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053  作者: Nora_
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03

「もう……結局買えなかった」


 先程からずっと文句を言っている櫻井先輩。

 そりゃそうだ、たとえ親しかったとしても1万円以上を買ってもらったりはできない。

 そういうのは大人で、こちらも返せるようになってからするものだろう。

 もっとも、卒業したらきっと関わることはないんだろうけど。

 だから定時制の4年縛りは結構効果が大きかった。


「あ、私はもう行かないといけないので帰りますね」

「ごめんね、なんか無駄なことに付き合わせちゃって」

「全然そんなことないですよ、おふたりといられるのは落ち着きますから。それでは」


 うーむ、なんだか気を使わせてしまったみたい。

 なんでもかんでも謝罪をすればいいわけではないと私はまたひとつ学ぶ。


「櫻井先輩はどうすんの? 帰るなら送るけど」

「私は――」


 約10分後、また私の家に戻ってきた。

 この狭い家が気に入ったらしい、なんで家に行きたいと言う時緊張していたのかわからないけど。


「お菓子食べたくて!」

「うん、どうぞ」


 私はただ、笑顔で接してくれた先輩に感謝していただけ。

 藤堂先輩とぶつかったのは好きなバスケ部の雰囲気を壊す人だったからだ。

 全部自分のためにしているだけなのに向こうの方から感謝なんていらない。


「藤堂先輩とはどう?」

「束峰ちゃんのおかげで仲良くできてるよ、意外と面倒見もいいし」


 なんであそこまでできる人が飽きていたのかはわからないけど。

 下手くそとか言って馬鹿にしていた理由も、まあいまは真面目にやってくれてるからいいか。

 まだみんなに受け入れられたという感じはしないが、加藤や櫻井先輩と仲良くしていれば変わるはず。


「あとね、地味に憧れの人だったんだ」


 ここだけの話だけどねと、彼女は見たことのない種類の笑みを浮かべてそう言った。

 そういうのは興味がないから無理やり話題を変える、よくあんなところから来られてるねと。


「電車とか使えばいいじゃん」

「もったいないし、自転車で通えば体力もつくかなって」


 定時に通っていても運動量は下がるばかりか。

 全てが緩いからきちんとしておきたいということなんだろう。


「バッシュ……」

「あのね、まだ持ってるからね?」


 中学2年からずっと履いてないから臭いとかも大丈夫なはず。

 まだ律儀に残してあるあたりが未練たらたらって感じがした。


「ほら」

「えっ、結構いいやつじゃん!」


 そう、父が母に内緒で高くていいやつを買ってくれた。

 でも、私は部活どころか学校にすら行かなくなって、申し訳なくて。


「やっぱり経験者じゃん」

「中学2年まではね、そこからは学校にも行ってなかったから」


 なのにわざわざ他県にある定時とはいえ高校に行かせてくれた。

 お金だってかかるのにひとり暮らしだってさせてくれている。

 だからそこそこ真面目にやろうと頑張っているのだ、これ以上負担をかけてはならない。


「先輩はバイトってしてる?」

「してるよー、そうしないと服とか買えないから」

「服って……」


 丸い豚と書かれているシンプルなシャツを見つめる。


「あ、バスケの時に使うやつだよ」

「でしょうね」


 本当にいい意味でも悪い意味でもバスケ大好き少女だな。

 それにしてもバイトか、ずっとしなくちゃなって考えていたんだけどずっとできていない。

 接客とか無理だし、まあ調理はできるけど困るのは人間関係だ。


「バイトに興味があるの? 私が働いているところで働いてみたら?」

「ちなみになにやってんの?」

「私は接客っ、制服が可愛いんだ!」


 この人が可愛い制服を着て接客してくれる? ……それはなんとも幸せな時間になりそうだ。

 週に2日でも働けば両親に少しずつ返せる、この際だからやってみてもいいかもしれない。


「キッチンって募集してんの?」

「うん、常時ね。結構大変だからさ」


 よしきた、これで受からなかったらもうバイトの話はなしで。

 誰も味方がいない空間で働くのなんて無理だからね。

 で、帰ったらまだお昼だったから15時ぐらいまで待って連絡をしてみた。

 明日も営業しているから明日来てほしいとのことだったので、色々準備しておくことに。

 そして当日。


「佐渡束峰だろ?」

「あ、はい……」


 来てから気づいたことがある、金髪で受かるわけがない!

 そりゃ恐らくこの店長さんだってそんな顔になるわ、なんで気づかなかったのか。


「それは地毛ではないよな?」

「すみません、もうこれで失礼します」

「ああ、気にしなくていいんだ」


 なのにそんな顔してんの? 普通に怖いんだけど、藤堂先輩の方がまだ対応しやすいよ?

 まだ男性じゃないからマシだけど、だからこそ同じぐらい怖いって言うか……。


巴絵ともえから聞いたが、同じ高校なんだろ?」

「え、あの……ともえさんって誰ですか?」

「ああ、櫻井巴絵だよ」


 おぉ、櫻井先輩の名前ってそうだったのか。


「週に何日出たい?」

「最低2日ぐらい働ければいいなと考えています」


 時給は最初から930円らしい。

 もちろん、研修期間だかなんだかの時は850円になるが、それでも十分だ。


「休日や祝日は?」

「大丈夫です」

「わかった、ちょっと待ってろ」


 はぁ……先輩に癒やされたいなあ。

 向こうでは可愛いウエイトレスさんが笑顔を振りまいていると言うのにこっちはこれだから。

 終始真顔の店長さん、西村さんといるとどっと疲れてしまうのですが!?


「そういえばキッチン志望だったよな?」

「はいぃ!? そ、そうですっ」

「ん? なにをそんなに緊張しているんだ? 巴絵から聞いたぞ、普段は敬語を使ってないって」


 あんのバスケ少女っ、私と一緒に働きたいとか言っていたくせに不利にさせてどうする!

 いまごろ丸い豚シャツを着てのんびりしているんだろうけど……今度会ったらこめかみグリグリしよ。


「安心しろ、キッチンには私しかいないからな」

「えっ!? それは逆に大丈夫なんですかっ?」

「ああ、私ひとりで十分――だが、お前みたいな人間を鍛えるのも悪くないと思ったから許可しよう」

「え、ありがとうございます!」

「礼なら巴絵に言っておけ」


 それならやっぱりグリグリするのはやめてあげよう。

 よし、これである程度はお金を渡すことができるようになる。

 両親だってこちらが働くとなれば喜んでくれるだろう。

 今日いきなりということもないので退店させてもらうことにした。


「もしもし、お母さん?」


 帰りながら母に連絡を入れてみた結果、なんだか凄く喜んでくれた。

 お金のことは恩着せがましくなるから言わないでおいたが。

 あとは昨日交換していたため先輩にも連絡、それでちゃんとお礼を言っておいた。


「これから一緒に働けるね」

「うん、先輩のおかげ」

「私の?」

「なんでもない、それじゃあね」


 わざわざ言う必要もないだろう。

 それこそ初めて給料が出た日にはなにかを先輩に買ってもいいかもしれない。

 言うと絶対に拒むからいまはまだ内緒だ、それにまだ働き始めてもいないし。

 とりあえずは金曜日のお昼からだ、そこから私のバイト生活が始まる。

 1日1日積み重ねていくしかない、目標ができれば頑張れるから大丈夫。


「ん? あ、佐渡じゃねえか」

「お、藤堂先輩」


 この人はまあなんとも目立つ人だ。

 それでも黒髪なあたり、私よりいいと思う。

 ただあれだ、先輩の髪はボサボサすぎて気になってしまうのだが……気にしないフリを心がけよう。


「先輩はそこのお店知ってる?」

「ああ、櫻井が働いているところだろ? 内緒で行ったことあるんだぜ? こっちに全然気づかずに働いててさ、あんなひらひらしたの着てよく笑えるなって思ったけど」

「へえ、じゃあこれからも行ってあげてよ」

「地味に高いんだよな……つか、なんで急にそこの話なんだ?」

「今度からは私も働くからです!」


 お金を貯めて家に帰った時にバンッと渡すんだ。

 そうすれば驚いてくれるはず、食費とかに充ててくれればいい。


「へえ、お前が?」

「うん」

「ま、頑張れよ、こんなこと滅多にないからな」

「失礼な……私だって頑張る時はありますよーだ、べー!」


 なにも全てに対してやる気がないというわけではないのだから今回もそうするだけだ。




 金曜日。


「今日からよろしくお願いします!」


 予定の時間より30分早くを狙ったため店内は静寂に包まれている。

 珍しくドキドキソワソワしている自分としてはその静寂がありがたい。


「佐渡、まずは店内の掃除だ」

「わかりました!」


 そうだよな、基本的にはまだ見ることばかりになるだろうからね。

 こういうことをさせておかないと金はやれん! ということなんだろう。


「そこまで細かくしなくていい」

「え、でもホコリが残っていたら気持ち良く利用できない気がして……」

「まだ任せる気はないがやることはたくさんあるからな」


 ならなるべく早くできるだけ綺麗にを心がけてしていく。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」

「おふぁっ、ようございます!」


 櫻井先輩とは違う人だった。

 加藤ぐらいの背の大きさ、大体155センチぐらいか?


「声が大きい、うるさい」

「す、すみません……」

「小笠原の声が小さいだけだ、気にするな佐渡」

「は、はい」


 西村さんに聞いてみた結果、あの人は櫻井先輩と同い年みたいだ。

 先輩とはまた違った可愛さがある、すぐに抱きしめたくなったがいまは掃除だ。


「貸して」

「え、でも私が……」

「あなたは下手くそ、なんでもかんでも細かくやればいいわけじゃない」

「小笠原に渡しておけ。佐渡は付いてこい」

「はい!」


 まだ始まってすらないのに精神がどんどん疲労していく。

 中学生時代に比べれば全然マシなはずなのにどうしてだろう。

 自分の能力に応じて貰えるお金が変動するからだろうか。


「ここでは基本的に皿洗いを頼む。と言っても、そこまで量が多いわけじゃないがな」

「わかりました」

「ちなみに、調理はできるのか?」

「はい、人並みかそれ以下ですが……ひとり暮らしなので」


 ちょっとは役立つ日がきたということか?

 もしそうならなおさら両親に感謝しなければならない。


「なるほどな。ま、いつかは任せることになるからその時は頼むぞ?」

「わかりました」


 開店時間は11時でまだ10時なため精神的な余裕はまだある。

 あれだ、西村さんともそうだけど小笠原さんともきっちり仲良くなっておきたい。


「小笠原さ――」

「おはようございます! わあ! あなたが新人さんなんだー!」


 やって来てくれた救世主。

 が、店内の人に話しかけているぐらいに感じる大声にどっと疲れてしまった。

 これからなのに大丈夫か? 今日は学校だってあるんだよ?


「お前、滅茶苦茶下手くそだな」

「うぐっ……」

「おはよう、でもうるさいから静かにして」

「ごはぁ!? 小笠原さんはクールだなあ……」


 待て、なんか無茶苦茶恥ずかしい。

 話しかける勇気が出ない、まさかここまで変わるなんてと驚く。

 先輩もあれだけハイテンションだったのにこちらに特に話しかけてくることはなかった。


「西村さん、キッチンの方もあれ着ましょうよ」

「着るか馬鹿、帽子とエプロンだけでいいんだよ」

「残念……着替えてきます」

「おう」


 さ、さて、これからどうしたらいいんだろう。


「佐渡、ちょっとオムライスを作ってみろ」

「え、いいんですか? それならやらせていただきます」


 助かったっ、なにもしないで立っているだけなのが1番心臓に悪いから。

 で、頑張って作ってみた結果、


「……お前は洗い物係な」

「す、すみません……」


 怖い表情浮かべた西村さんにそう言われ、無事戦力外通告に。


「普通に美味しいじゃないですか」

「ん、なかなか悪くないと思う」


 どうやら不味かったわけではないようだ、小笠原さんが言ってくれているのだから信じられる。

 それでもこれはもしかしたらこのお店には合わない味だったのかもしれない。

 これ目当てで来たお客さんががっかりするかもしれないしね、お客さんのためだ拗ねるな。


「いや、だってこれでは私が必要なくなってしまうだろ?」

「うわ最低だ……」

「ま、佐渡は楽できていいんじゃない?」

「そうだっ、まだメインを任せるわけにはいかないな!」


 ま、まあ、そういうことなら洗い物係として頑張らせてもらおう。

 最初の緊張もどこかにいってくれて、開店してからも普通でいられた。

 すぐにわかったことだが、西村さんは料理を作っている時が1番格好良かった。

 ただ……最初の怖い感じはどこにいったのか喋ると残念になる……は失礼か。


「佐渡、そんなに見たって無料で食べさせたりしないぞ」

「あ、す、すみません……」

「ふっ、まあ見るだけなら別にいいがな」


 ああ……喋らなければ本当に格好良くていいのに。

 面倒見のいい格好いい年上のお姉さんなのに。

 でもまあ、こちらはこちらでできることをしておいたのだった。

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