64.工房の居心地計画。
海外の古い建築様式を眺めるのが好きです。
そんな恒一の様子を一歩後ろで腕を組みながら見守っていたダンが、満足げに鼻を鳴らした。
「……随分気に入ったみてぇだな?」
「へっ?」
すっかり自分の世界に浸っていた恒一は、少し遅れて振り返る。
「あ、はい。とても」
「そりゃあ結構」
ダンは口元を僅かに緩めた。
自分が手掛けたものをこれだけ喜ばれれば、作った側としても悪い気はしないのだろう。
だが、その表情が次の瞬間、どこか含みのあるものへ変わった。
「だがな、まだ完成じゃねえぞ」
「え?」
恒一は目をぱちりとさせた。
硝子は入っている。蝶番もしっかり固定され、こうして問題なく開閉も出来る。
「まだ何かあるんですか?」
「あるから言ってんだ」
ダンは作業道具を置いていた場所へ向かうと、そこからいくつかの金具を取り出した。
「ほら」
「……何ですか、これ?」
差し出されたものを受け取る。
一つは、手のひらより少し長い細身の金属板だった。先端は丸く整えられ、端には何かに固定するらしき部品。板には同じくらいの間隔でいくつもの穴が並んでいる。
もう一つは、それよりずっと小さい。土台になる金具から短い突起が伸びただけの、ひどく単純な形をしていた。
「……?」
恒一は二つを並べ、くるりとひっくり返してみる。が、いまいち用途が分からない。
「何ですかこれ」
「コーイチでも分かんない?」
横からアステルが覗き込んできた。
「うーん、初めて見るなぁ。何かを引っ掛ける……んだとは思うけど」
「穴いっぱい空いてるもんな」
「そこなんだよ」
固定するための穴なら、こんなにいくつも必要とは思えない。となれば、この穴そのものを使う仕組みなのだろう。
「……こっちの突起を、穴にこう?」
「お」
ダンが片方の眉を上げた。
「そこまでは分かったか」
「でも、それで何をするのかまでは……」
「なら見てろ」
ダンは恒一から金具を受け取ると、先ほど開けたばかりの窓へ向かった。
「窓ってのはな、開きゃそれで終わりじゃねえ」
開け放たれた片側の窓を軽く動かしてみせる。
「外に開く以上、風が吹きゃ動く。勝手に閉まることもありゃ、逆に煽られて開きすぎることもある。勢いが良すぎりゃ硝子が割れちまうことだってある」
「ああ、そうですよね」
言われてみれば当然だった。
今は穏やかな風しか吹いていないから気にならない。だが、少し強い風が吹けば、この大きさの窓なら随分と力を受けるだろう。
「だからこいつで、開けた窓を好きな位置で止めてやるんだ」
ダンは細長い金具の端を窓枠へ合わせると、軽く位置を確かめ手早く固定する。そして小さな突起の付いた金具を、今度は外枠側へと固定した。
「よし、コーイチ。こっち来い」
「あ、はい」
呼ばれて窓の前へ戻る。
「窓を少し閉じてみろ」
言われるまま、開いていた窓を手前へ戻す。当然ながら、窓へ取り付けられた細長い金具も一緒についてきた。
「その辺でいい。今度はそいつの穴を、こっちへ掛けろ」
「あ……!」
そこでようやくこの部品の正体が分かった。細長い板に並んだ穴の一つを、枠側に取り付けた突起へ合わせる。
カチン。
小さな手応えと共に、穴が突起へ収まった。
「おし、手ぇ離してみろ」
そっと窓から手を離す。
先ほどまで風にゆらゆらと揺れていた窓が、その角度のままぴたりと止まっている。
恒一は思わず金具へ顔を近付けた。
「なるほど、これで窓を開いたまま固定できるんですね」
「そういうこった。掛ける位置変えてみろ、開き具合も変わるぞ」
言われるまま一度金具を持ち上げて突起から外し、今度は窓をもう少し大きく開く。さっきより外側の穴へカチリと嵌めれば、再び窓が固定された。
単純な構造だが、だからこそ最小限の動作で使える仕組みだ。
「好きな所で止められるのか……便利ですね」
「風の強さや天気で好きに変えりゃいい。全開にする必要がねえ時もあるからな」
恒一は何度か金具を外しては、窓を動かしてみる。
少しだけ開けては掛ける。
もう少し開いて、別の穴へ。
「コーイチ、楽しそうだなぁ」
「いやだって、何気に凄いことだぞ?」
「そんなに?」
「こんなに単純なのに、ちゃんと欲しい動きや機能をしっかり持ってる。しかも難しい作りじゃないからこそ、この前の循環魔導機構みたいに大人も子供も誰だって使えるだろ?」
「あ~、そういう考え方は確かに分かる。……うん。やっぱコーイチ、魔導工学に向いてるわ」
アステルが何か納得したように笑って頷いた。
妙なところで意気投合した二人を横目に、ダンが呆れたように鼻を鳴らした。
「別に珍しいもんでもねえぞ。こういう外開きの窓じゃ普通に使う」
「俺には珍しいんですよ。故郷じゃこういう窓、あんまり馴染みなかったんで」
「ほぉん」
ダンにとっては、ごく当たり前の建具の一部。けれど今の日本では見かけることは少ない類いの物だ。
この世界へ来てから、自分の知っているものが役に立つことはあった。
逆にこちらでは当たり前に使われているものを見て、触れて、初めて知る。
ものづくりという趣味に関して言えば、それは少し得をしたような気分でもあった。
「これ、何て言うんですか?」
「ああ?」
「この金具です」
ダンは細長い板を指先で軽く弾いた。
「ステイだ」
「ステイ……なるほど」
恒一も口の中で繰り返す。
開いた窓が、その場所で留まるということだろうか。
「何がなるほどなんだ?」
「いや、大したことじゃないです」
「変な奴だな」
ダンはそう言いながら、今度はもう片側の窓へ同じ金具を取り付け始める。
「ほら。感心すんのは後だ。こいつを左右に付けて、それから閉めた時の掛け金も付ける」
「あ、そうでした」
「おいおい、開けた時だけ止まりゃいいってもんじゃねえだろが」
いくら家では無いとはいえ、簡単に開いてしまっては困る。考えてみれば当然内鍵が必要なのだが、窓が開いたことに浮かれて頭が回っていなかった。
「作りにしても部品にしても、窓一つでもこんなに色々あるんだなぁ……」
「そりゃそうだ。毎日使うもんだからこそ、ちゃんとうまいこと使えなきゃ意味がねえ。それを作るのが職人の仕事だ」
ダンは手を動かしたまま、事もなげに答えた。
恒一は、取り付けられたばかりのステイへもう一度目を向ける。
窓から入る風も、そこから見える景色も大事だ。けれど、毎日当たり前に使えるようにするために、こういう小さな仕組みがある。
綺麗な窓を眺めて満足していたところへ、また一つ。新しい工房で、早速新しいことを教わった気がした。
「さて、もう仕組みは分かっただろ。ほれ、ちゃっちゃと反対側の方やんぞ」
「あ、はい!」
二組目ともなれば、手順はもう全員が把握している。同じように左右の窓を固定し、ステイと掛け金を取り付け、最後に開閉して歪みや引っ掛かりがないかを確認する。
「右大丈夫だぞ~」
「左も問題ない」
外の双子の声を受けて、ダン自身も左右の窓を何度か動かす。
「よし」
掛け金を閉め、軽く引いて固定を確かめる。
「これで窓はしまいだ」
「おお……」
恒一は思わず部屋の中央まで下がった。
二つの壁に、新しい両開きの窓が一組ずつ。
光が二方向から入り込み、倉庫だった頃とは比べものにならないほど室内を明るくしている。
「今日はここまでだな」
ダンが工具を纏めながら言った。
「後は昨日出した棚と入口だが、棚は仕事の合間見ながら直してくとして。入口は今の扉外して、枠から広げることになるからな。次の休みにでも朝からやるとするか」
「分かりました」
そう言うとダンは、応援に入った二人の職人へ声を掛けた。
「お前らもありがとな。片付けて上がるぞ」
「ういっす」
「コーイチ、また何か弄りたくなったら先に言えよ」
「はい。今日はありがとうございました」
「おう」
道具を纏め、木屑を掃き、作業に使った物を片付ける。やがてダン達は母屋へ戻っていった。
急に静かになった工房に残ったのは、恒一とオルビス、アステルの三人だ。
夕方の風が、少しだけ開けて固定した窓から静かに入り込んでいる。
「…………」
恒一は中央の作業台へ手をついて、ぐるりと室内を見渡した。
まだ、がらんとしている。
けれど昨日までの何もない空間とは違う。
中央には作業台、壁には新しい窓がある。それだけで、何かを始められる場所になったような気がした。
「なあ、コーイチ」
「ん?」
アステルも作業台へ寄り掛かる。
「明日は何やるんだ?」
「明日か……」
言われて、恒一は室内を見回した。棚と入口は後まわし、となれば。
「……やっぱり、椅子かな」
「昨日言ってたやつ?」
「そう。まず一脚、作ってみたいよな」
作業台へ目を向ける。
「ここで細かい作業したり、何か書いたりするなら、座れるようにしたいし。良さそうなら同じのを何個か作ればいい」
「四つくらい作るんだっけ? 重ねて置けるやつ」
「ああ、そのつもり。それと……」
恒一は入口の方を見る。今は何もなく、この後棚もそこまでは置く予定がない。
「そっちにも、何かあっていいかもな」
「入口の横あたり?」
「うん。ほら、昨日ノーラが来ただろ?」
「来たな。もの凄い勢いで」
「あの勢いがデフォルトになるとは思いたくないけど……」
「俺も思いたくない」
すん、と一瞬真顔になる程の切実な返答だった。そんなアステルの様子に、恒一は笑いながら話を続ける。
「でも、これから他にも誰か来ることもあるだろうなって。シンさんとか、ハロルドさんとか。そうしたら、作業用の椅子以外にもちょっと座れるベンチがあってもいいかなって思ってさ」
「ああ! 確かにそれは良いかもな」
「荷物を置くのにも使えるだろうな」
オルビスも入口周辺を見ながら頷く。
「そうそう。それで、横にお茶くらい置けるような小さいテーブルでも置いて――」
そこまで考えたところで、ふと日本にいた頃インテリアショップで見かけた家具が頭へ浮かんだ。
「あ。そういや昔面白いテーブルがあってさ」
恒一は両手で大まかな形を作る。
「普通の小さいテーブルなんだけど、天板の下がそのまま小さい本棚になってたんだよ。本とか小物とか入れられるように」
「へぇ」
「ほら、どうせテーブルの下って空くだろ? だったらそこも使えるようにした方が無駄がないなって」
いわゆるデッドスペースの有効利用だ。
小さなテーブルなら収納出来る量も大したものではないだろう。それでも、ちょっとした本や図面、すぐに使いたい物を置いておく程度なら十分だ。
「良いな、それ」
アステルがすぐに食いついた。
「だろ?」
「うん。便利そう」
そう言いながら、アステルの視線がちらりと横へ動いた。
その先にはオルビスがいる。
「…………」
「…………」
恒一もつられてオルビスを見る。そういえば彼は、時間が空けば本を開いている姿を何度か見ている。例えば彼らと出かける際、赤樫亭でのんびりと恒一を待っている時などだ。
なるほど。アステルが妙に気に入った理由の一端を察した。
「……何だ?」
視線に気付いたオルビスがきゅっと眉を寄せる。
「いや?」
「別に?」
「何故二人揃って俺を見る」
「何でもないぞ?」
アステルはにっこりと笑い、オルビスは訝しげに小さく首をかしげたのだった。




