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053  作者: Nora_
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01

 唐突だが定時制高校というのは楽でいい。

 朝と昼は別のことに使えて、夕方からは学校だけど4時間で終わるから。

 給食だってある、宿題とかも滅多に出ないし、4年間なことも焦る必要がなくなるからだ。


「あのー……」


 問題があるとすれば17時から21時まで拘束されることだろう。

 気に入ったテレビとかは見えなくなる、あと定時制の生徒だからって馬鹿にする奴がいること。


「あの!」

「……ん? なに?」

「なにじゃありませんよ、そこ私の席ですから」

「え? ああ、ひとつ後ろだったのか……ごめん」


 あとはあれだ、テストの時はわざわざ視聴覚室へ移動しなければならない面倒くささ。

 でもまあ我慢できる、一夜漬けでも赤点になることはないから。

 で、いまのは誰だったかな、私の前に座っている女子だけど。

 人数が少ないから入学してからずっと名字順のままだから……。


「えっと、加藤……だっけ?」

「はい、加藤です」

「ごめんね、席に座ってて」

「もういいですよ、そんな何度も謝ってもらわなくても」


 これで後に面倒くさくなることもなくなるだろう。

 ただ、同級生相手に敬語を使うのはいかがなものかと思う。

 17時から給食で40分までは余裕があるが、その間はずっとひとりで本を読んでいる子だ。

 初めての中間テストということは5月の今日までこの子も私もひとりだということ。

 自分そうだから悪いと言うつもりはない。

 授業を受けたら終わりみたいなものだから群れる意味もない。

 でも、自分のそれとは理由が違う気がするのが引っかかった。


「加藤」

「あの……最後の見直しをしたいので」

「今日で終わりだから終わったら待ってて、どうせ早く終るさ」

「……わかりました」


 そう、いつもなら21時まで拘束なところを今日は19時半で帰ることができる。

 とりあえず眠気も吹っ飛んだから教科ふたつを頑張ろうと決めた。

 ――んで、終わったら爆睡だったけど乗り越えて解散の時間になった。


「あの、話ってなんですか? バスケをしに行きたいんですけど」

「あ、じゃあ私も行くかな」

「終わるの22時ですよ?」

「いいよ、どうせ早く帰っても意味ないしね」


 それまで体育館のステージで寝っ転がっておけばいい。

 一応部活に所属するのは強制的だから私も入っているが、参加したことは1度ともなかった。

 面倒くさいというのもあるし、私も私で気を使っているつもりだ。

 試合にだって出る部活のようだし、そこに足を引っ張るような存在が来たら迷惑だろうから。


「そういえば佐渡さんもバスケ部だったような気が……」

「そだね」

「シュート練習でもしてみたらどうですか? 向こうでやればひとりでゆっくりできますし」

「じゃあちょっとだけ」


 これでも中学の頃はバスケ部に入っていた。

 だが、人数がギリギリだったのもあって、実力でレギュラーになれていたとは言えない。

 それにどうした接触するスポーツだし、それで文句を言ってくるような人間もいるからね。

 ボールをひとつ借りて反対側のゴールにシュートしてみた。

 3年間それでもやってきたからなのか感覚は残っていたものの、ゴールの高さが高くて飛距離が足りず、ボールが変な方向へ跳ねていく。


「フォーム、ちゃんとできてるね」

「今日が初めてなんだけどねー……え、誰ですか?」

「気にしなくていいよ、どんどんシュートして!」


 ボールを拾ってシュート、入っても跳ねてもそれの繰り返し。

 動いてなければこんなものだろう、試合で入らなければあまり誇れることでもない。

 しかもうちの部は中学校の中で最弱だった、やる気もなかった、負けても笑っていた。

 その中の私もそうだったから定時制高校の部活とはいえ頑張っている人たちの輪には入れない。


「君ってさ、佐渡束峰つかねちゃんだよね?」

「そうですが」

「バスケ部だったよね?」

「それは違います――は違うかな。やる気出せないから、足引っ張るし」


 ひとりでやれると言っていたのはなんだったのか。

 向こうでもう集まってみんなで真面目にやっているのにこの人はなんだ? 部長か?

 やる気がないなら来るなとでも言うのだろうか、目的は加藤と話すことだからいいけど。


「とりあえず動かなくていいからさ、ゴール前で立っていてくれない?」

「それじゃあ人数的に不利なんじゃ?」

「大丈夫っ、私と副部長と彩香あやかちゃんもいるから」


 あやかちゃんって誰だ? でも、突っ立っているだけでいいなら別に参加してもいい。

 よく考えたら現在時刻19時40分から22時まで待つの暇だし、役に立たないとわかったら勝手に抜けさせてくれるだろう。


「はいっ、こっちにいるよ!」

「ちゃんと相手追ってねー!」


 ――中学の頃と違ってみんなやる気がある。

 突っ立っているのが申し訳なくなるぐらいの感じだ。

 ゲーム途中で抜けるわけにもいかないから……なるべく空気感を出していたのに、


「佐渡ちゃん!」

「え゛」


 こちらにみんながやって来た時だった。

 渡してきたのは先程の人、恐らく部長。

 近くには加藤もいることから、あやかちゃんっていうのは彼女のことなんだろう。

 ああ、私を潰そうとする集団が、じっとしていたことにより取れると思ったんだろうな。

 なにもせず渡すなんて性格はしていない、あっちから来たおかげでドリブルで抜きやすかった。


「加藤」


 決めるのはこんなやる気の足りない人間じゃない。

 ちょうどいいところにいてくれからパスをしてリングを見つめた。

 後ろからちゃんと飛んできて、でも私の時と違って跳ねることなくリングを通過する。


「ナイシュー」


 ちょっと待ってほしい、定時制に部活をしに来ているわけではないぞ?

 やる気が出なくて不登校でいたらここぐらいしか入れなかっただけ。

 だけどいまとなっては感謝している、ここはゆったり学校生活を送れるから。


「佐渡さん!」

「え、うん、佐渡だけど」

「シューズ履いてないのにすごいよ!」

「やる気がある加藤たちの方がすごいでしょ、もう休憩するから」


 というか、なんで私も加藤にいちいち言おうとしたんだろう。

 少なくとも部長さんとは仲良さそうだし全然ひとりじゃない、余計なお世話ってやつだ。

 だが、約束をしてしまったから帰ることだけはしなかった。

 ステージに寝っ転がってイヤホンで音楽を聞いて、ただぼうっと励むところを眺める。


「佐渡ちゃーん」

「やらなくていいの?」

「うん、メンバーも多いからね」


 なんかこの人って話やすい。

 常ににこにこと笑っているからかもしれない。


「それよりさ、これから真面目にやってみない?」

「さっきも言ったけどやる気出ないから」

「それって出そうとしていないだけでしょ? いいからやろうよ、いきなり本格的にやらせるわけじゃないからさ」


 必死に理由を探して選手登録料を払っていないからと説明する。

 だからどれだけこの先頑張ろうと来年までは試合に出られないわけで。

 それならやる意味はないと思う、この先必ずやる気の違いで衝突することになるだろうから。


「佐渡ちゃんはどうしてこの学校に来たの?」

「そっちは?」

「私は中学の時、まともに行けなかったから」


 まだ笑っていたが種類が全然違う、見ていて気持ちのいいものではない。


「なにかあったの?」


 その差があまりにも大きすぎてらしくもないことをしてしまった、聞いてしまったのだ。


「ま、私のことはいいとして。佐渡ちゃんのことが聞きたいの」


 しかしそこはさすがと答えるべきか、簡単に躱して、笑みも戻した。

 加藤とかには言っているんだろうな、仲良ければ大事なことだって話すだろう。


「やる気がなくて学校に行ってなかったらここぐらいしか行けるところなかっただけ」


 なんらかの事情で行けなかった立場からすればむかつくだろうな。

 単なるやる気の問題かよって、こっちは○○なのにってさ。


「そうなんだ、それはもったいないね」

「それでなんでそれを聞いたの?」

「体を動かすことも楽しいからさ! ちょっとしてみたらどうかなって思ったんだけど」


 どうせやる気がないのがわかったら指摘してくるんだ。

 もううんざりなんだ、ああいう雰囲気を前にいちいち頭を使うのは。

 逃げたら負け、なにか口答えをしても負け、そういう展開になった時点で詰み。

 そんなことにならないよう所属だけの幽霊部員にならせてもらった。

 学校にはちゃんと来ている、中学と違って留年する可能性があるから全て潰している。

 なら後は文句はあるまい? 私は私の高校生活というものを満喫しているのだ。


「櫻井部長! 早くやりましょうよ!」

「いま行くよー! ――とにかくさ、ここには顔を出してくれないかな?」

「強制的にやらせないのであればいいよ」

「うん、それは約束するから! それじゃあ頑張ってきます!」


 あの人の明るさは嫌いじゃない。

 なにもかも拒絶すればいいわけじゃない。

 適度に受け入れ、嫌なことは嫌だと答える。

 それが上手くやっていくコツだ、……なんでもかんでもがむしゃらにやればいいわけじゃない。


「佐渡さん」

「うん」

「櫻井部長となにを話していたの?」

「なんか知らないけど部活には来てくれって言われた」


 了承したことと、今日ここに来た理由を説明しておく。

 けれど見たらそれが無意味なことがわかったから謝罪をしておいたが。

 ただまあ……謝ればなにも起こらないってわけじゃないんだけどね。

 中学の頃の私は自分が正しいと信じて一切謝らなかったからああなったんだけど……。

 これからはとにかくいいぐらいの塩梅でやっていきたいと思う。


「加藤はどうして定時制に?」


 こういう言い方はあれだけど真面目ちゃんだからここは似合わない。

 突っ伏して寝たりしないし、お喋りしてうるさくしないし、教師からも信用されている子。

 この子ほど普通の高校が似合う子はいない。


「……苛められて不登校になりました」

「加藤が? へえ」


 それはまたなんとも、馬鹿なやつらもいたものだ。

 なぜ真面目にやる人間を馬鹿にできる、逆に褒めるべきだろう。

 自分が似たようにできないからって同等かそれ以下に落とすなんて人のすることではない。

 そしてそういうやつは一切気にせずのうのうと暮らしているわけだ、自分がされたわけではないのに潰したくなる。


「……あなたも本当は怖かったんです」

「私が? 見た目もそんなに派手じゃないと思うけど」

「だ、だって金髪じゃないですかっ」

「これは舐められないためにだよ」


 昔は律儀にルールってやつを守っていた。

 勉強も運動も人付き合いも頑張ってやっていた。

 でも、中学に入って部活をしてからそれは変わってしまったのだ。

 真面目にやることが悪みたいな感じで振る舞うあいつらを無視できれば良かった。

 が、弱い自分はいちいち引っかかってしまって……いや、まあ終わったことはいいか。


「でも、違うんですよね?」

「さあね、そこはあんたがどう思うかだし」

「バスケ、本当は真面目にやっていたんじゃないですか?」

「なわけないじゃん、だったらあんな無様なドリブルはしてないよ」


 シュートを選ばなかったのも迷ってしまったから。

 そもそも、なにも動かずにボールだけ貰ってシュートなんて有りえない。


「あんたこそすごいじゃん、不登校だったくせにボールが綺麗に入ってさ」

「入学初日からやらせてもらっていますからね」

「はぁ……あんたに定時制は似合わないね」

「……そうやって頑張っておかないとまた……」


 ああ闇が深い。

 別にそういうことが聞きたくているわけじゃないんだけど。

 目的も達成したのにどうして私も残っているのかわからない。


「佐渡ちゃん!」

「――とっ、はい」

「ありがと~」


 真面目にやっていて偉い。

 それに文句を言う人間はいない、それどころかライバルみたい感じで戦っている。


「加藤、あんたも入ってきな」

「佐渡さんはどうするんですか?」

「私はここで見ておくよ、だからほら」


 あの部長の側にいれば絶対に同じようにはならないだろう。

 もうビクビクとする必要はないんだ、できる範囲で私も見ておくって決めたし。

 自分のために頑張ることはもうあれなものの、人のためにということならできるはず。

 あれだ、加藤は普通に対応してくれたから感謝しているんだこれでも。

 ただそれだけでって言うかもね、私でも同じようなこと考えているし。


「彩香ちゃんっ」

「はいっ」


 止まった時は笑顔、やっている時は真剣な顔。

 彼女はいつだって真剣で、他人思いのいい子だとこの数時間で嫌というほどわかった。

 私とは違う、現状維持をしようとはしていない。

 なんだか眩しく感じて、ちょっと顔を伏せて拗ねてた。

 寧ろこっちはあんたが怖いよって呟いて、ボールが跳ねる音と声を聞いて。


「はい終了! お疲れ様ー!」

「「「お疲れ様でした!」」」


 顔を上げて帰る準備をする。

 もう22時だけど焦る必要はない。


「佐渡ちゃん帰ろー」

「加藤は?」

「彩香ちゃんには双子のお姉ちゃんがいるからね、ほら、あの子」


 ああ、しっかりと自分を貫けそうな人だ。

 バスケの時は自分が目立つことはせずパス回しに特化している人。


「佐渡ちゃんのお家はどこかな?」

「駅の方」

「行ってもいいかな? 念の為に知っておきたいんだよ」

「別にいいけど」


 知られたところで弊害はない。

 寧ろ帰る時にひとりにならずにラッキーぐらいにしか考えていなかった。

   

「へえ、ここが佐渡ちゃんの家なんだ」

「うん」


 ――数分後、家の中で部長さんといた。

 中が見たいということだったため入れた形になる。


「え、もしかしてひとり暮らし?」

「定時制がこっちの県にしかなかったから」

「えっ、他県の人だったの!?」


 そんなに驚くこともないだろう。

 小中ならともかくとして、高校でならこういうことはあると思うが。


「……やっぱりなにかあったの?」


 心配そうな顔で聞いてくれる部長さん。

 今日のたった数時間しか見ていないけどそういう顔はこの人には似合わない。


「あったよ、やる気がなくて不登校だったという思い出が」

「……そっか」


 わかった、この人は周りのことを放っておけなくて悪く言われたパターンだ。

 いるんだよな、そういういいことしかしていないのに偽善だとか媚を売っているとか言うやつら。


「あんたはバスケに集中しなよ」

「そうだね、そうしようかな」

「送るから帰って」

「えっ、いいよっ、送ってもらうとか悪いし」


 こう言うと思った、本当に予想を裏切らない人だな。

 

「いいから早くしてっ、お風呂に入って寝たいんだから」

「う、うん……」


 ――それで送っていたのだが……。


「ご、ごめんね、結構奥の方でさ」


 もう1時間半ぐらい外を歩いていた。

 それでも見つからない彼女の家、これ絶対帰る時怖いやつ。


「あ、あそこだよ!」

「や、やっとか……」


 舐めていた、もし次に櫻井先輩の家に行くことになったら昼から出ようと決める。


「ごめん……」

「あんたなんか謝ってばっかりじゃない? バスケの時はあんなににこにこしていたのに」

「大好きなバスケができる時はテンションが上っちゃうんだよ……でも、それがないと駄目で」


 またこんな顔、いちいちそんな顔をしないでほしい。


「なにか夢中になれることがあっていいじゃん」

「……バスケを優先しすぎて嫌われたことがあるんだよね」

「いいじゃん、遊んでいたわけじゃないんだから」

「でもさっ、友達が周りからいなくなっちゃったら嫌……でしょ?」

「私は真面目に頑張れているあんたのままでいいと思うけどね。それに……」


 どれだけ良く振る舞ったって気に入られないことなんてたくさんある。

 なにが他人にとって不快かわからないから逆効果な場合だってあるのだ。

 そんなどちらに転ぶかわからないことに不安を抱いて大好きなことを疎かにしてしまうのは駄目。


「それに?」

「今日話したばかりだけどあんたのこと好きだよ」

「ふぇ!?」

「だからこれからも好きなあんたのままでいてよ、それじゃあね」


 笑顔を向けられたのなんて久しぶりだったから頭がイカれたんだろうな。

 出会ったその日に好き発言、おかしい、距離を作られてもおかしくない。

 まあそうならそうで構わない、元々好かれるような性格はしていないからね。




 なんとなく目標ができた。

 私のできる範囲で加藤とあの人、櫻井先輩を見ておくことだ。

 幸い、部活動で一緒だから他を監視――観察するよりかは楽と言える。

 それで引き続き見ていたんだけど、このふたりが特に仲がいいことがわかった。

 部活の時だけではなく休み時間も一緒にいるぐらい、教室にいない時は会っていたらしい。


「佐渡さん、早くしないと遅れちゃいますよ?」

「あ、行くよ」


 ふむ、パソコンの授業か。

 上から下までをワードソフトに打ち込んで終了と。

 これもまた名字順だから加藤が横になる。


「って、早っ!?」

「そうですか?」

「こっちを見ながら打ってるしっ」

「これぐらい普通ですよ」


 私なんか人差し指でゆっくりとしか打ち込めないのに。

 もうやだ、なんでこんなに優秀な子がここにいるの?


「うっさいんだけど」


 が、そういう声が聞こえてきた瞬間にこちらの袖をぎゅっと掴んでくる彼女。

 なるほどね、やはり無理しているところもあるということか。


「ごめん、私が騒いだ」

「はぁ……黙ってやってくんないっ?」

「うん、次からはそうするよ」


 ま、悪いのは私だ、こちらが謝っておけば加藤が責められることはないだろう。

 ただこの子、私たち以外には言わないようだ。

 他にもぺちゃくちゃくっちゃべってやっている人間もいるのに、加藤を狙ったのか?


「ねえ、他の子に言わなくていいの?」

「は?」

「こうやってさ、ねえっ、みんな静かにやろうよ! って」


 こういう風に説得しようとして何様とか偉い子ぶってるとか色々言われたから嫌なんだけど。

 でも、弱そうに見えるからってそこにだけピンポイントで指摘するのは違うでしょ?


「それとももしかして、相手が加藤だったから?」

「は? 喋ってたのは確かでしょ」

「だから他にもいっぱい喋ってるじゃん」

「……もういいから喋りかけないで」


 守る的なことを考えたのにスルーなんてできるわけないじゃん。

 ちょっと言われただけでガチコチに固まってしまうぐらいなんだから。

 櫻井先輩と普通に話せるのはあの人の良さが影響している。


「ごめんね、私のせいで怖い思いをさせちゃってさ」

「……い、いえ、ありがとうございました」


 言われた通りそこからは静かにやって、終わったら次は体育の時間。

 滅茶苦茶自由なため、バスケをやったりバレーをやったりなかなか楽しい時間が過ごせる。

 さすがに体育の時間は見ておくということはできないため側面のゴールを使って遊ぶことに。


「ほっ」


 敢えて体育館の壁にぶつけてからリングに通す遊びや。


「とりゃあ!」


 南側のゴールの後ろから打って入れる遊びをしてひとり楽しんでいた。


「ねえ」

「え?」

「あなたも一応バスケ部でしょう? もっと真面目にやったらどうかしら」


 ああ、この子は加藤のお姉さんだ。

 体育はたまに1学年合同でやったりする、と言っても2年からは1クラスだけなんだけど。


清香さやかちゃんっ、佐渡さんはその……」

「そもそも入部だけしてまともにやりもしないなんておかしいと思うけれどね」


 ぐっ、確かにそうだ、普通の高校だったら有りえないし。

 普通ならやるならやる、やらないなら所属しないが当たり前。

 だけどしょうがない、そもそも所属しなければならないシステムに文句を言ってほしい。

 そういえば双子の姉がいるのにどうして加藤は苛められたんだろう。

 これだけ気の強そうな姉がいればなかなか手は出せないと思うけどな。


「あんたさ、加藤が苛められている時、なにしてたの?」

「あなたには関係ないわ、それにもう終わったことよ」

「終わったことなら怯えたりしないと思うけど?」

「怯える? 彩香が?」


 おーおー、こっちのこと睨んじゃって。

 懐かしいな、中学校にいた時はよく向けられたものだと思い出した。


「まあいいか、終わったことなんだからどうしようもないしね」


 この子にとっても気になって引っかかっている点をわざわざ指摘する理由もない。

 先程ああして言ったのにブーメランになってしまう、まあこちらは全然弱者じゃないけど。

 これが今日最後の授業、変な感情を抱いたまま終わりたくはないので引き続き続行。

 そうしたおかげで楽しい気持ちのまま放課後を迎えることができた。

 

「やっほー!」


 バスケ大好き少女の櫻井先輩が来たけど私たちは一旦教室に戻る。

 そうしないと校舎へと続く扉が閉められてしまうからだ。


「佐渡さん……」

「ん? ほら行こうよ、櫻井先輩待ってるから」

「はい……」


 あの子の言っていることはなにも間違っていないから謝罪する必要はない。

 んー、やっぱり金髪だから怖がらせたりしてしまっているのだろうか?


「や、やっほー」

「こんにちは」

「うん、こんにちは!」


 こんばんはじゃなくてこんにちはなのが面白いところ。

 入り口で面白がっていても意味はないからステージに移動、そこの中央を陣取って寝転ぶ。

 あ、でもこれじゃあ私が寧ろ寂しくて残っているみたいじゃんといまさら気づいた。


「佐渡さん」

「あ……姉の方か」

「あなたもやってみたらいいじゃない」

「下手くそだから無理」

「下手ならなおさら練習しましょう。私が教えてあげるから」


 あちゃぁ……なんかスイッチが入ってしまったみたい。

 そのせいで完全強制でやらされることになった。


「まずはストレッチよ、しっかりしておかないと怪我をしてしまうわ」

「軽くでいいの?」

「ええ」


 わからないし恥ずかしいから彼女がやっていることを真似ていく。

 んー、この子は冷たそうなのに加藤と変わらないようだ。

 付き合いがいい、あとわかりやすく教えてくれるところがいい。


「少し走りましょうか」

「わかった」


 やる気がないけど体を動かすのは好きだ、矛盾しているかな?

 意外と同じように走っている子やそうではなくもうシュート練習をしている子もいた。

 ここら辺は変に縛っているわけではないんだろう、それでも空気が悪くなることもない。


「はい、まずはレイアップから」

「うん」


 懐かしい、両手でできるように公園にあるゴールで必死に練習したっけか。

 まあそれも中学2年からは全く無駄な技術になってしまったけどねと苦笑。


「驚いた、上手にできるじゃない」

「いや、これは試合じゃないからね」


 やめてくれ、褒めたってなにも出ないぞ。

 普通のシュート練習もやって、終わったところで彼女たちの本格的な練習が始まる。

 とにかくこの部活はゲームをやることで覚えていくシステムのようだ。


「チーム分けするよー」


 あまりにも偏るということで部長&副部長は別れた。

 こういう時に部長が全部決めてしまうということもなく、任意の形でやってもらっている。


「佐渡ちゃんは私と一緒っ」

「へ?」

「へ? じゃないよー、あれだけ事前練習をやってたんだもん、やる気だったんでしょ?」


 しまった!? な、なんで私も律儀にやってるんだよっ。

 でももう始まってしまう、人数もちょうど5対5だから抜けられない。

 ならしょうがない、なるべく迷惑をかけないように端っこの方に……おい!?


「彩香っ、ふたりで止めるわよ!」

「はいっ」


 なんで? 苛めなの? こんな初心者みたいなの苛めて楽しいの?

 ――ならやってやろうじゃん、黙ってやられるような性格はしていないのでね!

 ドリブルでどう抜こうか、味方の位置は、どうすればいいかをすぐ考える。

 もちろんその間もボールはちゃんと守る、あれ、よく考えたらこの距離感ならいけるのでは?


「シュートっ!」


 うん、回転が汚い、明らかに初心者と言ってもおかしくないレベル。

 だけど今度はちゃんと入ってくれた、3Pシュートなんて超久々に打ったけど。


「あははっ、いきなりそれって面白い!」


 櫻井先輩には大受けだったようでひとりお腹を抱えて笑ってた。

 他の人や加藤もなんか褒めてくれた、たかだか1本で褒められるって面白い。

 その後もたくさんパスしてくるせいで私への苛め度がより増した。

 経験者が笑顔で潰そうとしてくるのだから酷い話だ。


「ちーっす」


 だが、そんないい雰囲気が一気に壊れてしまった。

 明らかにバスケ部の雰囲気がおかしい、見たくない、聞きたくないって顔をしている。


「おい櫻井、挨拶ぐらいしろよ」

「こ、こんにちは!」

「おう。たまにはあたしもやろうと思ってさ」


 とてつもなく嫌な予感がした。

 それでも先輩が来た手前、解散ということにはできず。


「さてよ、上手くなったかなこいつらは」


 ポイントガードなのか? 堂々とした感じは素晴らしいが。

 だけどパスに優しさがないし、平気で悪態をつくし、プレイヤーとしては最悪だった。

 なにより仲間がシュートを外すと舌打ちをする、そのせいで加藤はいいプレイができていない。


「ちょっとストップ」

「ど、どうしました?」

「おいそこのお前」


 指を指された加藤はすぐに櫻井先輩の後ろに隠れた。


「下手くそが、ちゃんと練習してんのか?」

「そんな言い方はやめてください! 大体、まだ入部してから1ヶ月も――」

「お前は甘いんだよ。大体、どうして2年のお前が仕切ってるんだ?」

「それは……3年の先輩方が来てくれないからで――」

「こんな下手くそがいる部活になんか出られるかよ」


 下手くそ扱いされた加藤さんは体育館を出ていってしまう。

 それを櫻井先輩が追ったことによって放置される問題児。

 あーやばい、ぶっ飛ばしたい。

 いまはあのふたりはいないし、なにより他の部員も見て見ぬ振りをしているからいいのでは?


「おい」

「あ?」

「ちょっと外行こうよ」

「は? ふっ、面白いじゃねえか」


 体育館の外でやると気づかれるかもしれないからグラウンドに移動する。


「自分のせいだってわかんないの?」

「は?」

「いやあのさ、明らかにお前が来てから雰囲気が悪いから」

「つかお前何年?」

「1年だけど――っと……いきなり殴るのかよ」


 躊躇ねー……加藤や櫻井先輩がいなくて良かったぁ。

 まあいい、死ななくて学校に行けるレベルなら耐えられる。


「なんかあったの?」

「なにもねえよ、真面目にやるのが飽きただけだ」

「なんで? だからって真面目にやっている子を馬鹿にするんだ?」

「うるせえよ、笑ってんじゃねえ!」


 実はこういうことも初めてじゃないんだ。

 だから対応できる、つか殴られて笑っているとか自分Mじゃん……。


「どうせ中退するからいいんだよ」

「良くねえよ、それでいい子に迷惑かけるんじゃねえ!」


 おっとっ、あんまり大声を出すとあのふたりにばれる。

 それにこれでは結局八つ当たりみたいなものだ、褒められたことではない。


「ねえ、真面目にやろうよ、私も頑張るから」

「は? なんでお前と頑張らなきゃいけないんだよ」

「お願い、少なくともあのふたりや真面目にやっている子の邪魔はしないで……ください!」


 あー似合わねえ、自分だって同じように邪魔をしているようなものだったのに。


「……なら行かねえよ、それなら邪魔にもならねえだろ?」

「駄目だよっ、まだ最後の大会はあるんでしょ?」

「無理だ、……休みすぎててまともにできねえし、なにより嫌われているからな」

「まずはその喋り方をやめよう! 加藤みたいな喋り方にしてみよう!」

「はあ!? で、できるわけねえだろうがっ、もう帰るからな!」


 あ、帰ってしまった……。

 グラウンドでひとりいても虚しいだけだから体育館へ戻る。


「って、普通にバスケしているやないかい……」


 あの人説得しようとした私が馬鹿だった? 結局殴られ損じゃん。


「佐渡ちゃん」

「あ、櫻井部長」


 後ろから話しかけられてちょっと驚いた。

 横には加藤もいてくれたからこちらはちょっと安心。


「……血が出てるから拭いてあげるね」

「血? あははっ、こんなの全然大丈夫だよっ」

「じっとしてて!」

「あ、うん」


 そんな可愛らしいやつで拭かなくてもいいのに。

 なにをそんなに意固地になっているのかはわからないけど、この人にも原因がある気がした。

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