十六冊目
「ありえないありえないありえないありえない……っ!」
──時は少し遡り、ミアが今までの鬱憤をブチ撒けて脱兎の如く逃げ去った後のことである。
「はああっ!? あの代役女がヒロインなわけねーだろっ!ここはあたしのための世界だっっっつの!!」
地団駄を踏み、近くにあった物を床に投げつけながら暴れるその様は、さながら癇癪をおこした子供のようであった。まァそれにしては随分と攻撃的ではあったけれど。
「大体何を根拠に言ってんのよ! ヴァルハルトと幼馴染みなのはあたしだし、キャラを攻略してきたのもあたし! それに〈聖女〉にだってなってんのにあたしがヒロインじゃないワケないだろぉがっ!!」
ふざけんなっ!!と憤慨するアリスの罵倒はとどまるところを知らない。しかしそれでも吐き出し続けていれば多少は落ち着いたのか、ふとアリスは暴れるのを止めた。
「~~ってかミアの奴に呪いのアイテムのこと喋っちゃったじゃん!マジふざけんなし。 …あ~もう最悪なんだけど!あいつ絶対チクるでしょ。はあ~~~うっっっざ!!」
ミアの机を蹴飛ばしつつも、よく考えてみればちょっとマズい気もしてくる。
さすがにアリスもバレなければ問題ないと思ってはいても一応呪いが重罪であることは知っているし、それをジュリアンに報告でもされたらどう考えても不味いということも分かる。
しかしいくら生徒会の侍女係に任命されているとはいえ、ミアは平民。こんな夜中に第二王子殿下と会える筈もなく、ジュリアンと会えるのは早くても明日、おそらくは学園が始まってからのはずだ。
「あ~もお~! これ今日中になんとかしないといけないやつじゃん!」
イライラと爪を噛みながら必死に考えを巡らせる。彼女は勉強の類いが好きではないけれど、己の欲望の為ならばその頭の回転も多少は早くなるというもの。それに小賢しい策を巡らす程度の頭はちゃんと持ち合わせていた。
──カランカラン…
「ん~? すみませぇ~ん今日はもう閉店なん…… おや」
アリスが訪ねたのは巷で人気のアイテムショップ。
そう、閉店後の【ハッピークローバー】であった。
「ねえ、コレに必要なやつって髪とか血とかそれ以外だとダメなわけ?そんなの普通にキモくて触りたくないんだけど」
「おやおや…。ん~まあそうですねえ~、それらが比較的簡単に手に入りやすい物なんですけど~触りたくないなら誰か別の人にお願いしたらいいんじゃないですか~?」
「だからぁ!それが出来なくなったから言ってんの!」
「ありゃりゃ、そうでしたか~。ん~…まぁぶっちゃけ相手の魔力さえ含んでたら何でもいいっちゃいいんですけどね~」
「魔力ぅ…?」
「ほら、最近学園で自分の魔力を込めた護符を作ったんですよね~?それでもいけますよ~」
なぜこの店主がそんなことを知っているのかはさておき、それならば本人に突撃するよりも難易度は低そうである。しかし、その為には学園に忍び込んで盗み出す必要がある。
「……何か便利なアイテムとかないわけ?」
アリスはこれから盗みに行くだなんて一言も言ってはないけれど(まぁこれまでの会話で簡単に予測は出来るだろう)、店主は何も聞かずにニンマリと笑ってある1つのアイテムを取り出した。
「何よコレ」
「ふふ~ん!コレは最近開発されたばっかりの【モーブ薬】ですよ~!なんと飲むとまるで背景に溶け込むかの如く、他人に認識されにくくなる画期的な薬なんですよぅ!」
「はあ?……まあこの際なんでもいいわ。それちょうだい」
「まいどどうも~!」
そうしてアリスは店を後にした。
ミアが頼れなくなった今、自分が動かなければいけないことにブツブツ文句を並べてはいたけれど。
しかし卒業も間近に迫ったこの時期に、今さらヘマをする訳にはいかない。邪魔者さえいなくなれば、この世界のヒロインたる自分が選ばれないはずはないのだから。
そう信じ込む一人の少女の姿は、あっという間に夜の街の暗闇へとそっと溶けていった。
そして店に残ったのは、そんなアリスの背を見送った二人の人物──。
「いやぁ~聖女様も大したものだよね~。あの次期教皇様と呼び声の高い【聖人アシェル・ラスレット】を落としてもまだ足りないって言うんだからね~。本当とんでもない強欲さだよ。」
「………ただの阿婆擦れなのでは。」
「あははっ 確かに~!でも流石にそろそろ潮時かもね~。間違いなく次に彼女が手を出すのは、あの第二王子殿下の婚約者殿だろうからね! まあデータも集まったし、そろそろ撤収しようか。」
「わかりました。下にもそう伝えておきます。」
「うん、よろしく~」
すぐに踵を返して去って行く男にさして興味はないのか、先程聖女が出て行った扉を再び見つめた店主は心底愉しそうな笑みを浮かべていた。
「うんうん、やっぱりこういうのは後先考えないお馬鹿なティーンエイジャーを使うのが一番だよね~。データもそこそこ集まったし、いい報告ができそうかも~!」
誰もが寝静まった王都の片隅で、ある一つの人気アイテムショップが静かに店仕舞いを始めた。
◇◇◇◇
「……それで、ヴァルハルトは闇の精霊と契約しているんだね?」
「ああ」
「国に報告は?」
「してない」
「何故かな?」
「別に報告義務はないだろ」
「いや、まあそれは確かにそうだけれど…」
何だかどっと疲れたようなタメ息を吐きながら、ジュリアン殿下がヴァルハルトに尋問を続けている。
うんうん、わかるよ殿下。
あんなに対策を考えて色々策を講じたりしていたのに、何かそれら全てをいきなり力技でパァンッ!!ってされたみたいな感じだものね。そりゃ疲れもしますよね。
「えーと、ちなみに契約はいつ頃からしていたんだい?」
「……冒険者になって少ししてからか?」
「へぇ、そうなんだ。」
「というか冒険者で精霊と契約してる奴は結構いるぞ」
「え゛っ …そ、そうなのかい?」
「国に報告すると面倒な依頼振られたり、貴族が絡んできたりして鬱陶しいから報告してないんだろ」
「あぁ、なるほどね…」
突如明かされた衝撃の事実に、ガックリと項垂れるジュリアン殿下。
せやね、巷には王家が関知していない有望な人材がゴロゴロと埋もれていた訳ですしね。ドンマイ。
にしても、そういうことですか。
確かに精霊と契約すると魔法が段違いにパワーアップするから冒険者としては嬉しいことだけれど、それと同時に変に国や貴族から目をつけられると厄介事を持ち込まれる危険性も高まると。
でも逆に国に召し抱えられたい人たちなんかは、こぞって自ら申告しに行くんだとか。
「というかそもそも、さっきのアレは一体何をしたんだい?」
「それは私も聞きたいですわ。」
「リーナ。体調はどう?」
「ええ、問題ありませんわ。それでどうなんですの?」
「アレは──」
「失礼しますっ!聖女様の居場所が判明しました!」
ヴァルハルトが説明しようと口を開いたその時、テオドールの指示を受けて聖女の捜索をしていた騎士の一人が部屋へ飛び込んできた。
「どこにいた!」
「ハッ!聖女様は学園の裏の森にある管理小屋の中にいるのを発見されました!」
「管理小屋だって…? それで今の聖女殿の様子は?」
「そ、それが…」
「おいなんだ、ハッキリ言え」
騎士の報告にジュリアン殿下とテオドールが詳細を確認していくが、何やら雲行きが怪しい。
「せ、聖女様は小屋の中で倒れていまして…。かなり暴れたような痕跡と、その……聖女様の体の一部が黒く変色していまして…」
え、何それこわ。
「彼女は今はどこに?」
「人目につかないよう聖女様のお部屋に。医師の手配と見張りをつけて寝かせてあります。」
「わかった。すぐに確認しに行こう」
「ハッ」
・
・
・
そして生徒会室に残っていたメンバーで部屋を訪ねてみると、そこで寝かされていたアリス氏の姿に思わず息を呑んだ。
顔の左頬から首にかけてと左手が、まるで斑模様のように斑に黒く変色している。おそらく今は服に隠れて見えていない部分も同じように変色していると思われる。
「こ、これは……」
「…禍々しいですわ」
「こりゃひでぇな…」
それぞれが絶句する中、平然としている人物が二人。
「病気……?ではなさそう」
「ヴィーあんまり近づくな。汚いのがうつったらどうする」
周りがこの得体の知れない状況にに警戒する中、しげしげとアリス氏を見つめるアルヴィナ氏に、アルヴィナ氏をそれ以上アリス氏に近付けさせないよう後ろから抱き締めるヴァルハルト。ちょっと、アルヴィナ氏にくっつけて嬉しいからって尻尾振ってるんじゃありませんよ。あと匂いを嗅ぐのも止めなさい。ダメだ、この二人あまりにも通常運転すぎる。
「……ちょっと、二人の世界に入らないでくれないかな。」
「アルヴィナ、あなたは此方へいらっしゃい。」
「ヴァルハルトお前な~。心配なのは分かるがとりあえずメイナード嬢を解放しろ?」
…あれ、この5人ってこんなに仲良しだったんだ? え、何それ萌え。
じゃなくて。
「え、えぇと…これは〝呪い〟の影響だったりするのでしょうか…?」
アルヴィナ氏とヴァルハルト以外がハッ!とした表情になる。
まあタイミング的にはカトリーナ嬢とアルヴィナ氏が呪いを受けた直後だし、ヴァルハルトが何かしたのを見ていて感じたことなんだけれど、あれって多分呪い返しか何かですよね?
フッ なんせこれでも前世オタク大国と呼ばれた国でサブカルに埋もれた生活をしていた身なものでね。これくらいのメタは読んでいきたいよね。
我ながら中々良い読みなのでは?と自画自賛していると、アリス氏に反応があった。
「う゛…」
ザッと周りが警戒する中、アリス氏の目蓋がゆっくりと上がっていく──。
「聖女殿」
「え… ジュリアン?」
……この際殿下を呼び捨てにしていることは一旦置いておこう。
「え、 あたしに会いに来て くれたの…?」
まだ覚醒しきっていないのか、ぼんやりとした様子でジュリアン殿下に向かって手を伸ばしていくアリス氏。そしてそれをテオドールが遮ろうとするも、ジュリアン殿下によって止められている。
しかしそれを余所に、アリス氏の手がジュリアン殿下に届くことはなかった。
なぜなら、自分の伸ばした手が黒く変色していることにアリス氏が気付いたから。
「は?」
反対の手でゴシゴシと擦るも、黒く変色した手は元には戻らない。慌てて袖を捲ってみれば、変色は腕の先まで続いている。
「えっ、なに!? は?ちょっと何コレどうなってんの!?ねえヤダ全然取れないんだけど!! …っ!そ、そうだ精霊!『せ、聖なる光の精霊よ───』」
何もない空間に、ポワンとした光が弾けて光精霊が現れる。そしてアリス氏の姿を見るなり「うげえ」と思いっきり顔をしかめている。えっ何かめっちゃ嫌がられてません?
『うげえ~何それ気持ち悪う~!』
「は、はあ!?気持ち悪いってなによ! いいからコレ、早く治してよ!」
『えぇ~~?』
なんで僕がぁ~?と逆さまになりながら空中に寝転がる精霊は、どうみてもアリス氏を煽っている。
警戒を解かないまま二人の様子を伺う此方を一切気にかけることもなく、会話は続いていく。
「いいから!早く治してよ!出来るんでしょ!?」
『え~そりゃ出来るけどさ~』
「だったら早く!」
『いやだってそれさ~』
──自業自得デショ?
そう言って嗤う精霊のガラリと変わった雰囲気に、私たちはより一層警戒を強めた。
『お前 誰かを呪ったね』
「は、 」
『そしてその呪いを返された』
「……ぇ」
『うふふ 知ってた? 呪いってね、精霊から生まれるんだよ?』
『僕たちの苦しみから生まれた呪いは相手の魔力を穢す。 自分と同じ苦しみに相手を染めてやるためさ』
『僕たちは気に入ったもの以外に興味はないけど 穢れた魔力は大っ嫌い!』
『だから 今後お前に力を貸す精霊は現れないよ』
もちろん僕もね☆ってことでバイバーイ! と言って光精霊は姿を消した。
そして誰もが呆然とする中、アリス氏の左手に刻まれていた精霊との契約を示す紋様は綺麗サッパリと消え、後に残ったのは精霊の言っていた『魔力を穢す』という言葉の通り、黒く変色し醜く穢れた肌だけであった。
◇◇◇◇
あの後、アリス氏が〝呪い〟をかけた上更に〝呪い返し〟を受けたことが確定となった為、彼女はそのまま騎士たちに連行されて行った。
アリス氏は最後まで「あたしじゃない!」「あたしが悪いんじゃない!」と叫んでいたけれど、その言葉に耳を貸す者は誰もいなかった。そりゃそうである。
だって目の前で精霊が証言していたんだもの。
精霊は人をからかうことはあっても、騙したり嘘をつくような存在ではないと昔から言われているからね。
「それにしても、まさか呪いの正体が精霊の『苦しみ』から生まれてくるものだったとはね…」
「本当に驚きましたわ…。でもそれならば確かに納得できることも多いですわね。」
「確かにな。精霊は魔力の塊みたいなもんだし、そんな存在に呪われたら同じ精霊でしか対処が難しいってのも納得だよな」
今回の事件で呪いの正体が判明したので、これからは呪いによる被害者たちも救われる可能性が高くなるかもしれないと言われているらしい。とは言っても精霊と契約してる人の協力が必須だし、そもそも精霊と契約している人自体そこまで多くはないんですよね。
でもヴァルハルトが言っていたことが本当なら、国に報告はしていなくても精霊と契約している人はそれなりにいるらしいので、そこは国のお偉方の皆様に頑張って頂きたい所存。
「ところで、ヴァルハルトはアルヴィナが呪われたとき即座に闇精霊を喚んでいたけれど、このことを知っていたのかい?」
「いや」
「えっ ならどうして…」
「勘」
「おいおい勘って…」
「なんなんですのそれ…」
殿下たちは随分と呆れた顔をしているけれど、寧ろ私的には納得の答えである。
ここにいる人たちはまだ知らないけれど、ヴァルハルトは獣人族と人族のハーフである。本能で危険を察知し、即座に行動に移すところなんて正に野生の勘!と言ったところではなかろうか。 うんうん、このヴァルハルトってゲームの時よりも獣寄り?というか本能で生きてる感が強いから、非常に納得出来る答えですな!
まぁなんにせよ、アリス氏による呪い事件はこれにて幕を閉じた。
アルヴィナ氏もカトリーナ嬢も特に後遺症のようなものは見られず、これには皆もホッと一安心である。
それにしてもアリス氏の突然の退場劇に驚きというか多少の戸惑いはあるけれど、『こうして学園に再びの平和が訪れたのであった ~Fin~』っていうテロップとエンドロールが頭の中で流れるくらいにはやりきった感がありますね。
……ってまだ最後の大イベント、《卒業パーティー》が終わってないじゃん!!
あ~~~あの神スチルと名高い《卒業パーティー》が何の憂いもなく見れるとか最高か???
ハァ…♡ ヴィーナタソ当日はどんなドレスにするんだろう…
あ~~もうマジでSS機能がないのが悔やまれるんだが~~!?!?!?
■ミア'Sメモ
▪【モーブ薬】
飲むと一定時間まるで背景に溶け込むかのように周りから認識されにくくなる薬。通称モブ化。
※誰が開発したのかは不明。
ミア「えっ何その薬超欲しいんですケド」




