88.隣で「おはよう」と笑う君がいてくれるから
そこは、綾乃が思い出の場所と語っていた海の見える丘。あの時とは違って夜だけど、海に星が映って幻想的な光景を生み出している。
ここへ来た理由はない。何となく、ここが良いような気がしただけ。でもその直感は正しかったみたいだ。
「こんなに綺麗な海、初めて見た……」
「何かを思ってここに来た訳じゃないけど、これは見事だな…」
言葉が出てこない。いや、出せない。この光景の前ではどんな言葉も霞んでしまう。
しばらくこのまま過ごしていようか。そう思った瞬間、綾乃の頬を一筋の涙が伝う。
「綾乃、大丈夫か?」
「え、ええ…。思い出の場所にまたひとつ思い出が増えたのが嬉しくって、つい…」
「綾乃…………」
一粒、また一粒と、綾乃の瞼から涙が零れ落ちる。だがそれは決して悪いことではない。なぜなら彼女が笑っているからだ。
優心にとって、その笑顔と言葉が何よりも嬉しいことだった。この日のために準備を進め、それが報われた瞬間。最初は綾乃の涙に驚きを隠せなかったが、笑顔を浮かべる綾乃を見るとその感情も喜びへと変わっていった。
だが優心のプランはまだ終わりではない。むしろこれから行うことこそが本命であり、先ほど購入した物もその引き立て役にすぎない。
「もう、夜も更けてきたし帰りましょうか」
「ちょっと待って、渡したい物があるんだ。ほら、今日はクリスマスだろ?」
「クリスマスプレゼント…ってこと?それなら私もあるから帰ってからでも…」
綾乃が最後まで言い切る前に、俺は胸ポケットから一つの箱を取り出す。もちろん指輪とはいかないけど、それくらい想いの籠められる物を選んだつもりだ。
だから、俺の嘘偽りのない想いを伝える。
「綾乃、俺は君をいつまでも愛し続ける。だけどまだプロポーズはしない。だからこれは、”婚約の約束“のようなものだと思ってほしい」
箱を開き、中身を綾乃に見せる。
それはなんてことない、ただのネックレス。それっぽくしようと箱の見た目だけは取り繕ったけど、中身も外箱も高いものではない。
だけど俺がまたしても贈り物にアクセサリーを選んだのにも理由はあるんだ。
「ネックレス…箱もわざわざ婚約指輪のようにしたのは………」
「いつかのためだ。次に装飾品を贈る時―――」
一呼吸置いて、覚悟を決める。
綾乃と共に一生を過ごす覚悟を。
「―――その中身は指輪。君にプロポーズする時だ」
「………………意気地なしね。今すぐだって良かったのに」
そんな泣きそうな笑顔で言い返されたって、俺はこの言葉を撤回するつもりはないからな。
もうプロポーズのタイミングは決めている。綾乃を長く待たせてしまうことになるけど、俺なりのけじめだ。
家族の幻想に、過去に囚われてきた俺が再び歩きだすためには、未練を断ち切って新たな家族となるための力が必要になる。
精神論だけじゃない。綾乃を養えるだけの財力や、社会で生きていくための能力だって必要になる。綾乃に見限られるような人間にはなりたくないから。
「今の俺には何もかも足りてない。………いや違う。きっと自信がないだけなんだ。綾乃を一生幸せにするって自信が…」
「もう十分幸せなのに、私にこれ以上を望めと言うのかしら」
「綾乃………。そうだな…そうかもしれない。長くなるかもしれないけど、待っててくれるか?」
「私、そんなに気が長い女じゃないわ。なるべく早く…ね?」
「善処する。だから―――」
この言葉を口に出してしまえば、きっと後戻りは出来なくなる。
それでも俺は綾乃と一緒にいたい。学生恋愛なんて長続きしない、そう笑われてもいい。
俺も綾乃も今更気にしないさ。ここまでの道のりは、辛く険しいものだったのだから。
でも、この先に続いていく道は、陽光の差す優しく暖かい道だと信じてる。
疑う余地なんてないさ。その道は一本道だからな。
だって。
「―――これからも、俺の彼女でいて下さい」
「ええ…喜んで……!」
隣で「おはよう」と笑う、君がいてくれるから。
ここまでご愛読いただき、ありがとうございました!
本来の予定より少し完結を早めてしまいましたが、エピローグで彼らのその後を描く予定なので、少しばかりお待ち頂ければと。




