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十三冊目

パチリ、パチリ と焚き火の爆ぜる音が響く中、炎の灯りが寄り添う二人の男女の姿を柔らかく照らしていた。





やあやあみなさんこんばんは。(小声)

夜分遅くに寝袋の中から失礼します、ミアです。


いやぁ やっぱりダンジョン攻略は最高ですね…。

今は絶賛野営中なんですけど、今回は二泊三日の短期間というのもあって、荷物を減らすために夜はテントを張らずに寝袋で雑魚寝スタイルなんですよ。なので先に就寝の許可を与えられた私は、こうして寝袋の中からこっそりと二人の様子を窺っているという訳なんですね!


ムフフ。

案の定ヴァルハルトはすぐにアルヴィナ氏とイチャイチャし始めましたとも!



「ヴィー」

「……なに」

「俺今日働いたよな」

「そうだね」

「………」

「…はぁ。  ──おいで」

「!」



言葉にせずとも、アルヴィナ氏を期待に満ちた目で“じっ…”と見つめるその姿は、どう考えてもご主人様に褒められ待ちのワンコである。


やがてそんな圧に屈したのか、小さなタメ息と共にどこまでも滑らかな白魚のような手でスルリと抱き寄せられ、片手で頭をヨシヨシされたヴァルハルトの表情は正に恍惚の一言に尽きるだろう。


──成る程、これが世に聞くヘブン状態。


目は潤んで艶を増し、褐色肌故に分かりにくいけれどきっとその肌も赤く染まっているのだろう。うっとりと身を委ねながら「はぁ…♡」とため息と共に吐き出される吐息は、正直とてもすけべ。到底お子様に見せられるような光景ではない。ありがとうご馳走さまです。


しかしそんなエロい吐息を耳元に吹きかけられても顔色一つ変えることなく、「はい終わり」と無情に切り捨てられるアルヴィナ氏はシンプルに強者。さすヴィナ。見てください、これが私の最推しなんです。


そんなこんなで、私たち3人がそれなりに楽しく過ごしていた一方で、アリス氏を加えたジュリアン殿下御一行はと言えば───、




「あっジュリアン様ここ怪我してますよ! あたしの治癒魔法ですぐに治しちゃいますね♡」


「キャッ やだまた転んじゃった。もうあたしってば本当にドジですよね。恥ずかしい…///」


「あっごめんなさい…。い、いえあたしが悪いんです! でもカトリーナ様って、ちょっと…こわいですよね」


「またカトリーナ様に怒られちゃいました…。ジュリアン様との距離が近すぎるって。でもあたしってカトリーナ様みたいに大人っぽくないし、正直妹みたいな感じじゃないですか、だからそんな心配なんてしなくてもいいのに……ね?」


「あの、ジュリアン様少しいいですか?えっと、ちょっと相談したいことがあって…。あっできれば二人きりが…、ダメ、ですか…?」




例えばこれがアシェルや彼女に魅了された者であれば、


「フフ、大丈夫かい?ほら私につかまるといい」

「キミは悪くないよ」

「僕が守ってあげるからね」


と自ずと彼女の味方になっていたであろう。

しかし、特にアリスに魅了されていないこのパーティーメンバーたちの心境は一貫していた。


 ((((うっっっっっっっざ))))


この一言に尽きる。



正直パーティーの空気はやや殺伐としていたものの、奇しくもアリスのお陰で彼女を除いたメンバーの団結力は高まっていた。


そして幸いなことに、戦闘に関してはアリスは回復役に徹し攻撃に加わることはなかったので、ダンジョン攻略に関してだけは支障は出ていない。但しその他の面ではパーティーメンバーに支障は出まくりであった。主に精神面に。まぁそれもアリス以外のメンバーに、ではあるのだけれど。



「ハァ、何でしょう。聖女様の声を聞いていると頭が痛くなってくる気がするのですが…」

「あーあの妙に鼻に掛かったキンキン声な。ジュリアンと話すとさらに高くなるから頭に響くんだよな」

「あとさりげなくカトリーナ様を貶めようとするの止めてくれませんかね。」

「いや~あの小賢しさというかあざとさはある意味すげぇよな。あれで何人の貴族子息が落とされたと思う?」

「知りませんよ…。というかあそこまであからさまなのに騙される奴なんているんですか?」

「これがまた意外と多いんだよなァ」

「えぇ…?」

「まァあれだ、庇護欲っつーの?ああもあからさまに甘えられると、俺が守ってやらなきゃ!ってなるらしいぜ」

「ああ、それでアシェル様も…」

「そういうこと。特に女慣れしてない奴らとか、ツンケンした貴族令嬢としか関わりがない奴らほどコロッと騙されるってよ」

「うわ…」



ジュリアンを挟んでバチバチと見えない火花を飛ばす女性陣をテオドールとタナーが遠巻きに眺めている、というのは最早恒例となりつつあった。


アリスはそれこそ気付いていないが、〈聖女〉として注目される彼女の行動は割と学園では有名である。

特に彼女が複数の貴族子息に対してアプローチをしているのは有名であり、勿論それを良く思っていない人間も多数存在している。しかしそれでも尚彼女に好意を寄せる者がいるのは、それこそ彼女の魅力なのか、それとも彼女が最適解の選択肢を選び続けてきたお陰なのか。 おそらく一番真実に近い答えを知っているのは、同室でありサポート役のミアなのであろう。


しかし、彼女から狙われていない第三者からしてみれば、どこか得体の知れない何かを感じるものなのかもしれない。



何にせよダンジョン攻略はまだ始まったばかり。果たして無事にこの三日間を乗り切ることはできるのか。

目の前の光景を眺めながら、テオドールとタナーは揃ってタメ息を吐くのであった。




◇◇◇◇




ジュリアン殿下のパーティーがそんなことになっているとは露知らず、昨日に引き続き二日目もヴァルハルトの戦いっぷりを見学するだけのツアーとなっていた私たち一行は、何とも気楽なものであった。


だがそんなまったりとした時間は唐突に終わりを迎えることとなった。



「「「あ、」」」



何ということでしょう。

ここでまさかのバッティングである。


曲がり角を曲がった先にいたのはジュリアン殿下御一行でした。

嘘だろ、この広いダンジョン内で何故!?くっ…面倒事の予感しかしない。曲がり角を曲がった先にいるのは食パンをくわえた女子高生だけって相場は決まっているんですが!?


しかし私たちもいくらまったり攻略していたとは言え、うちには現役Aランク冒険者のヴァルハルトさんがいるのである。どうやら気が付いたら結構な深さの階層まで進んでしまっていたらしい。

そしてジュリアン殿下のパーティー御一行も他の生徒への配慮なのかどうかは分からないけれど、同じように結構な深さの階層まで来ていた所でのこの出会いだった訳である。


まあこの国一番の魔力を誇る王族とその護衛が率いるパーティーが弱い筈ないんですよね。カトリーナ嬢だって侯爵家だから魔力量は多いだろうし。


しかしここで出会ったのが〝生徒会メンバー〟だけならば何の問題もなかった。しかしここに今回はアリス氏が含まれている。

面倒なことにならないといいな…と思いつつアリス氏の様子を窺ってみると、何やら驚愕の表情で固まっていらっしゃる。


…はて?


何かそこまで驚くようなことがあっただろうか。あれかな、私たちがこの深さにまで来ていることに驚いた とか?



「……な、なんでここに【ヴァルハルト】がいるのよ!?」



……あ、あぁ~~!そっちね!?


そうかそうか、アリス氏ってヴァルハルトが学園に通ってること知らなかったのかぁ。確かにゲームの中ではヴァルハルトは年上だったし、冒険者やってたから学園にも通ってなかったもんねぇ。


なんて考えていたら、いつの間にかアリス氏に詰め寄られていました。


「(ちょっとミア!これ一体どうなってんのよ!)」

「(え、えっとぉ…)」


一応周りへの配慮はあるのかヒソヒソ声でガン詰めされる。


あ、向こうでアルヴィナ氏とジュリアン殿下たちが楽しそうにお喋りしてるぅ!わ、私もそっちに行きたいよう…!

くそっ、誰も目を合わせてくれねぇっ!!



「はあ、アルヴィナとここで会えて良かったですわ。ねえ以前してもらった〝アレ〟お願いしてもいいかしら?」

「あっ、私もお願いしていいかな?」

「?……〝アレ〟とは?」

「おっ?タナーはまだやって貰ったことないのか。〝アレ〟はな~いいぞ~!一度やってもらうとヤミツキになるぜ!」



くそぅ 楽しそうにキャッキャしやがって…っ!

ちなみにみんなが言っている()()っていうのは、アルヴィナ氏の光魔法の【浄化】のことですね。私も昨晩やってもらったんだけれど、あれはいいですわ。どんな汚れも落としてスッキリぴかぴか!なお風呂要らず魔法でしたね。最高かよ。


…でも実は、【浄化】が使えるってかなり凄いことなんですよ。


だって【浄化】って正に聖女が使ってるイメージありません?こう呪われた場所とか穢れた場所を元に戻して~みたいな。

でもアルヴィナ氏曰く、彼女が使っている浄化は〈殺菌・消毒〉のイメージらしいので、清潔にすることは出来ても呪いで穢れた土地を浄化したりなんかは出来ないそうなんですけどね。いやそれにしたって凄いのよ?


まあ信仰のパラメーターを上げればワンチャン出来るようになる可能性は高いけれど、「別に今後教会に入る気もないし、信仰心なんて無いからこれで十分」なんだそうな。


因みにこれを習得したきっかけなんだけれど…。

ほら、ここって()()()()()()()風の世界じゃないですか?その、だから衛生面とかがね……うん。


前世の知識があればそりゃあ必死になって〈殺菌・消毒〉を使えるように頑張るよね…としか。気になる人は調べてみるとイイヨ。本当にすんごいから。



「ちょっとミア聞いてんの!?」


あっヤベ。

つい意識が最推し(ヴィーナタソ)の方に。


とりあえずアリス氏にはヴァルハルトは学園の生徒であることは説明しておきました。そしたら「はあ!?またバグなわけ?マジでクソなんだけど」とお怒りでしたけれどね。いやバグて。


「ていうかヴァルハルトの横にいる女って…。あっ!?あのピンク頭!あいつあたしの代役女じゃない!何であいつがあそこにいんのよ!?」

「ちょっ、アリスさんダメですよ!アルヴィナ様は子爵令嬢ですよ!?」

「はあ?だから何よ。たかが子爵じゃない」


おいぃぃぃぃィィイっ!!


ちょ、おまっマジで勘弁してくれ!アルヴィナ氏過激派強火同担拒否勢であるヴァルハルトの前でなんつーことを口走ってくれてくれてんだぁっ! というかまさかこの国の身分制度をご存じでない!?キミは子爵どころかただの平民なんだが!?


って、ひぃっっ!!

ねえ絶対今のヴァルハルトに聞こえてたって!ほらこっち見てるぅ!今にも噛み殺しそうな顔してアリス氏のこと見てるってえ!!


瞳孔をかっ開いたヴァルハルトからの圧に恐怖のあまり震えていると、そこで一体何を思ったのか、アリス氏がヴァルハルトの方へと向かって行くではありませんか。



──えっ何?自ら粛清されに行く感じですか…?



「ヴァルハルト!久しぶりだね。えっと…あたしのこと覚えてる、かな?ほら、まだヴァルハルトが冒険者見習いだった頃によく依頼でうちのお店に来てくれてたでしょ?」



こ、こいつ…心臓が鋼で出来てやがる…っ!

あんな人を一人どころか一家丸ごと惨殺してそうな顔をしてるヴァルハルトによくノコノコ近づいて行けるな!?


こちらはいつアリス氏が惨殺死体になってもおかしくない状況に戦々恐々としているというのに、そんな空気を微塵も察していないアリス氏は、ニコニコとヴァルハルトに向かって話し掛けている。


「フフ、覚えてるかなぁ?よく二人で秘密のお茶会したよね。あれ私大好きだったんだよ?」


あ、よくみたらアルヴィナ氏が『待て』ってしてる!

成る程…だからヴァルハルトが睨むだけで我慢してるのか。…っていやそれって普通に凄くない?あの状態のヴァルハルトを目線一つで押し留めるって、ジュリアン殿下でも無理そうじゃない???


「えっと、今も冒険者続けてるんだよね?やっぱりヴァルハルトってすごいね!あっそうだ!良かったらヴァルハルトもあたしたちと一緒に行かない?一緒にいてくれたら心強いし。 それにほら、今までのこととかまだ話したいこといっぱいあるし……ねぇダメ、かな?」


…おっとォ?

まさかのダンジョン内で引き抜きですか?もしかして私たちに死ねって言ってます?



「何で俺がお前と行かなきゃいけないんだ。そもそも誰だお前」



おぉ~~っと、これは手痛いカウンターだぁっ!!

ですよね!あの狂犬ヴァルハルトがアルヴィナ氏以外の人間に心を開く訳ないですよね!信じてました、もっと言ってやって!!


「……はぁ?」


先程までの甘い声とは打って変わり、3オクターブくらい低くなった声でアリス氏が呟く。いやこわ…

そしてアリス氏が何か言い返そうとした所で、別の声がそれを遮った。



「ちょっと貴女、先ほどから聞いていれば何ですの?ダンジョン攻略の途中で別のパーティーからメンバーを引き抜くだなんて非常識にも程がありますわ。」

「あ、あたしはそんなつもりじゃ…」

「でしたらどういうつもりだったのかしら。教えて下さらない?」

「まァ流石にこれはご法度だわな」

「正気を疑います。」


さすがに見かねたのか、他のメンバーもアリス氏に苦言を呈してくれた。


「み、みんなひどいよっ!あたしはヴァルハルトとちょっとお話がしたかっただけで…っ! それにパーティーだってどうせそこのアルヴィナさんに無理やり組まされたんでしょ?だってヴァルハルトは強いもん。 でも貴族だからってそんな無理やり組むだなんてヴァルハルトがかわいそうだよっ」



ただヴァルハルトのことが心配なのだと、言葉と共にポロリと零れる一粒の涙。



だが悲しいかな、ここにいるメンバーは全員知っているのである。

アルヴィナに固執しているのはヴァルハルトの方であり、二人きりにすると何か仕出かすんじゃないかと危惧したジュリアンによってお目付け役としてミアが組み込まれたことを。

寧ろ無理矢理組まされたというのであれぱ、それはどちらかと言えばミアの方である。まあ本人は喜んでいるので何も問題はないのだけれど。



「勘違いもここまで行くと滑稽ですわね。」

「寧ろアルヴィナにそんなことされたら狂喜乱舞しそうだけれどね。」

「あ~ヴァルハルトって何故か束縛されたがるよな…」

「但しメイナード嬢限定ですけどね。」

「他の奴がやったら即キレそうだよな」

「半殺しで済めば御の字でしょうね。」

「恐すぎんだろ」

「全くです」



どうやら自分に味方がいないことを悟ると、今にも舌打ちをしそうな顔で拳を握るアリス氏。いや顔よ。


何はともあれその場は解散となり、再びそれぞれの攻略へと戻るのだった。




そうして別れて進む私たちや、仲良さげに並ぶジュリアンとカトリーナの背中をじっと睨み付けるアリス氏がいたことなど、気にかける人間は一人もいなかった。









 「………ふざけんなよ。あたしの邪魔するとか絶対許さないから」

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