第一二八六話、因縁の追跡者
マリアナ諸島攻撃で、カサルティリオ総参謀長が撤退命令を出すのが遅かったために、艦隊直掩に出撃した紅蓮艦隊の戦闘機隊は、艦隊と切り離された。
転移離脱した味方艦隊を尻目に、プロトヴォロス型航空戦艦から発艦したクレックス戦闘機隊は、戦域を離脱し南下していた。
味方の回収を信じた紅蓮艦隊戦闘機隊だったが、それを追跡する日本機があった。
「あの青い奴……。逃がすかっての」
第七九一航空隊の宮内 桜大尉の操る紫電改三艦上戦闘機である。
パレンバンの上空で交戦したムンドゥス帝国のスーパーエースとおぼしき敵機を発見し、これを撃墜しようと意気込んだものの、当の敵はさっさと離脱を選択した。
そもそも空戦でそれなりに弾薬を消費し、守るべき艦隊がいない以上、海ポチャしたくなければ命令通り撤退するだけである。
そんな帝国側の事情などおかまいなしの宮内にとっては、自分との戦いを無視して撤退する敵エースには腹が立つのである。
『こちら『赤城』所属の彩雲四番。南下中の紫電中隊へ』
通信機から哨戒機からの声が聞こえる。
「こちら七九一航空隊第二中隊。なんだ?」
『赤城四番より、七九一航空隊第二中隊へ。敵戦闘機は離脱中。貴隊は母艦へ戻られたし』
貴隊は帰隊しろってか、やかましい!――宮内は唸る。
「赤城四番へ。却下だ。敵戦闘機隊の進行方向に敵空母部隊の存在の可能性あり。我々は敵機が母艦に収容されるところを攻撃する用意あり」
半分出任せである。ただ敵エースと決着をつけたいだけである。もっとも、敵戦闘機の進行方向に空母がいるかもしれないというのは、そう的外れな妄想ではないと思っている。敵があのスーパーエースを使い捨てにするものか、というのが本音である。
『七九一航空隊第二中隊へ。貴隊は敵と交戦しているが残燃料は大丈夫か?』
「ご心配をどうも。燃料が尽きる前に転移離脱装置で帰るから問題なし」
宮内は鼻で笑う。いざ空戦になったら数分でも戦えれば充分。あの青いエースと空中戦が叶うなら、3分もかからず決着だろう。
『――こちら赤城四番、了解した。航空管制、敵発見の際の通報はこちらで引き受ける』
「了解、愛してるぜ」
キャノピー裏から、飛行する彩雲艦上偵察機を目視した宮内は、コツコツとガラスを突いた。
宮内の紫電改三の後ろには、自動コア操縦の無人機がついている。第二中隊の有人パイロットは宮内ただ一人である。開戦以来共に戦ってきた部下たちは、いまではそれぞれ一個中隊を率いて他の隊で飛んでいる。
仮に今回宮内がヘマをしてやられたところで、中隊人員の損失はヘマした本人しかいないので他のパイロットには迷惑は掛からない。
すっと後方を確認。無人機は六機が後続して――
「あれ……?」
紫電改三が11機飛んでいた。どこかよその隊が、有人機を落とされて指揮権が宮内に移り、ついてきてしまったのか。
「……まさか死んじゃあねえよな」
同じ飛行隊の有人機乗りなど、数えられる程度しかいないので、最悪の展開を想像するが――
『勝手に殺すんじゃないわよ』
第三中隊長の井口タキ大尉の声が聞こえた。宮内はホッと一息つく。
「ビビらすなよ。てっきりやられちまったんじゃないかってヒヤリとしたぜ」
では数が多いのは第三中隊機がついてきていたからか。
『あら、心配してくれたの?』
「そりゃあそうだろう。開戦から生き残ってきた戦友だぜ? 同じ釜の飯を食う仲間、同期の桜。まあ、そういうこった」
ここまで戦い抜いてきたのだ。終戦まで一気に駆け抜けようぜ、と宮内は心の中で呟いた。言葉に出さなかったのは、気恥ずかしくなってきたからだ。
正面に目を凝らす。移動する異世界帝国軍のクレックス戦闘機の姿が見える。その数200機ほど。
追尾している紫電改三は宮内機を含めて12機、まともにやりあったら、最初から勝負にならない。
最初は考えなしに反射的に追尾していた宮内だが、今ではこの先の展開についてある程度考えていた。
このまま進み、敵空母が現れれば、戦闘機を収容しているところに一撃を加えて妨害する。
すると当然、敵戦闘機隊は反応するだろう。着艦を座して見ているほど敢闘精神がないことはないはずだ。
だがそこで百を超える敵機が一気に向かってくることはない。空は広いが、戦闘機同士の戦いではスペースというものがあり、敵機を射点に捉えて命中させる位置取りは限られている。
つまり機体がいくら多くても、直接攻撃できる機の数は一、二機に限られる。他方向から死角をついて攻撃する手はもちろんあるが、味方機が多ければ、包囲の段階で流れ弾、すなわち誤射や味方同士の衝突の可能性もあった。
そう考えれば、12機を上回る数で向かってくるが、それでも上限はある。場合によっては、例のエースが少数機で向かってくるかもしれない。むしろ味方に無駄な労力を払わせるより、スーパーエースが出向いた方が早くケリがつく。
戦闘機乗りであれば、同僚に任せるより自分の手でやりたがるものでもある。
それで向かってくるなら御の字。パレンバンでの借りを返してやるまでだ。空母のほうは空母『赤城』の彩雲艦上偵察機が通報してくれるので、そちらも心配はない。
・ ・ ・
特別転移砲艦『ワガブンドゥス』を撃沈した頃、神明 龍造少将の第五艦隊のもとに、ムンドゥス帝国は艦隊を送り込んできた。
その数、戦艦30、空母34、重巡洋艦33、軽巡洋艦66、駆逐艦80。当然ながら、第五艦隊を圧倒している。
「敵主力の一部が連れたようだな」
神明はほくそ笑む。魔核制御室から報告が入る。
『敵空母より艦載機多数が展開しました!』
「きちんとこちらを殺しにきているな。結構なことだ」
「楽しそうですな」
神参謀長がわずかに眉をひそめた。敵機が大挙出撃し、艦隊が向かってきているのだ。緊張を隠せないが。
「例の不明艦が、我々が思っていた以上に大物だったということだ。敵はこちらの罠に飛び込んだきた」
第五艦隊は、戦艦6、巡洋艦6、駆逐艦12――見えているだけではないのだ。




