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一つの未来:王と王妃

本編その後の一つの未来の話です。

特にオチもなく、こんな日常送ってるんだなと思ってもらえたら…!

「王子のばかああああああああああああ!」


 大広間に響く声に、偶然そこを歩いていた少年は驚いて顔を上げた。

 視線の先には、部屋から飛び出し、ホール脇から伸びる階段を叫びながら駆け下りる女性の姿があった。

 少年は涙を流すその女性の顔に目を見開き、慌てて彼女に駆け寄る。

 女性は少年の姿を認めると、そのまま抱きついた。


 少年が女性の背中に手を回し、優しく撫でながら困惑して問いかける。


「一体どうされたのです、ははう」

「やれやれ、いつまで俺を王子呼ばわりする気だ。王子はお前の息子だろう」


 ため息を盛大につきながら、金色の髪を揺らし階段を降りる凛々しくも端正な顔立ちの男。

 その頂には、この国の王たる象徴が黄金に煌めいている。


 その階上から降ってきた声に、少年に抱きついて銀色の髪を振り乱しわんわんと泣き喚いていた女性はその腕を離すと、さっとその背に隠れた。

 少年はその年のわりには背が高く、腰を屈めた女性の姿は丁度少年の影に収まった。


「一体何をされたのです、父上」


 少年は背で震える女性を庇いながら、王冠を頂く男と良く似た面差しに呆れと疑いの眼差しを浮かべ前を見据えた。


「何故俺が何かをした前提なのだ。いつも何かを起こすのはそいつだろう」

「貴方はこの国を統べる王でしょう。己の伴侶すら御せなくてどうするのですか」

「小生意気な事を言う。一体誰に似たのか」


 王とその息子の王子はしばらく睨み合った。

 しかし王子の背中に隠れて居たはずの女性がいなくなっていることに気付き、二人は驚いて再度目を見合わせた。

 そうして、同じ金の髪を揺らし同時にため息を吐いた。


 あの女性はいつもこうだ。王の妻であり、王子の母である美しくもどこかずれた感性の持ち主である彼女は何かしら問題を起こす。

 いつの間にか姿を消すことなどしょっちゅうだ。

 だが王子は母ばかりを責めることはできなかった。


 王である父も、またその言葉の足りなさで母を不安に追い込むことが多いのだ。

 無口であり、政には慎重を重ねミスのない様執り行っているが、こと母に関しては過程をすっ飛ばし極端に結果だけを求めるクセがある。


 高齢であった先王から王位を継いだこの若き新しき王は、貴族庶民どちらにも寄り添った執政でより国民に人気を博していた。

 それは生粋の貴族でありながら、何故か庶民の心を持っていると言われていた王妃の存在が強い影響を与えていたとも言われている。


 だが息子である自分からしたら、国の事も確かに重要だが、たまには母に心を砕いてもいいのではないかと考える。

 涙を流す母親の姿を頭に浮かべ、王子は慰めるべく彼女を探しに向かった。



 部屋の一つから声がする。

 幼い少年の声と、気落ちした女性の声だ。


「どうして王子はいつも怖い顔をしているんだろう」

「おかあさま、おうじはぼくとおにいさまですよ。おとうさまはおうさまです。あと、それおくばしょまちがっています」


 王妃の横に座り、知育パズルを共に解いているのはまだ年端も行かない第二王子である。

 間違いを指摘され、王妃はますます情けない顔を浮かべた。


「何でそんなにしっかりしてるの……。ほんとにかーちゃんの息子なの?」

「そういうことをこどもにいってはいけませんよ。あと、そのことばづかいはぼくいがいにはいってはいけませんよ、おこられますからね」

「はい……。でも、王じ……王さまはいつも口悪いよ?」

「おとうさまはときとばしょをわきまえてはつげんしていますよ。みなさんのまえでは、おれではなく、わたしといっているでしょう?」


 そうだったっけと考え込む王妃を、第二王子は傍らから優しい眼差しで見つめた。



「あれ、母上の声が聞こえたと思ったのだけど……」

「おかあさまは、おなかがすいたとむこうのとびらから、でていきましたよ」


 先程までびいびい泣いていたと言うのに何と言う変わり身の早い。

 第一王子はため息をつきながら、弟の教育部屋へと入る。


「母上は悲しまれていただろう?また父上が何か厳しく言ったみたいなんだ」

「そうですね、たしかにおとうさまのぐちを、ぼくにいっていましたね」


 それもどうなのだろうと、兄は少しばかり大人びた口調をする弟を心配げに見つめた。


 彼ら王子兄弟の母親は、己の子供達に対しても隠す事無くその心うちを素直に話す。

 身内以外には言葉数は少なく、どこかぼんやりとした態度で接しているので、そのあけすけな態度が信頼されているのだと逆にこの兄弟には喜ばれている。

 子を成してさえその変わらぬ美しさと周りの勘違いで神秘性を保ってはいるが、いつそれがばれるか家族としては冷や冷やだった。


 それでも彼女は使用人からも評判がいいので、例えばれたとしても彼等の好意は変わらないだろう。

 万が一態度を変え、彼女を傷つけようとする者達がいるのなら、前に出て自分が庇おうと第一王子は考えている。

 父親はいつも彼女を泣かせているのを見るに、頼りにはならない。


 そんな事を考えていると、どうしたのかと弟の第二王子が首を傾げながらその大きな瞳で兄の顔を見つめていた。


「ああ、父上は未だ母上にお怒り中だからね、僕がお慰めに参ろうと思って」


 苦笑して、教えられた扉へと足を向けた。

 いけない、いけない。弟にいらぬ心配をかけては。


 お勉強頑張れよと声をかけ、第一王子はその部屋を後にした。

 弟はその背中に向かって小さな口を開く。


「たぶん、だいじょうぶですよ。だっておとうさまは……」


 その後の言葉は、既に扉をくぐり歩き出していた兄の耳には届かなかった。



「王妃様、いくら陛下のお目こぼしと両王子殿下の寛容なお心で見逃されていると言いましても、火を扱わせるのはですね……」

「いつも言っているではありませんか。少しだけです、少しだけ……」


 厨房に卵を二つ嬉しそうに掲げながら入ってくると、王妃は自らフライパンに油を引き火をかけ、卵をボウルで溶き始めた。

 これに驚き、またかと料理長は頭を悩ませ必死に王妃へと嘆願する。いい加減やめてくれと。


 しかし彼女はどこ吹く風と、牛乳と砂糖を卵に追加しながらしゃかしゃかとかき混ぜている。


「毎回言っていますが、何でも命じてくだされば我々がお作りしますから。それにその卵は一体どこからお持ちに?」

「今日は、町から食材が届く日でしょう?私も、迎えにいって貰ってきたのです」


 生みたてですよと、微笑む。その美しい笑みに、料理人は別の意味でくらくらした。


「そんな、そのような事は使用人に言い付かってください。王妃様自ら受け取りにいくなど……」

「自分の分、だけですから。料理だって、昔よく作って食べてましたし、簡単なものですけど」


 王妃はここへ来るたびにそう言うのだが、彼女は王家へ輿入れする前は伯爵家の令嬢だったと聞く。

 そんな貴族のご息女が、頻繁に厨房へ入り浸るなんて事があるだろうか。伯爵家にだって、専用の料理人はいよう。

 料理人は嬉しそうにフライパンへと卵を流す王妃に首を傾げた。


 卵の焼ける、いい匂いが広がる。

 王妃は器用にその薄く広がった卵をくるくると巻いて行くと、お皿に乗せ包丁で切り分けていった。

 ロールケーキのように切りそろえられたそれを、王妃はパクリと口にした。


 しまった、包丁まで使わせてしまったと、料理人は心で舌打ちをしそうになったが、幸せそうな笑みを受かべる王妃を見て、やれやれと苦笑した。


「王妃様はそれがお好きですね、何か思い入れでも?」

「そうですね……、懐かしい味ですし、そうかもしれません」


 伯爵家でよく作られていたものだろうかと、料理人はそう納得し頷いた。


「ですが次は私が作りますから、どうか王妃様にはそれをお待ちいただければと」

「作ることも、気晴らしになるのです。それに、何だかんだ言って、手を出さずに横にいてくれてありがとうございます」


 ふふ、と卵をほお張りながらかわいらしい笑みを向けられ、料理人は適わないなと心の中で白旗を上げた。


 一国の王妃といったら恐れ多く、普通はこうして言葉を気安く交わすことなど難しいのだろう。

 だが彼女には、何故か対面する者の緊張がほぐれてしまう何かがあった。

 それはこうして、下の者にも何のためらいもなく感謝を口にする事ができる人柄からきているのかもしれない。


「仕方ありませんね、王妃様のたっての願いですから」


 料理人は諦めながらも微笑を浮かべた。



「王妃様なら、すでに出て行かれましたよ。……どちらへむかわれたのかは、流石にわかりませんねえ」


 厨房で聞かされた言葉に、第一王子はため息を吐いた。

 はじめに厨房に来たときは来ていなかったのに、どうして自分が去った後にここへ来るのか。


 弟王子の教育部屋からまっすぐに厨房へと向かったが、その時はまだ母親は来ていなかった。

 今日はまだお見かけしていませんねと料理人に言われ、ならと別の場所を探し回ったのだ。

 そして見つからないので、また厨房へと念のために顔を覗かせた。

 そうしたら今まで卵料理を食べ、満足して出て行ったというではないか。


 王子は頭を抱えた。



 ここちいい風が頬を撫でる城のテラスで、王妃は眼下に広がる美しくも壮大な庭を眺めていた。

 テラスといってもここは廊下の突き当たりにある小さな所で、メイドも掃除以外ではめったに来る事はない。

 その狭く目立たない場所を、王妃は気に入っていた。


「この狭さが落ち着くわあ」


 王妃は厚く頑丈な作りの柵へと手をのせながら、ぼんやりと呟いた。

 一応テーブルに椅子と、お茶をするスペースはあるのだが、そこには座らず立って中庭を見下ろす。


 昔過ごした家と比べて、今を過ごすこの場所はあまりの違いに時折どうしたらいいのかわからなくなる時がある。


 彼女は流されるように、そしてやや強引に今の国王である男に連れてこられたのだが、持ち前の能天気さと明るさで何とかやってきている。

 それでも前の家でも、その前の家でも割と自由にやってこれていた生活に比べると悩むことも多く、そうした時ここへと来るのだ。


 だが今は、それに加えて愚痴を聞いてくれ慰めてくれる二人の息子がいる。

 それは彼女にとって助けとなり、また幸福であった。


 頬杖をつく彼女の横に、そっと並び立つ影が一つ。


「相変わらず狭い場所が好きだな、お前は」

「王子……、よくここがわかりましたね。王子は、いつも私を見つけます」

「お前の事はお前よりわかっている。後、王子ではないと何度言わせる」

「う、す……すみません」


 呆れた顔をし、王は妻の腰へと腕を回した。


「いい加減俺の名前を呼べ、何度も教え込んだだろう」

「あれは、とても拷問でした……」


 何かを思い出したのか、王妃は青い顔をし眉間に皺を寄せた。

 王はそれを意地悪く笑いながら、抱き寄せた王妃の頬に手を添えた。


「お前が名前が長いと文句を言うからだろう。再び教え込まれたくなかったら名前を呼べ、リーランロッテ」

「うう……、サリーストクフおう」


 じ、と続けてしまうそうになり思わず口を噤む。


「王はいらん。いいか、この先もちゃんと名前で俺を呼べ。……あと、子供も名前で呼んでやれ」


 王妃の頬を撫でながら、王は苦笑をうかべた。

 もう何年もすごしているというのに、名前が難しいというだけで二人の息子を称号で呼ぶ。

 それではあまりにも子供達が憐れだと、気難しいとされる性格のこの王でさえ思うのだ。


「だって、サリーストクフのつける名前、長いし覚えにくくて……」

「先祖代々受け継いだ伝統的な名前だ。俺にだって曽祖父から継いだ名がついているだろう」

「そう、ですね……」


 覚えていないとは、王妃は流石に言えなかった。

 そもそもがこの世界の名前は王妃にとって馴染みの無い名前が多く、また元いた世界でも自国の言葉以外は苦手であった。

 それもあり、子供が生まれるたびに名前の候補を挙げては王に進言したのだが、


「それにお前が出す名前は、タローだのジローだの馴染みない響きのものばかりでそちらの方が覚えにくい」


 このように全ての人間から反対を受けたのだ。


「私の中では世界一わかりやすい名前なのに……」


 聞き入れてはもらえないのはわかってはいるが、ため息を吐きたくなる。

 そんな王妃の表情に、王は何かを思うよう彼女を見つめた。


「息子達はいつだってお前の味方だ。ついさっきも、お前を探しに出て行ったぞ」

「え?一緒に、知育のお勉強してましたよ。教えてもらいました」

「……お前がされてどうする。いや、上の子の方だ」


 王は頭を抱えそうになったが、これが彼女だと己に言い聞かせる。

 王妃は嬉しそうに、そして優しい笑みを浮かべていた。


「あの子は、いつも励ましてくれる優しい子です」


 息子を思い浮かべてするその表情に、王の心を嫉妬が掠めた。

 狭量だとは自覚しているが、こればかりは仕方が無いのだ。

 昔、学生時代に彼女を取り合って散々苦労させられたのだから。


「いい息子達だ。優秀で慈悲もある。だが、俺にも味方してくれる子供が欲しい。そうだな、……娘とか」

「娘ですか、弟をなぐったりぶんなげたり寝ているところを踏んづけて椅子にしない優しいお姉ちゃんがいいですね」


 まるで経験でもあるような物言いに気になりはしたが、それよりも驚きで王はぽかんと口を開けた。


「……なんだ、やけに積極的だなお前が」


 目を丸くしながらも、やけに嬉しそうな王に、王妃は首をかしげた。


「何がでしょうか?だって、しいたげられる弟はとても悲惨なのですよ?」


 王の言葉とは見当違いの返事を返す王妃に、一体何度頭を抱えさせる気だとため息を吐いた。

 だがすぐに顔を引き締めると、抱き寄せた腕に力を込め再度意地悪く笑う。


「俺はとりあえず娘だけでいいと言ったが、お前はその次もまた作りたいんだな」


 今度は王妃がぽかんと口を開く番だった。

 そしてしばらく考え、その結果と共に顔がどんどん赤くなっていく。


「い、いえ……!そ、そういう意味では……!その、あ……」


 必死に言い訳をし、否定する妻にその先は言わせないと、王妃の姿を王の背中が覆った。



 ようやく見つけた。思えば散々歩きまわされたものだ。


 第一王子は、疲弊しながら廊下の先に見えるテラスへの扉の隙間から、捜し人の揺れる髪を見つけた。

 まさかこんな目立たない場所にいるとは……。


 今まで書室や談話室応接室、庭園や衣裳部屋など広く賑やかな場所ばかりを探していた。

 

 声をかけようとすると、そこにもう一人いる事に気付いた。

 それは彼女を泣かせた元凶である男、この国の王であり彼ら王子兄弟の父親だった。


 自分は歩き回ったのに、あの人は一直線にここへと来れたのか。


 彼女と共に過ごした時間と経験の差に、少しくやしさを覚える。

 だがまた階段ホールでのときの様に、泣かせているのかもしれない。

 やはり自分が彼女をお守りしなくてはと、王子は口を開いた。


「ははう……」


 声をかけようとした第一王子に気付くと、王は突然妻を横抱きにしニヤリと笑った。

 そして息子に抱えた母の顔を見せる事無く、さっさとその場を去ってしまう。

 王子はただ呆然として、その背中を見つめるしかなかった。


 そんな少年の耳に、先程弟が口にした言葉が風に乗ってやってくる。


 ――だっておとうさまは、おかあさまにめろめろですからね

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