第1話 ⑥[オヤジ、転生する]
ムカつくけどすごい良い声なんだよな、声からなんだか姿も想像出来る、髪はファンタジーな白銀、ロングでサラサラで腰あたりまで伸びている、肌色も白くて穏やかな表情、輪郭はきっと幼子のように柔らかくてきっと目は。
『私で妄想するのやめてくれます?』
「うわぁぁああっ! 心を読んだ?!」
そういう機能ナノマシンに、あったっけ? ない、と言うより………ありえない。
ナノマシンはあくまで肉体の補助装置、実際に機能を発揮するのは肉体に限定される、そして言うまでもなくその主導権は脳だ。
だから思考を読んだりログアウトできないゲームなんて古典のラノベみたいな展開などあり得ない。
ここのゲーム空間はデータをナノマシンが脳に橋渡しして脳が理解し創造することで存在しているんだ。
つまり脳の中身をナノマシンに見られることは物理的に不可能なのだ。
その理屈から言うとゲームキャラに思考をよまれることなどない。
でもこの女は俺の脳を読んだ??!
『そうデェエス☆ 女神だから当然でぇええっす! あと私の髪質はもうちょっと癖があります、エッチなマザ☆コンさん』
……………プロファイリングとかそういうのか? な?
「だからマザコンちゃうわ!」
少しびびった。
『いいですか?コレからチュートリアルなしの本気の殺し合いが始まります、ラノベみたいに付与されるチートスキルなし、チート武器もなし、女神を連れていくなんて以ての外です、そう!現実の異世界転生とは厳しいものなのです』
現実の異世界転生って何だよ、ゲームだろ?
「あの、すんません先ず異世界ってのがまだ理解できないんですけど? 古典ラノベの派生にあった確か………なろう系? 昔にオヤジに読まされたのしか知らないですけど」
『今はそんな感じの理解でいいです、そこら辺は適当で良いじゃないですか? あなた自身は異世界転生するわけじゃ無いんですから』
「う、うーん普通の人は現実と小説を一緒に適当に認識しないと思うんだけど?」
『だまらっしゃい!! こまけーこたぁいいんだよ!! 良いから愛しのパパとイチャイチャして来い、このファザコンが!!』
なんかさっきからテンション高いな。
「ふぁ!? ファザコンでも無い!」
すっごい大声で言われてリアルの俺が起きそうになったわ!! 起きたらどうなるんだ?
フルダイブ慣れしてないと普通に起きる事あるんだぞ?
『私が起こしません、安心なさい女神であるこの私がエスコートしてあげます!』
声は良いんだよなこの女神、こういうのなんていうんだっけ? ああそうだ声豚って言うんだ。オヤジが言ってた。
『魂待つもの、追うもの、前身たる我がその縁を繋がん! てぇえいっ!!』
「え? 呪文? 詠唱? キモ、何がはじま………」
◇
異世界 ジリハマの聖地
空気が、澄んでいる。
乾いた緩い風が体を包む。
『……るんですか? って、え?』
一気に場面が変わる、雲ひとつない青空に適度に育った草っ原、丘が波打って地平線が広がっている…………ここはどこだ?
爽やかな風が俺の刀身にあたる。
ああそうだ、このゲーム俺が動かせるのはどうやらコレらしい。
『魔剣?そうか異世界転意とか言ってたな、死んだわけでもなく異世界に来たわけでもなく意思だけがこの魔剣に宿った、って言う設定かこのゲーム』
魔剣聖誕は主人公が魔剣自身と言う物語だからそこら辺は予想できる。
喋れない、音として異世界に俺の言葉が響かない。
俺は日本刀が好きなのだがこれは思っきし西洋の剣だ、両刃で太くて切れ味は、かなりあるかも知れない。
ゲームでしかあり得ない様なブルーカラーの刀身、そして刃で手を切らない為に存在する鍔は凄い飾りだ、赤とオレンジ、黄色を油絵具でグチャグチャにした様な……と言うか炎、いや夜明けの太陽の様だ、刀身はまるで深海で切先に行くほど青味が濃くなっている。
『綺麗……じゃなくてこの声はなんだ? 誰かに伝えてる? 誰に?』
自分の音声が電子音の様に聞こえる。
魔剣になった俺は抜き身で刀身が外に触れている、しかし剣の持ち手、そこだけは誰かが握っている。
俺と一緒にこの平原に転移されたプレイヤー? アレ? このおっさん。
その顔はどこかで、親の顔と同じくらい見ている様な気がする。
というかオヤジじゃないか? コイツ、え?
「僕だよ、ケンちゃん」
その声は俺のすぐそばに居た人間の声だった、俺は魔剣だからそんな俺を装備してるのはきっと勇者なのだろう。
中学の頃に母さんと離婚した、だからその顔は俺の知ってる顔よりちょっと老いていた。
黒いしっとりした髪質、顔は整っていて老いても昔はイケメンだったのがよくわかる、身長は実際の俺より高い170cm弱、体格は細身だけど色んなアルバイトをしていてバランスの良い筋肉のつき方をしている。
俺の知ってるオヤジだ。
『オヤ……?!』
「泣かないでね? きっと泣いちゃうから君、昔から涙脆いから泣くんじゃないぞ?」
とても懐かしい声、優しくていつも俺を甘えさせてた優しい父親、クズの筈なのになんでそんな優しい顔ができるんだ。
『泣くわけないだろ! 泣くわけ、今俺はゲーム中で』
そうだ今俺はクズなオヤジを説教する為に!
「ゴメンね僕のせいで君は苦労したんだろ? 本当にゴメン」
『ば、馬鹿! 別に説教しに来たわけじゃないんだ、ただ俺は、俺は、アンタに会いたくて、それだけで!』
泣くな泣くな、くそ言いたい事が言えないじゃないか! ずるいぞ!
『オヤジは……ズルイ』
「あ〜、泣いちゃった?」
『ないてぇにゃい!!』
ぐへぇ、変な感じにテレパシー? してしまった! 恥ずい!!
『クソオヤジ……』
「!!! クソ? オヤジ??」
久しぶりにあったオヤジは何故だか凄く驚愕の顔を浮かべる。すっごい顔だな? クソは酷かったかな?
「く…クソは良い、僕はケンちゃんをボッチにしたクソ野郎だからそれは容認する!」
『ぼっちって言うな! ぼっちちゃうわ』
「でも“オヤジ”ってなんだよ!! お父さんって言ってよ! さてはケンちゃんの偽物だな!!?」
『な、何年前の話だよ……俺もう23歳だぞ?今年の誕生日で24だ』
「いんや僕の記憶の甘えんぼケンちゃんは何歳になったってオヤジだなんて言わない!」
逆に俺が疑われた!? アレ? オヤジってこんな分からずやだっけ? うーんでも俺を“ケンちゃん”って呼ぶのはこの世界でオヤジだけだし40過ぎても一人称を僕って言ってるのもオヤジだけ!
判断材料があるにしても信じたくないオヤジの特徴を見て唸りそうになったその時!
ペカー☆
魔剣である俺の中から光が!そして青白い光が収束し蛍の様な淡い光が出てくる、妖精の様な、っていうかトンボの羽根の様なものが光からニョキっと生える。
……そして終わりだ、なんだか羽だけみせた中途半端ない感が。
「私は謎妖精アンネ!!気軽に“アン”って呼んでね☆」
沈黙、好き物のオヤジもなんだかコメントに困って凄く真顔のままで固まっている、俺はなんかその声に聞き覚えがありテレパスで話しかける。
『さっきの女神さん? 声が一緒!』
「わわわ! ちっげーよ!! 声が一緒とかキモ! 声豚ジャン!」
なんだかこちら側がわかりやすい様に動揺している、何度も言うが台詞はクソだが声は澄んでいて心地良い、なんかギャップ萌えって言うんだっけこう言うのって。
オヤジとかこういうの好きそう。
『ってどうした? オヤジ固まっちゃって』
「い、」
『い?』
「異世界転生! キターーーー!!」
そこには四十代のおっさんがまるで子供の様にはしゃいで喜ぶ姿があった。感動返せ。涙返せ。
「なんだコレはどういう事なのだろう?どういう異世界転生? チートは? チートスキルは? せっかく大型トラックに轢かれて死んだって言うのにその対価は無し?」
大型、トラック、死んだ、葬式、火葬、灰になった骨、全部俺のトラウマだ。
『せっかく、だなんて言うなよどんなに悲しんだと思ってるんだ俺も母さんも』
少し声のトーンを落として言った、母さんが泣いたとまでは言えなかった。だって目の前にいる人がAIなんかじゃなく本人にしか見えなかったから、母さんが泣いたなんて言ったらきっとこの人も泣いてしまうよ。もしかしたら信じたくなくて疑われるかもしれない。
「ごめん、無神経だったね。まさか死んだ先で転生するなんてちょっとくらいしか期待してなかったから宝くじが当たったみたいに喜んじゃってさ」
「ダメよお父様〜? 可愛いむ・す・こ♡ が貴方に会いたくって500万円の話を蹴ってこのゲームを選んだんだから〜♡」
「っ…………!!」
この忌々しいクソ妖精の消し方を検索したい。
凄く煽る様にピンク色の光の粉を撒きながら俺達の周囲を色着かせる、流石にオヤジもこの妖精の傍若無人ぶりには言葉を失ってる様だった。