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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【4】 ワンちゃんになってますよ?
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・損する女にも意地がある


 『シークレットバーゲン』の企画を練り始め、眞子と専務は『在庫管理密命室』となってしまった応接室で、うんうん唸っていた。

「自信ないなあ。これで親父がうんと言ってくれるかどうか。あのロボットみたいな顔でさあ、いつも『だめだな』とひとことだけ言って突き返すんだ」

 それをもうこの一年、何度もやられたと専務がずいぶんと自信をなくしている。

 だが眞子も専務が何度も手直しをした企画書を見て、まだしっくりしていない。

「社長もこれぐらい思いついていそうですよね……。思いついていたら指示を出しそうだし」

「どうかな。俺を試すために、わざと提案しないし、却下し続けて追いつめているんだと思う……」

 彼が疲れた顔を見せる。その眼差しもどこか寂しそうだった。

 そうだよね。専務はこの篠宮が経営する『マグノリア』の跡取り息子だものね。お父さんが鍛えようと厳しくしているのは当然なのかもしれない。

 それに専務は売り上げも叩き出すから、アパレルには向いているのだと思う。だから余計に父親である社長が期待しているからこそ、厳しくしているのでは……。そう思う。

「大丈夫ですよ。だめだったらだめで、また何か考えましょう」

 それしか言えないから言っただけ……。でも、専務がおじいさん眼鏡の顔で、にっこりと微笑んだ。

「そうだな。……そうだよな。俺も最初はダメモトで親父に次々提案してきたんだけれど、却下され続けて、ちょっと臆病になっていたかな……。どれもこれもだめに思えていたんだ」

 一人で淡々と仕事をしていると思っていたら……。まさか専務がそんな孤独に追いつめられていただなんて知らなかった。

「ひと言、そう言ってくれるだけでもずいぶん違うもんだって……。初めて知った気がするな」

 そんな眞子が何気なく言っただけのひとことだったのに。こんな他愛もないひとことが、こんなにも人を励ますことができるだなんて、眞子も初めて知った気がする。

「ずうっと企画書のことばかりで、疲れましたね。専務、私、中休みに出てもいいですか」

「あ、もうそんな時間か……」

 もさっとした格好をしていても、時計はいつも綺麗な銀色に輝いている。

「コーヒーを買ってきます。専務は何がいいですか」

「うん、じゃ。カフェラテで」

「行ってきます」

 お店で買ったおいしいコーヒーがやってくるとわかっただけで、専務がにこっと明るく笑ったから、眞子ももうどうしようもない。


 ストールを首と肩に巻いて、眞子は近くにあるコーヒーショップへ向かう。

 エレベーターまでの通路を歩いていると、そこでまた麗奈が事務室から出てきた。

 最近。このパターンが多い……。眞子が応接室から出てくると、それに気が付いた麗奈が通路に出てくる。つまり彼女はなにかをまだ気にしている。

「休憩ですか、眞子さん」

「うん、そう。コーヒーを買いに行くところ」

 麗奈が『ふうん』と意味深な笑みを見せる。

「また専務の分も買ってくるんですか。最近、仲がいいですね。事務所から隠れるようにして、まるで専用室? 社長もカンナ副社長も認めているみたいだし、なにしているんですか」

「専務が抱えている雑務の整理。いま百貨店の場所取りの会議とかに出掛けることも多くて忙しいでしょ。専務担当の雑務が滞るから手伝っているだけ」

「そうなんですか。ずいぶん、手間のかからないお仕事するようになっちゃったんですね」

 さすがに眞子もカチンと来た。でもここで言い返しても、本当のことも言ってはいけない。すこしでも勘づかれてもいけない。

「そうなんだよね……。副社長、よっぽどなにか、私に対して腹立たしかったんだね」

 そう言えば、彼女の気が済むと思ったのだ。眞子だって、自分からこんなこと言いたくない。ましてや、彼女がちょろっと提案したもののせいで、眞子が怒鳴られて切り捨てられることになったというのに。

 しかし、ここは眞子の思惑どおり。麗奈はやっと安心した勝ち誇った笑みを見せた。

「大変ですね。頑張ってください。あ、明日、古郡さんとディスプレイチームが横浜から来ますから、きっと古郡さん眞子さんと話したいと思いますよ」

 あ、忘れていた。もう明日なんだ……。

 本当だったら眞子と徹也が一緒にやっていたはずの、大通りショップにあるウィンドーディスプレイをする日。

「ああ、明日なんだ……」

「あれ、眞子さん。もう古郡さんのスケジュールも気にならなくなっちゃったんですか」

 もうなんでいちいちこう突っかかってくるのかな。もう古郡さんはあなたの側にいて、あなたと一緒に仕事をしているんだからそれでいいじゃない――と言いたい!

 そして眞子もここで初めて気が付いた。

「なんか専務の手伝いに夢中でわからなくなってた。専務の仕事、けっこう多いから。あれ一人でやっていたんだって……」

「ふうん。もう未練なしってことですね。あ、休憩時間なくなってしまいますよ」

 自分から呼び止めておいて、言いたいことだけいうと、麗奈から眞子を突き放した。

 はあ。もう放っておいて欲しい。眞子はげんなりとして外に出た。


 外に出ると、雪虫が飛んでいる。

「もうすぐ初雪、か」

 おしりに白いふわふわをつけて飛んでいる、小さな小さな羽虫。

 この子達が飛び始めると、もうすぐ雪が降ると言われている。

 今年は新しいコートが欲しい! もう入荷してくる中でどれにするか決めていた。




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