすぐに初等学校へとお母様に連れられていくことになった。

 家を出る前、お母様がルージュお兄様に確認を取る。


「ルージュ、あなたも今日から貴族学院でしょう? 準備はできていて?」

「……はい。お母様。抜かり無く」

「そう、貴方のことだから心配はしていないけれど、魔術以外の勉学や学友との交流を疎かにしないようにね?」

「……はい」

「では、行きましょうエーデル」


 母に連れられて、私は初等学校へと足を向けた。

 家を出て、北の貴族街から南に歩くこと10分ほど。

 この帝都シグルドガーデンのちょうど中央に、初等学校としても使われているイアーナ大聖堂があった。大聖堂の本堂は非常に高い白い塔のような建物で、北側から近づくにつれて人を圧倒するような雰囲気があった。北から回り込んだ南側の本堂の前には広場があり、そこにある噴水と共に民草に慕われた場所だ。

 ここに1エイダコインを2枚投げ入れて愛を誓い合うことで、一生の幸せが約束されるなんて話をキサラの書く物語で読んだことはあったが、実際に訪れるのは初めてである。

 噴水には石造りの円形ベンチも併設されていて、数多くの帝都民が憩いの場として使っているようでもあった。


「さぁ、あそこよ」


 母に連れられ初等学校の建物へと行く。

 広場の右手奥の建物が初等学校として使われている場所だ。

 本堂の高い白い塔に比べればずっと低い建物で、年代物の塔に比べればだいぶ新しく見え、後から併設された建物であることを窺わせる。

 建物の外には、少なくない人々が親子連れで集まっていた。


「えー! 本日、初等学校に入学される皆様方はもう少々こちらでお待ちください」


 大きな声が建物の外に鳴り響く。恐らくはこれが拡声魔法スピークの効果だろう。キサラの物語で読んで知っていたとはいえ、思っていたよりもキンキンと鳴り響く声に嫌な感じを覚えながら、私はお母様の手を握っていた。


「あら、フラワークロイツ騎士爵夫人。おはようございます」


 後ろから声をかけられ、私とお母様が振り向くとそこには見目麗しいという言葉では足りないほどの金髪の貴婦人が立っていた。ちなみにフラワークロイツとは我が家の家名である。花十字。そんな意味のある家名だが、我が家は花の名を冠するにしては騎士爵家である。もとは先代か先々代かの先祖が騎士だったと聞くが、このシグルド帝国から戦争が無くなって久しい今となっては騎士爵も名ばかりだ。実際、家督を継いでいるお父様は養子だったし、それも騎士の出というわけではない文官の出だ。母はそれでも騎士爵家の娘としての自負はあるようで、レイピアの腕ならば負けないと豪語することがあるくらいにはいまも武に秀でていると聞くが、実際のところは定かではない。


「これはこれは、アイネリア・ノーザンライト公爵夫人。おはようございます。ご機嫌麗しゅう」


 公爵夫人!? 母の返した言葉に私はびっくりして美しき金色の貴婦人を見やった。

 金髪に翡翠色の瞳。長いよく手入れのされた金髪が、腕の中程の高さまで伸びて軽やかに主張している。そしてその腕の先には繋がれた子どもの手。その手を追っていくと、これまた見目麗しいなんて概念を超越したかのように美しい男の子がいた。

 母親と同じ金色の髪に、翡翠色の切れ長の目。

 母と手を繋がれているというこの状態ですら気品が漂ってくるような賢そうな男の子だ。


「アイネでいいのよリリー。貴方と私の仲を忘れたわけではないでしょう? アイネリア・ノーザンライトだなんて長ったらしいだけだわ」

「それでは……えぇもちろんよアイネ。ほら、エーデル。貴方も公爵夫人にご挨拶なさい」


 お母様に促され、私はお母様から手を離して急いで身を正すとワンピースの端を掴んで一礼。


「ノーザンライト公爵夫人様、エーデル・フラワークロイツです。以後お見知りおきを」

「あらあら、これはご丁寧に。ほら、クラウロード、貴方もエーデルちゃんにご挨拶なさい」


 アイネとお母様に呼ばれた公爵夫人に請われ、男の子も母親の手を離して口を開かんとす。

 クラウロードと呼ばれた男の子は胸の前に右腕を掲げて握り拳を作る。これが男性における一礼の代わりとなる挨拶作法なのだ。流麗な動きで右腕を掲げた男の子に惚れ惚れする。


「クラウロード・ノーザンライトだ」


 それだけ言うとクラウロード様は拳を下げ、再びノーザンライト公爵夫人の手を握った。


「これはご丁寧に。クラウロード君もアイネに似てとても聡明そうなお子さんね」


 お母様がクラウロード様をそう評し、私は直視していいのかどうか迷いつつクラウロード様に伏せがちな目線を送る。目があった気がした。

 私の目線に気付いたのかやんわりと微笑むクラウロード様。

 そして私は、オタクの勘で即座に直感した。この子……推せるっっ!!

 私の目が輝くのと同時に、再び拡声魔法が響き、私たちは生徒登録をすることになったのだった。

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