第10話 公爵家での新生活
「広すぎだろ……」
公爵家に到着した俺は、門番に案内され、屋敷へと続く道を歩いていた。
庭には色とりどりの花々が整然と植えられている。
どこからか漂ってくる花の香りが、ふわりと鼻をくすぐった。
門をくぐってから十五分ほど歩き、ようやく屋敷にたどり着いた。
目の前にそびえるのは、立派な二階建ての屋敷だ。
厳かな雰囲気が漂っているが、決して華美ではない。落ち着いた品格を感じさせる建物だった。
「お待ちしておりました。ヴァレンシュタイン公爵邸へようこそ」
屋敷の入り口には、初老の男性が立っていた。
黒いスーツに白いシャツ。胸元にはきちんとネクタイを締めている。短く整えられた白い髭と相まって、隙のない身だしなみだった。
「私は執事長のセバスチャン・クロフォードと申します。リリアーヌお嬢様から事情は伺っておりますよ。まずは、昨日お嬢様をお守りいただき、ありがとうございました」
セバスチャンはそう言って、深々と頭を下げた。
「いや、俺はたまたま通りかかっただけだから……」
「謙遜なさらないでください。あなたを歓迎しますよ、ナギ。さあ、こちらへ。屋敷の中をご案内いたしましょう」
促されるまま、俺は屋敷の中へと足を踏み入れた。
広い玄関には、いくつもの大きな肖像画が飾られている。天井も高く、床はぴかぴかに磨き上げられていた。
……すごい。俺の家とは別世界だ。
その後、食堂や広間、キッチンなどを順番に案内してもらった。
どこも広く、立派な造りだ。特に食堂は、村の家なら何軒分の食卓が置けるんだろうと思うほどだった。
使用人部屋は大部屋だったが、一人ずつベッドが用意されていた。
こりゃ、元のナギの家とはえらい違いだな。
俺にとっては、まさに天国だ。
「現在、こちらでは五十三名の使用人が働いております。ナギさんには、まず庭の掃除をお願いする予定です」
五十三人……。
そんな大勢の人が働いているのか。さすが公爵家だ。
一通り案内が終わった頃、二階から一人の少女が降りてきた。
「あら、あなた。早速うちに来るなんて、殊勝な心がけね」
リリアーヌだった。
うむ。やはり可愛い。
少し偉そうなところも、これはこれで悪くない。
「ああ、昨日はありがとな!」
「そ、そう。まあ、頑張りなさい」
リリアーヌは一瞬だけ俺の顔を見つめると、ぷいっと顔を背けて去っていった。
……俺、何か変なこと言ったかな。
「ほう……」
隣にいたセバスチャンが、意味ありげにつぶやいた。
「お嬢様が自ら使用人を迎え入れることは滅多にないと思っておりましたが……これは、これは」
セバスチャンは、去っていくリリアーヌの背中を眺めながら、口元にわずかな笑みを浮かべていた。




