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【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない  作者: あめとおと


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第16話 名もない取引

 王都から追放された私は、もう二度とあの城門をくぐることはない。

 少なくとも――そう思っていた。


 けれど現実は、いつも少しだけ皮肉だ。


 私は今、王城の外郭にほど近い一角にある、静かな応接室に腰を下ろしている。

 豪奢でも貧相でもない、実務用の部屋。

 ここが選ばれた時点で、相手が誰なのかは察しがついた。


「……失礼いたします」


 扉を開けて入ってきたのは、初老の男だった。

 王都でも名の知れた大商人。

 断罪の場にいた人間ではないが、あの場の“結果”で最も損をした一人。


「お久しぶりです、とは申しませんわ」


 私は微笑む。

 名前は名乗らない。

 彼も、私の名を呼ばない。


 それでいい。


「単刀直入に伺います」


 商人は椅子に腰を下ろすと、低い声で言った。


「……なぜ、私なのですか」


 その問いに、私は答えない。

 代わりに、机の上へ一枚の紙を置いた。


 契約書でも、帳簿でもない。

 ただの走り書き。

 王都南通りの物流量、近隣諸侯の動き、そして――“聖女の奇跡が止まってから”変化した数字。


「これは……」


「あなたのところでなくても、調べられる情報ですわ」


 そう前置きして、私は続ける。


「でも、“まとめる”のは、あなたでなければ無理でしょう?」


 商人は黙り込んだ。

 沈黙は肯定だ。


 私は知っている。

 奇跡が止まった日から、王都の流れは少しずつ狂い始めている。


 聖女が癒していたのは、病や怪我だけではない。

 過剰な信仰、無理な供給、歪んだ期待。

 それらが一気に現実へ戻された。


 混乱は、必ず“金”から表に出る。


「私は、あなたに“忠誠”を求めに来たわけではありません」


 そう言って、私は視線を上げる。


「必要なのは、取引だけ」


 条件は三つ。


 一つ。

 王都の流通が崩れた際、あなたは“誰の名も出さず”動くこと。


 二つ。

 その結果、あなたが得た利益の一部を、指定した場所へ回すこと。


 三つ。

 私の存在を、誰にも語らないこと。


「……見返りは?」


 商人の声は、先ほどよりも真剣だった。


 私は微笑んだまま、答える。


「生き残る権利、ですわ」


 今の王都は、変化についていけない者から切り捨てられる。

 貴族も、商人も、例外ではない。


「あなたは賢い。

 だからこそ、“今まで通り”が続かないことも、わかっているはず」


 しばらくの沈黙のあと、商人は深く息を吐いた。


「……その取引、受けましょう」


 私は立ち上がる。


「良い選択ですわ」


 扉へ向かいながら、最後に一言だけ残す。


「王都は、もう元には戻りません。

 でも――壊れきる前に、形を変えることはできる」


 外へ出ると、冷たい風が頬を撫でた。


 私は追放された悪役令嬢。

 王都に居場所はない。


 それでも。


 王都の“裏側”には、まだ私の手が届く。


 名前を捨てたまま、私は静かに歩き出した。


 ――これは、反撃の物語ではない。

 滅びを、選び直す物語だ。



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