第十三話「とある勇者の家族の絆」①
結論から先にいうと、私達は間に合わなかった。
私達はあれから、ガウロン神殿を包囲していた5000もの魔王軍との戦闘となった。
4対5000……敵は、第一魔王親衛軍と呼ばれる最も好戦的かつ強者ばかりを集めた精鋭部隊。
当初のそれは絶望的な戦力差に思えたのだけど。
その戦い自体は、王都で予備戦力の王都防衛師団と共に待機していたネリッサお母様による大規模空間転移術式による一万にも及ぶ大規模増援部隊と、死に物狂いで、私達の後を追ってきていた騎士団主力という来援を得て、極めて有利な形で展開されることとなった。
ネリッサお母様は、魔王軍の大規模軍勢の伏兵すらも想定していて、こんな秘策を用意していてくれたのだ。
それに加えて、指揮系統の混乱を起こした魔王軍が、半ば自滅同然に壊乱した事で、魔王軍との戦い自体は意外なほどあっさりケリが付いてしまった。
魔王軍5000のうち半数が降伏、もしくは討ち取られ、残りは散り散りに逃げ延びた。
現在は、王都防衛師団による掃討戦が展開されており、魔王親衛軍は全滅に近い被害を被ることが確実視されていた。
味方の損害は、100にも満たず……紛うかたなき大勝利だった。
けれど……ガウロン神殿内部では、超界の門の設置されていた最深部の部屋がごっそり消失していて、テッサリアお母様もアルマリアの姿もなかった……。
「ラファン! 捕虜への尋問の結果はどうなっている? 今は少しでも手がかりが欲しい!」
ネリッサお母様が封門師の者達と調査を続ける中、ラーゼファンお母様がいらただしげに、戻ってきたラファンお母様へ問いかける。
「ラーゼ、焦りすぎよ……。一通り捕虜へ尋問したんだけど、あいつら何も解ってなかったみたいね……ただ、敵将はあのアークボルトだって……。奴は単身、テッサリア達の身柄を押さえに行ったらしいんだけど……突如、連絡途絶してそれっきりらしいわ……。魔王軍があっさり瓦解したのもアークボルトからの連絡が途絶して、指揮系統が崩壊したのが原因だったみたい」
「アークボルトだと! 魔王軍最強……魔王十二貴子の第二席……あの鉄拳アークボルトか! なんて事だ! よりによって奴が相手だったのか! アルマリアとテッサリアが勝てる相手ではない……おのれっ! なんということだ……最悪だっ! やはり、あの時止めていれば……」
「詳しい状況は良く解らないけど……神殿内で戦闘が起こった形跡はないみたいなのよね……。アークボルトも完全に行方不明。テッサリア達がどうなったのかは、生き残った魔王軍の誰も解らないみたい……。状況からすると、アークボルト共々、異世界へ転移した可能性が高いと思うんだけど……こればっかりは専門家の封門師の調査結果待ちね……」
「馬鹿な……異世界なんて……アルマリアはともかく、テッサリアは不味いぞ……我々は向こう側では長くは生きられない……。それにアークボルトまで向こうに行ったとなると……アルマリアも無事では済むまい……」
お母様の予想……それはもう最悪の事態と言っても良かった。
超界の門は一度起動したら、再稼働まで一週間くらいはかかると聞いている。
……こちらの世界の者が向こうの世界で生存出来る期間は、お父様やこちらに迷い込んだ異世界人の例だと、長くて一週間、早ければ2-3日程度で衰弱死してしまう。
アークボルトやアルマリアは、向こうの世界でも適応できるはずなのだけど、双方の戦力差を考慮するとアルマリア単独では勝ち目は、ほとんど無い。
もはや……二人の命運は、決まったようなものだった。
辺りを嫌な沈黙が支配する……皆、同じ結論に達しているのだろうけど、それを言葉にすることが出来ないでいた。
ネリッサお母様も、同行していた封門師達と長々と話し込んでいたようだったのだけど。
その話も終わったらしく、うつむき加減の暗い表情のまま、ラーゼファンお母様とラファンお母様の前に立つ。
「……ラーゼ、ラファン……お二人共、冷静に聞いてください。結論を述べます……封門師達の話によると、超界の門はテッサリアの手で起動したようなのですが……。転移先未設定のまま超界の門諸共、強制転移……おそらく次元の狭間へと転移した可能性が高い……そうです」
「バカな! それでは二人はっ!」
「……残っていた稼働記録によると、途中で一人だけ別プロセスによる転移が行われて、それ自体は成功したようです……状況から推測するに、おそらく、アルマリア単身で向こう側へ転移させたのではないかと」
「ネリッサ! テッサリアは……どうなったのよっ! はっきり言いなさいっ!」
温厚なはずのラファンお母様がネリッサお母様の胸ぐらを掴み上げる。
「……テッサリアは……ううっ……アークボルトを道連れに……」
それだけ言って、ネリッサお母様は泣き崩れてしまう。
その言葉とネリッサお母様の様子から、その場に居た誰もがテッサリアお母様がどうなったのかを理解する。
次元の狭間……世界と世界の隙間に存在すると言われる虚無の空間。
その存在は知られているが、そこへ行って戻ってきたものは誰一人として居ない。
そんなところに飛ばされてしまったのであれば……生存は絶望的だった……。
「……あたしらは……死ぬ時も一緒……そう誓ったはずじゃなかったの? 一人で先に逝くなんて……あんまりだよ」
それだけ言うとラファンお母様はネリッサお母様を抱きしめる。
そのまま、お互い抱き合うように、お互いの肩に顔を埋めて静かに泣いていた。
そして、ラーゼファンお母様も。
私達に泣く姿を見られたくないのか……壁に向かって腕を組んで佇みながら、その肩を震わせていた。
振り向くとリネリアもボロボロと涙を流していた。
私だって……視界が歪んで……前がよく見えなくなってきていた。
リネリアもテッサリアお母様には……可愛がってもらっていた。
私だって、それは一緒……お料理とか縫い物とか、他の二人がやらないもんだから、教えて欲しいと言ったら物凄く喜ばれた。
二人並んで、台所に立って……最初の頃は包丁で指を切ったりしたりしたけど、いつも笑って治癒魔法で治してくれて……。
私もこんな優しいお母さんになりたいなと……いつもそう思ってた。
まだまだ教えて欲しいことだっていっぱいあった。
もっともっと……一緒に優しい時間を過ごしたかった。
4人のお母様と三人の娘と一人息子。
それが、私達勇者の血族。
誰一人としてかけがえのない……家族だったんだ。
家族が……居なくなるのがこんなにも辛いなんて……。
けれど、私は……零れそうになる涙をこらえながら、顔を上げる。
だからこそ……だからこそ、私達は立ち止まってはいられないのだ!
「リネリア……行こうっ! ここで私達が出来ることなんて、何もない……泣いてる暇なんてないっ! 私達にはやることがあるんだっ!」
それだけ言うとリネリアの手を引きながら、私はその場を離れようとする。
「シャーロットちゃん! だって! だって……テッサリアが! テッサリアママがっ!」
けれど、リネリアはその場から動こうとしない。
……パンという乾いた音が響き渡った。
とっさに何が起きたのか自分でも理解できなかったけど、思わずリネリアの頬を張り飛ばしていた。
つい、手が出てしまったらしかった。
……はっきり言って半ば、八つ当たりみたいなものだ。
思わず理不尽な暴力を奮ってしまった自分の右手をじっと見つめる。
自戒の意味も込めて、私は自分の頬を両手で思い切り叩く。
さっきよりも大きな音が重なって響き渡る。
手加減せずに、思い切りやったから、とっても痛い……頬がじんじんする……むしろ、そっちのせいで涙が出てきたくらい。
「シャ、シャーロットちゃん、何やってん……の?」
泣くのも忘れて、リネリアがキョトンとした顔をする。
「あはは……これでおアイコ。ごめん……つい、叩いちゃった。お互い、冷静になろうか……リネリア。……そして、考えよう……私達が今、何をすべきか……」
「……何をする……べきか? にゃぁ……」
「悲しむことも泣くのだって、いつだって出来ること。今、私達が考えるべきは、確実に生き延びたであろうアルマリアのこと……違う?」
「そっかっ! ……アルマリア、一人だけで勇者パパのいる世界へ行っちゃったんにゃっ!」
「そうだよ……帰る方法だってあるのかどうか解らないし、無事にお父様に会えるかどうかも解らない。そんな状況でたったひとりになってしまったんだ……そのままにしておいていいのかい?」
「よくないっ! 全然っ! よくないっ!」
「テッサリアお母様は、生命を賭してアークボルトを道連れにして、アルマリアを向こう側へ逃した……そうせざるを得ない状況だったんだ。テッサリアお母様は……無駄死になんかじゃない……窮地をチャンスとして、私達の最大の難敵を始末して未来を切り開いてくれたんだ……違うか?」
「違わないにゃ……アークボルトなんて、三人がかりでも歯が立たなかったくらい……あいつ、ヤなヤツだったし、めちゃ強だったにゃん」
「私だって、それにアルマリアだって……あいつだけは手に負えなかった。お母様達と力を合わせたとしても、勝てたかどうか解らない……あいつは魔王軍最大最強の難敵だった! ……それをテッサリアお母様は、たった一人で討ち取ってくれたんだ……お母様は立派な最期を遂げた! 悲しむよりも、むしろ誇るべき……きっとそうだ!」
「そうだね……そう思わないと……だにゃ……。テッサリアママ、戦いは他の皆にお任せ……なんて言ってたのに、ホントは一番強かったにゃん……」
「そうだね……お母様は誰よりも強かった……。私は、テッサリアお母様の娘であることを誇りに思うよ」
「リネリアもだにゃ! けど、まだ残りの魔王十二貴子と言う敵だっているにゃっ! 勇者パパが危ない状況に変わりない……それにアルマリアも心配だにゃ……」
「そうだよ……戦いはこれからなんだ! アルマリア一人だけに戦わせるつもり? あの子は私達三人の中で一番強いけど、精神的には一番脆い……今頃、一人ぼっちで泣きながら、途方に暮れてるに違いない……いいのか、ほっといて!」
「よくないっ! リネリアだったらひとりぼっちなんて、絶対泣いてるよっ! すぐにでも助けに行かないとだにゃっ!」
「そうだよ……だから、私達の今すべきことは、泣いてることじゃない。……異世界にアルマリアとお父様を助けに行けるのは、私とリネリアだけ……。一応、ロナンもだけど、ロナンなんてどうせ足手まといだからね。……それともあの子も連れていく? 多分、本人は喜んでついてくると思うけど」
「ダーメだにゃっ! ロナンなんて、どうせ今頃、泣きべそかいて部屋に引きこもってるのが、関の山だにゃ! 弱っちい末っ子はおうちでお留守番でいいんだにゃっ!」
……さすがリネリア。
いつもの調子が戻ってきたようだった。
こう見えて、リネリアは精神的には一番タフだ……私に言わせれば、鋼のような精神力の持ち主なのだ。
どんなに辛くても、どんな困難にブチ当たっても、ニコニコ笑って、進んで一番前を歩いてくれる。
以前、あのアークボルトと対峙したときだって、私達は文字通り奴に一蹴され、私やアルマリアなんて、その強さと恐怖で動けなくなっていたのに、リネリアはたった一人で最後まで戦い抜いた。
ぼろぼろになって、傷付きながら……何度倒れても、そのたび何度も何度も立ち上がって……その気迫としぶとさに、さしものアークボルトも感心して見逃してくれたほどだった。
リネリアはとても、とても強い子なんだ……三人の中で勇者を名乗るに一番ふさわしい……私はそう思っている。
私は……この子ほどには、強くない。
リネリアを奮い立たせて、それを自分の支えにしてるだけのズル賢い子だ。
もし私一人だったら、今頃、泣きながらあの場所で佇んでただけだったろう。
でも今は……泣いてる場合じゃない。
……涙なんて、お父様と会った時にでも取っとけばいい。
私は改めて、リネリアの手を握ると……笑いかける。
リネリアも微笑むと抱きついてきて、顔を寄せると私のほっぺたをペロッと舐める。
これは、この子の最大限の親愛のしるし……でも、今日はいつもより激し……。
「ちょっ! 耳は止めてっ! 耳はっ! はわっ! はぁん……」
耳たぶ甘噛されて、力が抜けた……な、なんか、変な声出たよ? 今の……私?!
「にひひーっ! シャーロットちゃん、なぁに、今の可愛らしい声は?」
こいつ、わざとだ……今度やったら、絶対泣かすっ!
「な、なんでもないからっ! い、今の声……人に聞かれてないよねっ! もうっ! いいから行くよっ!」
……かくして、私達はその場を離れると、独自に向こう側の世界へ旅立つための準備を開始するのだった。