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十五冊目

──アカン、やらかした。




ついポロリしてしまった言葉を今さら飲み込むことは出来ない。


嫌な沈黙がその場を支配する中、私の突然の変貌に呆けていたアリス氏の隙をついて部屋から脱兎の如く逃げ出したのは致し方ないことだったと思う。


そして閉じた扉の先から何かの割れる音や、誰かの怒鳴り声が聞こえてきたのは きっと気のせい。うん、そうに違いない。




◇◇◇◇




「アルヴィナ氏アルヴィナ氏アルヴィナ氏アルヴィナ氏ーー!!」



「ちょ、何? うるさ…」


ドンドンドンドンドンドンッ!とドアをブチ破る勢いでノックして訪れたのは、我が女神であるアルヴィナ氏のお部屋。私たち平民は基本相部屋なんだけれど、貴族であるアルヴィナ氏は当然の如く個室である。マジ裏山。


本当は平民の生徒がこの貴族エリアへ入るのは好ましくないんだけれど、そこはほら、私とヴィーナタソの仲ですし?もはや親友(マブダチ)と言っても過言ではない間柄な訳ですしおすし。……あっ嘘ですごめんなさい調子乗りました!ひぃっ イマジナリーの癖にヴァルハルトがすごい睨んでくるぅ…っ!


「ハァ。で何の用?」


気怠げに扉に凭れ掛かるアルヴィナ氏のなんと麗しいことか。


思わず拝みそうになるのを何とか堪えて、至急伝えたいことがあると言えば、かなり面倒臭そうではあったけれどちゃんと部屋には入れてくれました。これが他の貴族令嬢であればこうはいかない。普通に「事前に先触れを出せや」と追い返されるのがオチである。これぞ正にさすヴィナ。優しい。いっぱいちゅき♡


そして私は先程あったことを説明するのであった。勿論「テメェなんざヒロインじゃねーわ鏡見てから出直して来いやボケェ(意訳)」とついポロリしてしまったことも含めて。


あぅ…アルヴィナ氏の「こいつめんどくせーことしやがって」という視線が突き刺さる! だ、だってしょうがないじゃないか!寧ろこの3年間ずっと大人しく耐えてきたことを褒めてよお…っ!


でも確かに私の余計な一言のせいで、アルヴィナ氏にまでアリス氏の更なるヘイトが向かってしまうことになってしまったのは事実である。う゛ぅ、大変申し訳ない…


「まぁ、言っちゃったものはもうどうしようもないでしょ。とりあえず殿下に報告」

「ぁい……」


とはいえ時刻は既に夜である。


けれど今のアリス氏は何を仕出かすか分からないので、早急に対処が必要なのも事実。一体どうやって殿下と連絡を取り合うんだろうか?

う~ん、こんなときにはやっぱり文明の利器であるスマホが恋しくなっちゃうよね~。こっちでは基本全て人力だし。



「私が夜中に女子寮から出たらヴァルが勝手に反応して来るから。そしたらヴァルに伝言頼めばいい」

「アッハイ。」



流石だねヴァルハルト!全然ブレないや!


その優れた身体能力をフルに活用してガッツリ監視してるんだね!でも知ってた?それってストーカーって言うんだぜっ☆ あっ待って、でも私も人のこと全然言えねぇや!(白目)




◇◇◇◇




「へぇ。呪うには媒体となるアイテム…『相手の身体の一部』が必要、ねえ」



あの後アルヴィナ氏の言った通り、女子寮を出た瞬間本当にすぐ現れたヴァルハルトに戦慄しつつ、伝言をお願いしてジュリアン殿下を呼んで貰いました。


今はカトリーナ嬢にも来てもらって、女子寮と男子寮の中間にある談話室を貸し切っての作戦会議中でございます。

とは言っても今のところ対策としては“アリス氏に近付かない”、“一人で行動しない”といったこと位しかないんですけどね。


「基本こちらから近付かれなければそこまで問題はなさそうかな。でも髪の毛もか……う~ん、もし呪いの材料として髪の毛1本でも事足りてしまうと言うなら少し厄介かな。櫛に残っていたり、浴場に落ちているものですら駄目ということになってしまう。」


確かに。

それにアリス氏自身が行動を起こすとも限らないよね。こう、手下とか下僕的な存在にやらせるとかさ。

…いやいるかどうかは知らないけれど。あと私は絶対やらないからなっ!!


「なら暫くの間身体の清めはアルヴィナにお願いしようかしら。」

「ああ、それがいいね」


あ~、あの《ダンジョン攻略》の時に使っていた【浄化】の魔法かあ。確かに最適ですな。


そんな感じで簡単にではあるけれど、すぐに出来る対策を話し合ってその場は解散となった。

しかし、ここで私はある事実に気が付いてしまった。


──あれ、私今日どこで寝ればいいんだろう? と。


いやいや流石に自室に戻るのは無しでしょう。戻ったら最期、アリス氏に何をされるか分かったものじゃないので。えっ、てことは野宿…? い、いやそれはさすがに…



「それじゃあミアは暫くの間アルヴィナの部屋に居候させてもらうといいよ。」



「えっ! い、いいぃぃいいんですかあ!?」(大歓喜)

(そ、そんなっ流石にそこまてご迷惑をお掛けする訳にはいきません!)


「本音が全く隠せていませんわ」



周りの呆れた声なんて聞こえない。で、殿下が言い出したことだからネ!仕方ないよネ!? グヘヘ。




あの後ヴァルハルトから殺気を浴びる羽目にはなったものの、あの場での最高権力者であるジュリアン殿下に逆らえる者なんて誰も居らず、私は本当に暫くの間アルヴィナ氏とシェアハウスすることが決定しました。ありがとうジュリアン殿下。この感謝永遠に。


そして改めて見たアルヴィナ氏の自室の綺麗なことよ。


話し合いの前にもお邪魔したけれど、あの時は気が動転していたのもあって部屋の様子を見る余裕なんて無かったんだよね。 いやそれにしても本当に綺麗な部屋である。勿論私もメイドとして掃除の腕には割と自信はあるんだけれど、何かもうそれとは次元の違う綺麗さである。


その辺りを詳しく聞いてみると、どうやら掃除にはもっぱら【浄化】の魔法を使っているらしい。成程、それなら確かにただ部屋に掃除機をかけただけなのと、専門業者に掃除を依頼してピッカピカになった時位の違いが出ますわと。うん納得。


そもそもアルヴィナ氏が【浄化】の魔法を覚えたのは、どうやら幼少期に使っていた藁のベッドに虫が湧いていたのを発見したことがキッカケになったんだとか。


……うん。

それは、あれですね。【殺菌・消毒】に特化した浄化魔法を発現したとしても何らおかしくない状況ですね…。寧ろ前世の記憶があったが故の事故。どこからともなくカサカサ聞こえてくるベッド、痒みを覚える身体。

……想像しただけで発狂案件である。


しかしそうなると、もしかしてこの部屋は今この世界で一番清潔な部屋なのではなかろうか。うん、もうこれは聖域と言っても過言ではないのでは?

どうしよう、どうにかしてこの部屋の空気だけでも袋に入れて持って帰ったり出来ないかな…。



何てことを考えつつ、私はソファをお借りしての就寝である。う~~ん、このソファからもいい香りがしゅるぅ。


それにしても、


呪いのアイテムを使うのに相手の身体の一部が必要って、前世も何かそういうのあったよね。というか呪いって大体髪の毛とか爪とか使ってたし、そういうのを人形に詰めたりとかもしてたよね。


アレって何でなんだろうね?

あれかな、DNAの情報で相手を指定したりできるのかな。…いやそんなまさか。でも、


「相手の指定、か」


「…なに?」

「あっゴメンね、起こしちゃった?」

「別にいいけど」


何となくそのまま眠る気になれなくて、そのままアルヴィナ氏との会話を続ける。


「さすがにこの世界にDNAの知識はないと思うけど…」

「でも相手の身体の一部が必要っていうのは、それで相手を指定するためでしょ?」

「…だろうね」

「じゃあ何をもって相手を指定してるんだろう…」

「……まぁこの世界基準で考えるなら、〝魔力〟かな」


やっぱ〝魔力〟かあ。


魔力は例え同じ属性だとしても、その性質って言うのかな?は一人一人違うって言うものね。それに髪の毛にも血液にも魔力は宿るって言うし、それならその魔力を元にして相手の指定をしていたとしても何らおかしくはない。


あれ、でもそれなら魔力そのもので相手を指定したりとかは出来ないんだろうか?


「魔力は基本何もしなければ、その場ですぐ霧散するんだよ」


あ~そっか。だからその魔力が消えないように〝持ち主の魔力を()()()()()〟が必要になるって訳ね。納得納得。



ん?待てよ。


そういえば最近、魔力を含んだとあるモノを授業で作りませんでしたっけ?


精霊祭も終え、残すイベントは卒業式を残すのみとなった昨今。これはイベントというよりも、この学園の生徒たちに受け継がれている伝統というか学生時代にありがちなジンクスなんだけれど。


〝自分の魔力を付与した護符(アミュレット)を好きな相手と交換すると、その二人は永遠に結ばれる〟


とかなんとか。

いや永遠て、重いよ。


まあ卒業課題の一つとして、『自分の魔力を魔石に付与することでオリジナルの護符(アミュレット)を作りましょう』というものがありましてね。それをつい先日無事に作り終えたんですが、魔力を魔石に定着させるには特別な部屋に暫く置いておく必要がありましてね。


つまり、


もしかしてなんですけど、この護符(アミュレット)も呪う相手を指定するアイテムになっちゃったり、します…?



「……なるかもね」


そう暗い部屋にポツリと落とされたアルヴィナ氏の言葉は、この静かな空間では思いの外ハッキリと聞こえた。


「えっヤバない?」

「ヤバいかもね」

「えっどうしよう!?ヴィーナタソにアリス氏の魔の手が!?!?」

「……ヴィーナタソ?」

「そ、そそそそれは今はおいといて!」


とはいえ流石に今はもう時刻は深夜帯である。殿下たちへの報告は明日にしようと、私たちはようやく眠りについたのであった。




◇◇◇◇




「あ~~~そう、だね。それは確かにまずいかも…」



生徒会室では今日も今日とて生徒会メンバー+テオドールのメンツでアリス氏の対策会議である。


どうやら昨晩の私たちの懸念は正解だったらしく、たった今上記のジュリアン殿下のセリフを聞いたタナーくんがすごい勢いで生徒会室を出て行った所である。


きっと護符(アミュレット)の確認をしに行ってくれたんだろう。

相変わらずのシゴデキ。尊敬しちゃうネ!



「魔力の指定か…。確かに相手を特定するためには必要だよな」

「今まで呪いのアイテムというと、その場で呪いを撒き散らすものばかりでしたものね。」

「〝身につけた者に不幸が訪れる〟というタイプの話も聞いたことがあります。」

「でもうちの商会でも、特定の人物を狙って呪うアイテムだなんて聞いたことがありませんよ!」


あ~…この世界の呪いって、いまいち原因が解ってなさげなんだよねえ。

ファンタジーの世界にありがちな呪術とかもないみたいだし、別に〈呪い=人の負の感情〉っていう訳でもないみたいなんだよね。じゃあ何なんだって言われても全然分からないんだけれど。


つまりこれまでのことを纏めてみると、もしかしたら新しい呪いのアイテムが発見されたか、作られたかしている可能性が高いっていうことなんですよね。

更にそれを使っている人物がアリス氏以外にも複数いるという。



──おや? これもしかして実は結構ヤバいお話なのでは?


てっきりアリス氏のやらかしエピソードか何かだと軽く考えていたけれど、もしやもっと陰謀めいた危ないお話の可能性が…?


だってさ、相手を指定して呪いを飛ばせるってなったら……ねえ。


あ、暗殺とか…? 捗っちゃいそう、ですよね?



そこへ更に飛び込む相次ぐ悲報。



「大変ですっ! カトリーナ様とアルヴィナ様の護符(アミュレット)が何者かによって盗まれていました───!」



大問題である。


「チィッ! 遅かったか!」

「っ! カトリーナ、アルヴィナ、身体に異変は?」

「…いいえ、今のところは何も変わりありませんわ。」

「…特に何も」


ペタペタと体を触りながら答える二人の様子に、ピリついていた部屋の空気が少し和らいだ。


「…いやまだ安心するのは早計だね。何とか対策を立てなければ…」


そう。呪いそのものについては殆ど解明がされていない為、対策を講じること自体がそもそも難しいのである。


「………」


再び部屋の中に重たい空気が流れる。


しかしそこでジュリアン殿下が何かを思い付いたらしく、声を上げようとしたその時だった。



──ガタッ



「カトリーナっ!!」



突然意識を失い体勢が崩れたカトリーナ嬢を隣にいたアルヴィナ氏が支えるけれど、咄嗟のことで支えきれず二人して床に倒れ込んでしまった。


「カトリーナ様!っすぐに医師を呼んで参ります!」

「チッ すぐに王宮とアルドリッジ侯爵家へ連絡を!聖女の居所も探し出せっ!」


タナーくんが再び部屋を飛び出し、テオドールも外で待機していた別の騎士たちに指示を飛ばす。キーランやティモシーもすぐにここで自分に出来ることはないと判断し、情報収集の方へと動いたらしい。


残ったのはジュリアン殿下にカトリーナ嬢、そしてアルヴィナ氏にテオドールと私の5名である。


「一先ず彼女を部屋へ運ぼう。それにアルヴィナもいつ倒れるかわか──」



ぐらり。



アルヴィナ氏の身体が傾く。


咄嗟に手を伸ばすも 私の手は虚しく空を切るだけだった──。





 「ヴィー!!!!!!」





ガッッッシ!!とアルヴィナ氏を抱きとめたのは、一体いつ来たのかヴァルハルトであった。



にしてもうるっっっっさ!!

ヴィーナタソを倒れさせなかったのは流石だけれど、鼓膜破れたかと思ったわ!ほら見てみろよ、全員耳を押さえてるぞ!


「…っ!ヴ、ヴァルハルトか。いいかい、落ち着いて聞くんだ。アルヴィナは「来い メラ」───は?」


完全にジュリアン殿下を無視したヴァルハルトが呼び掛けたのは、まるでクリオネを黒く染めてヒレの部分を蝙蝠の羽のようにした 不思議な()()()だった。


「それはもしかして、闇の精霊…かな?」


「そうだ」


一応返事は返すもののアルヴィナ氏から目を離さないヴァルハルトは、暫く眉間に皺を寄せて黙った後 精霊に話し掛けた。


「メラ お前ならどうにか出来るだろ」



──クルリ。



ヴァルハルトの問いに言葉を返すことはなかったけれど、どことなく嬉しそうに空中で回転した闇精霊は、くるくるとアルヴィナ氏の周りを飛んでいる。


すると、どこかゾワッとする気配を感じたかと思うと、アルヴィナ氏の身体から黒い靄のようなものが立ち上ぼり、やがて空気に溶けるようにして消えていった。


「ん……」


「ヴィー!!!!」

「うるさ…」


へ……?

いや何か秒で解決したんですケド。

え、一体何が起こったんです?



周りが呆然とする中、いち早く正気を取り戻したジュリアン殿下はニッコリと微笑みながらヴァルハルトへ向かってこう告げるのでした。



「聞きたいことは山程あるけれど、とりあえずカトリーナも起こしてもらっていいかな。」






それな。

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