8.復讐子息は月夜に刻む。
男爵家当主に王国騎士団。
もう終わった後だよと言ってやりたいくらいの遅さに、何も言えなくなってしまう。
ここに来るよりも男爵屋敷での救護を優先してほしいし、終わったことをとやかく言った所で何も変わらないだろう。
「…レオです。僕の名前はレオです」
「セラって呼んでください!!!」
…それに、…黙認した自分が言うのもおかしいが、本来ここにいるべきでない人間とどう接するべきか、彼らだって分からない筈だ。
「えと…はい、?!」
公爵子息と公爵令嬢がいる時点で、この場で一番偉いのは2人。男爵家の当主であったとしても、公爵家の子供が強いのは当然だし、騎士的には団長格が釣り合う筈だが、今ここに団長はいない。しかも、第二王位継承者であるレオンハルト様の方が立場は圧倒的に上。…王族と同じ立場であると言っても過言ではない。彼にはそれだけの決定権がある。
まあ、レオンハルト様自身がどう自認しているのかは知らないけれど。
「…一度事情聴取を執り行う予定です、そして君達は…」
「同行しますよ、ただし、まずは一度心を落ち着かせるという意味で解散という形にしてはいかがでしょうか」
1番前にいた騎士が先陣を切って口を開けば、レオンハルト様も代表して口を開いてくれた。
「…現地で解散してしまえば事情聴取が遅くなります、レオンハルト公爵子息様もそれはお分かりでしょう」
「ええそうですね、ですが…」
…分かっているとは思う。
それでもレオンハルト様は怖じけることなく堂々としていた。…兄さんもロータスさんも、固唾を呑んで見守ることしかできない。
「精霊様の立場も考えるべきです。」
「それは…」
「…聞く所によれば、四大精霊様は唯一神、双璧に続く光属における頂点。…それだけに飽き足らず、ここにいるのは他でもない唯一神精霊王です」
レオンハルト様の知識は留まることを知らず。
「遥か昔、…丁度2000年程前のことでしょうか。神は精霊様にこの世の一存を任せたという説もあります、」
「…それはあくまでも一説というだけで、何の証拠にも…」
「それだけではありません、…1000年前のクリスティーナ伝説に登場する水精霊は、この世界を覆い尽くす闇を取り除き平和の望みを残したとされています」
「………」
「当時の記録は王家の図書室にも文献が残っていますから、…精霊様に失礼を働くわけには行きませんよ」
そこまで言われてしまえば、流石に何も言えない模様。
完全に言うことがなくなったその騎士だが、なんとか絞り出そうと口を開きかけたその時…
「セルヴィラ〜」
……モーセ達の知り合いらしい騎士が、彼に向かって名前で呼びかける。
「そんな固く考えたら駄目っすよ!もっとゆ〜っくり…」
「ノイッシュは考えなさすぎなんだ!…騎士団長のお言葉を忘れたのか!?」
「っす!モーセやネフェル様がご成長なさっていてすっかり忘れたっす!」
「………お前なぁ…!」
悪びれる様子もなく会話を続けるノイッシュ殿。
「セルヴィラは考えすぎなんっすよ〜第五番隊は堅物ばっかなんっすか?」
「…へーへーそうですか!なら第八番隊はお前のように後先考えない者ばかりなんだろうな!」
セルヴィラ殿ははぁーっとため息をつきつつ彼の方を見始める。
「捕まっていた方は少数で事足りますが、…精霊は来ていただきたい次第ですね」
「えぇっ!?精霊いるんすか!?どこどこ!?何精霊!?オイラ、土精霊なら前に…」
「ノイッシュッ頼むから黙れ!?!!」
……ま、…幾ら伝説級の生物であるとは言え、証言者として連れていきたいのは事実なのだろう。
セルヴィラ殿のその気持ちも分からなくない。
僕だってその立場だったら、…つまり、クリスティーナ様のことを、ティーアのことを知らない立場だったら、…精霊に信頼も何もない。だからこそ来てほしいという気持ちも分かる。…でも、今は…
「精霊様、王都に来ていただけませんか」
「…うーちゃん??」
「嫌よ!ぜっっったい嫌! 誰が王都なんて行くもんですか!」
…ティーアとの関係があるから、…たったそれだけの理由だと言われようとも、…十分すぎる理由なんだ。
信じている人が信じる者を、…僕は信じるだけ。
「…と、言うことなので、俺達が引き受けます」
「ですが、国王陛下から承っております、全ての被害者の方々を保護し、加害者におかれても…!」
「嫌と言っているのにはそれなりの理由がある、…それを尊重してあげることは出来ませんかね…?」
「我々では判断しかねますっレオンハルト様」
「私あの人達嫌い!でもあの子好き!」
トントン拍子で進んでいく会話についていけず。
「…うーちゃん、王都行ってみない?」
「あら、ティーナちゃんと一緒なら良いわよ!」
…流石伝説の救世主としか言いようがない。
今まで“転生者”だと知らされ、ふわふわとしか感覚のみで、ただ“そう”なのだと言い聞かせることしかできなかった。
でも今、…圧倒的な力の差を感じた気がした。
セラフィーナ様の記憶も、ティーアの立ち居振る舞いも。…全てが、“そう”であると知らされた気がする。
…僕らとは住む世界、住む時代が違った。
そんな少女達が、…僕らを守る為に全力で戦っていた。
…本当なら、前世でやり残した“己の幸せ”を、“最期まで生きる”という人としての権利を全うすれば良かった。関係ないからって言って、僕らの世界の僕らの時代のことは、僕らに任せてくれれば良かった。
なのに2人はそんなことしなかった。
「やっぱ凄いな、ティーアは」
…ティーアは命をかけるということを知っている。だから容赦はないし、迷いもない。
反対に、セラフィーナ様は多分…
―『ダルっ、てか普通にクソ失礼じゃん、4ね』
―『へへーんだ、だったらお手本見せてくださ〜い!べー』
……むしろそれで迷いが少ない方が異常なのではと思うくらい平和で、…少しだけ羨ましい。
でも、だからこそ…変えようと動いてくださるその姿勢に、…どうしょうもなく惹かれてしまう。
…平和な世界で平和に暮らしていた普通の女の子が、急に貴族になって公爵令嬢としての責務に追われ、…それでも僕らの未来を変えようとしてくださるその姿に。
無知は罪なり、知は空虚なり、英知を持つもの英雄なり。
「…ありがとうございます、セラフィーナ様」
「え?何が??」
貴女がいなかったら、僕は…貴女の記憶通り…兄さんを失い、世界に色を失くし、…復讐の道に駆られていただろう。
貴女がいたから、僕は僕でいられる。
貴女が動いてくれたから、僕は兄さんを失わず、自分の気持ちを失わず、…そして僕自身を失わずいられた。僕がここにいて、自分の足で動けたのは、紛れもなく貴女のお陰だ。
僕の復讐を、始まる前に終わらせてくれた。…復讐を果たせたと言っても過言ではないし、むしろ…
「リスク…?」
むしろ、それ以上に…僕らに成長の糧を与えてくれた。
…あとは僕が、復讐に身を任せてのし上がったような僕に負けないくらい、努力し、強くなれば良い。
セラフィーナ様が救ってくれた、兄さん達と共に。
「…いえ、なんでも、」
…貴女が転生した理由を分かるわけがない。
セラフィーナ様もこの前の生誕祭で「私も分からない」って言ってたもんな。…きっと神様にしか分からないのだろう。
でも、少なくとも僕は救われた。僕らの未来を変えてくれた。
それだけで、転生した理由になる。ここにいる理由になる。
…僕らが本来の未来よりも強くなって、また別の誰かを守れば…それだけで、転生した理由になるから。…転生してくださった理由を、前世を思い出してくださった理由を、…より良い物にできるように。
転生して良かったって思ってもらえるように頑張るのは、転生を許した神様じゃない。
…ここで生き、育ち、共に戦う仲間だ。
僕が頑張って、セラフィーナ様に転生して良かった、僕らを救ってくれて良かったって、そう思ってもらう為に、……僕は一生をかけるのだろう。
「お願いします」
…レオンハルト様の気持ちが、分かったような気がした。
レオンハルト様があれだけ凄い人に見えるのは、…きっと相当努力したからだ。近くに彼女達がいるから、…そんな彼女達を守るには、自分も高みに上り詰めるしかない。
「アボイ!!!」「…うん、わかってる、」
…転生した理由がもしも…セラフィーナ様にも分からないような危険が迫っているからであるのだとしたら。
僕はこの命をかけてでも、セラフィーナ様のことを守ろう。
救ってもらった分、復讐を果たしてもらった分。
今度彼女のことを守るのは僕だ。今度は僕が、その分以上に…彼女のことを、そして彼女の大切な人を守る。
「うーちゃん、皆を元の場所に、」
…そして、ティーアだって尊敬している。
きっとあの時も、例えセラフィーナ様がいなくとも動いてくれてたんだろうなと思えば…命をかけるに値する。
僕は器用じゃないし想像力もないから、…ティーアの真似をすることくらいしかできないけど。
でも、ティーアが遺してきた人達のことを考えてしまえば、…黙っては居られない。ここで突然ティーアが消えたら、と考えればそれだけで鳥肌物だし、…1000年前の人々はそれ以上にティーアのことを大好きだった筈だ。…まあ、僕らも負けるつもりはないけど。
だからこそ、…今度は…ティーアもティーアの大切な人も、皆々守りきらないと。
「………駄目、…ぐちゃぐちゃになるから」
「い、いつの話してるのよ!」
だから僕はこの人生に誓おう。
…僕を救って良かったと、…2人にそう思ってもらえるように。口で伝わらなくても良い、言葉をのみ込んでも良い。
…ただ、行動で伝えることができたら、それだけで。
僕は元々、2人が口で伝え、言葉を言ってくれたから救われたんじゃない。…2人が何も言わず行動してくれたから、今の僕がある。
それなら、僕だって。
健やかな世界を守る為、穏やかな歴史を刻む為、悲しみの雨を乗り越え、喜びの光を浴び、病める時も起き上がり、富める時も貧しい時もこの想いを忘れることなく、愛し敬い慕い慰め助け、…僕の命がある限り…全身全霊をかけて真心を尽くそう。
今の僕がいるのは、貴女のお陰なのだと。
胸を張ってそう言えるように。…その為に、足を動かし手を伸ばし、…そしてまた、他の誰かを救えるように。
「あ、いたいた!えっと…君も助けてくれてましたよねっ?」
「えと…」
「私、水精霊ウンディーネ!…手助けしてくれてたの、ちゃんと分かってますから…だから、ありがとうって言いたかったのです!」
…どうやら、ウンディーネ様はこれからネフェル嬢の方にも行きたいらしく、既にバイバイと後ろを向いていた。
「…こちらこそ、ありがとうございました」
一瞬後ろを振り向いてくれるウンディーネ様。
その微笑みは柔らかく、そして温かかった。
今はその言葉が、何にも変えられないくらい嬉しかった。
それから、ウンディーネ様にフルール村へ送ってもらい、レアンさんとフランさんと共に合流を果たした。
…どうしても、セラフィーナ様が救ってくれた兄さんには幸せになって欲しくて思わずついていったのだ。ウンディーネ様は、「どうせ後でティーナちゃんの所戻るしいーですよ!」と言って、最後まで僕を残してくれたのである。
結局レアンさんのお力添えにより、兄さんとフランさんを二人にすることに成功した。
その後家から出てきた2人は、いつもと変わらない様子ではあった。
…だけど、その何気ない日常こそが幸せであると、…ティーアはそう言っていた。そしてセラフィーナ様だって、普通よりも幸せなことはない、と断言していたのだ。
だからきっと、これは2人にとっての幸せになる。
…この瞬間でさえも、これまでの過程でさえも、きっと幸せの糧になる。
思い出は消えない、…一度見てしまったあの結末。……優しいセラフィーナ様は、きっとその結末でさえも変えようとしているのだろう。
それなら、それに協力する以外ないじゃないか。
…未来を変えよう。知っているからこそ、変える為の努力ができる。
「さ、帰りましょ!」
「…はい、」
月明かりが、手を繋ぐ2人のことを祝福しているかのように光り輝いているのを、この目に留めながら、僕は改めて誓う。
「あっ…水精霊様!ありがとうございました!リスクをお願いします、」
「ん、任せてください!」
…僕は成長していないから、…きっと今でも…大切な人を奪われたら壊れてしまう。
そして、その世界よりも……守りたい大切な人は増えている。
「またねリスクくん!次の生誕祭楽しみにしてるよ、元気でね!」
「はい、レアンさんもお元気で!」
…それでも良い。大切な人が増えても、…その分…そしてそれ以上に僕が強くなれば良い。
「舞うは水精 瞬間移動!」
大切な人を奪われ復讐心に駆られながら動くことができない運命なんて、抗ってしまおう。
…救うことよりも守ることを考えろ。
手遅れになんてさせない、僕がいる限り。…セラフィーナ様とティーアに救われた僕がいる限り。
「復讐ね…」
「……僕今口に…?」
あ、精霊様は心が読めるんだっけ…?
「うん!…復讐が果たせて良かったですねぇ、」
「…何かあるなら手伝いますよ?」
何か含みのある言い方なので思わずそう言ってしまえば、ウンディーネ様は少し驚いたように目を見開いた。
既に僕の部屋なわけだが、ウンディーネ様は暗い部屋でも…窓から刺さる月明かりに照らされよく見える。
「…うん、ありがと!でもそーゆうのは大人に任せて、おこちゃまは健やかに育ってくださいね♪」
そう言い放ち、再び瞬間移動をしてしまうウンディーネ様。
…ティーアといる時とは打って代わる大人っぽさに、思わず頬を赤く染めてしまう。クラッときて倒れそうになるも、机を掴みなんとか踏み止まった。
改めて窓の外の月を見上げ一息ついてから、僕はハサミに手を伸ばし…ゆっくりと、心と外見に刻み込む。
僕がいることに気がついた侍女や衛兵が中に入ってきて、御者に謝られたりお継母様にお説教されたりと色々大変なことが続いた。
…ただそれでも、僕は心に決めたんだ。
この誓いを違えぬように。
救ってくださった美しき命と共に。
新たな脅威に打ち拉がれぬように。
…僕のことを大切だと思ってくれているであろう彼女達に悲しい思いをさせぬように。
…僕はこれからも、この世界で生きていく。
これからは、僕が彼女の力になる番なのだから。




