1話 その声が救った命
『社会不適合者』
俺はそういう類いの人間だ。
薄暗い自室のベッドはジメジメして心地が悪い。
鼻をつく臭いが食欲も睡眠欲も妨げる。
そんな場所に俺は一日中転がっている。
頭の横に転がっているこの "生ゴミ" と "俺" になんの違いがあるだろうか?
同じだ。
どちらも異臭を放ち、存在する価値がない。
いつからだろうか、この薄暗い部屋に引き篭もる様になったのは。
仕事で街の外へ出かける機会があった。
外は嫌いだ。
虫の羽音が鬱陶しいのだ。
今も耳障りな音が頭の中に響く。
ここは俺が安心できる場所だったはずだ。
それが今では、得体の知れない化け物の巣窟に見える。
俺にはもう何も分からない。
「なんでこんなことになったんだっけ?」
親友に裏切られた。
恋人に捨てられた。
親に虐待された。
迫害された。
魔物に襲われ心に傷を負った。
全部 "嘘" だ、デタラメだ。
悲しい過去なんて何一つ存在しない。
ただ、やる気がなくなったのだ。全て。
ある日突然、生きることに価値を見いだせなくなった。
何をやっても上手くいかない。
自分よりも常に上手く立ち回れる奴がいる。
俺は世界に必要ない。
そう気づいた時、俺は疲れてしまった。
俺が何か頑張らなくても世界は回る。
俺がいなくても誰も困らない。悲しまない。
だからと言って、自死を選ぶほどでもない。
ただただ、全てが面倒になったのだ。
俺は全てを拒絶して自分の部屋に引きこもった。
枕元にはゴミの山がある。
無意識に持ち込んだ数日分の食料は、既に食い尽くしてしまった。
もってあと数日の命だろうか?
天井のシミの数を数える。
耳障りな羽音が聞こえる。
『王様、こんちには』
「うわあああ。びっくりした!」
俺は思わずベッドから飛び起きる。
勢いに任せて動いたせいで、背中からポキりと大きな音がなった。
足は筋肉痛でひどく痛む。
あまりに愚かしい己の行動に久しぶりに怒りの感情が湧いてくる。
とは言え、驚くのは仕方ないだろう。
俺は今、虫の羽音くらいしか音がない自室にいるのだ。
突然、耳元で女の子に音割れ挨拶をかまされたら、飛び起きてしまうのは当たり前だろう。
そもそも俺は王様ではない。
『違う、こんにちわ?』『チイト、ちょうだい』『どうしても、ダメ?』『弟、家出。しちゃう』『ん。こう?』『こう?』『どうしても、ダメ?』『分かった』『じゃあ、ケンカ』『 3日後。魔王、初仕事』『マギ。王様と、ケンカやる』
女の子の声は誰かと会話している様子だった。
少なくとも俺の問いかけに彼女は返答しなかった。
ただ、ここにはいない誰かと会話をしている。
おそらく、王様という人と会話しているのだろう。
そして、俺の理解が追いつかないまま会話は終了した。
最後の方で何やら物騒な会話があったが、何かの間違いだろう。
「これって、魔物や魔族が使う『魔法』かな?」
俺の呟きに答える声はない。
先ほど咄嗟に大声を出した影響か、久しぶりに開いた俺の口だが、まともな声が出ている。
再び静寂に包まれた部屋に、俺は立ち尽くしていた。
あれだけ望んだ静寂を寂しいものに感じる。
「また聞きたいなぁ」
無意識に口から漏れた言葉は俺の妄想か、現実かは分からない。
それでも、こんな俺でも、何かを望む心がまだあったのだ。
それが少し嬉しい。
『フンフン、フフフンフン』
「はぁ?」
何かを口ずさむ声が聞こえる。
『フンフフンフン』
いや、耳からではない。
頭の中から聞こえる。
そして、それはついさっき体験した感覚と瓜二つだった。
「あの子の声だ」
『フーン、フフフンフン』
女の子の鼻歌が聞こえる。
俺はその歌に耳を傾ける。
『フーンフーフンフン』
不快な音しか拾わなくなっていた俺の耳が、心地よい音色を心に届けてくれる。
ずっと聴いていたい。そう思った。
『フンフン、『好物反転魔法』『腹下魔法』『毛根爆裂魔法』『性転換魔法』実験、楽しみ。フンフン』
やはり、少女は魔族らしい。
鼻歌に紛れて、魔法の名前が聞こえる。
流石に自分が受けるのは勘弁したいが、こんな女の子にやられて死ぬならそれもいいかもしれない。
少なくとも、こんな薄汚れた狭い箱の中で死んでいくよりはずっといい。
それから俺は、彼女の声に耳を傾けるため、もう少し生きることにした。
彼女は楽しそうに魔法の話をする。
そのどれも、初心者の俺には理解できなかった。
『今日は "改変魔法" 』
彼女の言葉は拙い。
幼い子供特有の聞き取り辛さがある。
しかし、とても楽しそうに話すのだ。
気分は姪っ子から『今日1日なにをして遊んだのか』楽しそうに報告される叔父さんだ。
幼い子の話を聞くのは好きだ。
言葉は拙いし、内容も当たり前のことだが、とにかく楽しそうに話すのだ。
こちらも釣られて楽しくなってしまう。
もっとも、この少女の話はかなり高度なお話で、こちらが追いつけないのだが。
俺も彼女の言葉を全て理解出来ているとは思わない。
しかし、実体験を交えて話してくれるおかげで、どうなったか分かるため飽きない。
「俺も魔法が使えたらなぁ」
少女の呟きには、『魔法の使い方』の回もあった。
少女によると魔族と人間の間で、肉体的な違いはないらしい。
ただ、人間は『魔法を使えない』と思い込んでいるから使えない……らしい。
魔法は思い込みとイメージでなんとかなる。
少女先生はそう言っていた。
「試してみるか」
どうせ他にやることもない。
少女の呟きも弟くんの惚気フェーズに入っている。
『感知魔法』と『取寄魔法』の組み合わせによって、弟くんのオムツは常にまっさらな状態を保っているらしい。
弟くんがとても快適に暮らしていることは分かった。
『改変魔法』
これをダメ元で試してみようと思う。
対象を自分にすることができ、失敗すると何も起こらない。
成功すると自分の状態が分かるらしい。
まあ、魔法を改変する魔法なので、自分にかけたところであまり意味はない。
自分が "魔物" だったら話は変わるが。
『かいへんまほう』
何も起こらない。
イメージが足らないのか?
対象となる "自分の姿" を再びイメージする。
しかし、もう何週間も自分の姿なんて見ていない。
正しくイメージできている自信はない。
だから、水場で最後に見た自分の姿を思い描く。
『かいへん魔法』
ん? 少し変わった気がする。
ただ、やはり何も起きない。
問題は『思い込み』の方にあるかもしれない。
魔法は "できて当然" と思い込む方が良いらしい。
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『改変魔法』
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「うお、なんじゃこりゃ!?キモ」
頭の中に "自分のイメージ" が浮かぶ。
魔法が成功したらしい。
心がフワフワする。
俺は楽しいと感じているらしい。
イメージの中の身体には、色々な情報が載っていた。
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個体名:ケンシャ
種族:人間
状態:魔物寄生、呪縛(会話)、瀕死
取得魔法:『改変魔法』
……
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「『魔物寄生』?」
俺の呟きに答え、イメージが切り替わる。
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『魔物寄生』を改変しますか?
▶︎ YES / NO
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「……やってくれ」
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【改変対象:寄生型魔物 → 栄養素へ変換】
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魔法が発動し、頭にかかっていたもやが晴れる。
今まであらゆる感情が何かに堰き止められていたかのように、世界が色付いて見える。
足元に転がる生ゴミすら今は愛おしい。
キュルルル
静かな部屋に切ない音が響く。
身体の内側から身をよじるような空腹が襲い来る。
何か食わねば、死んでしまう。
「なんで俺はこんなところにいるんだ?腹が減った。部屋汚ねぇ!臭い!メシ。出口どこだ?なんで内側からバリケード作ったんだ俺?」
俺は自分で作ったバリケードを崩し、部屋の外へ出る。
そして、数ヶ月ぶりに日の光を浴びた。
世界って素晴らしい。
魔法って凄い。
魔王様、ありがとう。
「俺、 "魔法使い" になりたい」
俺にも夢ができた。
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■ 寄生型魔物
健康な生物へ『寄生魔法』をかけることで、繁殖を行う魔物。
ケンシャは仕事で街の外へ出かけた際に遭遇。
寄生されると開放的な気分になり、他者に積極的に接触するようになる(媚薬効果あり)。
接触により『寄生魔法』が伝染し、小さな村程度であれば容易に壊滅する。
特異事例として、自分を封印もしくは自壊することで感染を防ぐ人間も極小数存在する。
これは本能的に群れの危機を察知し、感染させないように内包的な反応を見せると仮説が立てられている。
その場合、寄生型魔物による強烈な孤独感を植え付けられるため、回復は絶望的である。
近年、『賢者』と名乗る正体不明の人物により治療方法が見つかり、人間でも対処可能な魔物となった。




