第一話 事故
「あれ…?」
いつものドアを開けたはずなのに、目に入った景色
が違う。
カラフルなバッグ。
長い髪の女子生徒たち。
顔を首まで真っ赤に染める者、冷酷な目線を向ける者…
硬直したままドアを閉める
そのとき。
パチ、パチ、と拍手。
プールサイドのフェンスにもたれて、二人の先輩が立ってた。
花音「いやー、すごい瞬間見ちゃったなあ。」
冬華「私達と同じ、ニ年八組渡辺くん……で合ってるよね?名前は知ってたよ〜。」
花音「あーそう言えばいたなぁ、忘れてたとかじゃ無くてね?いやほら、君、いつも後ろの方で静かだったじゃん?」
スマホの画面に一部始終の映像が映されている
「今のは事故です!すみませんでした!」
頭を下げて
にんまりと笑って、スマホをひらひら振った
花音「事故ねぇ。でもさぁ、ドア開けて中見て、すぐ閉めたってことは、ちゃんと見たってことだよね?」
腕を組んで、静かに優を見下ろしている。口元だけがわずかに上がった
冬華「謝る相手が違うんじゃない?ここ女子更衣室だよ。」
ぽん、と優の肩を叩いて
花音「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ。ねえ、君名前は?」
「優です...」
ぱっと目を輝かせて
花音「優くんかぁ!いい名前じゃん。」
視線を動かさないまま、小さく呟いた花音、
冬華「もう少し楽しみ方ってものがあると思うけど。」
花音「冬華は黙ってて。」
くすっと笑いながら優に顔を近づけた。水滴がまだ類に残っている
花音「ねえ優くん、この動画さ、先生に見せたらどうなると思う?」
え...それは、生徒指導対象になるかも
人差し指を唇に当てて
花音「かも、じゃなくて確実になるよねえ。」
一歩近づいて、しゃがんで優と目線の高さを合わせた 冬華「別に私たちは先生の耳に入れてもいいし、入れなくてもいい。それは君の態度次第かな。」
冬華の言葉に乗っかるように、ぴょんと跳ねた
花音「つまりぃ、交渉ってやつ?優くん頭いい?話早くて助かるんだけど。」
夕方のプールに水音はもうない。遠くで吹奏楽部のチューニングだけがきこえる。逃げ道は、先輩二人が基いでいた。
「それ、証拠として不十分じゎないですか…?僕は間違えただけですし先生に話せば分かってもらえます!」
(花音が)きょとんとした顔で冬華を見た
ふ、と鼻で笑った。立ち上がり、濡れた前髪を耳にかける
冬華「脅迫ね。更衣室を覗いた男子がいたら、学校はどう処理すると思う?事故かどうかなんて関係ないよ。」
「……録画の角度、変ですよね?僕が覗いた証拠にはならないと思います」
「先生に出すつもりなら、最初に僕に見せます?効力が薄れますよ」
我ながらよくここまで喋ったものだ
冬華の優を見下ろす視線に、好意の色はなかった。獲物を値踏みする、静かな好奇心だけ。
花音「ね、優くんってさ……案外面白い事言うねぇ…」
指でばってんを作った。
花音「去年も似たようなことやらかした先輩、停学だったよ?」
花音の声は軽い。けれど言っている内容は重かった。廊下の向こうから誰かの足音が近づきかけて、また遠ざかっていく。
すっと表情を柔らかくして、優の顔を覗き込んだ
花音「別にさ、取って食おうってわけじゃないの。ただ、ちょっとお話しよ?」
「分かりました...」
ぱあっと満面の笑みを浮かべた
花音「やった!素直な子好きだよ~。」
更衣室の方を顎で示した中
冬華「入って。誰かに見られると面倒だから。」
三人が女子更衣室に滑り込むと、ドアが閉まった。
ロッカーが並ぶ空間はまだ湿気と制汗剤の匂いが混ざっていた。花音がベンチにどさっと座り、足をぶらぶらさせている。
指折り数えながら
花音「んー、じゃあまず確認ね?今日のこと、誰にも言わないって約束できる?」
(冬華が)壁にもたれかかり、本を取り出すでもなく優をじっと観察していた。猫が獲物を見定めるような目だった。
「言うわけないじゃないですか」
んー、と唸って首を傾げた
花音「そうだねぇ、でもそれは優くん側の話でしょ?私たちが黙るかどうかは別問題じゃない?」
ようやく口を開いた
冬華「動画はこっちが持ってる。つまり、君が何をしても手札は私たちの手の中にある。」
ぽんと手を打って
花音「冬華ナイス!そういうこと。だからさー」
花音は立ち上がって悠の前に来た。見上げる形になるのに、圧倒的に見下ろされている感覚。
花音「私たちとトモダチになってよ、優くん。」
少し意外そうに花音を見て
冬華「......友達?」
花音「だって退屈なんだもん。この子おもちにしたら面白そうじゃない」
「おもちゃ...?」
血の気が引いて
けらけら笑った
花音「あはは、そんな顔しないの!別に変なことさせないってば。」
冬華「…多分ね」
花音「冬華あ!フォローしてよそこは!」
冬華は肩だけすくめてみせた。
花音「ずっと話しかけようと思ってたんだよねぇ。前からちょっと気になってたんだよねぇ、優くん。
だってさ、クラスで一人だけ空気みたいなのに、たまに妙に冷めたこと言って気になるじゃん?でもさ、きっかけなかったし?」
冬華「貴方……定期テストで私たちより国語だけ満点で点数高かったんでしょ、それが気になったから、ようやく話す理由ができたってだけ、前から観察していたわ」
すとん、とまたベンチに座って足を組んだ。急にトーンが落ち着く
花音「まあ簡単な話。明日から昼休み、私たちと一緒に過ごすこと。それだけ。」
指先でロッカーの扉をなぞりながら
冬華「拒否権があると思わない方がいいよ。」
にこっと笑う。目は笑っていなかった。
花音「あ、あと連絡先も交換ね?既読無視したら......わかるよね」
「分かりました...」
スッとスマホを差し出した
花音「はい、じゃあ今すぐ。QR出して?」
優がポケットからスマホを出す手は少し震えていた。花音はその間に冬華と目配せをして、満足そうに微笑んでいる。
ぼそっと
冬華「素直なのはいいことだよ。長生きできる。」
登録を終えて、すぐにスタンプを三連投した。犬が踊っているやつだった
花音「えへへ、これで優くんは私たちのものね。」
(冬華が)自分のスマホも無言で差し出していた。画面にはすでにQRコードが表示されている。有無を言わせない静かな圧があった。
外で下校のチャイムが鳴った。オレンジ色の西日が窓から差して、更衣室の床に長し影を落としている。優にとっての平穏な日常は、たった一つのドアノブのミスで終わりを告げた。
「着替えないと、」
時計をちらりと見て
冬華「隣の部屋でしょ。早く行きなよ。これ以上女子更衣室から出てくるところ見られたら、今度こそ言い訳できないから。」
手をひらひら振って
花音「また明日ね、優くん!屋上で待ってるから!」
更衣室を飛び出した優の背中に、花音の間延びした
声が追いかけてきた。
花音「逃げたら動画ばらまくからね〜!」
振り返る余裕はなかった。隣接する男子更衣室に駆げ込み、乱暴にロッカーを開ける。心臓がまだうるさい。手の中のスマホが二回震えた。知らない名前からのメッセージ通知。一件、いや三件。
退路は、完全に塞がれていた。




